Helsinki Lambda Club橋本薫が「旅の道中で読みたい本」

Helsinki Lambda Club橋本薫が「旅の道中で読みたい本」

更新:2021.12.3

旅先で読む本というのは、いつもより一層味わい深い。物語を読めば、旅の非日常さに感化されていくぶん、ほぐれた心に一文一文が染み入るし、旅行記などを読めば自分の旅と照らし合わせて明日への想像が刺激されてわくわくする。

2013年夏、西千葉駅前整骨院でバンド結成。Dinosaur Jr.とThe Strokesが恋人同士になったような、そこから紆余曲折を経てThe LibertinesとHappy Mondaysが飲み友になってしまったかのような、まるで、ビバリーヒルズ青春白書的な、なんでもありなニューオルタナティブサウンドを特徴とする。 シャンプーをしながら無意識で口ずさむぐらい、曲がポップ。そして、正統派ソングライターの橋本の歌詞はぐっとくるばかりか、歌詞内のさりげない小ネタにも知的センスを感じてしまう。 2014年上旬から数々のオーディションに入賞し、UK.PROJECT主催のオーディションにて、応募総数約1000組の中から見事最優秀アーティストに選出され、同年12月10日にUK.PROJECTから2曲入り8cmシングルをリリース。2015年3月18日にファーストミニアルバム『olutta』をリリースし、FX2015、VIVA LA ROCK2015、MUSIC CITY TENJIN2015への出演を果たす。同年12月18日にはシングル『TVHBD/メリールウ』をライブ会場と通販のみ限定500枚でリリースしたが、3ヶ月ですべて完売。2016年6月8日にファーストマキシシングル『友達にもどろう』をリリース。同年10月26日にファーストアルバム『ME to ME』をリリースする。 Helsinki Lambda Club HP http://www.helsinkilambdaclub.com
ブックカルテ リンク

“旅行”ではなく“旅”

旅が好きだ。ただ、先に言っておくが私は旅の玄人ではない。10代の頃から貧乏暇なしバンドマンを続けてきた身にとって、旅に出ることは容易ではなかったからだ。それに加えて沢木耕太郎の深夜特急シリーズに始まり、硬派も軟派も関係なくあらゆる旅行記を読んでは無駄にインドや東南アジア事情に詳しくなって、丘サーファーならぬ部屋トラベラーと化していたので、「俺の求めているものは“旅行”ではなく“旅”だ。旅とはロマンだ。ロマンとは(以下略)」みたいなごたくを頭の中で並べて、どうせ行くなら海外だと決めていた。旅初心者が陥りやすそうな思想である。邦楽より洋楽の方が優れていると信じている中学生と同じ頭の構造だ。

そんなわけで、我慢できずに21歳の時にイギリスに、24歳の時にタイに逃亡した。初めての自分の意志での旅だった。旅先で読む本というのは、いつもより一層味わい深い。物語を読めば、旅の非日常さに感化されていくぶん、ほぐれた心に一文一文が染み入るし、旅行記などを読めば自分の旅と照らし合わせて明日への想像が刺激されてわくわくする。ハードボイルドな物語を読んで旅に臨めば、貧乏旅行故の苦難、例えば乗り継ぎの空港で15時間待たされて待合室の固い椅子で一夜を明かしたり、鍵の壊れたホテルの部屋に泊まることになって隣の部屋には完全にキマッたジャンキーがいたとしても、「あ、これ深夜特急っぽい……!」という風にヒロイックな雰囲気に浸ることもできる。

そんな簡単に影響されてしまう人間は「やっぱインド行ったら人生変わったわ~」と連呼して周りに煙たがられると相場が決まっているので注意が必要だが、旅先で読むのに適していそうな本をいくつか選んでみたので、機会があれば、ぜひ旅先で読んで適度に旅情を増して欲しい。男目線の男旅な選書になってしまったが、今回ばかりは「まったく、男っていくつになっても子どもね!」って具合にお姉さん目線で女性読者の方は楽しんで頂きたい。

ロマンはまず形から入りましょう

著者
チャールズ ブコウスキー
出版日
1998-05-28
冒頭でも述べたが、旅とはロマンだ。ロマンに危険は付き物だ。そしてどうしようもなく時代錯誤だ。それが男のロマン。アメリカのビート文学を代表する作家、チャールズ・ブコウスキーの短編集を選んだ。酒に溺れてセックスをして、宵越しの銭は持たないぜって具合にその日暮らしな作家の自伝的とも言える物語。職を転々としながらアメリカ各地を放浪していた時の経験が詰まった一冊。

もし一人旅をするなら、これほどロマンを高めてくれる本があろうか。浸れる要素満載。内容はひたすら酒と女とギャンブルとみたいな下世話なものばかりなのだが、だてにアウトサイダーな生き方をしておりません。含蓄ある言葉も随所に見られ、そこにまた男は痺れるのだ。

「正気でいるということは不完全でいるということなんだ」
「人生の意味を知ってるのは、貧しい者だけだ。金持ちや生活に心配のない人々は、ただ推し量るだけである」

カビ臭いホテルのベッドの上や、鈍行列車の座席で読んで、ぜひ旅の雰囲気を自分で作り上げて頂きたい。

クールでスマートな主人公を気取って

著者
村上 春樹
出版日
村上春樹の作品を読んでいると、思考がクリアになるというか、フラットな気持ちになれる気がする。なので、海外旅行に限らずバンドのツアー先とかにもよく持っていって、一人の時間があると読み返して気持ちを落ち着けることがよくある。恐らく作品の語り手の淡々とした感じや、会話のどことなく非日常的な雰囲気が、自分と作品の波長を整えてフィットさせているような気がする。感情移入とか共感というのとは別の形で。

これは表題作の『レキシントンの幽霊』を含む短編集で、他の作品に比べて世界観の設定が異様であり(緑色の獣とか氷男と結婚したとか)、非日常感の強い作品である。それ故に、読む場所によって喚起されるイメージも異なりそうだと思った。そしてかなり行間を読む必要がある物語だと思うので、日々の忙しなさの合間に読んで表層をなぞって終わるよりは、時の流れがゆっくりな旅先などで、文脈を味わいながら読んで欲しい。そして村上作品の主人公のように、道中で不思議な出会いを経験して非日常な言葉を交わして、帰国したら小説をしたためて読ませて欲しい。

スリルはやっぱり妄想だけで十分?

著者
丸山 ゴンザレス
出版日
2016-06-13
どうせ一人旅するなら、クレイジーな土産話の一つも欲しい。見栄っ張りな私は鼻息荒くそんなことも期待する。最近某テレビ番組でも旅ロケで活躍しているのを見かける丸山ゴンザレス氏のこの本では、氏が実際に遭遇したトラブルや引き起こした悪事の数々が記されている。

テロ、薬物、恐喝、売春、旅先ならでは(?)の、トラブルの数々を切り抜け時に痛い目を見る氏の旅。読み進めていくと自分の器の小ささを知り、自分の身の丈に合った旅をしようと思わされる反面教師的な一冊。危険がどういうところに潜んでいるかなども知れて、普通のガイド本と合わせて読んでもいいかも。
人生、生きていればたいていのことは笑い話になりますね。

現代の旅のスタイルを知ろう

著者
吉田 友和
出版日
2014-07-03
自分の身の丈を知ったものの、まだ旅に対してのロマンはしっかり抱えたまま。しかし数十年前の世界と現代の世界では、すっかり変わってしまったところもたくさんあり、風情を期待して降りたったら思っていた以上に文明化が進んでいて、これじゃ東京と変わらないじゃんガッカリ、なんてこともあるかもしれない。

吉田友和氏の著書の多くは、今やすっかり日本でも旅のスタイルとして定着した、LCCを利用した旅について言及していて、この本では東南アジアをLCCや各種格安航空券を利用した旅の方法を始め、いかに安く手軽に旅を楽しむかについて詳細に書かれている。航空券の予約の仕方一つでこんなにも値段が違うのかなどと目から鱗の情報が載っているので、私のような貧乏旅行者は目を通しておいた方がいいだろう。ただの旅行指南書かと思えばそうではなく、人との出会いや風情ある場所、地元の名物料理などにも言及しており、読み物としても楽しめるエッセイなので、上陸前の飛行機の中などで読むと期待が膨らむこと間違いなし。

肩肘張ってばかりじゃ疲れるもの

著者
穂村 弘
出版日
旅に出ると、以前よりたくましくなったような気がする。素敵な自分に変われたんじゃないかって思う。思い描いたロマン溢れる旅に近付けて自分に酔いしれても、極力人と話すことを避けてご飯は結局マクドナルドばかりとかいう切ない自分に直面しても、旅というのは疲れるものだ。

自分探しなんて言葉は錯覚だとも言える。本当の自分なんてわかるようでわからない。色んな自分がいることに気付くきっかけにはなるけれど、本質が易々と変化するわけではない。穂村弘氏のエッセイでは、他人の目からはなかなか気付けない自身の冴えない日常がユーモア溢れる文体で綴られている。いや、本人はユーモアとしてではなく痛切に、淡々と綴っているだけかもしれない。

旅でパツパツに張った心に、日常のあれこれの描写というのは不思議と染み渡る。旅でどんな自分に直面したとしても、日常を改めて思い出すからこそどんな自分もいとおしくなりそうな、そんな一冊。

この記事が含まれる特集

  • 本と音楽

    バンドマンやソロ・アーティスト、民族楽器奏者や音楽雑誌編集者など音楽に関連するひとびとが、本好きのコンシェルジュとして、おすすめの本を紹介します。小説に漫画、写真集にビジネス書、自然科学書やスピリチュアル本も。幅広い本と出会えます。インタビューも。

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena
もっと見る もっと見る