5分でわかるペストの歴史!中世ヨーロッパで大流行した理由とは?

更新:2020.3.5 作成:2020.3.5

中世ヨーロッパで大流行し、多くの死者を出したことで知られる「ペスト」。「黒死病」という名前で勉強した方も多いのではないでしょうか。この記事では、症状や種類、致死率などの概要と、ローマ帝国や中世ヨーロッパの歴史をわかりやすく解説していきます。

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ペストとは。症状や種類、致死率など概要を解説

 

ペスト菌の感染によって引き起こされる病気「ペスト」。感染後の症状によって、「腺ペスト」「肺ペスト」などいくつかの種類に分けられます。

もっとも多いのが、リンパ節が冒される腺ペスト。ペスト菌を保有するネズミやイヌ、ネコなどから吸血したノミに刺されて感染するのが一般的です。そのほか感染した動物に接触し、傷口や粘膜から感染する場合もあります。

潜伏期間は3~7日ほど。症状としてはまずノミに刺された付近のリンパ節が腫れ、次いで脇の下や鼠径部など他のリンパ節がこぶし大にまで腫れあがります。発熱、頭痛、悪寒、倦怠感などの症状が出るほか、肝臓や脾臓で繁殖したペスト菌が毒素をつくり、意識が混濁。心臓も弱り、治療をしないと死に至ります。

肺ペストの潜伏期間は1~4日ほど。腺ペストを発症している患者の肺に菌が侵入し続発する場合と、肺ペストを発症している人から人へ飛沫感染する場合があります。そのため腺ペストの流行後に発生しやすいのが特徴です。

症状は、40度近い高熱、頭痛、嘔吐、急激な呼吸困難など。症状の進行が早く、通常は発病後24時間以内に死亡するといわれています。

腺ペストの致死率は30~60%、肺ペストになるとそれよりも高くなるそうです。かつては皮膚が黒ずんで亡くなる人が多かったことから、「黒死病」とも呼ばれ、恐れられていました。
 

中世ヨーロッパで大流行した印象が強いものの、2004年から2009年の間にWHOに報告された世界全体の患者数は1万2503人、死亡者は843人います。

日本では1896年、横浜に入港した中国人船客が死亡したのが初例です。1905年から1910年にかけて大阪で958人の患者が発生、社会問題となりました。その後対策が進み、1927年以降、日本国内での感染例はありません。

 

ペストの歴史①ローマ帝国、東ローマ帝国で流行

 

ペストの歴史としてもっとも古いと考えられているのは、紀元前3世紀頃。マケドニアのアレクサンドロス大王が、地中海の覇権を争っていたティルスを攻撃した際の逸話です。ペストで死亡した兵士が着ていた服を、敵が飲料水として用いる泉に投げ入れたところ、数日のうちに敵兵数千人が倒れ、勝利したとのことでした。

ちなみに紀元前429年にギリシアのアテナイを襲った疫病を、最古のペストとする説もありましたが、症状の分析によって、これは天然痘もしくは発疹チフスだと考えられています。

記録に残る最古のペストは、165年から180年にローマ帝国で流行した「アントニヌス帝のペスト」。感染者の25~33%が亡くなり、その数は350万~700万人にも達したそう。当時のローマ帝国の総人口が約4900万人と推計されているので、人口の7~14%が死亡した計算です。

次のペストの流行は、541年から542年にかけて東ローマ帝国の首都コンスタンチノープルで発生しました。「ユスティニアヌスの斑点」と呼ばれていて、毎日1万人の死者が発生する状況だったそう。最終的に全人口の40%が死亡したといわれています。

ペストの歴史②中世ヨーロッパで大流行した理由とは

 

1348年から1420年頃の中世ヨーロッパで、ペストが大流行しました。死者数は2000万~3000万人ともいわれていて、当時のヨーロッパ総人口の3分の1から3分の2に匹敵します。

この流行は、もともとはモンゴル帝国の支配下にあった中国大陸で発生したものでした。1330年代、中国では雲南省を起源とするペストの大流行があり、人口が半減。1274年と1281年の元寇で日本を襲ったモンゴルが、3度目の遠征をできなかった要因ともいわれています。

当時のモンゴルがユーラシア一帯を支配する強大な帝国であったことから、ペストは中央アジアや中東、北アフリカにも拡大しました。世界規模のパンデミックになり、8000万~1億人が亡くなったと考えられています。

ヨーロッパに波及したのは、1347年10月。シチリア島の港町メッシーナにクリミア半島からやってきた、ジェノヴァの商船に積まれていた毛皮にペストを吸血したノミが付着していたそうです。瞬く間にイタリア中に広まり、北部では住民が全滅する町もありました。「神の怒り」「ユダヤ人が井戸に毒を流した」という噂も広まって、各地でユダヤ人が虐殺される事件も起こります。

1348年にはアルプス以北へと拡大し、ヨーロッパ各地へと波及。ただ、アルコールで食器や家具を消毒する習慣があったポーランドでは被害が出ませんでした。

ペストの猛威は、ヨーロッパの社会構造そのものを一変させます。イギリスでは人口の3分の1が死亡したことで労働力不足に陥り、人手が必要な穀物栽培から羊の放牧へ転換が進みました。また、ラテン語を話す知識階級が多く亡くなったため、公用語がラテン語から英語に変わったともいわれています。

ヴェネツィア共和国では、ペスト対策として海上検疫がおこなわれるようになりました。現在、検疫のことを英語で「quarantine」といいますが、これは検疫期間が40日だったことを受けて、イタリア語で「40」を意味する「quaranta」から派生したのです。

その後もペストは、17世紀から18世紀にかけてたびたび流行し、防疫体制の整備や衛生状態の改善への取り組みがおこなわれるきっかけになりました。

イギリスではペストから逃れるための「疎開」がたびたび実行され、都会の喧騒から離れることで思索の時間を得て、科学的な発明や文学上の名作の誕生に繋がったともいわれています。アイザック・ニュートンの「万有引力の着想」「微積分法の証明」「プリズムでの分光実験」はいずれもペスト疎開の際に生まれたものです。

ノーベル文学賞を受賞したカミュの代表作『ペスト』

著者
カミュ
出版日
1969-10-30

 

ノーベル文学賞を受賞したフランス人作家、アルベール・カミュの代表作。不条理文学として知られている名作です。

本書における「不条理」とは、ペストのこと。フランスの植民地であるアルジェリアのオラン市を舞台に、不条理が集団を襲う様子を描き、どうにもならない運命に抗う人々の物語を紡いでいます。

ある者は恐怖におののき、ある者は敢然とした態度で向きあい、ある者は見て見ぬ振りをし、ある者は流言飛語に惑わされる……多種多様なバックボーンをもつ登場人物たちの画一的ではない描かれ方が、疫病という「目に見えない脅威」を相手にした時のリアリティを感じさせてくれるでしょう。

世界の不条理さを知るとともに、ペストやパンデミックの脅威をあらためて痛感する一冊です。

世界の歴史を変えてきた病気を解説

著者
ジェニファー・ライト
出版日
2018-09-12

 

疫病は多くの犠牲者を生み、時には先人たちが築きあげてきた文明さえも滅ぼす力をもっています。

本書は、疫病にまつわる知られざる歴史をまとめたものです。アントニヌスの疾病、腺ペスト、ダンシングマニア、天然痘、梅毒、結核、コレラ、ハンセン病、腸チフス、スペインかぜ、嗜眠性脳炎、ポリオの12種類をピックアップ。これに現代医学では異端とされるロボトミーを加えた13種類を「世界史を変えた」と紹介しています。

またペストと戦った人物として、日本では預言者として有名なノストラダムスが登場。飲用水を煮沸する、清潔なリネンを使う、入浴を奨励するなど公衆衛生の普及に取り組みました。

エイズについて書かれているエピローグまで必読の一冊です。

中世ヨーロッパを揺るがした黒死病≒ペストを解説

著者
ジョン ケリー
出版日
2008-11-01

 

科学・医学ジャーナリストの作者が、「黒死病」について調査し、まとめた作品です。

メインの内容は黒死病の感染経路とヨーロッパ各地の被害ですが、「黒死病とはそもそもペストなのか?」という問題提起をしているのが興味深いでしょう。実際に、黒死病にはいまだに解明されていない謎が多くあるそうです。

たとえば感染経路について。通説では、クリミア半島からやってきたジェノバ商船によってもたらされたとされていますが、中世ヨーロッパで猛威を振るったことからもわかるとおり、黒死病は強い感染力と高い死亡率の病気です。そうであるならば、船員たちが感染し、多くの死者が出ていなければ辻褄があわないとのこと。

目からウロコが落ちるエピソードとともに、黒死病の恐ろしさを緻密に描いているので、中世ヨーロッパにおける黒死病の大流行について知りたい人におすすめの一冊です。