ソフトバンクCMの「ホワイト家族」シリーズで有名なCMプランナーの澤本嘉光が手掛けた映画といことで注目を浴びている『一度死んでみた』。1分間CMからも溢れるスピード感と可笑しさに、この作品の魅力が凝縮されているのが分かります。 2019年11月に同作品のノベライズも出版されました。今回は小説版の魅力をご紹介。読みやすく、それでいて驚愕の展開でも文字のみなので自然に想像できる魅力があります。この記事で詳しくその魅力を見ていきましょう。
小説版『一度死んでみた』は同作品の映画公開に先駆けて、澤本嘉光と小説家の鹿目けい子が共同で制作したノベライズ作品です。
鹿目けい子は脚本家として活躍をしている一方で、『乙女プロレス』や『すもうガールズ』など、一風変わった切り口から青春を駆け抜ける少女を描く作品を手がけています。今回ご紹介する小説版『一度死んでみた』でも、仮死状態の父親を救うため駆け回るデスメタル好きの少女を爽快感たっぷりに描きます。
また、脚本家であり小説家でもあるため、本と映像作品それぞれの魅力を熟知しており、小説版『一度死んでみた』もいかにも小説といった感じの堅苦しさは無く、読みやすい文章です。
その「読みやすさ」はノベライズの他にイラストの追加など手を加えられた児童文学版が出版されるほど。元の脚本がコミカルな上に起承転結がはっきりしているので、大人も子供も関係なく楽しめる内容なのです。
この記事では、そんな読みやすさの魅力をさらに詳しくご紹介させていただきます!
デスメタルバンド「魂ズ」のボーカル・七瀬は、5年前に母親が病死して以来、父親の計(はかる)のことが大嫌いになりました。大学生になった今でも事あるごとに彼に「死ね」と言い反抗し、その感情を歌で叫ぶ日々。
そんなある日、計は突如、急死してしまいます。七瀬は酷く動揺しますが、実はこれは彼が経営する会社が開発した「一度だけ死ぬ薬」の効果によるもので、2日後には蘇る予定でした。
ところがその裏で、新薬の製造方法が書かれた開発ノートと計の会社の乗っ取りを企む社内の裏切り者により、計は本当に火葬されそうになっていたのです。
偶然その陰謀を知った計の秘書の松岡とともに、七瀬は火葬される前に計を蘇らせることを決意します。
「おいネコタヌキ!まだ社長に言いたいことあるんだろ!」
「たくさんあるわよ!生き返らせて死ぬほど文句言ってやる!」
(幻冬舎文庫『一度死んでみた』より引用)
七瀬は大嫌いな父親を蘇らせることが出来るのか?そして不仲な父娘関係は変えられるのか?
映画はもちろんのこと、小説版での父娘それぞれの視点が入れ替わり立ち代わり描かれる物語展開にも、ぜひ注目していただきたいです。
『一度死んでみた』の登場人物達は皆クセが強くて個性的です。ともすればわざとらしくなってしまいそうなキャラクター的な設定も、活字で読者が想像で補うことで、すんなりと想像しやすいように描かれています。
主人公の七瀬は難関大学の薬学部に一発合格出来るほど優れた理系脳の持ち主。しかしとにかく父への反抗心が強い人物です。
大学合格後にデスメタルに傾倒し父への不満を歌い上げるのは序の口で、家に入れば赤いテープで父との境界線を作り、当人を前にすれば必ず口論になり、臭い臭いと消臭剤を吹きかけ、チャットツールでは「一度死ね」と書かれたスタンプを何度も送りつける始末です。
一方でその父である計はその度に娘の言動を嗜めますが、こちらも口を開けば自分の会社に入りなさいと会話が噛み合わない人物。さらにどこまでも論理的で、七瀬が臭いと感じるのは生物学的に近親相姦を防ぐための防衛本能であり……などと、何かと物事を長々と説明口調で話す癖があります。
そんな父娘に振り回されているのが計の秘書の松岡です。
彼はライブ中の七瀬のデスデス言ってばかりの歌詞にぼやいたり、計の前で七瀬を生意気と言ったりする場面があるのですが、びっくりするほど存在感がありません。
そんな彼のあだ名は「ゴースト」。自動ドアが感知しないほど存在感が薄いという残念すぎる人物です……。
さらにこの作品、生きた人間ばかりでなく死後の登場人物もいるのですが、なかでも特徴的なのが、あの世の案内人の火野。シルクハットを被った紳士風の出で立ちなのに出会うのは三途の川。かと思えばスマートフォンでボートを予約するなど、ちぐはぐでキャラクターの濃いキャラです。
あの世に連れて行きたい火野と、2日後に生き返るつもりの計のやりとりはお互いに必死で笑ってしまいます。
主要人物に限らず出番の少ない脇役も個性的な本作。このあたりはCMプランナーである澤本嘉光の短時間で印象に残す人物を生み出す力が感じられます。
小説版のあとがきに書かれた本人コメントを借りるならば、「どうでもいいけどちょっと笑えることがこのストーリーには詰まっている」うちのひとつが、登場人物たちなのです。
- 著者
- ["澤本 嘉光", "石井 睦美"]
- 出版日
- 2019-12-13
本作の魅力のひとつがテンポのいい面白さですが、小説版では文字で読んでこその面白さがあります。
というのも、映画と違って小説は登場人物達の動作も文章で説明するので、その台詞の可笑しさや行動の滑稽さをあらためて言葉で噛み締めることになるのです。
たとえば「お元気ですか!」「死んでます!」という挨拶で始まる七瀬のデスメタルライブの様子や、七瀬と計の激しい口喧嘩中にずっと鳴り響くスタンプ受信の間抜けな音、娘に臭いと言われて否定しつつも自分の匂いを確かめる計の人間味、クリスマスにいい雰囲気になっている七瀬と松岡を間近でひやかす火野と焦る計……。
とにかくリズミカルな掛け合いがこれでもかと詰め込まれ、物語全体をとおして「読んで」笑ってほしいシーンが多々あるのです。
この後で紹介するこの作品に隠された重要なテーマから考えても、『一度死んでみた』は映画の他にもぜひ、小説版も手に取っていただきたいお話です。
本作は基本的にコメディタッチが魅力の楽しい物語ですが、その根底には「気持ちは言葉で伝えないと伝わらない」というテーマがあります。
それは物語のあるシーンで台詞としてダイレクトに伝えられますが、特に小説の中では言い方を変えて度々見かける、著者からのメッセージです。
七瀬と計の父娘はお互いに言いたいことを伝えるのが下手で、あるいは自分でもどうしたいのか自分の気持ちを把握していない時もあります。ですが物語が進むにつれて、少しずつお互いに知らなかった面を知り、同時に自分の気持ちとも向き合っていきます。
テンポが良く面白い、まさに娯楽作品として優れている『一度死んでみた』ですが、「ああ面白かった!」では終わらない深い魅力もしっかりと備えているのです。
自分の会社が作った薬の効果で2日だけ死んだ計ですが、この体験により彼は普通に生きていることがいかに尊いかを学びます。本当に死ぬかもしれない状況で、見えない場所で娘を見守っていた彼は、「もっと話しておけば良かった」という強い後悔を感じたのです。
七瀬もまた計の言葉に共感し語ります。大事なことは大好きな人と一緒に年をとり、少しでも長くその声を聞くことだと。
誰もがいつかは死んで話せなくなる。だからこそ当たり前に語り合える時間は尊く、大切にしなければならない……。
小説版『一度死んでみた』を読み進めて見えてくるのは、人間は必ずしも誰かとすれ違ってしまっているというということ。七瀬と計がすれ違っているというストーリーですが、彼らだけの課題ではないということが終盤に進むにつれてさらに強く感じられるのです。
独語は、どんな相手であれ気持ちは言わなければ伝わらない、という当たり前だけどなかなか普段からは実行できないことを学べるはず。あなたも読んでみたらいろいろな気づきがあるかもしれませんよ。
このあとは最後に、小説版を踏まえて、映画版の見所をご紹介します!
- 著者
- ["澤本 嘉光", "石井 睦美"]
- 出版日
- 2019-12-13
『一度死んでみた』は映画も小説も共通して小気味いいテンポが魅力の作品です。
その一方で、じんわりと胸が温かくなるストーリー展開と、見ている私達にも共感できるメッセージが込められています。
誰かが亡くなる悲しみや後悔。そこから開花する心の成長は、映像化することでよりリアルに私達の心に届くことでしょう。
映画では主演の広瀬すずさんや堤真一さんら豪華キャストがこの物語を現実の姿にしてくれますが、もし機会があれば映画とともに小説版『一度死んでみた』を手に取り、あとがきまで読むことをおすすめします。
あとがきに載っている脚本家・澤本嘉光のコメントを読むと、『一度死んでみた』をより深く楽しめること間違いなし。この作品がいかに熱くこだわって書かれた物語かが伝わってきますよ。
映画版の詳細は公式サイトや動画でご覧ください。
広瀬すずが出演した作品を見たい方は、こちらの記事もおすすめです。