「ホンシェルジュ」編集部の大学生インターン・吉野シンゴのセレクトで、独自のファンを持つ読書ブロガーの方々に書評を寄稿していただきました。 今回は、ブログ「水溶性理論」を運営する漫画ブロガー・カモズコツさんに、往年の名作『あしたのジョー』について語っていただきます。今の時代だからこそ、『あしたのジョー』を読むべき理由とは?
はじめまして。漫画と、漫画の事を楽しげに話す人が好きなカモズコツです。この記事が、皆さんの豊かな漫画トークの一助になれば幸いです。
記念すべき初回は『あしたのジョー』ついて語っていきます。
本作は言わずと知れた往年の名作です。しかし、意外と「漫画は結構読むけど、『あしたのジョー』は読んだことがない」という人も多いのでは。
そんな方に、ぜひ読んでほしいのです!
しかし『あしたのジョー』は、サラッと表面だけ読んでいくと「なんか特に盛り上がりなく試合が終わったぞ。あ、燃え尽きた。」みたいな感じになってしまうのです。というか、なりました。残念だったよ、数年前の俺!
というわけで本記事では主人公・矢吹丈(ジョー)に焦点を絞り、彼が「真っ白に燃え尽きる」までを、愛を込めて徹底的に解説・紹介してみました。
- 著者
- ["ちば てつや", "高森 朝雄"]
- 出版日
名作中の名作である『あしたのジョー』の概要なんてみんな知ってるだろうから、今更解説はいらんでしょ。
……と、思っていたのですが。
わりと漫画好きである友人に『あしたのジョー』についてどこまで知っているかたずねてみました。
そしたらね「ボクシング漫画で、ラストは真っ白になる」以外、本当に何も知らなかったんですよ……。
しかし、それで十分。『あしたのジョー』の物語は、過不足なくこれで全てなんですよ。
昔の漫画ですが、きっと誰もがタイトルくらいは知っている。あと、あの「真っ白に燃え尽きる」ラストシーンも。
だからこそ、誰もがタイトル(とラスト)しか知らない名作を、ちゃんと読んでみようじゃないか。そして、マウント取っていこう。大丈夫。俺がセコンドに立ってやる。
『あしたのジョー』について、「どうせ昔の漫画でしょ?」くらいに思っていた時期が実は私にもありました。
全くそんなのとんでもない話で、『あしたのジョー』は現在でも色褪せない、むしろより輝く、大傑作でした。では、何がそんなに凄いのか。その中身をちょっとでも伝えていきたい。
『あしたのジョー』はボクシング漫画なんだけど、中心にあるのはボクシングではないです。テーマは主人公=矢吹丈(の成長)。
スポーツ漫画って2種類あるんですよ。題材のスポーツが中心なのか、人物が中心なのか。
そして実は、ほとんどのスポーツ漫画は前者なんですね。
後者のスタイルが得意なのは、あだち充って言えばわかりやすいと思う。つまり、『あしたのジョー』は『タッチ』と同じジャンルです。
- 著者
- あだち 充
- 出版日
- 2012-10-12
要するに、『あしたのジョー』は主人公の成長譚なんですね。そして、「成長 = 価値観の遷移」と言い換えてもいい。
これって結構重大で、主人公の価値観が作中で大きく変わる、っていうのは名作漫画の一要因になります。
『あしたのジョー』以外の作品を挙げると『寄生獣』『ヒカルの碁』『ヴィンランド・サガ』辺りですかね。すごい。恣意的。名作しかない。
では、ジョーはどのように変わっていくのか。それは彼のボクシングへの向き合い方=彼の生き様を見ていくとわかります。ちょっとずつ見ていこう。
ジョーがボクシングに初めて触れるのは、物語が始まって80ページ前後。ドヤ街の河原でサンドバックを打ってます。
ただこの時点では未だ、ジョーはボクシングと出会ってません。
……出会ってないんだよ。だって、まだ力石が出てきてないもん。
そう。ジョーにとって、ボクシングとは=ライバル・力石徹(りきいしとおる)だと言っていい。
もっと言うと「力石に勝ちたい」という気持ちこそが、ジョーにとってのボクシングをやる理由そのもの。格闘技系の漫画でこのメンタルって、実は意外と珍しい。
ただ純粋に、「〇〇に勝ちたい」。ジョーのモチベーションはこれだけ。ライバルに勝つ為に強くなりたいんだね。
だから、作中では結構負ける。本当にここぞ!という勝負では大体勝てない。そして読者はジョーがライバルに挑み続ける姿に熱くなり続ける。よくできてるよね。
- 著者
- ["ちば てつや", "高森 朝雄"]
- 出版日
しかしある時、ジョーのメンタルは思いっきりへし折られてしまいます。ずっと勝ちたかった相手、力石が死ぬことによって……。
たまに勘違いしてる人がいるけど、ジョー念願の力石とのライバル対決では、ジョーは負けてるんですよ。試合は力石の勝利なんです。その直後に、試合中の事故が原因で力石は死んでしまいます。
これがキツイ。
勝ちたかったライバルは、ボクシングをやる理由そのもの。そして唯一の理解者であり、友である力石の死。そして死の原因が自分。病むよね。
本当に、この時の病みっぷりは読んでて辛いです。しかもそこそこ長い。
相手の顔面殴ったらトラウマでゲロ吐くレベル。つらい。
- 著者
- ちば てつや
- 出版日
- 2000-07-04
しかしその後、ジョーは何とか復活するんだけど、どうして彼はまた這い上がってこられたのか。
これは分かりやすいです。新しい「勝ちたい相手」ができたから。力石の亡霊を吹っ切るには、力石に匹敵する相手が必要だったという。
そいつがカーロスという南米から来た天才ボクサー。これ知らない人結構いるんじゃないかなって思うんだけど(俺は知りませんでした)、このカーロス君、めちゃめちゃ良いキャラしてます。本筋とずれるんで詳細は省くけど、カーロスの魅力を書くと5万文字くらいかかるんで。
で、このカーロスとの出会いと激闘を経て、ジョーは完全復活(結果は無効試合)。やったぜ。
相変わらず勝ちたい相手に勝てないジョーだけど、この「勝てなくても得られる充足感」が少しずつジョーを変えていったのかもしれないな。
ジョーとの激闘直後、大活躍だったカーロス君でしたが、世界チャンピオン・ホセとの試合で再起不能にされてしまいます。嘘だろ。展開が早い。
そしてこのホセが出てくるあたりで、ジョーのメンタルが明確に変わっていきます。
ここのメンタルの変化は結構重要で、これはそのまま、かの有名なラストシーンに繋がっていきます。
つまり「真っ白に燃え尽きたい」メンタル。
序盤はライバルを探すため、そして倒すためだけに戦っていたジョーでしたが……物語の終盤で、彼の目的は「燃え尽きる」ことそのものへと変化したのです。
この「ジョーの変化」、これが何とも言えず悲壮で、残酷で、それでいて純粋にも見えてしまう。ここに乗れるかどうかが『あしたのジョー』を楽しむ分かれ道です。
そして、ここまで飲み込んだ上で、あの漫画史上最も有名なラストシーンを見た時。とんでもない脱力感と喪失感、充足感を味わえると思います。
- 著者
- ["ちば てつや", "高森 朝雄"]
- 出版日
はい。というわけでね、名作『あしたのジョー』の紹介でした。
話は変わるんですけど、合コンとかでたまに「どんな音楽聞くんですかー?」とかきかれる時あるじゃないですか。
そんでちょっと答えあぐねて口ごもる俺を尻目に、隣のちょっと小綺麗なマッシュヘアの文系ボーイが「エリック・クラプトンとか聞くかなあ」なんて!言ったりしてね!
まあまあ普通に滑ってるとは思いますけど、マウント取られちゃった気がするじゃないですか。しませんか。俺だけですか。嘘だろ。
俺だってもしこれが「どんな漫画読むんですかー?」だったらもうちょっと戦えてるんですよ。クラプトン野郎にドヤ顔させる事なんてなかったんですよ。
よし、ではもし本当に、好きな漫画を問われていたら、どんな漫画を挙げれば奴の顔面をクチャクチャにしてやれるのか、と考えるわけですよ。
ええ、もうお分かりですね。ありがとうございます。
漫画界のエリック・クラプトンといえば、『あしたのジョー』なわけですよ!というわけで、「合コンでマウント取りたい……」と思う方はぜひ読んでみてください。
ただし、ここに書いてある事を得意気に語ってドン引きされても、俺は一切の責任を取れません。あしからず。
ご愛読ありがとうございました。
読書ブロガー‘‘書く’’語り記
ホンシェルジュ meets 読書ブロガー! 大学生インターンが偏愛する個性派ブロガーの方々に、愛してやまない一冊を語り尽くしていただきました。