「バカミス」という推理小説のジャンルがあるのをご存知でしょうか。名は体を表すとは言うものの、バカミスの場合は「バカにせずぜひご一読を」とおすすめしたくなる名作が数多く揃っています。今回は、その魅力を存分に堪能できる、読んでおきたい6作を紹介していきます。
「バカミス」とは、「バカバカしいミステリー」の略称。作者が意図的にリアリズムを無視して、大胆すぎるトリックやロジックを採用した作品を指します。
ナンセンスで面白おかしいだけでなく、通常では思いつかないありえない展開をあえて「バカ」と表現しており、侮蔑の意味はありません。まるで天才に出会った時のような感嘆の意味合いが強いと考えるといいでしょう。
まず最初に紹介する『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』も、そんな「バカミス」の一冊です。
- 著者
- 倉阪 鬼一郎
- 出版日
- 2009-09-08
2009年に刊行された倉阪鬼一郎の作品。青山ブックセンターが開催した「世界バカミス☆アワード2010」を受賞しています。
東亜学芸大学に通う西大寺俊は、黒鳥館の主人から送られてきた招待状を手に、きらびやかな館を訪れます。そして完全な密室のなか、殺害されてしまうのです。その後も、黒鳥館と、対にある白鳥館に、無作為に招待された人が次々と殺されるのですが、犯人は一体どうやってこの犯行を成し遂げているのでしょうか。
全編のうち約半分が「解決編」で占められているのがポイント。本格推理小説かと思いきや、叙述トリックと数多の伏線、二重三重の仕掛けなどすべて丁寧に説明してくれています。黒鳥館と白鳥館の正体がわかった時には、あまりのバカミスっぷりに全身の力が抜けてしまうでしょう。完全に振り切れている作者の執念と努力がたっぷり楽しめる傑作です。
戦時中に設計されたものの、製造されぬまま幻となった蒸気機関車C63。大手玩具メーカーの創始者である小羽田伝介は、C63を完全再現して、中央本線の線路を走らせるイベントを計画します。
ところが式典の当日、出発点である東甲府駅で死体が発見されました。さらに走行中のC63も、降り続ける雪の中で姿を消してしまい……。
- 著者
- 霞 流一
- 出版日
- 2004-03-25
2001年に刊行された霞流一の作品。霞はバカミスの第一人者として知られていて、その一方で「このミステリーがすごい!」にもノミネートされている本格ミステリー作家です。
虎の覆面を被った列車乗っ取り犯の登場、密室殺人、蒸気機関車の消失など次から次へと事件が起こり、謎が噴出。ラストの大仕掛けに度肝を抜かれます。
バカミスといえどもしっかりと張られた伏線に抜かりはなく、惜しげもなくトリックが詰め込まれた作者の力量とサービス精神を楽しめるでしょう。
太平洋戦争で若い命を散らした推理作家、大阪圭吉をオマージュしていて、ミステリー通にもおすすめ。その一方でボリュームも控えめなので、バカミス初心者の方も手にとりやすい一冊です。
これまで数多の事件を手がけてきた保険調査員の小野由一が、愉快な仲間たちとくり広げた愉快な推理劇を14のファイルにまとめた連作短編集です。
文庫のディレクターズ・カット版では、ノベルス版であまりに下品だという理由でカットされた「オナニー連盟」をあえて収録し、新作も加えた濃い内容になっています。
- 著者
- 蘇部 健一
- 出版日
- 2002-01-16
1997年に刊行された蘇部健一の作品。「メフィスト賞」を受賞しています。
読んだ後に壁にたたきつけたくなる「壁本」として名高く、これでもかと連発される下ネタと、脱力間違いなしのトリックは、バカミスの代表作といってよいでしょう。頭をからっぽにして笑い飛ばすのにピッタリです。その一方で惹き込まれる文章で、ぐいぐいと読ませる力があるのが魅力的でしょう。
富豪の一人息子の誘拐事件、舞踏会の最中に消えたブルーサファイアの謎、走行中の丸ノ内線で発生した殺人事件、金庫から盗まれた高額切手の犯人捜しなど、怒涛の14連発。作者のファンになるか、壁本になるか、ぜひお試しあれ。
名探偵の木更津悠也と、推理小説家の香月実朝が京都近郊に建つ蒼鴉城に到着すると、依頼人の今鏡伊都と、息子の有馬が殺害されていました。2人は首を切断されていて、有馬の胴体に伊都の頭が、静馬の頭は帽子かけに置かれている状態です。
しかしこの事件は、これから起こる連続殺人事件の序幕に過ぎず……。
- 著者
- 麻耶 雄嵩
- 出版日
- 1996-07-13
1991年に刊行された麻耶雄嵩のデビュー作です。若干21歳で書き上げたという本作には、本格推理小説の要素がこれでもかと詰め込まれており、中世ヨーロッパ風の古城、独特な言い回しのセリフ、思わせぶりな文章などを思う存分楽しめるでしょう。島田荘司や綾辻行人などの作家陣も絶賛しています。
木更津が現場を去った後、もうひとりの名探偵メルカトル鮎が蒼鴉城を訪れるのですが、この時には殺害された有馬の双子の姉妹が殺害されていて……。
2人の名探偵の推理合戦と、奇想天外なトリック、何度も起きるどんでん返し、そして笑いが止まらないバカミス要素が散りばめられた作品。思いっきり騙されたい人におすすめです。
刑事の吉敷竹史は、離婚した元妻の通子から連絡をもらい、再会したさに彼女が乗車する予定の夜行列車「ゆうずる9号」が停車するホームに駆けつけます。
車内にいる通子の姿をとらえたものの、列車はそのまま発車してしまいました。
そして翌日、通子を乗せた車両内で、女性の刺殺死体が発見されたことを知るのです。
- 著者
- 島田 荘司
- 出版日
1985年に刊行された島田荘司の作品。「吉敷竹史」シリーズの3作目です。あまりにも大胆なトリックゆえに「バカミスに片足突っ込んだ」と話題になりました。
被害者の所持品から「殺されたのは通子ではないか」と不安になった吉敷。休暇を取って東京から青森に向かいます。しかし死体はまったく別の女性であり、反対に通子には容疑者として逮捕状が出ていました。
一匹狼で男気たっぷりの主人公が、元妻への思いにかられて満身創痍になりながらも捜査をする姿にグッとくるはず。列車ものに加えて釧路にまつわる伝奇の要素も加わり、展開は予測不可能。仰天のトリックは力技ですが、論理だけでなく本当に実現できそうな気にもさせてくれる作品です。
南アフリカで財を成した老富豪のシメオン・リー。ロンドンの郊外にあるゴーストン館に住んでいます。クリスマスに家族全員を集めようと、同居する長男とその妻に提案しました。
国会議員の次男、画家の三男とその妻、放蕩息子の四男、亡くなった長女の一人娘、さらに偶然ロンドンに滞在していた南アフリカ時代の仲間の息子も参加します。
するとシメオンは「遺言書を書き換える」と高らかに宣言。館内には不穏な空気が流れ……。
- 著者
- アガサ・クリスティー
- 出版日
- 2003-11-11
1938年に刊行されたアガサ・クリスティの作品。「ポアロ」シリーズの17作目で、クリスティの長編のなかで唯一密室殺人を取り入れたものとしても知られています。
莫大な遺産が絡むことから、参加者たちは動揺。そしてその夜、シメオンの惨殺死体が密室状態の部屋で発見されてしまうのです。
クリスマス休暇を返上して捜査に当たる名探偵エルキュール・ポアロが注目したのは、シメオンの性格。一体どういうことなのでしょうか。クリスティが得意な人間関係の描写を存分に楽しめるでしょう。
驚きの密室トリックは、バカミスとはいわれるものの納得感のあるもの。あまりに意外すぎる犯人にも度肝を抜かれる作品です。
ミステリー作家の挑戦がアンチリアルな方向へむかった結果誕生した、バカミスの世界。まるで高級なジョークのように、読者の心を満たしてくれるでしょう。