「ホンシェルジュ」編集部の大学生インターン・吉野シンゴのセレクトで、独自のファンを持つ読書ブロガーの方々に書評を寄稿していただきました。 今回は、ブログ「水溶性理論」を運営する漫画読みブロガー・カモズコツさんに、「漫画大賞2020」を受賞した美術(受験)漫画『ブルーピリオド』について語っていただきます!さらに、2021年にはテレビアニメ化することが決定し、話題を呼んだ本作。現代的な「熱血」のアプローチ、そして最先端のスポ根が詰め込まれているという本作の魅力と、そこに隠された恐ろしさとは……?
今回のテーマは、「マンガ大賞2020」を受賞し、漫画好きで知らない人はいないであろう作品『ブルーピリオド』。
登場人物の心情描写やストーリー展開は、まさに「現代」を象徴しているのですが……それだけでなく、古き良き熱血漫画のテイストも兼ね備えていました。一筋縄ではいかない本作の魅力をつらつらと語ってみますので、どうぞよろしく。
- 著者
- 山口 つばさ
- 出版日
- 2017-12-22
『ブルーピリオド』は2017年8月から雑誌「アフタヌーン」で絶賛連載中の美術(受験)漫画です。作者は山口つばさ。
掲載誌の「アフタヌーン」は、2010年代後半以降のマインドをこれでもかと盛り込みまくった、漫画の最先鋭が集う雑誌だと思います。そしてこの『ブルーピリオド』も、その1つ。
ストーリーは、高校2年生の春、とある些細なきっかけで美術に目覚めた主人公・矢口八虎(やぐちやとら)が、美大合格を目指して奮闘する、というもの。文化系熱血スポ根漫画、といったところでしょうか。
ただ、この「熱血」というアプローチに、ものすごく現代テイスト・令和マインドが取り込まれているんですよ!
『ブルーピリオド』は、登場人物の多くが若者です。別にそれ自体は珍しくもないんだけど。主人公が(当初)高校生だしね。
で、若者の敵って大体決まっていて、これはいつだって社会がソレなんですよ。若者にとっての社会=親・学校(教師)・世間。大体いつの時代も若者はこいつらと闘ってる。
ところが、『ブルーピリオド』においてこれらの要素は全然敵ではない。
八虎の「親」は、さわりの部分では息子の美大受験に反対したものの、あっさり和解。最終的には全力で応援してくれる。
「教師」も、学校の美術教師と予備校の講師の2人がメインで出てくるんだけど、どちらもめちゃくちゃ良い人。ただの良い人じゃなくて、美術畑の人なだけあって、一癖二癖持っていてキャラクター的にも魅力的。すごい。
というわけで、『ブルーピリオド』には主人公・八虎の敵がいない。いや、敵がいないというか、敵となる「他者」がいないんだな。
つまり、闘う相手は自分自身だけ。
この精神については、八虎と担任教師のやりとりに分かりやすく表されていました。
- 著者
- 山口 つばさ
- 出版日
その担任教師は、作中で数少ない「八虎を理解しない人」なわけです(前述の美術教師とは別の人)。彼が美大受験を間近に控えた八虎に向かって「上手くいってんの?お絵かき受験勉強」とつっかかってくる。
八虎は当然思うところがあるし、イラッときているはずなんだけど、空気を読んで教師の喜びそうな言葉を吐いて、その場をさらっとやりすごすんです。
その後の八虎は、友人から「なんでそんな空気読むの?」と聞かれて「話通じねーやつに意見いってもしようがない」つって、バッサリ斬るのよ。強いし賢い。したたか。
友人・知人・親家族以外は全員「敵」なんだけど、八虎にとって「敵」とは「無関心」の対象なのだと思う。
敵は大勢いる。でも、敵とは戦わない。
彼は自分との戦いだけで精一杯だし、それだけで人生は十分充実する。わかりやすいし、現代の理想的なマインドじゃないですかね。俺は割と好き。
それから、どんな漫画でも絶対不可欠な要素としてある「主人公のライバル」なんですけど、これもまた面白い配置がされてる。
主人公の八虎は、美術的な才能に恵まれているとはいえない。美術を始めたのも遅い。彼の武器は、地頭の良さと努力と根性、あと人柄。
となればライバルは当然、主人公とは正反対の天才キャラになるわな。才能に満ち溢れたコミュ障キャラ。
そんな約束されたライバルキャラが世田介(よたすけ)。見た目も要素も全部八虎と真逆なのが面白い。
この天才は、矢虎が通い始めた美大受験予備校で鮮烈に登場して、読者をワクワクさせてくれるんですよ。「お、こいつとこれからバチバチやりあってくんだろうな!」と。「八虎はこいつから色んなもの吸収してくんだろうな!」とね。
- 著者
- 山口 つばさ
- 出版日
- 2018-08-23
……そんな期待感を全部裏切って、世田介は、あっさり退場していきます。予備校のコンクール結果に対して「つまんない受験絵画 押し付けやがって…!」と吐き捨てて、彼は早々に予備校を去ります。天才に学校とか要らなかったんだな。
と言っても、要所要所で八虎の成長に関わってはいるんだけども。わかりやすくライバル然とはしていない。
これも前段で述べた通りの事で、やっぱり「敵はいない」って事が1つ。あとは、扱ってる題材にも大きな原因がありそう。
作中で何度も出てくるんだけど、やっぱ美術だから、アートだから、大事なのは「個」なのよな。
「あいつより上手くなりたい」とか「あいつに勝ちたい」とか、何かちょっと違う気がする世界。これは、前回に語った『あしたのジョー』とは真逆の価値観なのではないでしょうか。
こういったアーティストの「大事なのは自分自身を表現する事」みたいなやつがね、現代人には刺さると思うんですよ。
多様性の理解、とか。そういうのに近しい気がしたりして。
ちょっとライバルの話から変な風に転がったな。まあまあ。美術漫画だから、ライバルも独特な配置がされるよね、という話でした。
安易に天才!ライバル!強い!としない辺りがとてもバランス感覚がいいし、この作品でやりたい事がはっきりしている証拠だと思います。
最後に、この漫画がえぐる「つらい現実」を書いて終わりにしたい。
若い頃、それこそ八虎たちと同じくらいの年歳の頃に、音楽とかに一生懸命取り組んでいた友人がいまして。
彼がこの漫画の1巻を読んで「あの頃を思い出した」とか言うんですよ。気持ちは分かる。
彼でなくても、何かしらモノづくりに打ち込んだ事のある人なら「分かる!俺もそうだった!熱い!」ってなるでしょう。そういう良い漫画です。現代風の正統な熱血漫画だと思う。
では、何にも打ち込めず、いたずらに歳を食っただけの、俺みたいな人間は何を思うのか。
いじけたくなったり、「俺もこんな風にすればよかった」なんて思ったりもした。
『ブルーピリオド』はめちゃくちゃに面白い漫画だが、「努力と根性から逃げ続けてきた現実」を突きつけられるから、心当たりのある人は覚悟を持って読んで頂きたいと思う。
……でも、これから存分に影響されてしまえばいいんじゃないだろうか。
何故なら、八虎は俺たちのもう一つの可能性だったと思えるから。
前述したとおり、彼には何の才能もないし、美術に取り組み始めたのも遅い。だけど、努力と根性で結果を出した。
俺たちが、嫌で嫌で仕方なくて、やりたくてもできなくて、ずっと避けて通って来た、努力と根性だよ。
今からでも努力を始めるのに遅いことなんてないのかもしれない。八虎を見てるとそう思えてきましたよ。というわけで、俺はこれからも漫画を読んで、YouTube見て、ゲームやって寝ます。
それでは、お疲れ様でした。
- 著者
- 山口 つばさ
- 出版日
- 2017-12-22
そんな『ブルーピリオド』がついに、テレビアニメ化します!
Twitterではアニメ化を喜ぶ声がたくさん届き、大きな話題を呼んで「ブルーピリオドアニメ化」がトレンドの第2位に。こちらから第1話を試し読みすることができます。
作者である山口つばさは、「漫画家として1つの大きな目標だったアニメ化が叶い、嬉しい。一体どんな風に八虎たちが動いてしゃべるようになるのか、私と一緒にワクワクしながら待っていてください」というコメントと共にお祝いイラストが描かれました。
アニメの公式サイトから見ることができます。
スポ根なのに美術ものというまったく新しい切り口の作品。声優などの情報はまだ未定ですが、楽しみに待っていましょう。
読書ブロガー‘‘書く’’語り記
ホンシェルジュ meets 読書ブロガー! 大学生インターンが偏愛する個性派ブロガーの方々に、愛してやまない一冊を語り尽くしていただきました。