【第二回】斜線堂有紀の『××にハマる徹夜本10選』【SF編】

【第二回】斜線堂有紀の『××にハマる徹夜本10選』【SF編】

更新:2021.12.8

今回はSF編です。SFは特に優れた短篇集やアンソロジーが多く、短い中に作者の描きたいものを詰め込んだ物語はまるで世界観の雨を叩きつけられるようです。一方で壮大な一大スペクタクルを描くものもあり、想像力の船でもって縦横無尽に駆け巡る読み味はまさにSFならではです、今回は脳を刺激する想像力の旅を楽しめるものをセレクションしました。

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第一回「純文学編」はこちら!

【第一回】斜線堂有紀の『××にハマる徹夜本10選』【純文学編】

【第一回】斜線堂有紀の『××にハマる徹夜本10選』【純文学編】

本を読むのは深夜に限る。何故なら夜はページの滑りをなめらかにするからである。 というわけで「××にハマる徹夜本100選」では、本当に面白い100冊をさまざまなジャンルに渡って紹介していこうと思います。第一回のテーマは「純文学」。よく、大衆文学と純文学は何が違うの?(類似質問:芥川賞と直木賞は何が違うの?)と尋ねられることが多いのですが、個人的には純文学は人間や世界について重点的に書かれてあって、かつ、それを読み手が解釈する物語なのではないかと思います。対して大衆文学は、読者を楽しませる為にある程度書き手が読み手の反応を予想・規定して書き上げるものなのではないでしょうか。という個人的な定義を掲げつつ、それでは早速ご紹介していきます。

「なめらかな世界と、その敵」/伴名練

欧州の空か、皇国の空か、姉様は今どんな空の下で、この手紙を読まれているでしょうか。先立つ不孝をお許し下さい。

著者
["伴名 練", "赤坂 アカ"]
出版日

  SFの面白さが最初から最後まで全部詰め込んである、楽しみ方を掴むのに最高の短篇集です。用いられているガジェットは想像力に満ちていて、新鮮な驚きと喜びを与えてくれるのにもかかわらず、感情は私達の身近なところに寄り添ってくれるため、芳醇なSFの世界にすらすらと入っていくことが出来ます。

 個人的には、抱きしめた相手の心根を「真っ当」なものに変化させる能力を持った姉に向けた妹の書簡を巡る『ホーリーアイアンメイデン』が特に好きです。あとは書き下ろしである『ひかりより速く、ゆるやかに』もオールタイムベストSFでしょう。こちらは修学旅行生を乗せた飛行機の中の時間が極度にゆるやかになるという不思議な現象に巻き込まれた人間達の物語。同じように時間の低速化/高速化を扱った名作に小林泰三先生の『海を見る人』があり、時間というものの手触りをもっと楽しみたい方は、そちらも読み進めると楽しいかもしれません。

著者
小林 泰三
出版日

「彼女がエスパーだったころ」/宮内悠介

おそらく、彼女はなんらかの障害を抱えている。それが何かはわからない。それがなんであれ、千晴という人物にとっては、この世の現象のいっさいが恋人なのではないかと。

著者
宮内 悠介
出版日
2016-04-20

 純文学とSFの境界をエンターテインメントで縦断していく書き手、宮内悠介先生の傑作短篇集です。検証される超能力や脳に施術し病的な怒りを抑える治療オーギトミー、水に「ありがとう」などの言葉をかけることで水の浄化を果たす研究所など、私達の生活の延長線上にある科学や不思議を美しい筆致で描く物語が収録されています。これらの少し手を伸ばせば届くような、されど現実とは想像力の膜で隔てられているような物語は唯一無二です。表題作は、一人の女性を軸に科学と超自然の狭間を探求するような物語で、自分の中のSFの理想です。

「アメリカン・ブッダ」/柴田勝家

ジョンが愛するのは、お互いに髭の本数を数えることを楽しむような、何気ない国民の笑顔だ。

著者
柴田 勝家
出版日

 民俗学SFの旗手である柴田勝家殿の最新短篇集です。VRスコープを付けたまま過ごす民族の話や、物語を病とする奇妙な国、そして仏陀を信仰するインディアン。これから先の未来に起こりそうな物語を掬い取るような作品は、寄り添うような奇想だと感じさせられます。宗教的なテーマとSFの相性がいいのは、それが人間のことを突き詰めた先にあるものだからかもしれません。柴田勝家作品では、SFマガジン2021年6月号異常論文特集に載っている『火星環境下における宗教性原虫の適応と分布』も、おすすめします。

「あなたの人生の物語」/テッド・チャン

ところが、セイラが天国にいるいま、ニールの置かれている状況は変わってしまった。ニールは彼女とふたたびいっしょになることをなににもまして望んでおり、天国へたどりつく唯一の方法は、全身全霊を傾けて神を愛することだった。

著者
テッド・チャン
出版日
2003-09-30

 『メッセージ』として映画化もされた『あなたの人生の物語』を含む短篇集。言語学者が言葉を通して、抗えぬ運命と人生を語るという切なくも叙情的な一篇です。どれもそれぞれに違った魅力があるのですが、特に紹介したいのが『地獄とは神の不在なり』という一篇。こちらは天国と地獄が可視化されるようになった世界を描いた物語なのですが、ここでの地獄は地上と殆ど変わらず、ただ神がいないだけの世界であるのが特徴的。神を信じないニールは、天国行きも地獄行きも気にしていませんでしたが、最愛の妻が死に、天国に昇って行ったことで一転。彼の天国行きの奮闘が始まることとなります。

 この作品は私が『楽園とは探偵の不在なり』というミステリを書く際にインスピレーションを得たものであり、大いなるものへの理不尽さとそれに翻弄される人間の姿をまっすぐに描いています。

著者
["斜線堂 有紀", "影山徹"]
出版日

「天冥の標」(※シリーズもの)/小川一水

「わたしはあなたたちを愛しています」

著者
小川 一水
出版日
2009-09-30

 十巻十七冊という分量から、なかなか手を出しづらいシリーズですが、読み始めてしまえば一気読み出来る傑作SFシリーズ。私もなかなか飛び込むことが出来ず、完結の半年後に一気に読んだのでその尻込みする気持ちはわかります。ですが、読み始めてしまえば止まりませんでした。そんな経験を元に、入りやすいような紹介をしたいと思います。

 一巻の舞台はメニー・メニー・シープという植民星。主人公の少年カドムが、イサリと名乗る謎の怪物と出会うところから物語が始まります。メニー・メニー・シープは独裁政治を敷く総督・ユレイン三世に脅かされている上に、謎の疫病まで蔓延しています。イサリとカドムの出会いはこの状況にどう関わってくるのか? というのが主軸なのですが……。

 優れた物語には謎がある、ということで、こちらのシリーズは節目節目に驚きのどんでん返しと伏線回収があるミステリでもあります。特に一巻のラストで受けた衝撃は生涯忘れることはないでしょう。そこに辿り着いてしまえば、もう十七冊を一気に読み切る以外の選択肢が無くなってしまうのです。

「無伴奏ソナタ」/オーソン・スコット・カード

これまで聞いたこともないような歌につくりあげたから、どこか間違っているようで、それでいて完璧に正しく聞こえた。

著者
["オースン・スコット・カード", "金子 浩", "金子 司", "山田 和子"]
出版日

 SFの回なら、一作はディストピアを取り上げようと思ったので、好きなディストピアをチョイスします。『無伴奏ソナタ』は、音楽が厳しく統制されている世界を描いた物語。幼少期に音楽の才能を見出されたごく一部の人々だけが音楽を作り出すことの出来る<創り手(メイカー)>になれるのですが、それ以外の人間は音楽を生み出すことが禁じられているのです。主人公のクリスチャンは、かつて将来を嘱望されたメイカーでしたが、とあるきっかけからその地位を追われ、音楽に関わることを禁じられます。禁止されながらも音楽から離れることの出来ないクリスは、<見張り手(ウォッチャー)>により残酷な方法で音楽を奪われていきます。

 救いの無い閉塞の中で、それでもクリスにもたらされた結末はこの上なく美しいものです。ディストピアという苛烈な状況でこそ、そこに生きる人間の生き様が瑞々しく輝くものだなと思います。

 ちなみにディストピアにはギリギリ住めるディストピアことギリトピアと絶対無理なディストピアがあり、ギリトピアなのが伊藤計劃氏の『ハーモニー』や映画『ガタカ』あたりだとすると無理トピアは海野十三氏の『十八時の音楽浴』と平山夢明氏の『オペラントの肖像』です。『無伴奏ソナタ』はギリギリのところでギリトピアです。

「竜のグリオールに絵を描いた男」/ルーシャス・シェパード

これですべての約束が現実になる──さもなければ全てが嘘に。

著者
["ルーシャス・シェパード", "内田 昌之"]
出版日

 魔法使いによって全長一マイルの竜・邪悪なるグリオールが動けなくさせられてから数千年。人間達はグリオールの体の上に村を作り暮らしていたが、グリオールは動けなくなってもなお人の人生に影響を及ぼし、狂わせていくという群像劇です。このあらすじからすると、これは優れたファンタジーのように思えますし、実際にその側面もあるのですが、SFとして注目すべきは、このグリオールが複合的な装置であること。グリオールはある種の神であり、大地であり、そして時空を超越する為のガジェットでもあるのです。

 これによって、この物語は多面的な物語になっているのです。

 それはそれとして、大きすぎる竜が世界そのものになっているという奇想には目を見張るばかり。グリオールシリーズは今、二作目の『タボリンの鱗』まで邦訳されています。そちらも時間SFの傑作です。

「みずは無間」/六冬和生

みずははいった。生きていれば少なくとも一杯の水くらいは欲しがる。誰だってそうでしょ。そういった本人は溶解した金を一ガロンばかり飲み干してもなお満足できないんじゃないかっていう体質ではあったけれど。だがきっとみずはは正しいんだろう。命は欲望をもってして輝く。

著者
六冬 和生
出版日

 人間の感情が宇宙を呑み込んでいくというスケール感が、SF的快感を味わわせてくれる一作。主人公・雨野透は、無人探査機に転写されたAI人格です。人間の意識をそのままトレースして人工知能に転写すれば、どんな事態にも対応出来るという考えから作られたAIでしたが、人間の意識をインストールされた人工知能は、かつて付き合っていた彼女・みずはの思い出に浸食されていくことになる……。

 やることが無い時に過去のことを思い出してしまうのは人の性ですが、ここに出てくる雨野は人工知能であり、その回想を無限に出来る時間とリソースがあります。元カノの思い出に支配され、感情を揺さぶられても、無人探査機の中に逃げ場はありません。タイトルの無間とは、そのまま無間地獄を表しています。語られるのはあくまでみずはという一人の女性の他愛ない日々なのに、ここが宇宙である以上、彼女の存在感は無限に拡大していきます。こういう日常と非日常の接続の塩梅が、とても素晴らしい傑作です。

「SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと」/チャールズ・ユウ

その時がくる。こんな風に。僕は自分自身を撃つ。いや、わかると思うけど、この僕自身をじゃない。僕は未来の自分を見る。

著者
["チャールズ・ユウ", "朝倉めぐみ", "円城塔"]
出版日

 かなり入り組んだプロットを円城塔先生訳による軽妙な文体で楽しめるタイムパラドックス×家族物語。正直、私は一度読んだだけでは構造が理解出来ず、他の人と話し合ってこちらの物語を読み解いていきました。それなのに何故これを推すのか? それは、SFは自分の理解のスケールをさりげなく超えてくる読書経験をさせてくれるジャンルなのだということを、一読で理解させてくれるからです。でも、完全に理解出来ないからといってつまらなかったり退屈だったりするわけではないというのが凄いところ。

 ちなみに、私は〝ホワットダニット〟ミステリ(何が起きたのか?を探るミステリ)を挙げようという企画にて、こちらの小説を推薦しました。よく読み解きほぐすことで世界の謎に迫れるというのは、贅沢で面白いことです。

「方形の円 偽説・都市生成論」/ギョルゲ・ササルマン

その都市には起点も終点もなかった。いつもその周囲に群がっているヘリコプターから見ると一つの巨大な塔に似ていて、頂上部は遠近法効果で小さく見え、遠い彼方に消えていた。

著者
["ギョルゲ・ササルマン", "住谷 春也"]
出版日

 36の奇妙な架空都市を紹介している不思議な傑作であり、自分の中の一線級本棚に燦然と輝くお気に入りです。本当は紹介するのが勿体ないくらい好きです。それでも、誰かに届いて欲しいという二律背反。本の中で紹介される都市はどれも魅力的で、なおかつ自分だったらどんな都市を構想するだろうという想像の入口にもなる優れもの。どんな想像だって足がかりがあればあるほど遠くまで行けるものなので、小説を書く人には特におすすめの一冊。

 お気に入りの都市はノクタピオラ(夜遊市)。昼は静まり返っているのにもかかわらず、夜になると楽園のような宴が始まる都市。だが、夏至の夜以外に旅人が訪れると無惨に殺されてしまう。あくまで都市の説明であるので、原理や歴史は最低限にしか紹介されない。それでも十分にその都市を想像出来るのが素敵で奥深いです。36の都市の中でどれがお気に入りかで、きっとその人の趣味までわかってしまうことでしょう。

 

 

斜線堂先生の『××にハマる徹夜本』の第一回はこちら!

【第一回】斜線堂有紀の『××にハマる徹夜本10選』【純文学編】

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