ミステリー小説の主役といえば、名探偵や敏腕刑事。しかしその裏では、司法解剖やDNA鑑定など死体を扱う「法医学」という学問が重要な役割を果たしています。この記事では、アリバイや動機ではなく、死体に残された証拠から科学的に捜査をしていくさまを描いたミステリー小説をご紹介。どんな小さな証拠も見逃さない法医学者の活躍を堪能しましょう。
内科医を目指す研修医の栂野真琴は、指導教授に勧められ、医大の法医学教室で研修を受けることになりました。法医学教室とは、犯罪捜査や医学的研究のために死体の解剖をおこなうところ。そしてその教室の長である光崎教授は、世界に名を知られる法医学の第一人者でした。
期待と不安を胸に教室の門を叩いた真琴が目にしたのは、医療界のルールを無視して、自身が気になる死体を強引に解剖しようとする光崎の姿。しかし彼が解剖をすると、必ず警察の見分とは異なった事実が発見されるのです。
- 著者
- 中山七里
- 出版日
- 2016-06-15
2015年に刊行された中山七里の作品。文庫版は、東京医科歯科大学の法医学教授が監修をしています。
「ヒポクラテスの誓い」とは、医者の職業倫理を述べた宣誓文のこと。医学の発展に尽力した古代ギリシャのヒポクラテスによって作成されました。患者の不利益になることはしないこと、財産や身分で患者を区別しないことなどが記されています。
真琴は、この「ヒポクラテスの誓い」を胸に医者を目指していました。しかし直接患者の治療をするわけではない、死体の解剖で真実を追い求める光崎の強い信念を前に、医者としての在り方に葛藤していくのです。
見逃されていた真実をメスでさばいていく法医学ミステリー。主人公の精神的な成長にも心を動かされる、読みごたえのある一冊です。
放火されたアパートから見つかった焼死体の腹部から、大量のハエの幼虫が見つかるという怪事件が起こります。頭を悩ませた警察は、法医昆虫学者に捜査協力を求めることにしました。
刑事の岩楯と鰐川の前に表れたのは、法医昆虫学者の赤堀涼子です。ただ岩楯は、死体に群がる虫や事件現場にいる虫を分析する手法を信用することができません。
しかしそんな彼も、「虫の声」を聴く赤堀が事件の真相に迫るのを目の当たりにし、しだいに心を開いていきます。警察と法医昆虫学者がタッグを組んで、事件の解明に乗り出します。
- 著者
- 川瀬 七緒
- 出版日
- 2014-08-12
2012年に刊行された川瀬七緒の作品。「法医昆虫学捜査官」シリーズの1作目です。もともとは『147ヘルツの警鐘』というタイトルで、文庫化の際に改題されました。
法医昆虫学は実在する法医学の分野。日本ではまだそれほど知られておらず、未知の仕事の様子は読んでいるだけでワクワクできるでしょう。
警察と法医昆虫学がタッグを組んで事件の解明に乗り出すのですが、虫好きで変人の赤堀をはじめ、個性豊かな登場人物たちがくり広げる会話劇はコミカル。二転三転する事件の真相も気になって、どんどん読み進めてしまう作品です。
県警捜査一課の検視官として働く倉石。飄々としてつかみどころがなく、何を考えているのがわかりにくい男ですが、仕事にかけては卓越した能力をもっています。
捜査員が自殺と断定した死体が他殺であることを見抜いたり、わずかに残された証拠品から事件の全容を解明したりと、捜査の場では欠かせない存在です。
- 著者
- 横山 秀夫
- 出版日
- 2007-09-06
2004年に刊行された横山秀夫の連作短編集。テレビドラマ化、映画化もされています。
主人公の倉石は、事件現場に駆け付けて初動捜査にあたる「検視官」。警察大学校で法医学を修了した者がなることができる職業です。死亡推定時刻や死因を特定するだけでなく、鋭い洞察力と天才的なひらめきで、事件の真相や背景を次々と暴いていく姿は圧巻でしょう。
結末はどれも意外性のあるものばかり。軽快な筆致で読みやすく、ミステリー初心者の人にもおすすめです。
各分野のスペシャリストを起用して、警視庁に新設された科学特捜班、通称「ST」。
文書鑑定担当の青山、化学担当の黒崎と山吹、物理担当の結城、そしてSTのリーダーを務める法医学者の赤城などが所属しています。彼らはそれぞれの分野で並外れた能力を発揮していますが、性格もかなり個性的。組織になじむことができず、他の捜査員たちからは疎まれていました。
しかしSTメンバーは、そんな逆境をものともせずに洞察力とプロファイリングを駆使して、事件の裏にとんでもない事実が隠されていたことを見抜きます。
- 著者
- 今野 敏
- 出版日
- 2014-05-15
1998年に刊行された今野敏の作品。シリーズ化され、ドラマや映画など何度も映像化されています。
他の警察小説と異なる点は、STのメンバーは一般職であり、厳密には警察官ではないということ。服装などの規定に従う必要もないため、思い思いの格好をしています。
法医学者の赤城は、対人恐怖症のため医者になることを断念して、死体を扱う法医学の道に進んだとのこと。一匹狼を気取っていますが、自然と人を惹きつける魅力があり、メンバーからも慕われています。
個性豊かで曲者揃いの彼らが真実を追い求めるさまは、さながら戦隊モノのよう。チーム戦の魅力を楽しめる警察ミステリー小説です。
バージニアの州都で起こっている連続殺人。狙われるのはひとり暮らしの女性ばかりで、みな無残な姿で発見されていました。
一連の事件の捜査に加わることになったのは、女性検屍官のケイ・スカーペッタです。彼女は医学博士のみならず、弁護士資格や病理学の学位をもつ超エリート。しかしそれゆえに、警察内部から反感を買い、嫌がらせを受けることもありました。
誹謗中傷を受けながらも捜査に挑むケイ。そんな彼女にも、犯人の魔の手が襲い掛かります。
- 著者
- パトリシア・コーンウェル
- 出版日
- 1992-01-08
アメリカの作家、パトリシア・コーンウェルの代表作。コーンウェルは、犯罪小説を執筆するためにアメリカの検屍局で働くなど、驚きの経歴をもつ人物です。
本作がアメリカで刊行されたのは1990年のため、科学技術の面は時代を感じる部分もありますが、当時最先端だったDNA捜査や、コンピュータに関する作者の豊富な知識が存分に盛り込まれていて、テンポよく読み進めることができるでしょう。
法医学を用いた捜査はもちろん、男性社会で働く女性の苦労と奮闘ぶりが描かれていて、社会派小説としても読むことができます。法医学ブームの火付け役ともいえる作品なので、手に取っておきたい一冊です。
1966年に起きた袴田事件や、1990年の足利事件、1997年の東電OL殺人事件……どれもDNA鑑定の結果が証拠となって冤罪が確定し、大きな話題となりました。
日本中を震撼させた大事件から、保険金目当ての殺人事件まで、科学捜査が真相解明の決め手となった事例は数多く存在します。
これらの捜査や裁判が、どのような経緯で進んでいったのか気になりませんか?
- 著者
- 押田 茂實
- 出版日
- 2018-04-04
2018年に刊行された押田茂實の作品です。押田はDNA鑑定の第一人者と呼ばれ、およそ50年にわたって法医学分野で尽力してきた人物。本作は小説ではなく、彼がこれまで捜査に関わった事件を、法医学の見知から解説した新書になります。
科学捜査によって無罪となった事例もあれば、科学的証拠があるにも関わらず裁判では退けられてしまった事例も。捜査における法医学の重要性を考えさせられるでしょう。日本の警察や裁判制度の課題も浮き彫りになっています。
現実は時に、フィクションよりも難解で残酷。法医学ミステリーのファンも興味深く読むことができるでしょう。淡々とした文章からにじみ出る押田の想いを汲み取ってみてください。
法医学を用いたミステリー小説と、ノンフィクション作品を紹介しました。死体を扱う仕事なだけあり、法医学者は一風変わった個性をもっている人物として描かれる傾向があります。彼らのキャラクターも大きな魅力となっている法医学ミステリーをぜひ読んでみてください。