5分でわかるパンデミックの歴史!ペストやスペインかぜから学べることは?

更新:2021.12.8

この記事では、ペストやスペインかぜなど、有史以来人類に大きな被害をもたらしてきたパンデミックの歴史を振り返り、現代につながる事例を紹介していきます。

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パンデミックの意味や定義とは。WHOの「フェーズ」もあわせて紹介

 

日本語では「感染爆発」や「汎用性流行」などと訳される「パンデミック」。感染症が世界的に流行していることを表した言葉です。

比較的小さな集団内で感染症が発生する「アウトブレイク(outbreak)」や、特定の地域で感染症が流行する「エピデミック(epidemic)」よりも、さらに深刻な事態を指します。

WHO(世界保健機関)は、1999年に感染症の状況を示す基準として「パンデミック・インフルエンザ準備・対応ガイダンス」を策定しました。この基準は2005年と2009年に改訂され、2020年にはインフルエンザウイルスだけでなく、「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)」も適用対象となっています。

またWHOは、感染症の状況を6つのフェーズに分類しています。それぞれ紹介していきましょう。

  • フェーズ1:動物内で循環していてヒトが感染した報告がない
  • フェーズ2:動物内で循環しているウイルスがヒトに感染を引き起こしたことが知られ、パンデミックの潜在的な脅威がある
  • フェーズ3:小さな集団感染はあるものの、ヒトからヒトへの感染は確認されていないか、限られた状況のみで起こっている
  • フェーズ4:ヒトからヒトへの感染が増加している証拠がある
  • フェーズ5:かなりの数のヒトからヒトへの感染があることの証拠がある
  • フェーズ6:効率よく持続したヒトからヒトへの感染が確立されている

このうちフェーズ3から5が「パンデミックアラート期」とされていて、フェーズ6が「パンデミック期」です。2020年3月、WHOは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染状況がフェーズ6に入ったと認定しました。

 

パンデミックの歴史をわかりやすく解説!【ペスト】

 

ここからは、これまでに発生した代表的なパンデミックと、その原因となった感染症について解説していきます。まずはペストです。

ペストは有史以来しばしば流行をくり返してきましたが、14世紀に生じた大流行はパンデミックとなり、当時の世界人口の約5分の1にあたる1億人あまりが亡くなったと推測されています。特にヨーロッパでは深刻な被害が生じ、ヨーロッパの人口は最大で、5分の2程度まで減少してしまったそうです。

14世紀のパンデミックは、1330年代、元王朝時代の中国から始まりました。石弘之著『感染症の世界史』によると、1334年の河北省ではペストによって当時の人口の9割にあたる約500万人の死者が出たそう。これらの被害は元の衰退をもたらし、やがて明王朝の成立に繋がっていきました。

一方でペスト菌は、シルクロードを用いた貿易を介して中央アジアやヨーロッパへと拡散したと推測されています。1347年にはイタリアのシチリア島でもペストが発生、その後ローマやフィレンチェを経て、1350年代にはポーランドやドイツ東部を除くヨーロッパのほぼ全域に感染が拡大していきました。

ヨーロッパで特に被害が大きくなった理由として、不作による栄養不足が免疫力の低下を招いたこと、都市人口の増加にともない衛生状況が悪化したこと、ペストを媒介するネズミが大発生したことが挙げられます。

最終的には14世紀末まで断続的に流行をくり返し、人口が激減したことで終息に向かっていきました。

しかし大幅な人口減少は、各方面に多大な影響をもたらすこととなります。たとえば多くの農村が廃村となったことで、生き残った農奴たちは貴重な労働力となり、地位が向上。それまで年貢を納めていた農民が逆に賃金をもらって耕作するようになり、荘園領主と農奴の力関係が逆転していきました。

また感染症に無力だったキリスト教会への不信感が、ルターらによる「宗教改革」の遠因となったことも指摘されています。

さらにペストによる大量死は人々の死生観にも影響を与え、その様子は寓話「死の舞踏」に代表される当時の芸術作品からうかがうことができます。死を恐れる気持ちは「メメント・モリ(=死を思え)」として芸術作品の題材になり、ルネサンスの始まりにも影響しました。

これらの変化は相互作用をもたらし、ヨーロッパにおける中世社会の崩壊と、近世社会の成立をもたらしたと考えられています。

 

パンデミックの歴史をわかりやすく解説!【コレラ】

 

19世紀には、コレラのパンデミックが起こりました。

コレラはもともと、インドのベンガル地方の風土病でした。しかし産業革命後、インドを植民地化したイギリスを介して世界中に拡散し、くり返しパンデミックが生じることになったのです。

同時期の日本にも、中国や琉球王国を介してコレラが流入しています。ただ当初は幕府の施策によって交易が制限されていたことや、国内でも関所が人々の移動を制限していたこともあり、流行は限定的でした。

ところが1850年代になると、ペリーの来航を機に貿易が拡大。コレラの流入も深刻化していきます。1858年には、江戸で3万人から最大で26万人に達する死者が出たと推測。これが異国人に対する反感や敵意を招き、攘夷思想が拡大する一因にもなりました。

明治維新を経て新政府が成立した後も、コレラの流行は断続的に発生。すると明治政府は「公衆衛生政策」を展開し、欧米の対策を参考に石炭酸を用いた消毒や、上下水道の整備を進めていきました。

1877年に明治政府が出した『虎列刺(ころり)病予防心得書』には、「虎列刺病患者ある家族は、緊急なる人のほかはなるだけ他家に避けしめ、みだりに往来するを許さず」や「虎列刺流行の時に際し、無益に人の群集する事件禁ずべし」とあり、感染症拡大抑止のため人々の密集を避ける方針が打ち出されていたことがわかります。

また「公衆衛生政策」を通じて人々は、健康のためには衛生を保つことが大事だと認識するようになりました。これらをきっかけに、日本人の衛生意識は世界屈指の水準になっていったといわれています。

 

パンデミックの歴史をわかりやすく解説!【スペインかぜ】

 

2020年現在、1回のパンデミックとして史上最大の被害をもたらしたのは「スペインかぜ」と呼ばれるインフルエンザです。

パンデミックが発生したのは、第一次世界大戦中のこと。アメリカで発生したインフルエンザが、派遣された米軍によりヨーロッパに伝播。戦争が終結すると、帰還兵を介して世界中に拡散していきました。当時の世界人口約18億人のうち3分の1から半数ほどが感染し、世界人口の3~5%が死亡したそうです。

当初戦時下にあった各国は、その被害を隠蔽。中立国だったスペインだけが実態を報道していまました。発生源ではないものの、被害が強く印象付けられた結果、このインフルエンザは「スペインかぜ」と呼ばれるようになったのです。

日本には1918年にスペインかぜが上陸し、軍隊や学校を中心に全国に流行が拡大していきました。内務省衛生局が編纂した『流行性感冒』によると、この時政府は流行症対策として次の4点を呼びかけています。

  • 近寄るな―咳する人に
  • 鼻口を覆え―ひとのためにも、身のためにも
  • 予防注射を―転ばぬ先に
  • うがいせよ―朝な夕なに

またこの一環として、政府は感染症予防のためにマスクの着用を大々的に奨励しました。

同書には、「マスクの如きは供給需要に応ぜず、ために不正の商人暴利をむさぼるなどの事実あり」や「興行場の入場者、または電車、汽車、船舶などの乗客に対しては、〔中略〕マスクをせざれば入場せしめず」とあり、マスクの供給不足から価格を釣り上げて販売をもくろむ商人がいたことや、マスクを着けない人は不特定多数が集まる場所に入場できなかったことがうかがえます。

当時の社会の様子は、現代で起きている感染症への予防対策法として呼びかけられているものにも通じるでしょう。過去の教訓から実効性が認められ、踏襲されていることがわかります。

 

パンデミックの歴史をわかりやすく解説!【天然痘】

 

ここまで紹介してきたとおり、人類の歴史上、さまざまな感染症が深刻なパンデミックを引き起こしてきました。そのなかで唯一根絶に成功したのが、天然痘です。

天然痘は紀元前より流行をくり返し、世界中で多くの死者を出してきました。日本では奈良時代に大流行し、当時権勢を誇った藤原四兄弟の死や、奈良の大仏造営のきっかけとなっています。また大航海時代には、コロンブスなどによって南北アメリカ大陸に持ち込まれ、アステカ王国やインカ帝国が滅亡する一因にもなりました。

その後18世紀にイギリスの医学博士エドワード・ジェンナーが種痘を開発し、天然痘の予防法が確立されていくことになります。

大きな転機になったのは、1958年にWHO総会でソ連のヴィクトル・ジダーノフが提案した「世界天然痘根絶決議」が全会一致で可決されたこと。これをきっかけにWHOは天然痘撲滅に着手します。1977年を最後に天然痘の患者は確認されなくなり、1980年に天然痘の撲滅宣言が出されました。

 

 

感染症とパンデミックの歴史をビジュアルで解説したおすすめ本

著者
サンドラ・ヘンペル
出版日
2020-02-14

 

感染症を、空気感染症・水系感染症・動物由来感染症・ヒトからヒトへの感染症の4つに分類し、それぞれの広まりを地図上で可視化。感染拡大の様子を視覚的にわかりやすくまとめた作品です。

取り上げているのは、インフルエンザや結核、天然痘など20種類。それぞれの感染経路やパンデミックがもたらした社会的影響、終息に向けた取り組みなどがまとめられています。

過去のパンデミックの様子や対応策は、現代で流行する感染症への対策と重なる部分が多々あります。日本を含めた世界がこれからどういう行動をとるべきなのか、考えるきっかけとなるでしょう。

 

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