ハチ公の意外な7つの事実!渋谷の像は2代目?おすすめの本、漫画も紹介

更新:2020.3.31

待ち合わせスポットとしても有名な東京・渋谷駅にある「ハチ公像」。亡き主人を待ち続けた忠犬ハチ公の物語は、日本だけではなくハリウッドでも映画化されるほど有名なものです。 そんな時代を超えて人々の心を打つ忠犬ハチ公の物語は、どのようにして生まれたのでしょうか? さまざまなエピソードを、ハチ公について書かれた本と一緒にご紹介します。 ちなみに2021年夏には、映画『ハチとパルマの物語』がロシアで公開予定です。その前に、知っているようで知らないハチ公についてご覧になってみるのはいかがでしょうか?

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ハチ公ってそもそもいつの時代の話?

ハチ公ってそもそもいつの時代の話?
出典:Wikipedia,2020.1.9

ハチが生まれたのは、大正12年(1923年)11月10日、秋田県でした。年明け早々、ちょうど秋田犬を飼いたいと探していた、東京帝国大学(現在の東京大学)教授の上野英三郎教授に引き取られます。

まだ子犬ながら、なんと米俵に入れられて、秋田から東京へ20時間かけて旅をしてきたハチ。上野教授の家にはすでにジョンとエスという犬が飼われていて、ハチはそこで一緒に暮らすことになりました。

ハチはジョンとエスとは仲良く過ごすことができたようです。上野教授にも懐き、渋谷駅への送り迎えはハチの習慣になっていました。ハチにとって、教授たちと暮らす日々は、とても幸せなものだったのでしょう。

しかし、そんな幸せは1年半後、上野教授の急死で終わりを告げます。教授の奥さんだけでは、3匹の犬の世話は難しく、ハチは違う家へと預けられることに……。

ところが、そこでハチは人に飛び掛かったり脱走したりと、問題行動を起こすようになってしまいました。上野教授との急な別れがストレスだったのかもしれません。

秋田犬はとても体格のいい犬です。大きな身体であばれるハチは、しだいに厄介者扱いされます。結局、預かり先を追い出され、上野教授の知人だった小林菊三郎という人の元で飼われるようになります。

上野教授とのつながりが2人を結びつけたのか、小林はハチのことをとても可愛がり、ハチもまた落ち着きを取り戻すようになりました。するとハチは小林の家から渋谷駅へ通うようになります。そう、まるで上野教授を送り迎えしていた時のように。

詳細までは知らなかったとしても大筋を知っていたという方はいらっしゃるのではないでしょうか。ちなみに2021年の夏には、ロシア版ハチ公と呼ばれているパルマの物語が映画化されます。タイトルは『ハチとパルマの物語』ということで、どうハチ公が関わってくるのかも見所です。

これ以降は、時代を超えてもなお映画化などのニュースが絶えないハチについての事実をいくつかご紹介いたします!

事実1:当初はかなりひどい扱いをされていた?

上野教授を亡くしてからのハチは、それまでの幸せな日々から一転、波瀾万丈な時間を過ごすことになりました。

上野教授の死後、問題行動を起こすようになり、預け先から追い出されたり、殴られたりすることもありました。渋谷駅に通い始めた当初も邪険にされたりイタズラをされたりすることがあったのです。

体の大きな秋田犬が、1匹だけで駅前をうろうろしていると、「危険だ、邪魔だ」といわれました。時には蹴られたり水をかけられたり、顔に落書きをされたりすることもあったそうです。

また、ハチの生きていた当時は野犬も多く、野犬狩りがありました。駅付近をうろうろしているハチも幾度か捕まったようです。

今であれば、「何てひどいことを……」と思いますが、当時、ハチの事情を知っている人は多くなかったはずです。また、野犬の恐怖もあった時代、たった1匹で毎日駅にやってくるハチは、奇異な存在に見られていたのでしょう。

ただ、そんなあつかいを受けても、ハチは駅に通うことをやめなかったのです。

事実2:報道で一転する、ハチ公の評価

渋谷駅に通うハチは、通行人や駅員から邪険にされることも多くありました。そんなハチのことを不憫に思ったのが、事情を知る斎藤弘吉という人物です。

斎藤は、ハチがどうして駅に通うのか、その事情を新聞に寄稿しました。すると記事は多くの人の心を打ち、ハチは一躍有名になりました。あれほど邪険にされていたのが一転、ハチを見に来る人や、食べ物を持って来る人が増えるようになったのです。

渋谷駅ではその人気に便乗して、「ハチ公せんべい」や「ハチ公チョコレート」などのグッズ販売をする店も現れました。まさにハチ公ブーム到来です!

事実3:ハチ公像はブームのひとつ!

今では渋谷の定番待ち合わせスポットとなっている「ハチ公像」。これはハチの死んだ後に作られたと思っていませんでしたか? 実はこの銅像もハチ公ブームに乗って建てられたものなのです。

銅像は、ハチがまだ生きていた1934年に作られました。その人気は絶大で、除幕式には見物人が大勢押し寄せ、渋谷駅は大変な混雑になったそうです。

他にもハチ公の人気をうかがわせるエピソードはたくさんあります。たとえば、1934年に公開された映画「あるぷす大将」には、ハチが銅像とともに出演していたり、「ハチ公の歌」というサトウハチロー作詞のレコードがリリースされたりしています。

ハチがどれだけ人気だったか、よくわかりますね。

事実4:実は今あるハチ公像は、2代目?

事実4:実は今あるハチ公像は、2代目?
出典:Wikipedia,2020.1.9(初代ハチ公像)

ハチ公ブームに乗って作られた「ハチ公像」ですが、1944年になると太平洋戦争が激しくなってきました。

長引く戦争で物資が不足し始め、兵器の材料となる金属は、お寺の鐘や道路のマンホール、一般家庭の鍋やブリキのオモチャまでが回収されるようになります。「ハチ公像」もまた、その回収対象でした。

「ハチ公像」を作った資金の中には、ハチの姿に感動した多くの人によるのはもちろん、日本やアメリカの子供の募金も含まれていました。そんな「ハチ公像」が、時代の流れとはいえ、回収され溶かされてしまったのです。

戦争が終わると、「ハチ公像」の復活を望む声が多くあがりました。そこで初代ハチ公を作った彫刻家・安藤照の息子、安藤士によって2代目の制作が決定。そして1948年、今のハチ公像が設置されたのでした。

事実5:渋谷以外にも、全国各地にハチ公像がある!

事実5:渋谷以外にも、全国各地にハチ公像がある!
出典:Wikipedia,Wavisabi,2020.1.9(大館駅構内のハチ公の銅像)

「ハチ公像」といえば渋谷駅にあるもの、と思っていますよね?もちろん最も有名なのはそうでしょう。しかし実は「ハチ公像」、他にも存在しているのです。

まず、秋田県の大館駅前にある「ハチ公像」。ハチは秋田犬で、子犬の頃に大館駅から列車に乗せられ、上野教授のもとへ届けられたといわれています。その縁もあってか、駅前に「ハチ公像」が建てられています。

この像も戦時中に回収されてしまいましたが、後に再建されました。耳がピンと立っていて、渋谷駅の「ハチ公像」よりも少し凛々しい雰囲気なのが特徴です。

同じく秋田県大館市には、秋田犬にまつわる秋田犬会館という建物があります。そこにも「望郷のハチ公」という銅像が立っています。こちらは渋谷駅のものと同じく左耳が垂れているのが特徴。ハチの晩年の姿を伝える像として、2004年に完成しました。

日本で最も有名な秋田犬と言っても過言ではないハチ。秋田犬会館で多くの人に秋田犬の魅力を伝えているのでしょう。

東京には、渋谷の他、東京大学のキャンパス内にもその姿があります。ハチの飼い主で上野英三郎が東大の教授だったことから、「人と動物の相互敬愛の象徴」として建てられたそうです。

他の像とは違い、ハチが上野教授を出迎えて喜んでいるシーンを再現しており、生き生きとしたハチの姿を見ることができます。門が開いている時間ならば入れますので、近くに行った際はぜひご覧になってはいかがでしょうか。

事実6:死に方が切ない。たくさんの人から見送られた最後

1935年3月8日、11歳のハチは静かに息を引き取りました。普段のハチは行かないような、駅の反対側の路地で亡くなっていたそうです。なぜそんなところで死んでいたのかはわかりませんが、死因は心臓まで達したフィラリア病だといわれています。

ハチの死が伝わると、上野教授の奥さんや飼い主の小林菊三郎をはじめ、たくさんの町の人々が渋谷駅に集まってきました。

水や花やチョコレートを供えたり体を撫でてやったり……多くの人がハチとの別れを悲しんだそうです。読経はなんとお坊さん16人がかりで行われたといいます。

骨は大好きな上野教授と同じ青山墓地に埋葬してもらえたハチ。この粋なはからいに「やっと会えたね」と思わず涙する人も少なくないでしょう。

事実7:実は、今でも会える?剥製になっていた!?

事実7:実は、今でも会える?剥製になっていた!?
出典:Wikipedia,Momotarou2012,2020.1.9(ハチの剥製 (国立科学博物館))

こうして語り継がれてきたハチの物語。実は今でも本物のハチに会うことができます。

その死後、亡骸が上野の国立科学博物館に寄贈されました。骨は上野教授と同じ青山墓地に埋葬されていますが、身体は剥製にされ、今なお展示されているのです。

当時のハチの姿を見ることができるのはとても貴重なこと。上野に行った際はぜひ国立科学博物館に足を伸ばしてみてください。

ハチ公に関するおすすめ本:まずはこれ!親子で楽しめる愛情溢れる物語

 

青い鳥文庫より刊行されている本作は、小学校中学年程度から読めるようわかりやすく書かれています。 

子犬だったハチは、列車に乗って上野教授のもとへやってきました。可愛がって育てられ、毎日仕事へ出かける上野教授を駅まで送り迎えするようになります。

ところがある日、大好きな教授が急死してしまい……。ハチの生涯を読みやすい言葉と文章でつづったノンフィクションです。

亡くなった主人を想って駅に通い続けるハチの姿は有名ですが、そこにいたるまでの内容は知らない方が多いのではないでしょうか。飼い主の上野教授や奥さんがどのようにハチを可愛がっていたかなど、ハチと教授の絆のエピソードを知ることができます。

子供向けの本ではありますが、大人も十分に楽しめる内容です。ぜひ親子で読んでみてはいかがでしょうか。

 

著者
田丸 瑞穂(写真) 岩貞 るみこ
出版日
2009-07-16

ハチ公に関するおすすめ本:ハリウッド映画の漫画化!ハチの表情が最高に可愛い

 

アメリカ東海岸の町に住む大学教授のパーカーは、ある日、迷子の子犬を見つけます。首輪に「八」と書かれていたことから、ハチと名付けられた子犬。

パーカーの愛情を受けて幸せに過ごし、やがて、パーカーが毎日通うベッドリッジ駅まで送り迎えをするようになりました。しかし、別れの日はある日突然訪れて……。

リチャード・ギア主演のハリウッド映画「HACHI約束の犬」を漫画化した本作。漫画家の黒沢明世は、犬の物語に定評がある作家です。その評判通り、本作のハチは、表情が豊かで、顔を見ているだけでその気持ちが伝わります。 

映画のコミカライズなので、映画を観た方はその時の感動のシーンがオーバーラップするでしょう。また別の「ハチ」の世界観を楽しめる作品でもあります。漫画ならではの表情は必見です。  

 

著者
黒沢 明世
出版日
2009-07-29

ハチ公に関するおすすめ本:「忠犬」を生み出したのは何者か?文化学者が見抜く現実

 

ここまで比較的誰でも読めるハチ公に関する書籍をご紹介しましたが、最後に大人だから楽しめる1冊をご紹介いたします。

「忠犬」の物語は、日本にとどまらず世界中にあります。スコットランドのスカイテリア、フレーフライアーズ・ボビーは、主人のジョンを亡くしてからの14年間、ジョンの埋葬された墓の傍らで過ごしました。

他にも、「フランダースの犬」で有名なパトラッシュは、少年と深い友情を育みました。

そんな「忠犬」はどのようにして生まれるのか、日英文化の比較や社会史、文化史の視点から探っていく1冊です。

著者の飯田操はイギリス文化を研究する学者であり、本作は、ハチやパトラッシュなどの忠犬を通し、そういった存在を生み出す時代背景や社会問題を取り上げています。

ハチを題材にした感動作が多いかたわら、その裏にある現実を鋭く見据える内容になっています。ハチの存在を、新たな視点から見てみたいという方におすすめです。

2021年夏には、ロシア版ハチ公「パルマ」が映画化されるということで、その前にこの本から「忠犬」について考えてみるのも面白いかもしれませんよ。

 

著者
飯田 操
出版日
2013-07-19

いかがでしたか? 忠犬として有名なハチですが、そう呼ばれるまでには波瀾万丈なエピソードもありました。多くの小説やドラマにされているハチは、時代も国境も超え、これからもたくさんの人の心に感動を届けるはずです。ぜひこの機会にハチ公の物語を読んでみてはいかがでしょうか。

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