教育学と聞くと、「先生になるために勉強する学問」を想像する人が多いですが、それは誤解です。教育学は、さまざまな学問分野を横断しながら「よりよい教育とは何か」を追究する学問。学校教育はもちろんですが、社会教育や企業内教育など、多くの分野で必要とされています。今回は、そんな教育学の奥深さを5冊のおすすめ本とともに紹介していきたいと思います。
教育学は、あらゆる「教育」的作為を分析・批判し、よりよい教育のあり方を追究する学問です。
適切な教育のあり方は、時代や状況に応じて大きく変容します。そうした変容に適応しながら、さまざまな理論を考えたり実践の場に組み込んだりして、一人ひとりの人間形成に教育を役立てようとするのが教育学の役割です。
大学の教育学部というと「教員養成」のイメージが強いですが、実はもっと幅広く「教育」というものを扱っている学問なんですね。
教育学は主に3つの軸から考えることができます。
1、教育学系
2、教員養成系
3、総合科学系
広く知られている教員養成系のほか、教育そのものに対して多角的に学ぶ「教育学系」、芸術やスポーツ、国際関係などを総合的に学ぶ「総合科学系」なども存在します。
また、教え育てることは全て教育ですから、教育学の対象は学校教育に限りません。家庭教育・社会教育や企業内教育など、その対象は多岐にわたります。
こうした教育という多様な事象の分析には、さまざまな学問の手法を用いる必要があります。そのため、教育学は哲学、社会学、心理学などが内包された学際的な学問(複数の領域にまたがった学問)といわれることも多いようです。
教育学は、その学際性ゆえ、扱う問題に応じてさまざまな分野に枝分かれしています。ここでは、そのうちいくつかの分野を紹介したいと思います。
教育を社会現象の1つとして捉え、社会と教育が相互に及ぼし合う影響を研究するのが教育社会学です。たとえば、「ニートの増加」という社会問題を教育社会学の領域で考えると、「子どもに学校から職業への移行をうまく促せていない」という教育上の問題がみえてきます。
近年は「出身地域・世帯の収入差・性差などが招く、教育の機会不平等」が、主要な問題として扱われています。
教育方法学では、学校や家庭における具体的な教育の方法を検討し、教育実践の効果の最大化を目指します。
具体的には、学習効果が最大化されるようなカリキュラムの研究や、教育の成果をいかにして測るかという教育評価方法の検討などです。こうした分野的特性のため、教員養成に関わる学びを多く含んでいます。
比較教育学は、社会・文化的な背景のなかで教育をとらえ、その制度や行政などについて国際・異文化間比較をおこなう分野です。こうした比較をおこなうことで、自国の教育の持つ課題や強みを見つけ、よりよい教育を目指します。
日本のゆとり教育や、偏差値重視の大学受験教育はさまざまな角度で国際比較され、その是非や評価が論じられています。
発達段階にある子どもの心理状態に着目し、彼らが安心して学びを得られる場や環境づくりを目指す分野です。その対象は広く、具体的な授業方法の検討から、いじめや不登校といった子どもの心に直接関わる問題も扱います。また、臨床心理学の分野とも深く関わっており、いわゆるカウンセリングなどについても学ぶことができます。
現代の教育の抱える問題の根本を研究する、教育学の最も基礎的な領域を担うのが教育哲学です。「よい教育とはなにか」「よいと判断できる基準はなにか」といった、哲学的な観点から教育をとらえ直します。こうした問いかけの追究は、多くの場合過去の思想や歴史の研究を通じておこなわれます。
なんらかの学問を学び始めようと思い立ったとき、最初に対象の学問全体を見渡すために、入門書を読むところから入る人は多いのではないでしょうか。しかし、教育学については、かならずしもその必要はないかもしれません。
教育学の諸分野は、学校現場で起こる問題を取り扱っていることが多く、私たちは学校生活を通じて少なからずそういった問題に遭遇してきています。つまり、教育学の対象となるような課題を、私たちは曖昧ながらもすでに知っているというわけです。
そのため、教育学に興味を持ったら、初めに今の実践の場で何が問題視されていて、どう解決すべきかを考えてみるのが重要です。理論を割愛して現場の対処法を考えるのは少し違和感があるかもしれませんが、具体的な問題意識から学び始めた方が、イメージや興味が湧きやすいでしょう。
まずは学生時代に思いを巡らせ、自分や周囲が教育のどういった点に困っていたか、分解・解釈することから始めてみるのがいいかもしれません。きっとそこから出てくる問題は、多様にある分野のいずれかで盛んに議論されているはずです。
学問としての教育学をしっかりと学びたい場合は、教育学部のある大学への進学を検討してもよいでしょう。
教育学部では学校、家庭、企業などさまざまな場所での教育のあり方について学びます。大学4年次には教育実習での経験を積み、実際の教育現場を体験することも多くなるでしょう。ここからは、教育学を学びたい方におすすめの大学をご紹介します。
文教大学は教育学部に力を入れている大学として有名です。私立大学として初めて教育学部を設置し、50年以上にわたり約1万人に近い生徒を教育界に送り出しています。
取り扱う内容は幼少連携を視野に入れたものが多く、実践の場が多く設けられていることが特徴です。教員免許をとるだけでは、よい先生になることはできない。先生とは何か、教育とは何か、熱い想いをもって教育現場に携わりたい方におすすめの大学です。
参考:文教大学/教育学部
玉川大学は「教育養成の玉川」と呼ばれるほど教育学部のカリキュラムが整っている大学です。
玉川大学の特徴といえば、全人教育です。これは豊かな人間性と人格を育むという理念のもと生まれた独自の教育です。教育における専門的な知識を持ちながら、調和の取れた人間性も持っている。そしてその2つを繋ぐ、繋ぎ合わせる能力も申し分ない。これが玉川大学の全人教育です。
人間として成長途中にいる子供たちの指導をおこなうには、先生となる人間もまた正しい人間性を持ち合わせていなければなりません。現代の教育をよりよいものにしていきたいと考える方におすすめの大学といえるでしょう。
参考:玉川大学/教育学部
他にも筑波大学や広島大学も教育学部に力を入れている大学として有名です。私立ですと佛教大学や早稲田大学、青山学院大学、立教大学もよいと言われています。それぞれの大学で何に重きをおいているか違いますし、実習の回数なども異なります。
自分が教育学からどんなことを学びたいのかを考えながら進学先を検討してみてくださいね。
教育学を仕事に活かすことを考えたとき、やはりもっとも分かりやすいのは教員です。子どもたちを教え育てる現場に直接関わる職業なので、身に着けた能力を最も活かすことができるといえます。大学にもよりますが、教員免許を取る場合、通常の授業に加えて「教職課程」という特別な授業を履修する必要があります。よって、教員志望の人は比較的授業が大変になる、というのは知っておいた方がいいでしょう。
また、教育現場に直接関わるという面では、予備校業界に進む人も多いようです。予備校というと受験勉強に特化したイメージがありますが、最近はキャリア教育を重要視する予備校も増えています。教育学では子どもとの関わり方を理論立てて学べるので、これは生徒の興味関心から将来や志望校について考える際の大きな手助けになるでしょう。
教育業界以外だと、出版業界に進んで教育関係の記事を担当する、という道もあります。教育の問題は大きな注目を集めているので、学問的素養をもった記事にできれば、即戦力として重宝されるかもしれません。
社員研修の講師、といった形で、大人の教育に関わることもできます。大きな企業だと、社員教育をメインとした人事スタッフを置いていることが多々あるようです。そういった役職では、人事・教育経験が重視されるので、教育学を学んでいることは大きな強みとして働くでしょう。
また、特定の会社に籍を置かず、フリーランスで活動するという手もあります。こういった場合、セルフプロデュースや企業からの招致により、会社の社員研修に講師として参加してお給料をもらうことになりますね。
このように、教育学は就職においても広く門戸が開かれています。興味関心と照らし合わせながら、自分の能力を活かせる職業を選べるようマインドセットしておきましょう。
実際に教育学部出身者の進学先はどうなっているのでしょうか。大学ごとに進学先の状況は大きく異なります。
たとえば先述したように教育学部に力を入れている広島大学では、学部卒業生の約4割が学校教員を進路として選んでいます。幼稚園から特別支援学校まで幅広く就職していますが、最も多いのが高等学校への就職です。
2番目に多いのが一般企業への就職、そして3番目は進学となっています。
参考:広島大学/進路・就職先
なかでも最も教員への就職率が高いのが文教大学です。約8割が教員となっています。
また児童心理教育コース、幼児心理教育コースとコース別に見ても教員への就職率は高く、同じ目標を持った仲間と切磋琢磨しながら学べるよい環境だといえるでしょう。
教育学部で学んだすべての生徒が必ずしも教員となるわけではありません。
たとえば早稲田大学教育学部では情報・通信関係の企業への就職が最も多く、次いで金融、メーカーとなっています。教育関係の職業にすすむ方は全体の1割ほどと少ない結果となっています。
さまざまな進路先があると覚えておいて損はありませんね。
参考:早稲田大学/卒業後の進路
- 著者
- 松岡 亮二
- 出版日
この本では、日本に存在する教育格差の問題がまとめられています。
日本では長らく、精一杯努力して勉強すれば、どんな人でも平等に高い学歴を得られる機会がある、という風に信じられてきました。しかし実際は、出身世帯の収入・出身地域といった、子どもにはどうすることもできない初期条件が、子どもの最終学歴に影響していることが近年明らかにされています。生まれた時点で、緩やかながらも強烈な教育格差が存在しているということです。
本書では、こうした格差を取り巻く問題を、豊富な統計データや国際比較を用いて解説していきます。社会学の基本ともいえる「数字を味方につけた論証」には非常に説得力があるので、教育社会学に関心がある人はぜひ読んでみてください。
- 著者
- ["田中 耕治", "鶴田 清司", "橋本 美保", "藤村 宣之"]
- 出版日
教育の具体的な方法を学びたい方におすすめなのがこちらの本です。
平成29年と30年に、文部科学省により10年ぶりの学習指導要領の改訂が行われました。この改訂では、「生き抜く力を育む」ための「主体的・対話的で深い学び」が、新しい学力として規定されています。新しい学力とはいったいなんなのか?学校教育でどのように育んでいけばいいのか?本書はこうした疑問に答えながら、教育方法の歴史と理論を体系的にまとめています。
かなり具体的で、授業実践力に直結しうる内容なので、教職を目指すつもりの人はぜひ参考にしてほしい本です。
- 著者
- 恒吉 僚子
- 出版日
日本の教育の国際比較に興味がある方にはこちらの一冊を。
教育の質や学力の低下が叫ばれがちな日本。しかし国際的には、その教育システムが他国のモデルとして扱われるなど、必ずしも問題点ばかりでもありません。本書では、「しつけ」に代表されるような日本型教育を国際比較のもとで再評価・再検討し、その強みや課題をあらためて提示しています。
また、学力だけでなく、努力することを重要視する価値教育や日本人の社会性にも言及されており、200ページ強ではありながら充実した内容となっています。比較教育学を学ぶ第一歩として最適な本ですね。
- 著者
- 秋田 喜代美
- 出版日
魅力的な授業のあり方と、それを可能にする条件を子どもの視点から解説した本です。
著者の秋田喜代美は、魅力的な授業には「どの子どもも居心地がよく安心していられると感じられる教室、さらに子どもたちが深く学べていると感じられる教室がある」という共通点があると述べています。この本では、こうした教室の実現のために、協働学習・対話といったキーワードを軸に、子どもが真に学びを得られる授業の条件を模索していきます。
教育心理学に関するものとしては、少し専門性が高い文章に感じるかもしれません。しかし、この本を読めば、現在の学校現場でいかに「子ども同士の対話」というものが重要視されているのかが理解できるのではないでしょうか。
- 著者
- ["遠藤 野ゆり", "大塚 類"]
- 出版日
私たちは普段、無意識にさまざまなことを「あたりまえ」だと考えて生活しています。たとえば、「学校に行くのはあたりまえ」とか、「空気を読んで言動をするのはあたりまえ」などといったことが挙げられますね。こうした「あたりまえ」という考えの枠組み自体を疑い、とらえ直そうとするのがこちらの本です。
本書は「家族」「他者」「自己」の三部構成で、児童虐待や不登校などの全10個の問題が取り上げられています。これらは全て子ども・親・学校・社会が関わり合って構成している問題であり、問題を「どう見るか」が最も大事なことであるということに、この一冊を通じて気付かされます。
枠組みの捉え直しの際には、哲学の一分野である現象学的視点から論じられるなど、かなり新鮮味のある内容です。実はシリーズ化もされていて、今年の1月には第2巻となる『さらにあたりまえを疑え!臨床教育学2』という本も出ています。気に入ったらこちらも手に取ってみるとよいかもしれませんね。
教育学と聞くと、つい学校の先生ばかりを想像してしまいますが、「教え、育てる」というかなり大きな問いを追究する学問である、ということが分かっていただけたかと思います。また、扱う問題もさまざまで、たくさんの分野が存在しています。
もし教育学に興味があるなら、自分が現在の教育に対して思う問題意識を明確にして、該当しそうな分野の本を読んでみてください。さらにクリティカルに、現代の教育問題をとらえられるようになるはずです。