文化から人類を研究しようとする学問「文化人類学」。国によっては民俗学の名称で呼ばれています。大学で学びたい学問を探していたら「文化人類学」という耳慣れないものに行き当たった人。いま生きている社会での「当たり前」って、本当に当たり前なの?と疑問を持った人。そんな人たちに向けて、「文化人類学とは何か」「どのような考え方をする学問なのか」を簡単に解説する記事です。また、大学で専門的に学び始めたり、独学で勉強したりする際におすすめの書籍も紹介します。
文化人類学について知るのが初めてという人向けに、まずは簡単に概要を解説します。文化人類学を知る上で最初にイメージをつけておきたいのは「異文化」と「フィールドワーク」です。
「フィールドワーク」と聞いて、どのようなことを想像するでしょうか。言葉の意味を知っている人は、「研究対象の場所に行って調査をすることかな」と当たりをつけられるかもしれません。そのとおりで、フィールドワークとは「フィールド=調査地」に出て行って「仕事=研究」をおこなうことなのです。
文化人類学の場合、調査地はほとんど海外です。調査者にとって「異文化」である場所に出向いていって調査をおこなうということが文化人類学では非常に重要なのです。ただし、自国内の文化を対象にして研究をおこなっている文化人類学の研究者もいます。
さて、どうして文化人類学はわざわざ異文化のある場所に出かけていって調査をおこなうのでしょうか。その理由を知るためには近代のヨーロッパ史を振り返る必要があります。
文化人類学が生まれた19世紀には、南北アメリカや南太平洋、アフリカをはじめ世界各地がヨーロッパ各国の植民地となっていました。アメリカ合衆国など、一部の地域はヨーロッパをルーツとする人々が主導して国家が建設されています。
そのような中でヨーロッパ出身の人々は元から現地で生活していた人々に出会うことになります。当時の言葉で呼ぶのであれば「未開社会」です。「未開社会」は、ヨーロッパ的な常識でいえば非常に不可解な文化を持ち、異なった価値観の元に暮らしているように思われました。
それらは「野蛮だ」「非キリスト教的だ」といった理由で排除されていきます。一方で、排斥されていくそれらの文化には非常に重要な意味があるのではないか、と目をつけた人々もいました。彼らは現地に直接赴き、調査地の人々と一緒に生活をし、毎日の細かなことまでもを記録に残していきます。このような記録をまとめたものは現在では「エスノグラフィ=民族誌」と呼ばれます。このような調査から文化人類学の研究はスタートしました。
エスノグラフィがまとまっていくについれ、初期の文化人類学者はまったく異なる文化同士に通底する普遍性を見いだしていくようになりました。たとえば、トロブリアンド諸島でおこなわれる「クラ」という習慣があります。簡単に説明すると、貝殻で作ったアクセサリーを常に他の島の人々と交換し続けるという儀礼です。このアクセサリーは日用品ではなく、儀式のための道具という意味合いの強いものです。
人々はクラのために何日もかけて船旅をし、相手の島でもてなしをしてもらって自分の家に帰ります。それが終わったかと思えば、今度は自分の島に別の島からアクセサリーを交換しに人々がやってくるのです。
このような習慣は、現代日本人から見ると奇妙に思えるかもしれません。しかし、たとえばバレンタインデーの義理チョコと、ホワイトデーのお返しはどうでしょうか。同じように無意味であるようで、かつ人によってはイベント自体が苦痛に思えるものです。しかし場合によっては人間関係を円滑にし、コミュニケーションを深めさせる働きをすることもあります。
バレンタインデー・ホワイトデーとクラはまったく異なるようでいて、どこかに共通する点があるのではないか。このように、異文化を知ることによって自文化を異なる視点で見ることができると考えるのが文化人類学です。
本記事を読みながら、これから大学で文化人類学を専攻しようと考えている人もいるでしょう。大学で文化人類学を学ぶ場合はどのようなことを知っておく必要があるのでしょうか。
フィールドワークが主となる文化人類学では、現地でのコミュニケーション能力や情報収集能力が大切となってきます。基本的な英語のほか、フィールドワークの場所によっては聞いたことのないような言語を習得する必要もあるでしょう。辞書を見ながら現地の人と話せるようコミュニケーション能力も同時に磨いておくと損はないはずです。
多くの大学では、1・2年生のうちから主要著作を読みはじめることになるでしょう。このとき、文献の読みにくさに困惑する人もいるかもしれません。多くの著作はエスノグラフィを主体に組み立てられているので固有の名称が多く、日記風で場合によっては冗長に感じることもあります。
また、訳が古くて読みにくい、本が高くて買うのが大変といったことに戸惑う人もいるでしょう。もし可能であれば図書館などで主要な著作に目を通してみて、文化人類学の雰囲気だけでも掴んでおくと助けになるかもしれません。
文化人類学を専攻した場合、卒業論文では何らかのフィールドワークを求められることがほとんどです。大学生の場合はそこまで長い日数でなくても大丈夫でしょうが、なかには夏休みを使って調査地に泊まり込む人もいます。
宿泊をともなうと費用もかかりますし、ある程度論文の目処が立っていないと「フィールドワークをしたはいいけれど書くことが分からない」といった状態になってしまいます。早いうちから自分が関心を持っているトピックを探しておくとよいでしょう。
卒論の前段階として、授業の演習で泊まり込みの実習をおこなう大学もあります。いきなり現地に連れて行かれて調査が始まるなど、学年が低いうちは戸惑うことが多いかもしれません。調査方法の教え方や実習本番でのサポート体制は大学によって異なりますので、心配な人は事前に情報収集をしておきましょう。
社会人になってから文化人類学に興味を持った人は、社会人向けの大学院に入学するのも1つの手。数はそんなに多くはないものの、有職社会人を対象とする専門教育に力を入れている大学院や、2年間のうち1年は夜間・土曜授業を選択できる大学院なども存在します。
大学・大学院での学習をより身につけるために、以下に紹介する本もあわせて読んでいきたいところです。
文化人類学は現地調査をまとめたエスノグラフィが重要であるため、主要な著作のひとつひとつにボリュームがあります。大学の授業のみで全てを読むというのはまず不可能でしょう。
そのため、ある程度自学する必要があると考えてください。ただしガイドもなしに古典を読むのは難しいので、そのためにおすすめの本を紹介します。
- 著者
- 松村 圭一郎
- 出版日
『文化人類学 (ブックガイドシリーズ 基本の30冊) 』 は、2020年現在45歳の若手研究者である松村圭一郎氏が書いた、比較的新しい文化人類学の入門書です。文化人類学における著者の研究が第1部〜第5部にまで分かりやすい文章でまとめられており、どこからでも気軽に読むことが可能です。
また文化人類学についてだけでなく、著者の生い立ちや考え方など背景も解説されています。あわせて著作に対する現在の肯定的・批判的な評価なども紹介されていますので、古典を学びながら現代の文化人類学的問題も知ることができます。
文化人類学において主要な研究者とその研究内容をざっと把握したい人におすすめの1冊といえるでしょう。
- 著者
- 松村圭一郎
- 出版日
- 2017-09-16
文化人類学の考え方や、それが現代社会と同関係があるのかをより知りたい人には『後ろめたさの人類学』がおすすめです。1冊目に紹介した本と同じく、筆者は松村圭一郎氏です。
社会は人間関係をもとにできあがっています。つまりそれは構築されたものであり、もし「世の中のこういうところが嫌だな」と思ったらもう一度「構築しなおす」こともできるのではないか、ということを示唆するのが本作の内容です。
現代日本社会のさまざまな問題を考えるにあたってまずは日本から離れた国から考えることが、既存の枠組みを再構築させる一手になるんだなと、ポジティブな視点を与えてくれる1冊です。
- 著者
- ["クロード・レヴィ=ストロース", "早水 洋太郎"]
- 出版日
文化人類学の著名な研究者の1人であるクロード・レヴィ=ストロースは、晩年のライフワークとして世界中の神話を集めて分析するという研究をおこなっていました。それぞれの文化で神話は異なりますが、よくよく読んでいくと共通する点もあります。
それらがどう異なっていて、どう同じなのか、異なるふたつの神話同士にはどのような関係があるのか。邦訳で3000ページにおよぶ大著の中で分析を進めています。
『生のものと火を通したもの』はその「神話論理」と呼ばれる著作集の1冊目です。文化人類学を学びはじめてすぐに読むには難しい内容ではありますが、興味のある人が時間をかけてゆっくりと取り組んでいける重厚な読みごたえのある著作です。
文化人類学は、文系学問の中ではややマイナーだとしばしば言われます。それは文化人類学が異文化を通して自文化に対して批判的なまなざしを向けがちなことと関係があるようです。主流のもの、当たり前のものだと思われているものに対して別のものの見方を投げかける学問として文化人類学は成長してきました。難解なエスノグラフィの読みこなし、フィールドワークへの取り組みなど大変な面も多いですが、知的好奇心旺盛な人には向いている学問です。まずは何かひとつ入門書を手に取ってみてはいかがでしょうか。