「パスティーシュ」という言葉を知っているでしょうか。音楽や美術などの芸術分野において、すでにある作品の作風を真似たものです。文学の世界では特に、「シャーロック・ホームズ」シリーズのパスティーシュが多く発表されています。この記事では、パスティーシュについて解説したうえで、おすすめの作品を紹介していきます。
パスティーシュとは、フランス語で「模倣作品」という意味。美術や音楽、文学などにおいて、文体や雰囲気を故意に模して、新たな作品を生み出す作風です。
文学の世界では、多くのシャーロキアンが存在することから「シャーロック・ホームズ」シリーズに関するパスティーシュが数多く発表されてきました。
また作家の清水義範は、パスティーシュの手法を使ったユーモラスな短編集『蕎麦ときしめん』を刊行。以来、日本では「パスティーシュといえば清水義範」とまでいわれています。
- 著者
- 清水 義範
- 出版日
本作は、清水義範の文学講義の内容をまとめたもの。2008年に刊行されました。
「文学は、たとえどんな大作であってもすべてパスティーシュでできている」という視点から、世界の文学について解説しています。
たとえば『ガリバー旅行記』は『ロビンソン・クルーソー』の、『ドン・キホーテ』は当時流行していた騎士道精神をそれぞれ批判する意図があったなど、芋づる式に名作と名作の繋がりを発見できるのが魅力的。夏目漱石や芥川龍之介、志賀直哉など、日本の文学や論考にもたっぷり触れられています。文学はパスティーシュによって進化してきたということが実感できるでしょう。
また文章術についても解説しているので、文章作成の入門書としてもおすすめです。
ホームズの下宿先に、美術商の男が訪ねてきます。アメリカで美術品を盗まれてしまい、雇った探偵が窃盗団を射殺。それ以来、誰かにつきまとわれているというのです。
ホームズはベイカー街別働隊の少年たちとともに捜査にあたりますが、少年のひとりが惨殺されてしまいました。2つの事件の関係は?手がかりは、死んだ少年の手首につけられた「絹」のリボンと、「絹の家」という謎の言葉ですが……。
- 著者
- ["アンソニー・ホロヴィッツ", "駒月 雅子"]
- 出版日
イギリスの人気作家で、少年スパイの活躍と成長を描く「アレックス・ライダー」シリーズで知られるアンソニー・ホロヴィッツの作品。2011年に刊行されました。本作は、コナン・ドイル財団が初めて公式に認定した「シャーロック・ホームズ」シリーズの続編。80年ぶりの新作となりました。
捜査を進めるうちに事態は二転三転し、無関係に見えた2つの事件がしだいに結びついていく様子にドキドキが止まりません。入り組んだトリックと意外性のある謎解きは見事です。
また高齢になったワトソン博士や、もうひとりの天才モリアーティの登場など、ファンにはたまらない要素も詰まっています。コナン・ドイルの作風を真似つつも、ホロヴィッツ自身の個性も活かされたパスティーシュとして楽しめるでしょう。
銀行の地下金庫から発見された、古くてガタガタのブリキ箱。その中には、ワトソン博士の書いたシャーロック・ホームズの事件簿が眠っていました。
「ソア橋事件」で軽く触れられていた、自宅へ傘を取りに戻ったきり行方不明になった給仕のジェームズ・フィルモア氏について、詳細が書かれていて……。
- 著者
- ["ジューン トムスン", "押田 由紀"]
- 出版日
イギリスの作家ジューン・トムスンの作品。1990年に刊行されました。コナン・ドイルが原作で触れているものの、作品化しなかった100件前後の「語られざる事件」を題材にパスティーシュに取り組み、新たな物語を作っています。
給仕の秘密を描いた「消えた給仕長」をはじめ、「オレンジの種五つ」に登場する素人乞食協会事件が語られる「アマチュア乞食」など、7つの短編を収録。
作者自身がシャーロキアンで、本場イギリスで発表されているだけあって、「正典」と呼ばれるドイルの細部までしっかり受け継いでいるのが特徴でしょう。
オリンピックの開催に沸く2012年のロンドン。怪我で除隊となり、仕事をなくした女医のジョー・ワトソンは、ベイカー街221Bにある高層住宅でフラットシェアをすることになりました。同居人となるのは、世界的な名探偵シャーリー・ホームズです。
ワトソンが入居して間もなく、女刑事のグロリア・レストレードがやって来て、遺体がピンク色に染まる中毒死事件についてホームズに相談します。
- 著者
- 高殿 円
- 出版日
ファンタジー系ライトノベルを得意とする高殿円の作品。2014年に刊行されました。本作はテレビドラマ「SHERLOCK(シャーロック)」に強い影響を受けたパスティーシュです。
高性能AIを搭載し、人工心臓で薬漬けの体を保っている天才ホームズと、ハーレクイン作家で「だめんず」好きのワトソンがコンビを組んで、21世紀版『緋色の研究』事件に当たります。
現代の科学技術を駆使したSFチックな設定と、女性にしか考えつかないであろう意外性たっぷりのトリックが見どころ。原作に対する愛とリスペクトも十分に感じられる作品です。
ベイカー街221Bで小さな下宿屋を営む2人の女性が、日本人留学生を連れてワトソンのもとを訪れました。
するとその日本人は、いきなり「は、は、はっ!ワトスン君、僕だよ」と言い放ちます。どうやらホームズになりきっているようで……。
精神を病んでしまった気の毒な日本人は、名を夏目漱石といいました。
- 著者
- 柳 広司
- 出版日
ミステリー作家、柳広司の作品です。2005年に刊行されました。柳は『贋作『坊っちゃん』殺人事件』など、夏目漱石のパスティーシュも手がけています。
英文学の研究に明け暮れ、「シャーロック・ホームズ」シリーズを読み込んだ夏目漱石は、自分がホームズだという妄想にとらわれていました。本物のホームズの計らいで、ナツメ・ホームズとワトソンがコンビを組み、倫敦塔やシェイクスピアなどに絡む事件を解決していきます。
夏目漱石がホームズになり切るというユニークな設定に加え、原作でおなじみの人物も次々に登場。本物になりきれないナツメの珍推理や、夏目漱石の作品のエッセンスなど、さまざまな魅力が詰まった一冊です。
ロンドンに留学中の夏目金之助は、夜ごとに聞こえてくる幽霊のような声に悩まされ、神経衰弱に陥っていました。
それを救ってくれたのは、近所に住む名探偵のホームズ。夏目は彼のエキセントリックな性格に辟易としながらも、自分の悩みに的確なアドバイスをしてくれた手腕を大いに評価します。
- 著者
- 島田 荘司
- 出版日
- 2009-03-12
1984年に刊行された、島田荘司の作品。夏目漱石の最後の下宿と、ベイカー街221Bが近いことから着想したそうです。
物語は、ワトソンの記述と夏目の記述が交互に語られる構成で進行。特に、漱石文学のパスティーシュともいえる夏目が記す、ホームズの奇人変人ぶりは読みごたえたっぷりです。
その一方でワトソンが描くホームズは、原作がごとくスマートな英国紳士そのもの。ファンを唸らせる数々の仕掛けと作者のシャーロキアンぷりが随所でうかがえる、本格ミステリーになっています。