5分でわかる治外法権!領事裁判権、適用される人や地区、撤廃の歴史などを解説

更新:2020.7.5

その国の法律が適用されない特権である「治外法権」。近代史の授業では「領事裁判権」という言葉とともにたびたび登場します。この記事では、どのような内容の特権なのかその概要と、日本が歩んできた歴史、外交官や空港など治外法権が適用される人や地区、在日米軍の関係などをわかりやすく解説していきます。

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治外法権とは。領事裁判権との違いも解説

 

ある国に滞在する人が、その国家の法制度を免れる特権を「治外法権」といいます。

その原型は、16世紀にオスマン帝国が領内に在住する外国人に恩恵として授けた「カピチュレーション」という特権制度です。これをもとに、欧米諸国が国際法上の慣習として治外法権を確立していきました。

19世紀になると、「産業革命」などを通じて国力を高めた欧米諸国が世界中に進出。その他の地域と不平等条約を結ぶようになります。日本も1854年にアメリカとの「日米和親条約」締結を皮切りに、さまざまな不平等条約を結んできました。

1858年に締結した「日米修好通商条約」では、日本はアメリカに「領事裁判権」を認めています。

領事裁判権は、しばしば治外法権と混同されることがありますが、正確には治外法権の一種として有名なもの。「外国人が、滞在国の裁判でなく、本国の領事による裁判を受ける権利」です。裁判権に限定して治外法権を認めているといえるでしょう。

しかしこれは国家主権の侵害にあたり、さらに不当な判決が問題となる場合もあったため、日本は条約改正に尽力することとなりました。

今日では、国家の主権を代表すると考えられる国家元首や外交官とその家族、外国に滞在する公用機や軍艦の内部に治外法権に近い特権が認められています。

治外法権の歴史。撤廃のきっかけになった「ノルマントン号事件」とは

 

開国をした明治時代の日本が欧米諸国に認めた領事裁判権は、上述のとおり治外法権の一種で、不平等条約でもありました。日本は条約の撤廃を目指し、明治初期から外交交渉を続けます。

1886年。外務大臣の井上馨が参加していた条約改正交渉の席上では、領事裁判権を撤廃する条件として、欧米諸国が外国人裁判官の任用などを要求。井上は当初、この要求を受け入れる方向でいましたが、最中に「ノルマントン号事件」が発生し、風向きが変わります。

「ノルマントン号事件」は、イギリス船籍の貨物船ノルマントン号が和歌山沖で沈没した際、イギリス人の船長以下欧米人の乗組員は救命ボートに乗り込み全員無事だったのに対し、25人いた日本人の乗客全員が避難できず、亡くなった事件です。

早い段階から、船長や他の欧米人が日本人乗客を見殺しにした疑いが生じていました。しかし翌月、領事裁判権にもとづきおこなわれた海難審判では、船長以下全員に無罪判決が下されました。イギリス人領事による領事裁判で、事実検証などに問題があったといわれています。

「ノルマントン号事件」をきっかけに、日本国内では領事裁判権に対する反発が発生。さらに外国人を司法の場に介在させる井上の条約改正案も反対を受け、井上は外務大臣を辞任することになりました。

次に外務大臣に就任した大隈重信も、現在の最高裁判所にあたる大審院に外国人裁判官を任用する条約改正案を作成。しかしこの案に対しても強い反発が生じ、大隈は右翼活動家に襲撃され、改正交渉も中止になるのです。「ノルマントン号事件」をきっかけに、日本ではいかなる形でも司法に外国人が介在することを認めない論調が主流となっていきました。

その後、東アジアを舞台にロシアと対立するようになったイギリスは、ロシアに対抗する手段のひとつとして日本に注目。関係改善のために、日本が求めた領事裁判権撤廃に応じるよう方針転換をし、1894年に「日英通商航海条約」が調印され、領事裁判権は撤廃されました。以降日本は、アメリカやロシア、ドイツ、フランスなど各国と同内容の条約を結んでいます。

日本で治外法権が適用される人や地区を解説!外交官や空港は?

 

では、現在の日本で治外法権が適用される人や場所を紹介していきます。

まず先述したとおり日本を訪れる各国の外交官は、国の代表としてさまざまな活動をするため「外交特権」と呼ばれる権利が保障されています。具体的には、身体の不可侵や刑事・民事裁判権の免除、課税免除など。基本的に警察に拘束、逮捕されることはなく、裁判にかけられたり処罰されたりすることもありません。

そのほか、国家元首や軍艦、軍用機も国家の主権を代表する存在とみなされるため、日本の管轄権から一部免除が認められています。

しかしこれらの特権は、完全なる治外法権ではありません。たとえば軍艦の場合、日本の警察は、艦長が要請しない限り捜査のために艦内に立ち入ることはできませんが、日本の領海を通航する際や入港手順などは日本の法令に従う必要があります。

次に、気になる方も多いであろう空港や飛行機についてです。

国際空港で出国手続きをしてから入国手続きをするまでの区域は、国際管理地域と呼ばれる場所。名税店が並んでいることも多いです。日本でもなければ外国でもない場所のようにも見えますが、日本の法律がまったく及ばない治外法権なわけではありません。

ここで免税となるのは、「日本で消費されないだろう」と考えられる商品のみで、「日本で消費されるだろう」と考えられる飲食物には消費税がかけられています。そしてそれは、日本の「消費税法」で定められているものなのです。

では飛行機の機内はどうでしょうか。基本的にはすべての機体に国籍が登録されていて、「属地主義の延長」という制度によって登録国の法律が適用されます。

飛行している場所が公海上でも外国の領空内でも、機内の管轄権はその飛行機の登録国にあるのです。日本の航空会社の飛行機であれば、日本の領空外を飛んでいても日本の法律が適用されます。

治外法権と在日米軍

 

在日米軍に所属する兵士や用地にも、治外法権が適用されていると主張する意見があります。

1960年に締結された「日米地位協定」では、「アメリカの財産、安全のみに関わる事件や、在日米軍の内部で完結している犯罪」と「在日米軍の公務執行中に生じた、作為、不作為を問わない事件、犯罪」について、アメリカが第一次裁判権をもつことが規定されています。

また日本が裁判権を行使する場合も、容疑者の身柄を在日米軍が確保している場合は、警察ではなく在日米軍が拘禁措置をすることになっています。

「日米地位協定」ではほかにも、アメリカは在日米軍の施設や区域において、必要なすべての措置を執ることが認められているほか、在日米軍が公用で調達する物品は各種税金が免除されるなど、アメリカに有利な規定が数多く存在するのです。

そのため、在日米軍は治外法権を認められていて、それにともなう問題が起こっていると批判する声があります。

一方で外務省は、HP内「日米地位協定Q&A」において、「在日米軍の基地はアメリカの領土で治外法権なのですか」という問いに対し、

米軍の施設・区域は、日本の領域であり、日本政府が米国に対しその使用を許しているものですので、アメリカの領域ではありません。したがって、米軍の施設・区域内でも日本の法令は適用されています。

と回答。治外法権を認めていないとしています。

また犯罪者の引き渡しについては、

日米地位協定の規定は、他の地位協定の規定と比べても、NATO地位協定と並んで受入国にとっていちばん有利なものとなっていますが、更に、1995年の日米合同委員会合意により、殺人、強姦などの凶悪な犯罪で日本政府が重大な関心を有するものについては、起訴前の引渡しを行う途が開かれています。

と回答していて、国際的に見ても不平等なものではないと主張。

ただ在日米軍による犯罪などが起こるたびに、「日米地位協定」の治外法権的な内容が問題視されているのは事実で、今後も議論の余地があるでしょう。

明治から昭和までの条約を通じて歴史を捉える

著者
["藤岡信勝", "自由主義史観研究会"]
出版日

 

本作は、1854年に締結された「日米和親条約」から1972年の「日中共同声明」まで、主要な23の条約に着目し、締結当時の状況や交渉過程、内容、その後の影響などをコンパクトにまとめたものです。

治外法権についても紹介されていて、当時の人々がどのように法権回復に取り組んだのか、エピソードを交えて知ることができます。

治外法権的な性質をもつ日米地位協定を探る

著者
["前泊 博盛", "明田川 融", "石山 永一郎", "矢部 宏治"]
出版日
2013-02-28

 

日米地位協定の全体像を解説した作品です。締結の経緯や内容、問題点をわかりやすくまとめたうえで、ドイツ、イタリア、韓国など他国との地位協定と比較し、日米地位協定の性質を理解できます。

本文中でも言及したように、日米地位協定の内容は、治外法権的であると批判されることがあります。本作の作者も批判的な立場から、日米地位協定が日本国憲法よりも上位に位置付けられ、日本の法が在日米軍に及んでいないことを指摘。治外法権について考えるきっかけになるでしょう。