史上初、小説家とミュージシャンがコラボして生まれた恋愛小説『この気持ちもいつか忘れる』。 大ベストセラー『君の膵臓をたべたい』の著者・住野よる初めての恋愛小説であり、住野よる自身がファンであるTHE BACK HORNと構想段階から作り上げた作品。小説も、曲も双方ともに何度も打ち合わせを重ねできあがった小説です。 「なぜ今回この2組のコラボが実現したのか」「なぜ初の恋愛小説をこのタイミングで書いたのか」など、作品について住野よるさんに直接話を伺ってみました。
平凡に過ごすクラスメイトを見下しながらも、自分自身もつまらない人間だと自覚する高校生のカヤ。そんな日常に飽きながら迎えた16歳の誕生日。
誕生日を迎えた直後のカヤは、目と爪しか見えない謎の少女チカと出会う。カヤとは異なる世界の住人であるチカであるが、2人の世界には不思議な共通点があり……。チカとの出会いにより、平凡なカヤの日常が変わっていく。
- 著者
- 住野 よる
- 出版日
ー『この気持ちもいつか忘れる』は、過去の作品と比べるとテイストが異なるなと思いました。とくに『君の膵臓をたべたい』から入った読者さんは、驚かれるのではないでしょうか。
住野よる(以下、住野):そうですね、膵臓を書いた時から7年くらい経って成長した部分もあると思うので、変化を感じていただけると嬉しいです。
ーさっそくですが、住野さんが恋愛小説を書こうと思った理由は何でしょうか?
住野:きっかけはいくつもあるんですが、大きかったのは『君の膵臓をたべたい』とか自作品を宣伝してもらうときに、恋愛にフォーカスをあてられることが多くなってきたってことですかね、恋愛小説作品を書いてる作家としてクローズアップされることもあって。でも、『か「」く「」し「」ご「」と「』以外は恋愛を描いたつもりがなかったんです。
そうしたなかで、僕自身「ちゃんと恋愛小説をやりたい」と考えるようになりました。
その考えが出てきたタイミングでTHE BACK HORNとのコラボが決まり「何か自分がこれまでやっていないことを捧げたいな」と思ったこともあって、このコラボでは恋愛小説を書こうと決めました。
ーTHE BACK HORNさんとのコラボは、住野さんの発案だったんですか?
住野:そうですね。新潮社の担当さんの同僚で、THE BACK HORNさんと仕事されてる方がいらっしゃったんです。その繋がりで以前ご挨拶をさせていただいたことがありました。
その時「いつか何かを一緒にやりたいです!」とお伝えさせていただいたんです。
いつか自分が立派になったら一緒にやれたらいいなと思っていたんですが、ある時にいつかっていつくるんだろうと思いました。ずっと夢見ていたことでもあったので、自分からTHE BACK HORNさんに声をかけたという感じです。
ー“小説と音楽の融合”は、いつから考えていらしたんですか?
住野:どちらも好きなので、もっと大きな娯楽にならないかなっていうのはずっと考えていました。
出版の世界にいると「本が売れない」という話をよく耳にします。
本が売れない原因の1つには、本を好きな人たちだけに向けた本がとても多いこともあると思っています。読書人口を切り開かないと、現在本を読んでる人達だけだったら、僕も含めいずれ誰もいなくなってしまいますからね。
僕が好きな作家さんたちが、本を普段あんまり手に取らない人たちにも読まれてた作家さんたちだったので「僕自身も普段本を読まない人に届くものを作れたら」という気持ちがありました。
ー楽曲を聞いてから小説を読んでみたのですが、すごく新鮮な読書体験でした。今回付属のCDには5曲ほど収録されていますよね。その中の『輪郭』という曲では作詞に参加されたみたいですが、作詞の経験は今まであったのでしょうか?
住野:初めてでした。
メロディーと歌詞の一部が空いた『輪郭』をもらって四行分の歌詞を書いたんですが、ここ5年間で一番緊張しました。曲を渡されたときは四六時中歌詞をずっと考えて、山田さんが歌う姿を想像しながら何パターンも作って、提出した感じですね。
ー最終的に、何日ぐらいかかったんですか?
住野:結構集中したので、日数自体はそれほどかかっていない気もしますね。1週間以内ぐらいには提出したんじゃないかと。
ー何パターンぐらい出されたんでしょうか。
住野:歌詞として完成品が何パターンもあるというより「この言葉を使おうかな、いやこの言葉を使おうかな?」「山田さんが歌って不自然じゃないかな」といった視点での案がたくさんあったという感じですね。
でも「THE BACK HORNさんの真似をしただけじゃ駄目だ、読者さんが曲を聴いたら僕が書いたとばれるぐらいじゃないと」と意識するようにしていました。
ーTHE BACK HORNさんと住野さんがお互いに共鳴しあって、曲と小説が生み出されたんですね。
住野:小説に主題歌をつけるとか、漫画に主題歌をつけるとかそういうものも世の中にはあると思うんですけど、今回は曲も小説も生み出される瞬間からお互い話し合っていたんですよね。なので曲に影響されて書き直すことなんかもありました。曲と小説の両方が完成したのって、わりと最近なんですよね。(※インタビューは8/26でした)
「まず何をするのか」という、ほんとにざっくばらんな話から始まって、そこから徐々に「主題歌1曲じゃないよね」という話になって、数曲つけれたらいいなって。
「数曲つけるなら、前編後編あったほうがいい」とか、そしたら「前編後編をどういうふうに分ける?」「誰のどんな話になるのか?」という話なんかもしてました。そしたら「ハナレバナレ」のデモが上がってきたりして。一段一段ずつ積み木を積んでいくような作り方でしたね。だからこそリンクしあえていたのかなと思います。
ー今回のストーリーを思いついたのは、どのようなきっかけがあったんですか。
住野:本当にTHE BACK HORNと進めていくなかで生まれていきましたね。『ハナレバナレ』を聴いたからこのシーンができたとか、『輪郭』を聴いたからこのシーンができたといったように全曲に対してそういうシーンがあります。
最初から決めてた部分というのは大枠しかなくて。後編がどんな話なのかもまったく決まってなかったんですよ。今回の作品のメッセージ性という部分も、作品ができていく過程で書かれたもので、最初は何も決めていなかったんですよね。
ーご自身としても、こういった作品づくりは初めての体験ですか?
住野:そうですね。うごめくように出来上がっていったので、何がきっかけかが分からないものがたくさんあります。
ただ、チカは割と早い段階からいた気がするんですよね。目と爪だけが見える人の存在は。
ー主人公のカヤと同級生の斎藤は、過去の作品には出てきていないような人物だなと思いました。どんなふうに誕生したのでしょうか。
住野:カヤは、最初想定していたよりいいやつになったと思います。かわいげのあるやつになったなーと。ただかわいげがあるとか本人に言ったら、ブチ切れられるんだろうなと思いますけど(笑)
話が迂回しますけど『君の膵臓をたべたい』の桜良や『青くて痛くて脆い』の秋好のことを、映画の広報の人たちは「純粋」って表現する人もいるんですよ。
でも僕は出てくる登場人物のなかでカヤが一番純粋だと思うんですよ。
カヤはこの世がもっと良いものであることを信じてるというか、もっと自分の未来が光り輝くものであることを信じているんですよね。桜良や秋好よりずっと強く。だからそうじゃない世界にずっと怒ってる。
ただちょっと見え方というか、カヤの行動が良くないだけなんですよ。だからこそ、ちょっと何か一歩でも違えば、カヤはまったく違う大人になっていたろうなと思っています。
ーまたカヤと同級生の斎藤も、カヤに劣らずインパクトのあるキャラクターでした。今まで出てきた女性キャラのなかで、彼女に共感できる読者は多いのではないでしょうか。
住野:先ほど「カヤは純粋だ」と言いましたが、僕は純粋であることだけが美しいというわけじゃない、と思ってるんです。
大人になってこの世が一筋縄じゃないことを、高校生の頃の斎藤も知っていたと思うんです。
うまくいかないことがたくさんあると知っていながらも、ちゃんと生きている人が美しいな、悩んで生きている人が美しいなと思うんですよね、僕は。
ーそうだったんですね。また物語の肝となるチカですが、彼女は目と爪しか見えない存在です。目に注目するということはあるかなと思うんですけど、爪に注目した理由は何かあったのでしょうか。
住野:姿形の見えない相手といちゃつくときに、どこが見えてれば一番ロマンチックかなと考えました。そして恋愛を男女がするとき、必要な動きのほとんどは目と爪さえ見えてれば、大体分かるかなと思ったんですよね。
最初、唇や舌だけが見えるという設定も考えたけど、それだと直接的すぎる。「手を握りあうときにも、爪さえ見えればどこに手があるか分かるかな」とか、そういうことを考えて爪と目だけになりましたね。
ー"最小限だけ見える"というところにこだわりがあるのでしょうか。
住野:そうですね。ある一部分しか見えないという表現は、好きなバンドに向けた「ステージ上の姿しか見えない」とか、好きな小説家に向けた「本のなかの姿しか知らない」といったことを表すものでもあるので。
この全身が見えないというのは、割と最初の方から決まってはいましたね。
ー何をしているか分かりそうではっきりとは分からない。そんな瀬戸際だからこそ、爪と目からすごく想像が広がりますね。
ーまた、チカの言葉にノイズがかかることでより作品に引き込まれていきました。どのように思いついたんですか?
住野:外見と同様、全部が伝わるわけじゃないというのは、いくつかやろうと思ってて。そのうちの1つという感じでしょうか。
少し話は逸れますが、僕のTHE BACK HORNというバンドに対する感情が、ほぼ恋愛感情だなと思ってるんですよ。つまりカヤがチカに向けてる感情は、僕がTHE BACK HORNさんや色んなバンド、好きな小説家に向けてる感情とすごく似ているんです。
でも小説家と読者さん、バンドとファンっていうのは、互いに相手のことなんてほぼ知らないんですよ。それでも繋がろうとして手を取り合っている。そんな関係性を表現したかったんですね。
実は今回、小説のタイトル候補がもう1つあったんです。そのタイトル候補が『距離なんてそこにあるだけ』というものだったんです。
その候補にも表れてると思うんですけど、好きなものや自分とは違う文化に住む者との距離を、人はどうはかって生きていくのかということを表現できていたら嬉しいです。
ー自身のバンドへの想いが随所に作品にも表れている本作。THE BACK HORNさんを聴いたきっかけはどんなことだったんですか?
住野:最初に聴いた曲が『美しい名前』だったのはすごく覚えてますね。それから数年後に初めて見たライブも覚えてて、10年ぐらい前にTHE BACK HORNさんが日本各地で様々なバンドと対バンをする「KYO-MEI大会」で、それが僕が生まれて初めて見たTHE BACK HORNさんのライブですね。
ー今回の作品は小説×音楽ということですが、楽曲を聴くおすすめのタイミングはありますか?
住野:まず小説を読む前に『ハナレバナレ』を聴いて、本編を読み終えてから『突風』を聴いてほしいですね。
それから、誰も望まないアンコール編のどこかで『君を隠してあげよう』を聴いて、読み終わった後に『輪郭』ですね。
といっても、今回の作品は小説と音楽の両方で完成品。
なので読者さんの好きなように、小説も曲も受け取ってもらえたらいいなと思います。
- 著者
- 住野 よる
- 出版日
初めての恋愛小説を書いた住野よる先生に、「恋愛」という軸でおすすめの作品を聞いてきました。他の作品から、どんな影響を受けているのでしょうか?
住野:今回に限らず、多大な影響を受けてるのが有川浩さんの『海の底』です。「一言で状況がひっくり返るセリフを書きたい」といつも思うのですが、それは有川さんの小説から影響を大きく受けているのがありますね。
- 著者
- 有川 浩
- 出版日
- 2009-04-25
春の訪れを感じる4月。桜祭りで賑わう横須賀米軍基地を謎の赤い巨大な甲殻類が突如現れ、人々を襲いだす。そんな騒動のなか、海上自衛隊潜水艦「きりしお」に何とか逃げ出した自衛官と少年少女らだが、潜水艦のなかでも歪んだ人間関係が…。
住野:僕が日本で一番好きな漫画です。将棋の漫画ですが、この作品のなかで描かれている恋愛に関する概念には、衝撃を受けました。人が恋に落ちるシーンの描かれ方がとても印象的です。
- 著者
- 柴田 ヨクサル
- 出版日
- 2006-12-19
プロ棋士を目指していた主人公・菅田は挫折をしてしまい、賭け将棋で稼ぎ日々暮らしていた。勝ち続ける菅田の前に現れたのは秋葉原の凄腕棋士として噂のメガネの女真剣師。このメガネの女真剣師に負けた菅田は、悔しさから将棋への取り戻していき、再び本格的に将棋の道を歩み始める。
住野:この作品の3巻にある主人公が恋に気づく瞬間の描写がとても好きです。もし自分が高校生のときにその感覚を味わっても、たぶんそのときには何も気づかない。思い返して、あの瞬間に恋だと気づいたと分かる。人が気づかない瞬間というか、何でもないようなことが、後から思い返すと、あれが一大事だったということが『いとみち』では描かれているような気がして、それが好きですね。
- 著者
- 越谷 オサム
- 出版日
津軽弁の訛りがコンプレックスな高校生・相馬いと。人見知りな性格であるが故に友達もできない。そんな性格を変えるために始めたアルバイトはなんとメイドカフェ!ドジばかりないとだが、アルバイト仲間やお客さんと接するうちに成長していく物語。
住野よるさんの新しい試みとなった『この気持ちもいつか忘れる』。
小説家×ミュージシャンという新しい小説・曲の作り方に多くの注目が向くかもしれないが、住野さんやTHE BACK HORNさんがともに作り出したカヤやチカたちの物語に多くの人が目や心を奪われることでしょう。