“食わず嫌い” をやめれば人生が面白くなる話【荒井沙織】

更新:2021.11.28

大人になって楽になったことの一つが、自分への理解度が高まったということだ。食べ物の好みに始まり、一緒に過ごして楽しいと思う人の見極め方や、その逆も然り。今は落ち込んだときの対処法もいくつか持っているし、それが効果を成さない場合があることも心得ている。あらゆる事柄に関して、自分の “トリセツ” の精度が上がってきたのだ。 ただし、その反面、あえて領域外に目を向けることの面白さも忘れてはいけない。知りもせずに拒絶することと、知った上で選択しないことは全く違う。単なる拒絶は “食わず嫌い” と同じだ。ひょっとしたら、大好物に出会う機会を見逃してしまうかもしれないのだから。今回は、私がやめて良かったと思う3つの “食わず嫌い” について書いていきます。

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たったひと口で世界が変わる

子どもの頃から食べ物の好き嫌いはほとんど無かったけれど、以前は白いごはんの上に何かをのせて食べることがあまり好きではなかった。そういうわけで、丼ものを食べるようになったのは大きくなってからで、今では親子丼やかつ丼、牛丼なんかも好きなのだが、なぜかこれまで唯一食べる機会が無かったのが、天丼だった。

「ごはんの上にのっているし、胸焼けしそうな気がするな。」とは思いながらも、タイミングがあれば食べてみようと思っていた。その証拠に、飛行機の機内誌で美味しそうな海老天丼が紹介されていた時は、その店の情報を、スマートフォンのメモにつけている《行きたいお店リスト》に追加していたほどだ。ただ、それからの数年間も、その機会は無いままだったのだが。

それが最近、ここ暫く続いた、思うように外出や外食ができないことへの反動からか、急にこの食べたことの無い味覚に関心が向いたのだ。ネットでリサーチをした店に、混雑を避けるため開店直後の時間帯をねらい入店した。カウンターの向こうで職人さんが黙々と天ぷらを揚げていくのを静かに待つこと数分間。目の前に現れたのは、100点満点の天丼だった。

絶妙な加減の甘塩っぱいタレがかけられた、車海老とキスの天ぷら、貝柱や海老のかき揚げは、丼の中で蒸されながらも程よくサクサクの食感が残る。ひと口食べてすぐに、これは大当たりだ、と思った。ずっと苦手だろうなと思っていた分、美味しいと感じたこのひと口目の嬉しさは、印象深い体験になった。これできっと、私はまた別の機会にも天丼を食べてみようという気になるだろう。最初のひと口で、この先私の楽しむことができる世界が広がったのだ。

それにしても、きっと何度食べても、あの店の天丼は素晴らしく美味しいはずだ。近いうちにまた、確かめに行きたい。

著者
亮一, 飯野
出版日

ラジオを楽しめるかどうか

今では好きなラジオ番組がいくつもあるのだが、数年前まではほとんどラジオというものを聴いたことが無かった。聴き方を知っていたのかどうかも怪しいくらいだ。それが、とある大きなラジオ番組のオーディションを受けたことがきっかけで、ラジオが気になる存在になり、それから一気に大好きなメディアになったのだ。

オーディション当日は極度の緊張から知恵熱を出し、直前の控室では声が掠れるほどに喉が乾き、ペットボトルの水を飲み干してマネージャーを驚かせていた。そんな私が、多くのスタッフに見守られながら、大御所パーソナリティーの方とスタジオで向かい合い、マンツーマンで会話をさせてもらったのは、今思い返してもすごい経験だ。結果的にその番組には先輩が起用され、私にご縁はできなかったのだが、ちょうどこのすぐ後から、仲の良い友人がふと紹介してくれたラジオ番組を聴き始めることになる。

ラジオは情報量の多い媒体だ。耳から伝わる音だけで、熱量や息遣い、その場の空気感までもが手に取るようにわかるというのは、新鮮だった。そもそも話される文字数も多く、それを話し手たちが自然な会話として展開していく距離感そのものが、何とも衝撃的だった。

最初の頃は、どの番組でも、自分が元々興味のある分野の話題にしか関心が持てなかった。だから正直なところ、 “食わず嫌い” をして、聞き流してしまっている部分が多かったはずだ。それが、習慣的にラジオを聴くようになって暫くすると、パーソナリティーの語り口や熱量は変わらないはずなのに、不思議と、これまで全く触れたことがないような分野について知ることの、面白さを感じられるようになってきたのだ。

もちろんラジオを聴くこと自体が、様々な知見を広げることになる。でも私が最も学んでいることは、《世界を広げる力》と《人生を楽しむ力》の身につけ方だと思っている。どんな分野も “ひと口食べてみる” ことの楽しさを教えてくれた、ラジオに感謝している。

著者
TBSラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」
出版日
著者
TBSラジオ「相談は踊る」
出版日

人は見た目で判断する、でもその先に。

恐そうな見た目のヒップホップアーティストが人懐っこい様子を垣間見せていたり、大人しそうだと思っていた人が情熱的に語り出したりと、ラジオを聴きながら、肩書きや外見から勝手にイメージしていた人物像とのギャップに驚くことがある。

見た目だけで判断するのは良くない事だと言うけれど、人に限らず、物に対してだって、私たちがひと目見て何らかの印象を持ってしまうのは仕方のないことだ。そもそも見た目が与える印象の大切さは私自身も痛感しているし、できれば誰もが、見せたい自分や在りたい姿で居られたらいいなとも思っている。

だからこそ、大切なのはその先なのだ。見た目の印象だけで “食わず嫌い” をしていたら、こういう内面の面白さに気づくことすらできないかもしれない。

著者
森 博嗣
出版日

苦手だと思い込んでいたものも、ひと口食べてみれば美味しいと感じるかもしれないし、もしかしたらイメージしていたよりも悪く、たちまち大嫌いになるかもしれない。それでも、知らないよりはずっと良いんじゃないかと思う。嫌いと確定したなら、自分のトリセツに《これは大嫌い、もう食べない!》と書けばいい。きっとそんなエピソードを増やしていくことが、人生の面白味になっていくと、私は思うのだ。

(撮影: 荒井沙織)

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