メフィスト賞という名前は聞いた事があっても実際にどんな賞か知らない方は結構いらっしゃると思います。本レビューでは他の賞にはない尖った特徴を持つ賞の詳細を、おすすめする9つの作品を交えてご紹介します。
メフィスト賞は講談社の公募文学新人賞で広義のエンタメ作品が対象となっています。通常、公募文学新人賞には賞金がありますが、この賞には賞金がありません。
メフィスト賞が他の公募文学新人賞と異なる特徴は他に大きくふたつ。ひとつは下読みを介さないこと、もうひとつは応募期間を設けていないことです。
他の公募文学新人賞(江戸川乱歩賞、小説すばる新人賞など)は、応募されてきた原稿をまず下読みと呼ばれる人たちに振り分けます。たとえば、江戸川乱歩賞であれば、毎年300~400の作品の応募がありますので、それをたとえば80作ずつ4人~5人の下読みの方に振り分け読んでもらうという第一次選考があります。そこから各下読みが良かったものを20作程度ずつあげ、100作程度に絞られ第二次選考にすすむという流れです。
賞によって、下読みが一次選考だけを担うものと、二次選考も下読みが担うものがあり、編集者が二次~三次選考で読む際には20~30作程度に絞られているものが多いです。そこから最終選考に進む5作品程度が決まり、最終選考を選考委員の作家が行うというのが多くの公募文学新人賞の受賞作決定までの流れになります。
メフィスト賞はこれらの過程をすべてすっ飛ばし、いきなり応募作品を編集者が読みます。そして、選考委員などを介さず、編集部で出版するかどうかを決めるのです。持ち込みをシステム化した賞とも言えるでしょう。
また、多くの公募文学新人賞には、年に1~2回の締め切りが存在しますが、メフィスト賞には締め切りがありません。
まとめると、賞金がない代わりに、いつでも応募出来て、いきなり編集者に読んでもらえて、作品が良ければそのまま出版につながるのがメフィスト賞なのです。
1996年に第1回メフィスト賞を受賞した『すべてがFになる』をご紹介します。「S&M」シリーズの第1作目です。漫画化、ドラマ化、アニメ化、ゲーム化と幅広くメディアの展開がされていたので、名前だけ知っている方は多いのではないでしょうか。
『すべてがFになる』は偶然孤島の研究所を訪れた大学助教授の犀川創平と女子学生の西之園萌絵が、天才工学博士であり天才プログラマーの真賀田四季の部屋に現れた両手両足を切断された死体についての謎を解く推理小説です。
工学部教授の犀川創平や数学が得意な西之園萌絵や天才プログラマーの真賀田四季、その他にもハイテク研究所員というインテリ集団が登場する推理小説で、理系トリックや論理がこれでもかというほど出てきます。
- 著者
- 森 博嗣
- 出版日
- 1998-12-11
理系トリック、というとなんだか難しい雰囲気が漂っていますがその点はいったん目をつむっていただいて、ライトノベル寄りの「理系推理小説」だと割り切って全体を大まかに捉えて読んでいただけると、難しく考えずに最後まで楽しく読めると思います。
もちろん、理系単語が理解出来る方やコアな読者の方には非常に魅力のある小説になっています。是非ご一読下さいませ。
1996年に第2回メフィスト賞を受賞した『コズミック 世紀末探偵神話』は清涼院流水の作品。ペンネームを清涼飲料水からとっているというエピソードからもわかるように、個性的というよりは変わった作家です。自身を小説家ではなく「大説家」と呼び、書く小説は「流水大説」という1つのジャンルであると自称しています。
『コズミック 世紀末探偵神話』は「密室卿」を名のる正体不明の人物が、1年に1200人の人間を1200個の密室で殺害すると宣言、実際にそれが全国で起きたので日本探偵倶楽部(以後JDC)と作中で呼ばれるそれぞれ能力を持つ探偵集団が「密室卿」についての謎を解明していく、というものです。
- 著者
- 清涼院 流水
- 出版日
設定からしてぶっ飛んでいますが、何と言っても注目すべきはJDCという探偵集団の個性的な面々でしょう。
「集中考疑」という瞬時に真相にたどり着く能力を持つ総代の鴉城蒼司、美し過ぎる瞳で人を失神させてしまう九十九十九など、通常のミステリー小説では考えられない探偵たちが何人も登場します。
メフィスト賞以外からは間違いなく出てこなかったであろう、ある意味ではこれぞメフィスト賞受賞作という作品です。「史上最低のバカミス」(褒めてます)を読みたい方は是非。
1998年に第4回メフィスト賞を受賞した『Jの神話』の作者は『イニシエーション・ラブ』の乾くるみです。大のミステリー好きだった乾は学生の頃に江戸川乱歩賞に投稿しますが受賞出来ず、それでも諦めずにIT企業に勤めながらも小説を書き続け、ついにメフィスト賞を受賞し34歳にしてようやく小説家になる夢を叶えました。
『Jの神話』は、名門女子高「純和福音女学院」を舞台に次々と不可解な事件が起こり、その黒幕と思わしき「ジャック」という人物の正体を女探偵「黒猫」が追うというものです。
ミステリー小説なのですが途中からファンタジー寄りのSFになります。物語の肝となる「ジャック」の正体は「何でそこを正体にしたのか?」と思うかもしれません。
- 著者
- 乾 くるみ
- 出版日
人を選ぶ作品ですが、メフィストに連載されている主なジャンルのミステリー、SF、伝奇もの、それらに付き物であるエログロ表現が合わさった上で、全く読みようがないどんでん返しのある『Jの神話』はメフィスト賞らしい作品と言えるでしょう。自分に合っている、読んでみたいと少しでも思ってくれた方は是非とも一度お手に取っていただきたいです。
なお、ベストセラーの『イニシエーション・ラブ』はここまで人を選ぶ内容ではないので、『Jの神話』がダメな方はこちらを読んでみて下さい。
犯罪者が物語の主人公は数多くあっても猟奇殺人犯が主人公になる小説はそれほど多くはないでしょう。1999年に第13回メフィスト賞を受賞した『ハサミ男』は、インモラルな内容にもかかわらずミステリー好きにとって異例の大ヒット作となりました。
『ハサミ男』の内容は、女性を殺害しては研ぎあげたハサミを首に突き立てる猟奇殺人犯である「ハサミ男」が、自分と同じ殺し方で殺された彼女の死体を発見、何故誰がこんな事をしたのか分からない「ハサミ男」が自分以外のもう一人の「ハサミ男」を探すというストーリー。
- 著者
- 殊能 将之
- 出版日
- 2002-08-09
非常に評価が高く、純粋に小説としての完成度と面白さでカルト的な人気がある作品です。ミステリー小説の中で一番の名作と言う人もいます。作品世界に矛盾がなく物語が洗練されているので抜群に読みやすいです。
叙述トリックファンを唸らせる仕掛けがたくさんあります。結末に驚愕し強烈に印象に残るでしょう。
2000年に第14回メフィスト賞を受賞した『UNKNOWN』は、防衛部調査班の「朝香二尉」と監視隊の「野上三曹」が航空自衛隊レーダー基地の隊長室の電話機にしかけられていた盗聴器の目的について探るというミステリー小説です。
ページ数が少なめで内容もさっぱりしているので手軽に読めるのですがそれでもこの小説の評価が高いのはドラマの『相棒』のように個性的な自衛隊の面々、特に探偵役である朝香二尉のキャラクターとしての魅力と、語りの野上三曹の読者に共感させる物の見方や視点で『UNKNOWN』の世界観に入って行きやすいという二つのポイントが決め手だと思います。
- 著者
- 古処 誠二
- 出版日
物語も筋道が通っていて矛盾のない内容で話が進んでいくので、さくさく読み進めることができるでしょう。結末も野上三曹の成長を感じる爽快感があるものなので読後の余韻が良いです。次回作を読みたくなります。
当時実際に航空自衛隊だった作者がまさにそこを舞台にしているので、自衛隊に関する知識や普段自衛隊がどういう気持ちで仕事をしているかなどが、リアルに伝わります。納得のメフィスト賞受賞作です。
2000年に第19回メフィスト賞を受賞した作品です。「お金では買えない究極のトリックを探ってください」。作家である来木来人が死んだ館で、そんなミステリィイベントが行われます。
そこに招待されたのは、主人公の会社員である石崎幸二と、女子高のミステリィ部に所属する御園ミリアと相川ユリをはじめとする16人。果してトリックを見つけることができるのでしょうか。
- 著者
- 石崎 幸二
- 出版日
表紙は難しそうな中身を連想させる装丁ですが、読み始めると、鋭い突っ込みを入れるミリア、ユリと少し冴えない石崎さんの掛け合いが軽妙で、ミステリーを読んだことのない方でも、さくさくと読むことができます。それでもしっかりとした仕掛けがあり、ミステリーデビューにも最適な作品です。
この作品での連続殺人事件では誰も死にません(!?)。そういった点では、殺人系ミステリーが苦手な方にもお勧めできます。シリーズ化されていますので、この作品以降の、ミリア、ユリ、石崎さんの凸凹トリオの活躍もお楽しみください。最後の、愛はお金で買えないという石崎さんのセリフも非常に乙です。
2001年に第19回メフィスト賞を受賞した舞城王太郎の『煙か土か食い物』は、福井県西暁町でおこる連続主婦殴打事件を外科医の奈津川四朗が解決するというものです。
本の帯には「これが噂のMaijoだ、小説界を席巻する「圧倒的文圧」を体感せよ!」と書かれていますが本当にその通りで、凄まじいスピード感と圧倒的な文章の暴力ともいえる畳みかけで本を開いて10ページで圧倒的な個性を確実に感じるでしょう。
「ヘイヘイヘイ、復讐は俺に任せろマザファッカー!」というような突き抜けたセリフを作中で展開しながら、句読点ほとんど使わずに最後まで一気に駆け抜けます。
- 著者
- 舞城 王太郎
- 出版日
- 2004-12-14
結末は「家族」がいかに義理堅くあるべきなのかと強烈なメッセージを読者に突き刺します。デビュー作とは思えない完成度です。
普段ライトノベルだけ読む方でもほぼ同じ感覚で最後まであっという間に読み切れる、まさにメフィスト賞のテーマである「エンターテイメント作品」です。図書館でも電子媒体でも何でもいいので、とりあえず最初の10ページを読んでみて下さい。
2002年に第23回メフィスト賞を受賞した西尾維新の『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言使い』。
孤島の「鴉の濡れ羽島」に隠れ棲んでいた財閥令嬢が五人の「天才」女性を招待、そして起こる密室殺人を天才美少女「青色サヴァン」玖渚友と「戯言使い」いーちゃんが解決するという話です。
西尾維新の作品は物語よりもキャラクターの魅力をかなり重視しており、凄まじい量のセリフでキャラクターの個性を引き出します。
セリフの数は多いですが、西尾作品に出てくるキャラクターのセリフには文学的要素がふんだんに含まれており、教養のある人間の駄洒落合戦のような情報量の多いものなので、読んでいて無駄で退屈という気持ちにはなりません。また、終盤の怒涛の伏線回収には圧巻の一言です。
- 著者
- 西尾 維新
- 出版日
- 2008-04-15
『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言使い』は「戯言」シリーズの第一作目にあたります。シリーズを追うごとに個性的な西尾維新節が加速していくのでどんどん面白くなり、最後まで読んだ頃には完全にその魅力にハマる事間違いなしです。西尾維新を知らない方も既知の方も是非一度はこの作品を読んで、独特の世界観を楽しんでいただけければと思います。
最後にご紹介するのは、2014年に第51回メフィスト賞を受賞した井上真偽の『恋と禁忌の述語論理』。大学生の詠彦とその叔母の硯が、解決済みの事件を論理的に解き明かしていく物語です。
硯は頭脳明晰、美人で天真爛漫という魅力的な女性です。そんな硯を叔母に持つ詠彦は、自身の周辺で起こった解決済みの事件を硯に持ちかけます。数学的論理学に精通している硯に詠彦は、事件を論理的に解説してほしいと依頼したのでした。こうして3つの事件を解説しながら、物語は進んでいきます。
- 著者
- 井上 真偽
- 出版日
- 2015-01-08
3つの事件にはそれぞれ探偵役がおり、事件を解決したあらましが描かれます。それに対して硯は式を用いて事件について自身の考え、論理的証明を行います。一見難しい論理式が並びますが恐れることはありません。詠彦の質問を交えながら描かれるので読者にも理解できるようになっています。
またこの作品にでてくるキャラクターはどれもすごく魅力的です。各事件の探偵役、助手役などもしっかりキャラクターの設定がなされており、つい笑ってしまう場面もあります。中でも主役の硯と詠彦のやりとりが特に面白く、とてもいいコンビです。
ラストにはどんでん返しが待っているので、ぜひとも最後まで読むことをおすすめします。読み始めると、電車を乗り過ごしてしまうほど夢中になってしまうでしょう。珍しいタイプの理系推理小説をご一読いかがでしょうか。
メフィスト賞は今回ご紹介した作品以外にも多数のオンリーワンな作品、作家を世に送り出しています。特に、正統派の小説を多く読んできた方には珍味を食べるつもりで読んでいただければ、思わぬ出会いが待っている可能性が高いです。是非ご賞味下さいませ。