2019年にアメリカ議会下院がウイグル人権法案を可決するなど、中国政府によるウイグル族への弾圧は国際的にも問題視されています。新疆ウイグル自治区では、一体何が起こっているのでしょうか。この記事では、独立運動を含めた新疆ウイグル自治区の歴史と、弾圧や強制収容所などの現状をわかりやすく解説していきます。
新疆ウイグル自治区は、1955年に設立された中国最大の自治区です。その広さは日本の国土面積の4倍以上にあたる約165万平方km。首都はウルムチで、中国西部最大の都市です。
場所は中国の最西端にあり、インド、パキスタン、アフガニスタン、タジキスタン、キルギス、カザフスタン、ロシア、モンゴルの8ヶ国と国境を接していて、中国国内では甘粛省、青海省、西蔵自治区と隣接しています。
もともとは、自治区の名称にもなっているウイグル族が多数住んでいました。彼らは4世紀から13世紀にかけて活動していたテュルク系遊牧民族の子孫といわれていて、ウイグル語を話すイスラム教徒です。
しかし1954年以降、漢民族の大量流入が起こり、人口が2400万人ほどに増加。その約4割を漢民族が占めています。
漢民族が増えてインフラの整備が進む一方で、ウイグル族の伝統的なイスラム信仰や慣習が虐げられるようになり、人権の弾圧が深刻な問題に。ウルムチ市内には無数の監視カメラが設置され、人民警察、公安警察、武装警察、特殊警察、城管と呼ばれる監視員が展開し、ウイグル族の行動を管理しているのです。
このような弾圧が国際社会で問題視されると、2014年頃 からはジャーナリストの入国や行動への制限、取材を受けたウイグル族への制裁などが厳しくなりました。
その一方で中国政府は、新疆ウイグル自治区を「諸民族が調和して暮らす中央アジア貿易の窓口」と称していて、観光拠点としても積極的に開発。日本の外務省が発表している「海外安全情報」では、「レベル1:十分注意してください」とされているものの、旅行や観光ができる状況です。
新疆ウイグル自治区のある場所は、古代から「西域」と呼ばれていました。シルクロードを通じて、中央アジアや中国との経済的・文化的なつながりをもち、いくつものオアシス都市国家が興隆します。
隋、漢、唐の時代には中国王朝の支配下に組み込まれ、8世紀から9世紀にはウイグル族によるウイグル帝国が興り、13世紀にはモンゴル帝国が、17世紀末にはジュンガル族がこの地を支配しました。
18世紀後半に、中国の清朝とジュンガルが戦った「清・ジュンガル戦争」の結果、清朝が支配すると、イスラム教徒の土地という意味の「回疆」、新しい土地という意味の「新疆」などと呼ばれるようになります。
当時は現地の有力者に官職を与えて自治をうながす「ベク官人制」という政治体制がとられ、イスラム教徒の社会構造がそのまま保たれていたそうです。
しかし清朝の力が衰え始めた19世紀なかば頃から、ベク官人制を担っていた有力者たちから反清を掲げる反乱が相次ぐようになります。なかでもヤクブ・ベクというウズベク人の軍人は、ロシアやイギリスに接近して、清朝の影響力を排除したヤクブ・ベク政権を成立させました。
ただ清朝の左宗棠によって再征服され、1884年からこの地域は漢民族が直接支配する「新疆省」となるのです。1911年の「辛亥革命」で清朝が倒れた後も新疆省は引き継がれ、中華民国に属して漢民族による支配は続きました。
1949年、「国共内戦」にともなう中国共産党人民解放軍の侵攻で降伏。新しく成立した中華人民共和国の支配下になり、1955年に新疆ウイグル自治区が設立されました。
ただし台湾に逃れた中華民国はいまだに中華人民共和国による新疆支配を認めておらず、新疆ウイグル自治区を「新疆省」と呼び、自国の領土だと主張しているのが現状です。
新疆ウイグル自治区では、1957年の「反右派闘争」によって多くの指導者が粛清され、また1958年からおこなわれた「大躍進政策」の失敗によって多くの餓死者が出る事態になります。
さらに1964年からは、中国の核実験場として用いられるようになり、合計46回の核実験によって放射能汚染が発生。住民への健康被害や農作物への影響が懸念されているのです。
また1966年の「文化大革命」では紅衛兵によってモスクが破壊され、イスラム教の宗教指導者が迫害を受け、1967年には紅衛兵同士の武装闘争にウイグル族ら少数民族が駆り出されるなど、新疆ウイグル自治区の社会情勢は大きく混乱しました。
これを受けてウイグル族の間には反漢感情が巻き起こり、1980年代には一触即発の状況に。事態を重く見た中国政府は言論統制を緩和し、モスクの修復、アラビア文字を使ったウイグル語の復興、イスラム教に対する禁教令の解除などの懐柔策に出ましたが、ウイグル族の不満は収まりません。民族自治の拡大や中国からの独立を主張する動きが活発化します。
1989年の「天安門事件」の直前には、ウイグル族や回族らのデモ隊が政府庁舎に乱入。1990年の「バリン郷事件」では、武装警察がデモ隊に発砲し、死者50人、逮捕者6000人を出す騒動になりました。
1996年、中国政府は新疆ウイグル自治区への大規模な経済投資を発表。経済発展によって社会不満を解消しようとする一方で、デモなどに対する取り締まりは厳しくします。2001年の「アメリカ同時多発テロ事件」以降は、ウイグル民族運動をテロと結びつけ、その脅威を強調することで弾圧を正当化していきました。
2003年になると、高等教育の場において少数民族固有の言語を使用することを禁止し、漢語に統一するなど、ウイグル族をはじめとする少数民族への締め付けを強くします。
このような弾圧に対してウイグル族の不満が高まり、2009年に「ウイグル騒乱」が起こりました。これは、広東省の玩具工場で働くウイグル族の従業員と漢民族の従業員の間で生じた諍いがきっかけになったもので、ウルムチ市内でウイグル族と武装警察が衝突する事態に発展しました。
中国政府の発表では、死者197人のうちほとんどが漢民族とされています。しかし事件後に、1万人以上のウイグル族が行方不明になっていることが判明。現在もその真相は明らかになっていません。
2020年現在は、新疆ウイグル自治区の独立運動を主導する組織の多くは、中国政府による弾圧から逃れるために国外に拠点を置いています。ドイツを活動拠点とする「世界ウイグル会議」「東トルキスタン情報センター」、アメリカを拠点とする「在米ウイグル人協会」などが主なものです。これらの組織は、人権団体と連携をとりながら活動しています。
中国政府によるウイグル族への弾圧は、中国政府の報道統制もあり、なかなか国外に情報が出ません。ようやく近年になって徐々にその実態が明らかになり、国際社会に大きな衝撃を与えています。なかでも特に注目されているのが、「強制収容所」と「PUBF」です。
新疆ウイグル自治区内に500ヶ所以上あるとされる強制収容所には、現在100万人以上のウイグル族が収容されているといわれています。ウイグル族の人口が約1000万人なので、およそ1割が収容されている計算です。
対象となるのは国外にいるウイグル族も含まれます。彼らには中国政府から帰国命令が出され、帰国したところで逮捕されるのが一般的だそう。もし帰国命令に従わない場合は、中国国内にいる家族、親戚、友人、知人などが逮捕されて人質にされます。
またパスポートの期限が切れた際に、中国の在外公館では更新ができないといわれ、新疆ウイグル自治国に帰国したところを逮捕されたという事例もあり、中国政府がさまざまな方法でウイグル族を逮捕しようとしていることがわかるでしょう。
彼らが強制収容所に入れられる際の罪は、「ウイグル族であること」。収容所内では拷問を受け、イスラム教徒であるにもかかわらず豚肉を食べることを強要され、共産党政権を讃える歌を歌わされるそう。また女性に対する性暴力があるという報告もあがっています。
しかし中国政府は、これらの施設は「職業技能教育訓練センター」であるとして正当化。「職業訓練を通じ、多くの人が自らの過ちを反省し、テロ主義や宗教過激主義の本質と危険をはっきりと認識し、過激主義の浸透に抵抗する能力を高めた」と述べているのです。
また、強制収容所とともに実態が明らかになりつつあるのが「PUBF」です。これは「Pair Up and Become Family」の略称で、「ペアを組んで家族になる」という意味。
夫が強制収容所に入れられて妻や子どもだけが残ったウイグル族の家庭に、共産党員である漢民族の男性を送り込むというもので、2017年頃から実行されているといわれています。
彼らにはもともと面識すらありませんが、「親族」と呼ばれ、仕事や食事、睡眠をともにし、疑似的な「家族生活」を送ります。その目的はウイグル族の女性や子どもたちが「中国人として」正しい思想・振る舞いを身につけられるように支援することだそうです。
中国政府は、PUBFは「民族の統一を促進する」とし、ウイグル族女性に熱心に支持されているプロジェクトであると報告しています。
世界第二の経済大国となり、急速に軍事力を増しつつある中国を前に、国際社会は批判の声を上げる以外に手出しができない状況。
2019年にアメリカ下院はウイグル人権法案を可決しましたが、ウイグル族を弾圧する当局者に制裁を科す内容に対して、中国政府の反発を招くとアメリカ国内から反対の声があがっており、上院での審議は停滞しています。
- 著者
- 福島 香織
- 出版日
- 2019-06-19
本書の作者は、産経新聞の元中国総局特派員だったジャーナリスト。2019年5月に、20年振りに新疆ウイグル自治区を訪れたルポから始まります。彼女がそこで目にしたのは、綺麗に整えられた街並みと、異様な数の監視カメラ、そしていたる所にいる警官でした。
ウイグル族への弾圧が厳しくなったきっかけは、2014年4月に習近平国家主席が新疆ウイグル自治区を訪れた際、爆破テロ事件が起こったこと。ウイグル族に対する憎悪と恐怖心を駆り立てられた習近平国家主席は、チベットへの弾圧で功績を挙げた陳全国を新疆ウイグル自治区のトップに据え、弾圧を徹底するよう指示したといわれています。
あらゆる個人情報を管理し、少しでも当局に逆らった場合は強制収容所に入れられる……まさにディストピア小説で描かれるような世界が新疆ウイグル自治区の現実です。
その脅威は国外にいるウイグル族はもちろん、国内にいるウイグル族以外の少数民族を脅かすもの。日本の隣国で一体何が起きているのか、まずは知ることから始めてみてはいかがでしょうか。
- 著者
- デイヴィッド・アイマー
- 出版日
- 2018-03-24
作者は、1980年代から中国の取材を続けてきたイギリス人ジャーナリスト。約20年をかけて中国の全省・自治区を踏破した強者です。
本書は、彼が新疆ウイグル自治区、チベット、雲南、東北部という中国の国境地帯を歩き、現地の人々の生の声やエピソードを集めたノンフィクションになっています。
陸上国境が実に2万2800kmにおよぶ中国。国境地帯には多種多様な民族が暮らしていますが、各地に共通するのが、漢民族の移住者が大量に流入していること。旧来の伝統や文化、民族としてのアイデンティティを破壊され、民族浄化が進んでいるのです。
実際に現地に足を運んだからこそ書けるリアルな生活の実態と、イギリス人という公平な目で物事を見た文章は読みやすいもの。なかなか報道されることのない、中国という国が抱える問題をあらためて痛感できる一冊です。