2020年5月、『教え子がAV女優、監督はボク。』という刺激的なタイトルの連載がコミックアプリ「マンガワン」でスタートしました。 “AV業界” その言葉を聞くとあなたはどのようなイメージを頭に思い浮かべますか? 「怖い人たちとつながりがある世界」「女性が犠牲になっている」「見てはいけないもの」などマイナスな印象を持っている人も多いことでしょう。 しかし作者の村西さんは「AV業界は世間が思っているより“普通”。社会的倫理に沿った活動をしている」と語ります。 今回は、AV業界で働いた経験のある村西さんが漫画を描き始めた経緯、そして『教え子がAV女優、監督はボク。』を通して伝えたいメッセージを伺ってみました。
主人公の西寺は倫理を教える高校教師。生徒達からの信頼も厚い西寺に対して、教え子の一人である久原は憧れを抱いているのでした。
それをよく思わない久原の同級生達の罠によって、西寺は教師を辞めてしまいます。
たまたま再会した旧友の誘いによって西寺は映像の制作会社で働き始めたのですが、そこは実はAVの撮影現場で、さらに久原も彼を追ってAVの現場に足を踏み入れます。
二人はいろんな葛藤を抱きながらも、西寺の教えていた倫理の考え方によって、前向きにAVの業界で働いていくストーリーです。
- 著者
- 村西 てんが
- 出版日
ー作品のタイトルだけだと「AVという言葉のイメージ通り“エロ”に関する漫画」と感じますが、読み進んでいくうちに倫理に関する内容なども出てきて、読み終わったあと印象がガラッと変わる作品ですよね。
村西 そうですね。普通に「AVの話だよ。エロだよ。おいでおいで。」といった作品を描いてもつまらないなと思って。
それにAV業界って「ちゃらんぽらん」「女を食い物にしてる」「ふざけてる」というイメージを持っている人がどうしても多いと思うんです。
確かにエロのことを考えたりはしているんですけど、それは売り上げに関わってくるからなんですよね。みなさんが思っているよりもAV業界っていたって真面目なんですよ。
そこで働く人がいる以上、食べていくためにお金にしていかなきゃいけないし、それは社長も一緒。なかには家族のいる人もいるわけで。
会社は福利厚生はありますし、株式会社ですし、世間が思うよりかは「社会的倫理に沿った活動をして、倫理観を持ち合わせているんだよ」という、本当のAV業界にフォーカスしたかったんです。
ー男性、女性でAV業界へのイメージも違うと思いますが、今回の作品を通して男女別に伝えたいことはありましたか?
村西 あえて男女に分けて訴求するのであれば、男性には「すごくシンプルにAVをファンタジーとしてみてほしい」ということですね。AVはあくまでも映画と同じように、現実では手が届かない男性の理想像を作品として生み出しています。
必ずしも女性に接する上での手本となる訳ではないことを理解して、AVを楽しんでもらえればと思います。
女性はどうしても嫌悪しがちになるとは思いますが「AV業界は女性が出演してくれないと成り立たない業界だからこそ女性のことを何よりも大事にしているし、世の中に必要ではあるんだよ」ということが少しでも伝わってほしいですね。
ー「受け入れてくれとは言わないけど、認めてはほしい」みたいな。
村西 そうです。そんな存在も社会には必要で、温かい目でラブ&ピースの世界で見ていてほしいです(笑)。
ー作中で女優さん側の心の描写が多いのも、そういうメッセージが込められているからなのでしょうか?
村西 そうですね。AV業界にいるみなさんは、世間からどういうイメージを持たれているのか自覚している方がほとんど。だからこそ、しっかりしている部分があるんですよね。
AVだからこそ、迂闊なことをすると叩かれるし、食いぶちもなくなるし、次の作品を受け入れてもらえないリスクもあります。
繰り返しにはなりますが、扱っているものが特殊でも、普通の株式会社や有限会社であり、そこで働く人は真面目で、家族や恋人がいる人もいます。
AV業界の人たちも普通の生活をしているだけなので、「そういう人たちにも人生があって、マイナスなイメージにとらわれることなく幸せに生きていく、そういう権利もあるのだよ」ということ伝えられたらと考えています。
ー村西さんがそのように考えるようになったのは、AVの現場に携わった経験によるところが大きいですか。
村西 やっぱりさまざまな現場へ行ってさまざまな人と出会ったからこそ、今こうやって言えるというのはありますね。実際に現場に足を運んでいなかったら「あ、エロだ。わーい!」とただ漫然とAVを消費していただけの人生だったと思います。
「倫理に則した部分が結構あるな」と実際に感じたところが多々あるからこそ、AV会社の人たちのことを伝えていきたい気持ちを作品に込めています。
ーでもバランスが難しいですよね。真面目すぎると面白みがなくなってしまいますし。
村西 面白さの明るい部分と真面目な薄暗い部分の塩梅は難しいですね。
自分自身の性格があまり明るくないこともあり、薄暗い感じの漫画になりがちです。そういうときは、担当さんが「マイナーじゃなくてメジャーを目指してください」と言ってくれます。
そうすると「今だめなんだ」と気づけて、明るさと薄暗さのバランスを意識できるようになりますね。
ー村西さんが作品を描くにあたって影響を受けたのは、漫画よりは哲学の本などからですか?
村西 いや、影響を受けているのはやっぱり漫画ですね。
日本橋ヨヲコ先生の『G線上ヘヴンズドア』という作品が私のバイブルです。日本橋先生のように漫画を描きたくはあるのですが、「才能ある人は違うな。無理だな。」とか思いながら(笑)、いつもぶつぶつ言って描いてます。
でも日本橋先生のように、直球でぶつかり合いながらもグサって来るような描き方で、人間の内面を表現したいなとは思っています。
―もともと村西さんが描きたかった漫画の内容とは、今作はどれぐらいつながっていますか?
村西 はじめに考えていたものとそんなに差異はないですね。
AV業界にいたとき「就職前から付き合ってた彼女がいたけど、AV業界に入ったら絶対に別れちゃう。」「彼氏のほうからあんまり印象がよくなかった」「結婚の話がだめになった」といった色恋沙汰で、いろんなことが周りで起きていたんですよね。
業界人には業界人の恋愛における苦悩みたいなのがあるし、もともと恋愛漫画を描いていたこともあったので、うまい具合にどちらも絡めて描いていければ楽しいんじゃないかなと思っていました。
ー作品を読んでいると、人と人の対話をするシーンや哲学者の言葉の引用など、自己を理解するための思想が多いなと感じました。作品の根幹には、人と人の対話を据えられていますか?
村西 そうですね。個人的に考えるのは、SEXはエロだけではなく、そこまでに至る過程があるわけじゃないですか。
「いかに相手との距離を詰めていくか」そこにコミュニケーションがあったりするわけで。それを考えると「SEXって究極のコミュニケーションだな」という考えがあるので、意志を持った人間同士の話、人と人の対話というところは大事に描いておきたかったのはありますね。
ーそもそも今回の作品が始まったきっかけはいったいどういうものなのでしょうか?
村西 AV会社を辞めたときに上司や周りの人たちから「せっかくなんだからAVの漫画を描いたら売れるかもよ」と後押ししてもらって、AVを題材として漫画を描いてみようと思い始めましたね。
それまでさまざまな漫画の企画を出してはいたんですけど、なかなか通らなかったんですよ。そんな状況のなか年に1、2回開催される“投稿トーナメント”という、読者が判定する勝ち抜き式のマンガワンのイベントがありました。
連載の1話目をまず投稿して勝ち残ったら、2話目が投稿できます。それで1位になった人がそのまま連載できるという仕組みだったのですが、そこで1位になれたので連載が始まりましたね。
ー勝ち抜いた結果の連載だったんですね。マンガワンで連載するようになって、気を付けていることってあるのでしょうか。
村西 若い男の子だったり、女性が多いよと聞いていたので、自分自身が若いユーザーに取り残されないように、いかに分かりやすくドカンといけるかというところを考えていました。
扱っている題材はエロだけれど、女性ユーザーを意識して「エロくないエロ」をいかに表現していくかも考えています。
エロのジャンルではありますが、読み進めると「AV業界は取り扱っているものが特殊だからこそ、そこで働く人たちはまっとうな倫理観で作品を作っている」ということを知ることができる作品となっています。
AVと倫理を掛け合わせたユニークな作品が生まれたのは、エロ以外にも大切な部分を伝えるためだったのですね。
次回は村西さんがAV業界になぜ踏み入れたのか、制作現場の裏側などを教えてもらいます。