1980年代後半から90年代前半にかけての新本格ムーブメントを最前線で引っ張った綾辻行人。ミステリーに留まらず、ホラー作品も多く著しています。今回は綾辻行人のおすすめ小説を8点、ご紹介します。
綾辻行人は大学院在学中の1987年にデビューしたミステリー作家で、新本格を最前線で引っ張ってきました。
まず「本格推理小説」とは、謎解きやトリック、頭脳派名探偵の活躍が中心的な話題となった推理小説のことです。嵐の山荘で起こる連続殺人や童謡に見立てた殺人といったものが多いです。終戦直後までは推理小説の主流でしたが、松本清張が巻き起こした社会問題を主題とする社会派推理小説の台頭で衰退してしまいます。
「新本格」とは、かつて人気を誇った本格推理小説と同じく謎解き、トリック頭脳派名探偵の活躍を中心に据えたものです。ですので、本格推理小説と同じなのですが、一度衰退したものを復活させたという意味で、「新」と頭に付けられているのです。
綾辻行人は京都大学に入学し、京大推理小説研究会に所属していました。大学四年生の頃、江戸川乱歩賞に『追悼の島 ─十角館殺人事件─』を応募しましたが、一次選考通過止まりでした。しかし、編集者の目に留まり、改稿した『十角館の殺人』でデビューを果たします。
新人による本格推理小説は衝撃的でした。新たな本格推理小説を待ち望んだミステリーファンの間で話題となりました。綾辻行人が成功し、講談社や東京創元社は「新本格」をキャッチコピーとしたミステリー作品を集中的に販売する戦略を選びます。次々と新人作家がデビューし、新本格は一大ムーブメントとして、一般的な読者層からも注目を浴びました。つまり、綾辻行人のデビューが新本格の始まりなのです。
綾辻は叙述トリックを得意としています。叙述トリックとは、文章上に仕掛けで読者を勘違いさせるものです。例えば、男らしい人物が実際は女でした、というものです。綾辻行人の作品はもっと大掛かりな叙述トリックを仕掛けます。
ほとんどの作品で、物語の構図を一変させるどんでん返しが用意されています。そのどんでん返しが可能となる大きな要因として、文章の醸し出す雰囲気があります。作品にもよりますが、ホラー性、幻想性の強い雰囲気を前面に押し出しています。その雰囲気に飲まれて、文章上の仕掛けが見えづらくなり、大胆な叙述トリックの成立が可能となるのです。
1987年に出版されたデビュー作で、綾辻行人の代表的シリーズ「館シリーズ」の第1作目。アガサ・クリスティーの名作『そして誰もいなくなった』の影響を強く受けた本格推理小説です。
- 著者
- 綾辻 行人
- 出版日
- 2007-10-16
大分県の大学にある推理小説研究会の一行は、角島という無人島に訪れます。そこには半年前に凄惨な殺人事件が起こった青屋敷跡と、十角館という建物があります。彼らの目的は、凄惨な事件の真相を看破することでした。彼らは一週間滞在して、謎を解こうとしていたのですが、殺害予告のようなプレートが発見されます。そして次々とメンバーが殺されていくのでした。
一方、本土では、研究会の元メンバーの江南のもとに、凄惨な事件の被害者・中村青司からの手紙が届きます。その手紙は、かつてメンバーだった女性の事故死についての告発でした。死者からの手紙に不審を抱いた江南は、中村青司の弟を訪ねます。そこで探偵・島田潔と出会い、彼とともに謎の手紙と青屋敷の真相を調べ始めることとなるのでした……。
本作の魅力は、たった一行で様相を変えるどんでん返しです。叙述トリックに読み慣れてしまうと、どうしても違和感のある部分が読み取れてしまいますが、本作はほとんど違和感がありません。そのため、どんでん返しの一行を読んだ瞬間の衝撃は計り知れません。
また、この叙述トリックはミステリー好きほど騙されてしまうという趣向が施されています。特に海外ミステリーが好きだという方は、コロリと騙されてしまうことでしょう。
1991年に発表された「館シリーズ」第5弾目の作品。日本推理作家協会賞長編部門の受賞作です。
- 著者
- 綾辻 行人
- 出版日
- 2012-06-15
大手出版社の編集者・江南は、超常現象を取り扱う雑誌の取材のため、カメラマン、霊能力者、W**大学の超常現象研究会のメンバーとともに時計館を訪れます。
本作でも、時計館の建築は中村青司です。時計館では10年前に死亡した少女の霊が出るとのことで、取材陣は3日間泊まり込むことになりました。108個もの時計がひしめく異様な空間で、外界から完全に隔離するようにして降霊会を開き、そこで殺人事件が起きてしまいます。
3日間管理人と連絡を取れないようにしていたため、完全な密室に取り残された状態。しかし殺人は止まりません。次々と取材陣が殺されていく中で、江南の友人である推理作家・鹿谷門美が時計館を訪れ、謎に挑みます。鹿谷は、事件の渦中にあった江南から情報を入手し推理を組み立てて、ズバリと真相を見抜いていくのでした。
本作の見どころは、トリックというよりも、トリックを成立させるための理由付けです。ネタバレになるので詳しくは語れませんが、本作のトリックは普通の状況では全くあり得ないものです。しかし、異質な時計館でだけは納得のいくものになってしまうのです。そのカギを握るのは、10年前に死んだといわれる少女。彼女のために出来上がった異質な空間……。このトリック成立の理由付けがあまりに見事で、作品の完成度を高めているのでしょう。
1990年に発表された本作。同年の週刊文春ミステリーベスト10で1位を受賞するなど、高い評価を得ている作品です。
- 著者
- 綾辻 行人
- 出版日
- 2014-03-25
劇団一行8人が吹雪で遭難します。命の危険を感じましたが、突如目の前に洋館「霧越邸」が出現しました。なんとか避難させてもらったものの、家人たちの対応は冷たいものでした。邸内には、なぜか劇団員にまつわる奇妙な暗号が次々と現れます。やがて、童謡に見立てた殺人が起きるのです。ようやく現れた邸の主人は劇団員たちに事件の解決を求めますが、さらに殺人は続いていき……。
本作の主役は、劇団を率いる演出家・槍中秋清です。邸の主人から、事件を解決するようにと探偵役に指名されました。現場をしっかりと確認し、オカルトチックな超常現象にも動じず、冷静に鋭い推理を提示します。
ミステリーの用語でいうと、外界と交流を一切遮断された「吹雪の山荘」ものでしょう。本作の良さは、美しく幻想的な雰囲気です。邸の備え付けられた様々な装飾、収蔵品の説明、童謡を模した見立て殺人、殺される人々を暗示する超常現象が、他のミステリーにはないような論理性を超越した雰囲気を作り出しているのです。本格ミステリーの骨格を崩さずに、幻想性も踏まえた論理での解決を提示しており、論理と幻想を上手に融合させた傑作です。
1990年に発表された本作。当時、宮崎勤による連続幼女誘拐殺人事件がマスコミを賑わせていました。そこでホラー映画へのバッシングがあったのですが、ホラー映画を愛する綾辻行人は、このバッシングへの反発として、本作を発表します。
- 著者
- 綾辻 行人
- 出版日
- 2011-08-25
ある夏、双葉山へ訪れた一行は、楽しくサマーキャンプを行う予定でした。しかしその予定は、一瞬にして覆されてしまいます。突如として現れた「双葉山の殺人鬼」が一行の前に姿を現したのです。そして一行を次々と惨殺。はたして殺人鬼から逃れられる者はいるのでしょうか……。
本作は、残虐な殺人シーンのオンパレードです。斧で頭を切断したり、ナイフをお腹に突き立ててそのまま引き裂いたりと、他のミステリーでは類を見ないほど残酷な殺し方が描かれます。
しかし、それだけではありません。なんせ著者は新本格の旗手なのですから。グロテスクな描写に隠れて、大きなトリックを仕掛けています。いよいよ惨劇が終わろうかというとき、驚愕の事実が明かされるのです。スプラッターとミステリーを融合させた、綾辻行人の裏の代表作といえるでしょう。
本作の主役を選ぶのは難しいです。ネタバレになるので詳しくは書けませんが、トリックの性質上、作中人物が主役と成り得ないのです。強いて言えば、殺人鬼でしょうか。驚異的な力をもって、次々と惨殺していきます。ホラー映画『13日の金曜日』でのジェイソンと同じ立ち位置といえるでしょう。
2009年に発売された本作は、2012年にはアニメも放映されました。物語はホラーを軸にして展開されます。
- 著者
- 綾辻 行人
- 出版日
- 2011-11-25
家庭の事情と病気療養で、母親の実家で暮らすこととなった榊原は、夜見山北中学校3年3組に編入し、そこで異様な雰囲気を感じます。左目に眼帯をした少女を、誰もがいないものとして扱っていたのです。榊原はその少女と話をしますが、彼女から「気を付けた方がいいよ」と忠告を受けます。
不思議に思った榊原は理由を探ろうとしますが、その矢先クラスメイトが事故死します。そして身の回りの人たちがどんどんと事故死、あるいは自殺していくのでした。やがて学校に伝わる呪いに行き当たる榊原。多くの死の原因は呪いのせいなのでしょうか。呪いを解く方法はあるのでしょうか……。
なにが起こっているかがわかっても、なぜ起こったのか、ではどうすれば助かるのか、助かるための重要人物とは誰なのか、という風に謎が連鎖していきます。現実離れした謎が、じわりじわりと恐怖を高めていくことでしょう。また、どうにか助かろうと常軌を逸した行動を取るクラスメイト達によって、追い込まれた人間の心理の恐ろしさをも表現する点は見事です。
「囁き」シリーズ3部作の第1作目です。祥伝社から出版されているものにはきたのじゅんこのイラストが、講談社のものには天野可淡の人形が、表紙を飾っています。その幻想的な表紙は、手に取ったときから既に本の中の世界が垣間見えるようです。
- 著者
- 綾辻 行人
- 出版日
- 1997-11-14
物語は冴子という女子高生が名門女学園に転校してきたところから始まります。
思い出される赤い記憶、思い出してはいけない緋い記憶。これは誰の記憶なのか、その囁きは誰のものなのか。始まってしまった惨劇。級友たちを次々と殺していくのは、もしかして自分なのではと冴子は怯えながらも、真相に近づいていきます。
幻想的な雰囲気がありながらも、しっかりミステリーとしても成り立っています。ミステリーを初めて読む方にも、そうでない方にもおすすめの作品です。
タイトルからすでに、どんな話だろうと期待が膨らみます。奇譚ではなく綺譚なのもポイントでしょう。その名の通り、ただ不思議なだけではなく、不思議な美しさを持った話が7つ集められています。
全ての短編に咲谷由伊という人物が登場しており、その人物が同じ人物なのか、あるいはただの同姓同名なのかを想像しながら読むのもおもしろいかもしれません。
- 著者
- 綾辻 行人
- 出版日
- 2009-01-24
第一話は「再生」です。
「私」の17歳年下の妻の由伊はある日、自分は身体の一部を切り落としても再生するという呪われた身体を持っているのだと告白します。少しずつ精神がおかしくなっていき、暖炉で顔に大火傷を負ってしまう由伊。首を切り落としても、新しいのが生えてくる。「私」はそう考えたのです。愛しい妻の首を切り落とし、首のない身体を前に、首が再生するのを待ち続ける「私」に、一体どんな結末が待っているのでしょうか。
以降の6作品も、確かに奇譚ではなく綺譚だと思える珠玉の短編で構成されているので、短い通勤時間に一遍ずつ読むこともできそうです。ただし、どれも非常に世界観の濃い話ですから、現実に戻るのに少し時間がかかるかもしれません。
最後の短編「眼球綺譚」にも出てくる文章ですが、「どうぞ読んでください。夜中に一人で」
このタイトルは何と読むのだろう、と思った方も多いかもしれません。「みどろがおかきだん」と読み、9つのつながった奇談から構成されています。ジャンルを分けるなら、その名前の通りミステリーやホラーではなく、奇談や怪談というのがぴったりです。
- 著者
- 綾辻 行人
- 出版日
- 2014-06-20
京都在住のミステリー作家「私」が、ある日体調を崩し、通りすがりにあった深泥丘病院に検査入院するところから話は始まります。京都を舞台にしているはずが、少しずつボタンを掛け違えるように日常がずれていきます。なにかがおかしいと感じる「私」が普通なのでしょうか。ずれた世界を日常として、当然のように生きている「妻」と「病院の人々」が普通なのでしょうか。
ちちちという妙な声とともに現れるようになった「顔」。長く住んでいるはずの市内に私の知らない路線があり、得体のしれない邪悪なものがやってくる「丘の向こう」。虫歯が痛みはじめて思い出したのは、昔、妻の実家がある島で行った歯医者の治療法。その治療法は一生もので……「サムザムシ」。
そのほか6話の最初から最後まで、少し不気味な、なんとも言えない居心地の悪さが続きます。
なお、この病院で看護婦をしている咲谷由伊は、前に挙げた『眼球綺譚』にも登場しています。同じ人物かどうかはともかくとして、合わせて読むことで楽しさが増えるのではないでしょうか。また咲谷由伊は、今回はご紹介していませんが、他の作品にも登場しますので、探してみるのも一興でしょう。
以上、綾辻行人のおすすめ小説8選でした。綾辻の小説は基本的には本格推理小説ですが、ホラー味や幻想性の強い小説もあります。ぜひ多彩な世界観を楽しんでくださいね。