傑作の宝庫といわれる「北欧ミステリー」。世界各国で翻訳され、映画化された作品も多数あります。その理由は、北欧諸国にとってミステリーが社会を批判する手段であり、エンタメを超えた面白さをもっているからでしょう。この記事では、そんな北欧ミステリーのなかでも特におすすめしたい6作をご紹介します。もっとも優れた推理小説に贈られる「ガラスの鍵賞」の受賞作もチェックしてみてください。
かつて国家犯罪捜査局で長官を務めていたラーシュ。現役時代は「角の向こう側を見通せる男」と呼ばれた伝説の捜査官です。しかし定年後に脳梗塞で倒れ、右半身に麻痺が残ってしまいました。
ある日病院の医師から、25年前に起きた凄惨な少女暴行殺害事件にまつわる相談を受けます。牧師だった父親が懺悔で聞いた情報をもとに、犯人について調べはじめるのですが、すでにこの事件は時効になっていました。
- 著者
- レイフ・GW・ペーション
- 出版日
- 2018-02-13
スウェーデンの小説家であり、犯罪学者として国家警察委員会の顧問も務めていたレイフ・GW・ペーションの作品です。北欧5ヶ国の推理小説のうちもっとも優れたものに贈られる「ガラスの鍵賞」のほか5冠を獲得しています。
すでに引退しているラーシュを捜査に突き動かすのは、「正義」以外の何ものでもありません。彼の行動には、スウェーデン国民が抱く「正しい生き方」が反映されているのではないでしょうか。
また身体の自由が利かないラーシュを支える介護士の女性や、ロシア出身の用心棒、脇役としてはあまりに悪目立ちしている捜査官など、個性豊かな登場人物たちも魅力的です。
さらに事件はすでに時効になっているので、犯人を特定した後に彼らがどのような 行動をとるのかもポイント。罪を償うとはどういう意味なのか、「許されざる者」をどう罰することができるのか、注目してみてください。
老人ホームで暮らすイェルロフのもとに、突然1足の靴が送られてきました。それは20数年前、エーランド島で行方不明になった幼い孫イェンスが履いていたもの。
イェンスの母のユリアは、息子が姿を消してからというもの心を閉ざして家族と疎遠になっていましたが、父親のイェルロフから連絡を受け、久しぶりに故郷へ戻ってきます。
身体の自由は利かないながらも頭脳明晰なイェルロフは、真実と向き合うため、ユリアとともに事件の真相を追っていくのです。
- 著者
- ヨハン テオリン
- 出版日
- 2013-03-08
スウェーデンの推理作家で、ジャーナリストでもあるヨハン・テオリンの作品。「エーランド島4部作」の1作目で、北欧ミステリーの傑作といわれています。
イェンスが行方不明になって以来、自責の念に苦しみながら生きていた家族は、20数年の時を経て真実を受け止める覚悟をもつことができました。事件の真相を求めながら、傷ついた父娘の関係にも変化が表れていきます。年老いてもなお、力と知恵を振り絞って事件に立ち向かっていくイェルロフの姿に胸を打たれるでしょう。
ミステリー小説としての面白さもさることながら、エーランド島の美しい情景や穏やかな世界観に、北欧ミステリー独特の静寂を感じることができます。そして最後に突き付けられる真相が、静かな水面に起きた水紋のように余韻を残す物語です。
コペンハーゲン警察のカール・マークは、生え抜きの有能な刑事でしたが、とある事件で同僚と一緒に銃撃され、自分だけが生き残ったという負い目を抱えていました。自暴自棄になって生きていましたが、新設部署「特捜部Q」への異動と統率を命じられます。
未解決の重大事件を専門に扱う部署、とのことですが、実際のところ部下は変わり者のアサドだけで、オフィスは窓もない地下室です。
手始めに、5年前に起きた女性議員の失踪事件を再調査することに。すると次々と新事実が明らかになっていき……。
- 著者
- ユッシ・エーズラ・オールスン
- 出版日
- 2012-10-05
デンマークの作家ユッシ・エーズラ・オールスンの、初めてのミステリー小説。「特捜部Q」シリーズの1作目で大ベストセラーとなり、世界36ヶ国で翻訳されたほか、映画化もされました。
トラウマを抱えて協調性をなくしてしまったカールと、奇人なのに実は有能な部下アサドのコンビがユーモアたっぷり。見事なバディぶりが魅力です。
また個性的な登場人物に気をとられがちですが、物語は非常にスリリングで失踪者の事件当時の壮絶な状況と、徐々に捜査が真相に近づいていく様子が交互に描かれ、真実と推理がじわじわと距離を縮めていく手に汗握る手法が使われています。
作者のオールスンは、本作をきっかけにデンマークを代表する作家になりました。残りのシリーズもぜひ読んでみてください。
雑誌「ミレニアム」の発行責任者をしていたミカエル。大物実業家の不正事件を暴く記事を掲載したところ、名誉棄損で有罪判決を受けて仕事を失ってしまいました。
そんな彼に、とある人物から連絡が。約40年前に孤島で姿を消してしまった少女の事件について調査をすれば、実業家が不正をしていた決定的証拠を与えるというのです。
ミカエルのもとに助手としてやって来たのは、背中に見事なドラゴンの刺青を入れ、トラウマを背負った社交性ゼロの天才ハッカー、リスベット。こうして2人は、失踪事件の再調査に挑んでいきます。
- 著者
- スティーグ・ラーソン
- 出版日
- 2011-09-08
スウェーデンの作家でありジャーナリストでもあるスティーグ・ラーソンの作品。2005年に刊行されると瞬く間に国民的小説になり、「ガラスの鍵賞」ほか数々の文学賞を受賞しています。日本でも「このミステリーがすごい!」で2位にノミネートされました。
世の中の悪を暴くジャーナリストのミカエルと、類まれな情報スキルをもちながら精神異常者のレッテルを貼られた女性リスベットの物語が交互に語られる構成です。
作品のテーマは、女性への暴力。そのほか、人身売買や政治腐敗など、スウェーデンという国が抱えている問題について触れられています。
文庫版で上下巻、事件の発生から現在までの時系列も長いですが、散りばめられた伏線がすべて回収されていく様子はお見事。思わぬ方向に転がりながらも、最終的にはすべての要素がぴたりとピタリと真相に繋がる快感を味わえるでしょう。
住宅建設地で、数十年前のものとみられる人間の肋骨の一部が発見されました。現場はかつてサマーハウスがあった場所で、近くにはアメリカ軍やイギリス軍のバラックもあったとか。
犯罪捜査官のエーレンデュルが関係者から証言を集めていくと、「緑衣の女」と、その家族にまつわる悲惨な出来事が明らかになってきました。
- 著者
- アーナルデュル・インドリダソン
- 出版日
- 2016-07-10
アイスランドの作家アーナルデュル・インドリダソンの作品。本作も「ガラスの鍵賞」を受賞しました。
発見された人骨は誰のもので、犯人は誰なのかという謎解きよりも、事件が起きた背景を中心にストーリーが進んでいきます。
事件の捜査と並行して語られるのは、夫が妻に対して壮絶なDVをしている家族の物語。その描写はかなり克明で、思わず目をを覆いたくなるものです。暴力とは、体や心を壊すだけでなく、魂すらも殺すもの……それでも必死に我が子だけは守ろうとした女性の、愛と絶望が描かれています。
エーレンデュルが抱える家族の問題もあり、それぞれが終盤にかけて一気に収束していくので、目を話すことができません。常にほの暗い空気をまといながらも、ラストは少し救いのある終わり方。妥協せずに書きたいことを書ききるという作者の強い意志を感じる作品です。
運河の水門近くで、泥の中から全裸女性の絞殺死体が発見されました。身元がわからず捜査が進展しないなか、アメリカからの電報で、その女性はアメリカ人旅行者のロセアンナだと判明します。
ロセアンナは固定観念にとらわれず、論理的な考えをできる当時では稀有な女性だったそうですが、性に奔放な一面をもっていました。
刑事のマルティン・ベックは、彼女と関係をもった男たちの証言を探りながら、犯人を追っていきます。
- 著者
- ["マイ・シューヴァル", "ペール・ヴァールー"]
- 出版日
- 2014-09-25
スウェーデンの作家、マイ・シューヴァルとペール・ヴァールー夫妻が手掛けた作品。北欧ミステリーの草分けといっても過言ではない「マルティン・ベック」シリーズの1作目です。1965年に刊行されました。
マルティン・ベックは体調に不安を抱え、実は家庭もうまくいっていない中年刑事です。まだ電話もFAXもない時代、地道で地味な捜査はなかなか進展せず、彼らの焦燥感が伝わってくるでしょう。
淡々と物語は進んでいきますが、華やかな謎解きがないことがかえって凄みを感じさせてくれる、ハードボイルドな北欧ミステリーになっています。