平成ノブシコブシの徳井健太さんが『敗北からの芸人論』を出版しました。「ダウンタウンより面白くはなれない」という思いを一度は味わいながらも自分たちのスタイルを貫く21組の芸人について、徳井さんが独自の視点から彼らの背中を押すような考察を述べた1冊です。 そこでホンシェルジュは、徳井さんの芸人考察の本質に迫りつつ、より多くの人に徳井さんと徳井さんの着目する芸人さんを応援してほしいという思いで取材をしました。インタビューは前半と後半に分けて公開。前編ではまず、徳井さんが「この芸人さんは売れる」という思いに至る基準や、若手芸人の主戦場である劇場についての考えをお聞きします。
ーー『敗北からの芸人論』は各章ごとに1組の芸人さんをピックアップして語るという形式のエッセイになっていますが、その芸人さんはどうやって決まったのでしょうか?
お世話になっている人へのラブレターというような意味合いで書きました。今回1番、名前を挙げられてびっくりしているのはコウテイだと思います。「なんで俺らのことを知ってるの?」と思ったのではないでしょうか。
ーーたしかに目次を見てみると「コウテイ」は少し毛色が違う感じがしますが、なぜ彼らをチョイスしたのですか。
コウテイのことは「ABC(※1)」で知ったんですけど、見たことないお笑いをやっていたんです。おこがましくも、自分たちと似てるなと思った。スマートなネタをやっていてスマートな生き様をしている人たちは、手を差し伸べなくてもうまくいくし、うまくいかなかったら才能や運のせいだし、自分が関与する必要がないと思ってます。でもコウテイは、絶対に面白いのに、ネタ以外のことでつまずく時があるんだろうなと。不器用さとか、コンビ間の仲の悪さとか、芸人らしい魅力として伝わればいいですが、そのせいで今後うまくやっていけない時がありそうな感じも含めて興味深くて。自分たちも先輩たちからそう見えていたと思います。
ーーファンが推しを見つけた感覚に近いですね。
自分がお笑いオタクだったら間違いなくコウテイを推していると思います。面白くないって言われる確率も多いだろうけど、「見ている側が理解できないだけだろう」と言い切ってほしいですね。売れても変わらずにオラオラでいてほしい。
ーー「この若手芸人売れそうだな」と思う、独自の基準はありますか?
番組やライブで一緒になった若手のなかで、トークやネタに違和感を覚えた人に可能性を感じます。彼らの「感情」を知りたい。「ツッコミの子、無理やり言わされてるけど本当は違うことを言いたそうなのに……」と思ったら、喋りかけてみる。そこで自分の予想が当たっているようだったら、もうヒトハネする可能性があるのでは、と。
ーーいわゆる人(ニン)(※2)に合った振舞いをできていない、ということでしょうか。逆にいえばそれができている人は売れる、と。
売れるでしょうね。ニンに合っているのに売れないなら辞めるしかないかもしれない……。でも、コンビ各々が面白い部分を最大限に出せた状態で、うまい具合に掛け算になるって、運の良さも大事で。普通どっちかがバランサーになって(相手に合わせて)もう一方の面白い部分を引き出すことの方が多いけど、たまに最大限と最大限が掛け算になっていくタイプがいて、それが「売れる」ってことにつながるんだと思います。
ーー具体的な方でいうと?
(少し考えて)それこそコウテイじゃないですか。ロングコートダディも。今後もM-1決勝に出続けるんじゃないかな。
ーーご自身のコンビについても、掛け算ができていると思われますか。
うちらはずっと引き算をしてきたコンビですから。最近まで。僕が出てるときは吉村がうまくいかなくて、吉村出てるときは僕うまくいかなくて。コンビで出てる時にうまくいってる記憶がお互いないっていうのがずっと続いている状態でした。結成20年目を超えたくらいから、ようやくうまくいっているように感じてますね。
ーーどのような変化があったのでしょう。
今まで吉村の欠点だと思っていたものが「個性」だと気付いたことですね。集中力がなかったり、デリカシーがなかったりするところ。すぐに集中力が切れる人や、デリカシーがない人は本人の注意力がないだけだと思っていたけど、その代わり絵がうまかったり絶対音感があったりと、「ギフト」としてそういう特質を持って生まれてくる人もいるんだと知って。なるほど、吉村はそっち側なのかと思えてからです。
こないだの「オールナイトニッポン(※3)」でも、みるみる集中力が落ちていくのが僕から見てもわかりました。前だったら「なんでそうなるんだよ」と腹を立てていたところだけど、今は「そういうタイプか」とわかっているからイジれるし、怒らなくなった。吉村の個性を受け入れられた、ただそれだけです。
ーーたしかに番組後半、徳井さん主導で空気を引っ張り始めてから別の盛り上がりがありましたよね(笑)。個性だとわかったから、それを笑いの材料として使うことができるようになったんですね。
あいつは1時間しかもたないんです。全部の番組(笑)。
- 著者
- 徳井 健太
- 出版日
ーーコウテイやロングコートダディなど関西の劇場をメインに活躍する芸人さんの名前が上がりましたが、どのように情報を集めているんですか。
情報は流れてくるんですよ。吉本内の東西のへだたりはだんだんなくなってきていると思います。オンラインライブもあるし。
ーー確かに賞レースの動画配信なども充実し、情報が格段に得やすくなっていますね。関西の若手芸人について、どのように注目していますか。
今の大阪の若手たちは、尖っている芸人が多いです。マユリカ、ビスケットブラザーズなど、お客さんに寄せないお笑いをしている。劇場では女子中高生にウケれば上のランクに上がることができるけど、芸人からはなめられるっていうのが定石で。でも本当は芸人に好かれながらもお客さんにウケるのが最強。金属バットの影響なのかな、芸人ウケする芸人が多い印象です。
ーー女子中高生をメインとした劇場に通う人以外の層にも、お笑いを見る人が増えてきているんでしょうか。
「劇場にうちわを持っていって応援したい」というようなファンは、それがお笑いであってもアイドルであっても劇場に行く。ところが今は配信ライブなどもあって、ネット民が劇場の芸人のネタを配信で見られるようになって。「お笑いってしょうもないと思ってたけど、こんな面白い人たちいるんだ」ってなっているのかもしれませんね。
マユリカとかがドカーンとウケるところ、いつか見てみたいけど。サブカルっぽい、深夜っぽい笑いが大阪ではメインになってきていますね。
ーー劇場でしか味わえない「ウケ」がありますよね。徳井さんはどのような点を劇場のお笑いライブの魅力だと思いますか。
この間「粗品に勝ったら10万円(※4)」で、芸人のネタを客席から見る機会があったんです。粗品から「出演キャンセルの人が出た代わりに、審査員として出てもらえませんか?」って前日の夜DMでお誘いがあって。お客さんパンパンに入ってました。普段袖から見ることはあっても、客席の1番後ろから見ることはないので、お客さんを観察することもできて面白かったです。
周りにつられて笑っちゃうパターンもあれば、他に誰も笑ってないのに僕は面白いって思える瞬間もあって、あれは劇場でしか味わえないんだろうなと思いました。
今回のライブは事務所も違う各コンビが寄席形式でネタをやるライブ。単独ライブとは違って目当てではない芸人も出ている寄席形式のライブにもかかわらず、異様な勢いを感じましたね。
ーー「これから売れる」という芸人を見つけたい方には、やはり劇場へ行くことをおすすめしたいですか?
自分がお笑い好きの若者だったら、5~6組がやってるゲームコーナーライブ(※5)に行くと思います。
自分が元々目当てにしている芸人に目がいってしまうと思うけど、そのライブで「余計なことしちゃうやつ」と、「それを助けてあげるやつ」を見ると、また面白いんです。絶対そういう芸人が売れてくるから。「無駄なすべりをする」のと、「その無駄なすべりというアクシデントを救える」のって、超必要なお笑い能力だから。そういう人を見つけに行くのが楽しいと思います。名もなき若手でも、そこだけに注目して探しに行ったら相当早く「これは!」と思える芸人に出会えると思う。だからゲームコーナーライブを見に行ってください。そういう人らはネタもきっと面白いし、ネタはそのあとでも見られるから。
ーーテレビでしかお笑いを見ない、という方にも足を運んでほしいですね。
「すべらない話(※6)」が流行って、3分とか5分とかを1人で落語的にしゃべるというフォーマットはよく見ると思うけど、その間にチャチャ入れてる人とか、すべったあとにフォローしてる人とか。フォローの仕方も、いかにもフォローしてます感じゃなくてフォローに見えないけど笑いになってる人もいるので。テレビよりもライブのほうがそういうところも見えてきやすいんじゃないかな。
ーー徳井さん自身を応援する方はどういった方が多いと分析していますか。
自分のYouTubeチャンネルの分析を見ると、40~50代の男性が多いんです。だから自分の同世代ということですよね。同世代のお笑いファンたちというと、劇場には来づらいですかね。
ーーその層にもライブに来てほしいと思いますか?
来てほしいけど、お金的な問題もあるし、優先順位もあると思うから「来てくれ」とは言いづらいですね。あと僕は競輪やボート、麻雀関連の番組もやってるから、その世代が共鳴してくれているのかもしれないです。あるいは、今日取材してくれている人たちのような立場かもしれないですよね。「次こういうお笑いが来るから、こういう人たちを使ってみたい」と判断する側の人たちかもしれないので、そういう人たちに訴えることがその下の世代に対してもプラスになることかもしれないですね。
インタビュー後編(平成ノブシコブシ徳井「タブーだからこそやる」/『敗北からの芸人論』インタビュー【後編】)はこちら。
平成ノブシコブシ徳井「タブーだからこそやる」/『敗北からの芸人論』インタビュー【後編】
平成ノブシコブシの徳井健太さんが『敗北からの芸人論』を出版しました。「ダウンタウンより面白くはなれない」という思いを一度は味わいながらも自分たちのスタイルを貫く21組の芸人について、徳井さんが独自の視点から彼らの背中を押すような考察を述べた1冊になっています。 ホンシェルジュでは徳井さんの芸人考察の本質に迫りつつ、より多くの人に徳井さんと徳井さんの着目する芸人さんを応援してほしいという思いで取材を敢行。インタビュー後編では、芸人の立場からお笑いを語ることについての考えをお聞きします。
『敗北からの芸人論』を試し読みしてみたい方は、デイリー新潮をご覧ください。
※1 「第41回ABCお笑いグランプリ」、2020年開催
※2 その人の人柄や個性を意味する用語として芸人さんが使うことが多いことば。「仁」表記の説もあり
※3 平成ノブシコブシのオールナイトニッポン、2022年1月29日放送
※4 各組1本ずつネタを披露し、粗品よりも順位が上になった芸人に粗品が自腹で10万円を支払うというライブ。ルミネtheよしもとにて、2022年1月18日開催
※5 多くの場合ネタはなく、ゲーム対決やモノボケのような企画のみがおこなわれるライブ
※6 『人志松本のすべらない話』が正式タイトル