大正から昭和にかけて活躍した作家、川端康成。彼の功績を構成に伝えるために「川端康成文学賞」が設立され、長年多くの名作を世に広めてきましたが、2019年に賞の休止が発表されました。この記事では、賞の概要や休止の理由とともに、歴代受賞作のなかから読んでおきたいおすすめの作品を紹介します。
川端康成の死後、彼の功績を後世に残すために1974年に設立された「川端康成文学賞」。前年度に発表された短編小説のなかでもっとも完成度の高い作品に贈られます。
しかし2019年には経済的な問題と理事長の体調不良を理由に、選考の休止が発表されました。川端康成がノーベル文学賞を受賞した際の賞金を基金として、全部で44回開催されてきましたが、運営基金が危うくなってきたようです。
スポンサーが現れるなど、財政問題の解決が図られれば再開する可能性があるそう。伝統的な賞なので、目途がたてばうれしいですね。
ではここからは、「川端康成文学賞」の歴代受賞作のなかから、おすすめ作品を紹介していきます。再開まで、これまでの受賞作からお気に入りの本を見つけてみてはいかがでしょうか。
秦の始皇帝の兵馬俑から見つかった3万を超える未知の漢字、文字同士を闘わせる遊戯、本文と乖離して自由に語りはじめるルビ……。
文字に関する奇想天外な小説が、12編収録された連作短編集です。
- 著者
- 円城塔
- 出版日
- 2018-07-31
2017年に「川端康成文学賞」を受賞した短編「文字渦」が収録された、円城塔の作品です。文字の起源を探るファンタジー小説。どれも作者の恐ろしいほどの発想力が光っています。
表題作の「文字渦」は、未知の漢字が秦の始皇帝の墓から発見されるところから物語が始まります。ここで使われている漢字は日常生活では見ることがないうえ、文字の規格=ユニコードにもないものです。ストーリー性を重視しているわけではなく、文字を闘わせたり、ルビが反乱を起こしたりと不思議なことが次々と起こるのが特徴。文字で文字を表現することを目指しているのでしょうか。
完全に理解をするのは難しいですが、作者の頭のなかを覗きみているような感覚を得ることができるでしょう。小説という枠組みを超えた小説を体感してみてください。
大きくなったお腹のなかの子どもとともに、10年ぶりに故郷の離島に帰った「私」。変わらないその風景に驚きます。
父も母も、子どもについては何も触れてきません。しかも母にいたっては、家事を一切放棄して、ご近所に響き渡る大音量でCDを流し続けているのです。
- 著者
- 角田 光代
- 出版日
- 2010-06-15
2006年に「川端康成文学賞」を受賞した「ロック母」を収録した、角田光代の作品。「ロック」と「母」という、結びつきにくいイメージのある言葉を組みあわせたタイトルが印象的です。
表題作の「ロック母」は出産を控えた「私」が故郷の離島に帰ってきて、母の異変を目撃するというストーリー。母が変わってしまった理由は、突然人生に嫌気が差したからだそう。「私」は、島から一刻も早く抜け出したかったかつての自分と、現在の母の姿をリンクさせます。そんななか、いよいよ出産の時が近づいてくるのです。
爆音で流れるニルヴァーナと、母の大号泣と、赤ちゃんの産声が重なる出産シーンは圧巻。さまざまな問題を抱えて現実逃避をしたくても、生きていることは紛れもない現実。本作で描かれている悲しみやおかしみに、共感できる読者も多いのではないでしょうか。
谷日向子は、高校の先輩である小田切孝に出会ったときから、ずっと心惹かれ続けていました。ふらふらしてつかみどころがなく、自分勝手な小田切ですが、大学生になっても、社会人になっても、彼女の想いは変わりません。
しかし当の小田切は、日向子の気持ちは知りつつも、手を繋ぐことすらしないのです。
- 著者
- 絲山 秋子
- 出版日
- 2007-11-15
2004年に「川端康成文学賞」を受賞した「袋小路の男」、そして「袋小路の男」を別視点から描いた「小田切孝の言い分」など全3編を収録した短編集です。
小田切から素っ気ない態度をとられても、彼がほかの女の子と付き合っても、日向子の気持ちは変わりません。ただ必ずしも一方的な片思いではないのがポイント。小田切がつかず離れずの距離を保ち続けるいわゆる「だめんず」なのです。
はたから見たら馬鹿らしいような恋愛も、だんだんとその距離感が尊く見えてくるのが魅力的。2人にしかわからない空間があって、もしかしたら小田切が袋小路に取り残されないように、日向子が支え続けているのかもしれないとも思わせてくれます。愛の形を考えさせられる一冊です。
雪沼という、山あいの静かな町に、寂れたボウリング場がありました。
閉鎖されることが決まり、いよいよ廃業の日。客のいなかったボウリング場に、トイレを借りようと1組のカップルが訪れます。
- 著者
- 堀江 敏幸
- 出版日
- 2007-07-30
2003年に「川端康成文学賞」を受賞した「スタンス・ドット」が収録された、堀江敏幸の作品。雪沼という山あいの静かな町に住み、昔ながらのものと生きる人々の姿を描いた連作短編集です。
受賞作の「スタンス・ドット」は、廃業するボウリング場が舞台。偶然訪れたカップルは、ボウリング場が閉鎖するということを聞いて、1ゲーム遊んでみることにしました。店主はボールがピンをはじく音を聞きながら、亡くなった妻や、かつてボウリング場を訪れていた元プロボウラーに思いを馳せるのです。
寂しさをともないながらも、ゆったりと流れる時間が心地よい作品。雪の降った朝のようなしんとした静けさが、五感を研ぎ澄ませてくれて、心地よい読後感を与えてくれるでしょう。
なんでもそろうと噂の権現市へ、剃刀を買いに出かけた男。しかし祭りの主催者につかまって、出店の味見を頼まれてしまいました。
さらに男は、「権現躑躅(つつじ)踊り」のリハーサルに立ち会うことになるのですが、彼らの踊りは拙く不出来で……。
- 著者
- 町田 康
- 出版日
- 2006-04-14
2002年に「川端康成文学賞」を受賞した「権現の踊り子」が収録された、町田康の作品。
権現市の祭りの主催者に見込まれ、「権現躑躅踊り」のリハーサルにつきあうことになった男。主催者はどうにか彼に踊りを褒めてもらいたく、一方の男はそれをバッサリと切り捨てます。しかしそのままだと、主催者は男を帰してくれないのです。
シュールで狂気的で滑稽で、そのなかから感じられる悲哀が何よりも魅力でしょう。「町田節」と呼ばれる独特の文体も健在です。