内面のコンプレックスの壁にぶち当たった時に読む本【山中志歩】

更新:2021.12.6

6月になりましたね。今日は満月みたいです。 あの二カ月が嘘だったかのように、少しずつ元に戻っていく街並みを見ていると、なんだか寂しいような嬉しいような、焦燥感が纏わりつく不思議な気持ちになります。 夏に向かっていきますね。今年はどんな夏になるんだろう。

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その日は歯列矯正の定期健診に遠くの歯医者に行きました。

多分、ホンシェルジュでも矯正の話を書いたと思うんだけど、一年半に及ぶ矯正がようやく終わりました!

やったー!といっても、歯は動きやすいから位置を固定するためにマウスピースをずっとはめつづけなくてはいけないから、矯正をしている頃と何ら変わりはない。もごもごしている。

大人になって、外見のコンプレックスというのはお金と時間をかければだいたいのことが解決すると知った。痩せたければジムやエステなんかに通えばいいし、美容整形もできるし。

ただ内面のコンプレックスを変えるのはめちゃくちゃ難しいと感じる。

というか、今、私は内面のコンプレックスの壁にぶち当たっている。

26歳という年頃のせいなのか、今の社会情勢がそうさせているのかわからないけれど、その日も歯医者さんに口の中をいろいろいじられながら、自分の内面について思いを巡らせていた。

私は頭も悪いし、暗いし、どんくさいし、プライドが高くて、自分の得になる方にしか動かないから、うんざりする。人に寛容で誠実で、聡明さがあって、ユーモアがあって、公平無私のような人になりたい。そういや、あの人は私の年齢であれだけのことをやってて、あの人は映画や演劇のために色んなことをめちゃくちゃ考えてて、あの人は一緒にいたら元気になれるようなパワーを持ってて、なのに私は何をやってんだ、社会に対して何にも動けていないし、本当になんなんだ……と自分とほかの人を比べていたら、なんだか気が滅入ってしまった。

暗い気持ちで最後の歯医者が終わった。もうここに来ることはないだろうと思う。

雨が本格的に降ってきた。

なんだか映画みたいだなぁと思った。

帰りに、久しぶりに本屋に寄った。元気になれそうな本を探した。

「漁港の肉子ちゃん」魚なのか、肉なのか。

タイトルの音の良さに惹かれて買った。

肉子ちゃんは娘キクりんと、男を追いかけ、ある小さな漁港に辿り着く。

そこに男の姿はなかったが、帰る場所のない肉子ちゃんとキクりん。

いつの間にか、その小さな漁港の焼肉屋で住み込みで働くことになる。

肉子ちゃんの生き様や漁港の人々、街の風景などが娘キクりん目線で描かれる。

漁港の肉子ちゃん

著者
西 加奈子
出版日
2014-04-10

本を読むのは遅い方なんですが、これは一気に読めた。

肉子ちゃんは38歳のシングルマザーで恰幅の良い女性で、底抜けに明るい。

人生で何度か見かける、「何でこの人こんなに楽観的でカラッとしてて、距離が近くて、人の悪口を一切言わなくて、嫌なこと全部笑い飛ばすことができるんやろう」っていうタイプの人だ。

キクりんは母親の肉子ちゃんとは似ても似つかず、小5で読書家で観察力があって、冷静沈着な女の子だ。そして、細くて、目がくりっとしていて、かわいい見た目をしているらしい。

その二人を中心に街や漁港の人々の生活が描かれる。

めちゃくちゃ可笑しくて、笑いが止まらなくなる。でも次の瞬間に切なさや寂しさで涙が流れたりする。

一緒にいればうんざりしてしまうけど、離れてみるとやっぱり恋しくなる感覚もある。

話の中で私がずっと悩んでいたことを、サッサンという焼肉屋の店主が言葉にしてくれた。

その瞬間、サッサンが本当に私に対して言葉を尽くしてくれたような気がして、私はこの人に会ったことはないし、本の世界の人なのに、寄り添ってもらえているような肌感覚を味わった。

これが本の力なんだと、びっくりして、涙がたくさん溢れた。

あとがきもすごかった。本当なのに嘘、嘘なのに本当の世界で生きているのだと知った。

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