バイオレンス小説のベストセラー作家が、ペンネームを捨てて別のジャンルに挑戦し始めたところ、かつて書いていた小説さながらの猟奇殺人が、周囲で起き始めます……。果たして犯人は作家本人なのか? それとも別人なのか? そんな不可思議で先の読めない展開が、読者を魅了する小説『ダーク・ハーフ』。1993年に一度映画が公開されています。その人気を経て2019年に再映画化が発表されました。この記事では、旧作映画の見所や新作映画の考察、そして原作の魅力などをご紹介していきます。
まずは本作のあらすじをご紹介しましょう。すでにご存じの方は読み飛ばしても問題ありません。
主人公のサド・ボーモントは、ジョージ・スターク名義で人気のバオレンス作家。しかし本当は純文学で活動したいと思っていました。
ある時に彼は知人と協力して自分がジョージ・スタークだと公表し、墓を作ってペンネームと暴力的作風を葬りました。
そしてサドが純文学に専念しようとした矢先、彼の周囲で奇怪な殺人事件が起き始めます。警察は数々の状況証拠から、サドこそ事件を起こした犯人と考えるようになります。もちろん彼には身に覚えのないことでした。
やがてサドの元へ電話がかかってくるようになります。電話の主はジョージ・スタークを名乗り……。
こうしてサドは彼自身の暗黒面、邪悪な半身(ダーク・ハーフ)たるジョージとの対決を余儀なくされていきます。
本作は1989年に発表されたスティーヴン・キングのホラー小説です。1993年に一度映画化されていますが、2019年に再映画化が報じられました。
この記事では旧映画、新作映画の見所も含めて、『ダーク・ハーフ』の魅力を解説していきます。
『ダーク・ハーフ』の一番の見所は、サド・ボーモントとジョージ・スタークの設定です。これによって多くの疑問が生まれ、その真相を知るため、物語を読み進まずにはいられなくなるのです。
一連の事件はジョージを名乗る主人公のもう1つの人格の仕業なのか? それともジョージをかたる別人の犯行なのか? ジョージはサドのペンネームのはずなのに、なぜこんなことが起こっているのか?
実は、原因はサドの生まれにありました。彼は元々双子だったのですが、妊娠初期に双子の兄か弟を吸収して1人の人間として生まれてきたのです。バニシング・ツインと呼ばれる実際にある現象です。
ところがサドが11歳の時、なぜか吸収されたはずの双子の兄弟が体内で成長し始めたことから、緊急手術が行われました。この際、サドの脳に癒着していた双子が切除され、彼の知らぬ間に密かに埋葬されました。
サドの体内から取り出され、生まれることなく死んだ双子が、ジョージとして事件を起こしていることが徐々に明かされていきます。
双子の体内から摘出された後に独立した人間として活動し始めるジョージは、手塚治虫が描いた医療漫画の傑作『ブラックジャック』に登場するピノコを彷彿とさせます。
ピノコは本作の切り離されたショージと同じ存在です。ブラックジャックに人工の身体を与えてもらい、成長はできないものの1人の少女として生きることになりました。
つまりジョージは葬られ、ピノコは生かされたのです。両者の大きな違いは、その後マスコット的に愛されるピノコと、悪意のある敵役ジョージという存在の差になっているともいえます。
ほぼ同一人物でありながら、サドはジョージという自分の中の闇(ダーク・ハーフ)と向かい合わざるを得なくなります。このサドとジョージの設定が、本作の最大の見所なのです。
サスペンス、ホラーのイメージが強いスティーヴン・キング。スプラッターを書かせても超一流です。本作はそんなスティーヴン・キングのスプラッターの手腕が、遺憾なく発揮された作品。
まず物語の序盤、ジャブ的にくり出されるのがサドの開頭手術です。切りひらかれた頭の中には、灰色の脳の表層に異物として眼球や未成熟の鼻が見つかったと、生々しく描かれます。
この唐突にあらわれる猟奇的な描写は、安穏とストーリーを追っていた読者に不安と恐怖を与え、容赦なくスティーヴン・キングの世界観へおとしいれます。
そして次々行われていくジョージの殺人。執拗なまでの暴力描写で犯行が描き出されていきます。女であろうと手加減はありません。歯や骨は折れ、頬が切り裂かれ、喉からはおびただしい血が……。
もちろん数々の惨劇を行ったジョージには、壮絶なラストが待っています。
読んでいるだけなのに、血の匂いすら錯覚してしまうスプラッター描写は圧巻の一言です。
- 著者
- スティーヴン キング
- 出版日
- 1995-10-07
本作はメタファーの仕様により、いっそう物語が深いものとなっています。
全編を通して、無数のスズメが象徴的に登場します。サドが脳手術をした時、あるいはジョージがうごめき始めた時、作中のターニングポイントとなるシーンには、ほぼ確実に現れるのです。
物語を読み進めるとわかるのは、スズメが登場した後に、必ず生死に関わる出来事が起こるということ。つまり、スズメは生と死の暗喩、メタファーなのでしょう。
こうした設定は、スティーヴン・キングならではのファンタジー要素です。人知のおよばないどうしようもない超常現象。存在しないはずのジョージが事件を起こすのも、無関係ではないのです。
そのジョージ自体も、悪夢のような殺人鬼でありながら、概念としての登場人物のメタファーにもなっています。
どういうことかというと、サドがジョージ・スターク名義の暴力的な作品を書き続けなければ、ジョージは生きられません。ジョージはまるで、作品の終わりとともに忘れ去られていく物語の登場人物そのものなのです。
こういった巧妙なメタファーの使い方が、物語に一層の奥行きを与えています。
- 著者
- ["スティーヴン キング", "King,Stephen", "潔, 村松"]
- 出版日
2019年12月、『ダーク・ハーフ』の新作映画が発表されました。過去に一度映画化されており、再映画化、という立ち位置です。
本作の最初の映画は、1993年にジョージ・A・ロメロ監督で公開されました。ここでは旧映画と呼ばせていただきます。
ロメロはいわずと知れたホラー映画の巨匠で、ゾンビ映画の元祖ともいえる存在です。彼が手がけた旧映画は、サイコスリラー色の強い作品でした。特にスズメのシーンの演出が効果的で、その迫力は今見ても凄まじいものです。
しかしながら、ロメロの作風と本作のサスペンス+ファンタジー要素は食い合わせが悪く、設定と演出がちぐはぐでした。そのため迫力はともかく旧映画の評価はそれほど高くありません。
今回発表された新作映画は、若手映画監督のアレックス・ロス・ペリーによるものです。日本での知名度はいまいちですが、2018年に彼が脚本を担当した『プーと大人になった僕』はご存知の方も多いでしょう。
そんなほほえましいファンタジー映画からはあまり想像できませんが、実はペリーは陰鬱な設定、展開に定評のある人物です。
心の闇と向き合う……シリアスな心理描写の表現に、ペリーはハマリ役でした。結果は新作映画の演出をぜひご覧ください。
もう一つの見どころは、舞台設定。スティーヴン・キングの小説は「キャッスルロック」という架空の街を舞台とした作品が多くあります。つまり彼の他の作品と「同じ世界の出来事」という設定になっているのです。
たとえば保安官のアラン・パングボーンは『ニードフル・シングス』にも登場するキングファンにはおなじみの存在。また2019年には『キャッスルロック』というタイトルで、キングワールドの登場人物を起用したドラマも発表されています。
本作なかでも別作品のネタが、ニアミスするかもしれませんね。
最後に、『ダークハーフ』の作者であるスティーヴンキングについてご紹介しましょう。
スティーヴン・キングは1947年9月21日生まれ、アメリカのポートランド出身の作家です。ホラーがメインですが、ヒューマンドラマやサスペンス、ダークファンタジーの巨匠としても世界的人気を誇っています。
実はスティーヴン・キングは、リチャード・バックマン名義で暴力的な作品を出していたことがあります。つまりサドとジョージは、スティーヴン・キング自身がモチーフとなっているのです。
スティーヴン・キングといえば『シャイニング』や『スタンド・バイ・ミー』が代表作ですが、『ダーク・ハーフ』を読んだ方には繋がりで『死のロングウォーク』がおすすめです。
『死のロングウォーク』は10代の少年少女が、軍隊に付き添われて長距離を命懸けで歩かされる話です。これはリチャード・バックマンとして発表されましたが、スティーヴン・キングの実質的処女作でもあります。
絶望的設定と先の見えない展開は、『ダーク・ハーフ』と同じかそれ以上の衝撃をもたらしてくれるはずです。
ちなみにスティーヴン・キングの他のおすすめ作品が気になったら、こちらの記事でさらに詳しく紹介していますので、ご覧ください。
スティーヴン・キングのおすすめ小説ランキングベスト6!斬新なホラー作品
- 著者
- ["スティーヴン キング", "リチャード・バックマン"]
- 出版日
- 1989-07-01
スティーヴン・キングの本当の面白さは、実際に読んで見ないとわからないものです。『ダーク・ハーフ』や他の作品を未読の方は、ぜひ一度読んで体感してください。