ことばたちとの出会い、意識しなくともそれらは私のなかに入り込んでいく。そうしてどこからかできるのがうたやことばなんだとも思う。The Wisely Brothersというバンドでギター・ヴォーカルをやっています。作詞や作曲をする私の本の中のことばとの出会いと感想を書いていきます。初回は本屋で手を伸ばし最近自分の近くにいた本を3冊、紹介します。
- 著者
- 武田 百合子
- 出版日
- 1982-01-10
一人で京都に行ったのは初めてだった。
限られた時間のなか、過去訪れて「いいな」と思った場所にもう一度訪れていく。私も場所も変わっている。
レンタルした自転車で訪れた「恵文社」ではこのタイトルに目が行った。
「犬が星見た」?
ぱらぱらとめくると日記のような文体で朝食の内容が書かれている。なんか楽しそう、なるほど日本からロシア(当時のソ連)、ヨーロッパを鉄道や飛行機で旅する紀行文学みたいだ。
ぎりぎり間に合った帰りの新幹線で、読み始める。
紀行は日本の横浜大桟橋でハバロフスク号という船に乗るところからはじまる。
私はいま乗っている夜の新幹線が東京へ帰っている気がしなかった。
この乗り物がハバロフスク号である可能性もないわけではないんだ。
サマルカンドでのことば。
“くっちゃくちゃにこぼれ溢れ咲いている真夏の花々。つきぬけるような青磁色の矩形の空。遅れまいと小走りに歩いていた老人がふっと立ち止まった。
「わし、なんでここにいんならんのやろ」老人のしんからのひとりごと。
私もそうだ。いま、どうしてここにいるかなあ。東京の暮らしは夢の中のことで、ずっと前から、生まれる前から、ここにいたのではないか”
彼女のありのままの文章は、他にはないこの紀行だけにある何かを感じる。
作者が誰でどんな年代の紀行なのかは読み進めることで知りたくなってくる。
真っ黒な海を見つめると、私もあの砂漠にいた少年をなぜか思い出してしまいそうだ。
- 著者
- 水木 しげる
- 出版日
鬼太郎をすごく見ていたわけでもないし、どちらかといえば手塚治虫が書きそうな顔だよねと最近言われるのですがこの自伝は特別なものです。
私がもし水木しげると出会えていたらものすごく仲良くしてもらえたのかもしれないと思うほど、駅のホームや家で笑いをこらえながら読んでいました。
下北沢の「CLARIS BOOKS」でタイトルが気になり購入。
彼の過ごしていた景色が色んな意味でぎりぎりでありながら、その中でしか感じることのできない愛おしさにあふれています。そうだな、愛おしさってこうゆうことを言うんだなって思う。
紙芝居や貸本漫画を書いて書いて書いて、物語が思いつかなくても書いて書いて、明日食べるものがなくても、書いて書いて書いていた水木しげるという人物、好きなものに正面から向かう気持ちが彼の文章で本から飛び出してきます。鬼太郎ができるきっかけの話も中には。
特に、軍隊に入ったときのラバウル(パプアニューギニア)での現地民との出会いや生活は聞いたことのない世界のはなし。本当に面白かった。
- 著者
- 中島 らも
- 出版日
友人が「このビデオ、晴子の家で見ようよ」と持ってきたのがこの書籍が原作となった映画『Lie lie Lie』だった。
温度、空気感、話の流れが私の中でピッタリときて、原作を探し下北沢の「CLARIS BOOKS」で発見。
間違えて睡眠薬を大量に飲み謎の素晴らしい原稿を書いてしまった写植家と高校時代同級生だった現 詐欺師、そして大手出版社で働く女史の3人が手を組み、巧みな展開でその謎の原稿を出版させる。
この原稿が箇所箇所にすこし登場する。
“永遠も半ばを過ぎた。私とリーは丘の上にいて
鐘がたしかにそれを告げるのを聞いた”
小説の中の物語も私はすごく気に入った。すこし変だけど澄みきったような美しさがある文章。お話なのにうたのような流れ方をしている。それが謎の原稿であるということも魅力の一つ。
この本はことばや書籍がテーマにありながらも、中島らも独特のコメディを含んだロマンチックで温かいラブストーリーだと思う。
私は孤独の意味を今度こそ知るだろう、という自信のある最後のシーンが何度読んでも大好き。