長いミステリー小説の歴史のなかで、「新本格」という一大ムーブメントが起きました。名探偵の活躍や緻密なトリックなど王道の設定を踏襲しつつ、推理をしていく楽しさを存分に味わえるものになっています。この記事では、原点ともいわれる綾辻行人以降の作家の、おすすめ小説を紹介していきます。
新本格ミステリーとは、1980年代後半から1990年代に発表された作品や、デビューした作家を指します。本格ミステリーと同じく、「トリック」「謎解き」「名探偵」を重視した内容で、思考力や論理力を養うとともに、謎解きの際に爽快感をもたらしてくれる物語です。
また当時は、警察の科学的な捜査が著しい発展を遂げた時代でもありました。知性の敵ともいえる、絶対的な証拠に対抗するべく、警察を無力化した設定が多く見られたのも特徴です。
日本でいえば、島田荘司の推薦を受けて1987年にデビューした綾辻行人が、新本格ミステリーの始まりだといわれています。その後、講談社が「新本格」をキャッチコピーにした戦略をとり、有栖川有栖や法月綸太郎などがデビュー。ミステリー業界を盛り上げていったのです。
想像をかき立てる謎やトリック、論理的に推理をしていく過程はミステリーの醍醐味ともいえるもの。常に読者をワクワクさせてくれるジャンルだといえるでしょう。
大学のミステリー研究会に所属する男女7人が、「十角館」と呼ばれる屋敷を目当てに「角島」という無人島を訪れました。そこは半年前に島の住人が謎の死を遂げた恐ろしい場所。ミステリー好きの彼らは、事件を解明しようとしたのです。
一方同じ頃。本土に残っていた研究会のメンバーに、手紙が届きます。そこには、研究会の元メンバーで昨年亡くなった中村千織が、十角館で起こった事件の関係者であることが書かれていました。
さらに、角島を訪れていたメンバーがひとり、またひとりと殺される事件が発生。恐怖と混乱の先に待ち受けるのは……。
- 著者
- 綾辻 行人
- 出版日
- 2007-10-16
1987年に刊行された綾辻行人のデビュー作。新本格ミステリーが流行するきっかけとなったもので、全9作ある「館」シリーズの1作目となりました。
角島と本土で同時に物語が進行していく構成。驚きの叙述トリックが仕込まれているのですが、まったく不自然ではなく、だからこそラスト1行を読んだ時に衝撃が走ります。
また研究会のメンバーもひとりひとりが個性豊かで、エラリイやアガサ、カー、ポウなど有名な推理作家を参考にしたニックネームで呼び合うのも面白く、彼らの人間関係が変化していくさまも楽しめるでしょう。
私立探偵をしている木更津のもとに、財閥として有名な今鏡家の伊都から依頼書が届きました。具体的な内容は書いてありませんでしたが、木更津は助手の香月とともに京都にある今泉家の館「蒼鴉城」を訪れます。
しかしそこにあったのは、依頼人だった伊都と、息子の有馬の死体。2人とも首が切断されていて、伊都の首は有馬の胴体に、有馬の首は帽子掛けに置かれていました。
伊都の甥から、あらためて犯人調査の依頼を受けた木更津ですが、次々と殺人事件が発生。犯人だと目星をつけていた人物も殺されてしまいます。そこにメルカトル鮎という探偵が登場し、新たな推理をくり広げるのですが……。
- 著者
- 麻耶 雄嵩
- 出版日
- 1996-07-13
1991年に刊行された麻耶雄嵩のデビュー作。島田荘司や綾辻行人、法月綸太郎など新本格ミステリーを代表する作家たちから推薦を受け、大学在学中にデビューしました。
とある館で起きる、連続殺人事件。二転三転する状況に、2人の名探偵が挑みます。首なしの死体、密室殺人、見立て殺人に死者蘇生と新本格ミステリー要素が存分に盛り込まれていて、探偵たちが推理を披露したかと思いきや、また別の伏線が描かれて場をかき乱すのです。
最後に真相に辿りつくのは、一体誰なのでしょうか。スピード感とミスリードを楽しめる作品になっています。
連続幼女誘拐事件の捜査が難航し、警察内部では焦燥感が漂っていました。若くして警視庁捜査一課長となった佐伯は、現場の指揮を任されながらも不協和音を止めることができません。さらにマスコミは彼の私生活にまで干渉しだします。
一方で松本という男性は、空虚な心を埋めるために新興宗教にどんどんのめり込んでいきました。
やがて2人の物語は交錯し……。
- 著者
- 貫井 徳郎
- 出版日
1993年に刊行された貫井徳郎のデビュー作。主人公の佐伯と、正体のわからない松本という男の視点で交互に物語が描かれます。
終わることのない誘拐事件。やがて佐伯が新興宗教についても調べ始めます。ついに2人の物語が交わるかと思いきや、今度は佐伯の娘が誘拐されてしまうのです。
巧みな叙述トリックと、犯人がわかってからの怒涛の展開は圧巻。大切な人を失った悲しみや、佐伯がどんどん心を壊していくさまも見事に描かれていて、読後も深い余韻を残す作品です。
武内利晴が幼馴染の本間ゆき絵をレイプし、彼女の夫を殺害してからまもなく時効の15年が経とうとしています。事件時にできた子どもは、中学生になっていました。
武内も自分の子どもが生きていることを知っているため、時効が過ぎれば絶対に連絡を入れてくると予測し、警察はゆき絵と子どもの周囲を見張って待ち構えています。
しかし、何も起きないままその日を迎えてしまいました。ただ実は、武内は海外に7日間逃亡していたため、本当の時効は7日後。武内自身がこの規定を知っているかはわかりませんが、警察はこの間に容疑者を追いつめようと捜査を続けます。
- 著者
- 横山 秀夫
- 出版日
- 2006-03-17
2003年に刊行された横山秀夫の作品。全6編の短編小説になっていて、いずれも同じ県警内で物語が展開される「F県警強行犯」シリーズの1作目。テレビドラマ化もされました。
捜査を続けるF県警ですが、第二の時効も成立してしまいます。そして翌日、武内から電話がかかってくるのですが、実は第三の時効が設定されていて……。
登場人物はみな癖の強い性格をしていて、お互いのプライドが衝突することもしばしば。表題作以外にも、「沈黙のアリバイ」 「囚人のジレンマ」「密室の抜け穴」「ペルソナの微笑」「モノクロームの反転」と主人公を変えながら、それぞれの特性をいかした捜査を見ることができる作品です。
都内の繁華街に現れた殺人鬼。彼は永遠の愛を求めて、出会った女性たちを次々と惨殺していきます。蒲生稔という名前の犯人は、最初に罪を犯した時から、女性を殺す瞬間の快楽に酔いしれていました。
しかし、どんなに忘れたくないと願っても記憶は薄れていくもの。我慢を知らない彼は、またあの感覚を味わおうと新たな餌を求めて街をさまようのです。結局、6つの殺人と1つの殺人未遂容疑で、逮捕されました。
- 著者
- 我孫子 武丸
- 出版日
1992年に刊行された我孫子武丸の作品です。
物語は犯人の蒲生が逮捕されたところから始まり、そこから時を戻して事件の全容が書かれていきます。人間の恐怖と憎悪を引き出す残虐な殺人シーンの描写は、かなりグロテスク。犯人の異常すぎる思考も細かく書かれているので、苦手な方は注意してください。
ただ本作の見どころはそれだけではありません。自分の息子が犯人なのではないかと疑う蒲生雅子と、知り合いを殺されて独自に捜査を進める元刑事の樋口という2人の視点から描かれる物語と、犯人の物語が交錯した時、とんでもないどんでん返しが起こるのです。
巧妙なトリックと何重にも貼られた伏線で、最後まで目が離せない新本格ミステリーとして楽しめるでしょう。