「ぞうのエルマー」シリーズなどで知られるイギリスの人気絵本作家・デビッド・マッキー。2022年4月惜しまれつつもこの世を去りました。彼が残した絵本『せかいでいちばんつよい国』が注目を集めています。きっかけは、戦争と平和を伝える絵本として、メディアで紹介されたことでした。そんな『せかいでいちばんつよい国』ほか戦争と平和を考える絵本を紹介します。
『せかいでいちばんつよい国』は、イギリスの人気絵本作家・デビッド・マッキー原作の絵本です。デビッド・マッキーといえば、日本でも「ぞうのエルマー」シリーズなどで知られています。イギリスでは2004年、日本では翌2005年に刊行されました。
ある大きな国の大統領が、「せかいじゅうの人びとをしあわせにするため」という名目で、世界中に戦争を仕掛けて征服していきます。たったひとつ残った国は、軍隊も持たない小さな国。最後にこの国を征服しようとする大きな国の大統領でしたが......。
このストーリーを聞いて、2022年現在、世界中のほとんどの人たちが思い浮かべるのは、ロシア軍によるウクライナへの軍事侵攻ではないでしょうか。軍事侵攻開始から1カ月以上経った2022年4月9日、TBS「情報7daysニュースキャスター」FOCUSのコーナーに絵本ナビの磯崎編集長が出演。その番組内で、戦争と平和を伝える絵本として、『せかいでいちばんつよい国』を紹介しました。
奇しくもこの数日前、4月6日に原作者のデビッド・マッキーが亡くなったばかり。番組で紹介された後、全国の書店や図書館でも大きな反響を呼びました。各書店では在庫切れが相次ぎ、図書館では数カ月先まで予約でいっぱいという状況に。
この記事では、今もっとも読んでほしい絵本として『せかいでいちばんつよい国』を紹介。この絵本を中心に、戦争と平和について考えることのできるその他のおすすめ絵本も合わせて紹介します。
- 著者
- ["デビッド マッキー", "McKee,David", "ちひろ, なかがわ"]
- 出版日
ある大きな国の人びとは、自分たちの暮らしほど、素敵なものはないと信じでいました。その国の大統領も自分の国が世界中を征服すれば、みんなが同じように暮らせると思い、「せかいじゅうの人びとをしあわせにするため」という名目で戦争を仕掛けていきます。
どの国も祖国のため命がけで戦いますが、大きな国の軍事力を前に最後には負けて征服されていくのでした。そして、最後に残った小さな国。あまりに小さい国のため、大統領も気にしていなかった国でしたが、一応、征服しようと兵を送ります。
しかし、その国は兵隊を持っていませんでした。自分たちの国に責めてきた大きな国に対して、小さな国が取った行動とは。
『せかいでいちばんつよい国』は、日本では2005年に刊行されました。同じ年の夏、作者のデビッド・マッキーが初来日。その際に担当編集者にこんなことを語ったそうです。
「ふだん自分はあまり怒らない性質なんだけど、と前置きをしてから、アメリカの中東戦略への憤りと、イラク侵攻のニュースを耳にして怒りに震えたこと、そして、居ても立っても居られない思いで、ほとんど衝動的にたった十日間ほどでこの絵本を描き上げた」と。
その17年後となる2022年2月、世界ではまた悲劇が繰り返されてしまいました。ロシア軍によるウクライナへの軍事侵攻です。この絵本を読むと、まさに現実に起きているこの悲劇を想わずにはいられません。ロシア軍の軍事侵攻以降、この絵本がメディアで取り上げられると、多くの人たちが手に取り始めました。
この絵本を読んだ人たちが、SNSを中心に感想を拡散しています。自分たちが今できること、子どもたちに伝えたいこと。この短い物語が多くの人の心を動かすきっかけとなりました。今改めて、戦争と平和について考えなければならない、そんな強いメッセージを受け取ることができる素晴らしい絵本です。
『へいわとせんそう』は、詩人・谷川俊太郎が文を担当し、イラストレーター・Noritakeが絵を担当した絵本です。2019年に刊行されました。メリーゴーランドベスト絵本第1位、第3回ブックハウスカフェ大賞銀賞など多くの絵本賞を受賞しています。
「へいわのボク」と「せんそうボク」、「へいわのぎょうれつ」と「せんそうのぎょうれつ」といった具合に、左ページには「へいわ」、右ページには「せんそう」について書かれています。それら見開きで見比べながら、その違いについて考えることのできる絵本です。
また、色のないモノクロのシンプルな絵と装丁がとても印象に残ります。「黒」と「白」だけの世界。そして、短くわかりやすい「ことば」。
余計なのものが何一つないからこそ、その言葉がよりダイレクトに伝わってきます。谷川俊太郎が描く「へいわとせんそう」は、子どもはもちろん大人にも親子でも読んでほしい絵本です。
- 著者
- たにかわ しゅんたろう
- 出版日
- 2019-03-13
1980年に刊行された絵本『ひろしまのピカ』。世界20数ヵ国で出版されています。
物語は、広島に住む7歳のみいちゃんとお父さん、お母さんを中心に描かれていきます。1945年8月6日、広島に原子爆弾が投下されました。ピカっという光が広島の空を突き抜けることに。その光は数えきれないほどの多くの命を奪い、人々を傷つけました。
この絵本の最大の特徴は、そのセンセーショナルな絵柄にあります。恐ろしさを感じるほどリアルで、当時の壮絶さを物語っています。
着物が燃え落ちた人、瞼や唇が腫れ上がった人など多くの被害を受けた人たち。そして、倒れた人々が重なり合うなど、その光景はまるで地獄のようでした。筆者も幼い頃、この絵本と出会い、初めて読んだ時の衝撃を何十年経った今も覚えています。
戦争への怒り、平和への願い。文からも絵からも作者・丸木俊の思いが伝わってきます。恐ろしく悲しい絵本ですが、8月6日の悲劇を語る上で大事な存在の絵本です。
- 著者
- 丸木 俊
- 出版日
ある黒人姉妹の人生を描いた『カラー・パープル』でピューリッツァー賞フィクション部門を受賞した作家、アリス・ウォーカー。2001年9月11日に起きたアメリカの同時多発テロ攻撃に対するアメリカの報復を知り、戦争について伝えるために描いた絵本が『なぜ戦争はよくないか』です。
2008年日本図書館協会選定図書、2009年全国学校図書館協議会・選定図書に選ばれています。
「タイム」「ニューヨーカー」「ニューズウィーク」など雑誌のイラストや本の装丁を担当するステファーノ・ヴィタールが絵を担当。コラージュで色鮮やかな世界を表現しながらも、アリスが伝えようとする戦争がもたらす不気味な恐怖を見事に表現しています。一度見たら忘れられないインパクトです。
毎日の平和な暮らしを脅かす戦争。戦争は目に見えなくても、確実に人々の暮らしや生き物の営みを蝕んでいきます。あくまで、抽象的に描かれてはいるものの、子どもたちにもわかる言葉で描かれています。
感性に訴えかける戦争の恐ろしさ。幅広い層に読んでほしい絵本のひとつです。
- 著者
- ["アリス ウォーカー", "ステファーノ ヴィタール", "Alice Walker", "Stefano Vitale", "長田 弘"]
- 出版日
グラフィックデザイナー、イラストレーターとして活躍していた長谷川義史。『おじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃん』で絵本作家デビューを果たします。
独特な楽しい絵柄でユーモアたっぷりの物語を数多く発表する中、2007年に『ぼくがラーメンたべてるとき』を刊行しました。第13回日本絵本賞、第57回小学館児童出版文化賞を受賞しています。
いつものユーモアある作風は残しつつ、ぼくが今ラーメンを食べているときに、遠く離れた地球の裏側では、世界では何が起こっているのか考えさせられるお話です。ぼくが平和に幸せに暮らしていても、世界では今この瞬間にもさまざまな悲劇が起こっています。テレビのニュースや新聞で知っていても、実感がないのが実情。
そんな中、子どもの目線でわかりやすくストンと心に語り掛けるような平和へのメッセージ。読む人へしっかりと伝わる絵本となっています。
- 著者
- 長谷川 義史
- 出版日
数多くの名作を世に送り出した脚本家・向田邦子。彼女のエッセイ集『眠る盃』に掲載されているのが『字のない葉書』です。40年前に書かれた短いお話ですが、今なお愛され続ける名作として知られています。
その『字のない葉書』を向田ファンの角田光代と西加奈子の豪華タッグにより、絵本として蘇らせたのが『字にないはがき』。本書では、角田光代が文を担当し、西加奈子が絵を担当しています。それぞれの持ち味もたっぷり感じることができます。
戦争中、疎開する妹に父が宛名の書かれたたくさんのはがきを渡します。まだ字の書けない妹に、元気なときは〇を書いて送るようにと。いつも怖い父でしたが、まだちいさい妹を心配してのことでした。
しかし、最初のうちは大きな〇がついていたはがきもだんだんと小さな〇になり、さらに×がつくようになっていくのですが......。向田邦子の実の妹・和子が主人公のお話。戦争により、ちいさな娘が家族と暮らすこともままならない状況は、親としては気がかりでなりません。ラストは涙なくして語れない、父の愛情が感じられる作品です。
- 著者
- ["加奈子, 西", "邦子, 向田", "光代, 角田"]
- 出版日
『どうぶつ会議』は、『飛ぶ教室』『エーミールと探偵たち』『ふたりのロッテ』など数多くの名作絵本を世に送り出したドイツの児童文学作家、エーリヒ・ケストナーの絵本です。
この絵本が出版されたのは、第二次世界大戦終結から4年後の1949年。ケストナー自身も戦争経験があることから、より平和への想いも強いのでしょう。絵を担当するのは、多くの作品でタッグを組んだヴァルター・トリアー。
第二次世界大戦後、世界平和を維持するため国際会議が開かれます。しかし、何度開いても成果が上がりません。そのニュースに怒った動物たち。会議が何の役もたたないのは、人間たちのせいだと話し合います。
そこで、世界中の動物たちを北アフリカに集め、動物会議を開くことに。彼らのスローガンは「子どもたちのために」。人間になし得なかったことを動物たちはどう進めていくのでしょうか。
今から70年前に発表されたこの絵本は、ケストナーの皮肉やユーモアがたっぷり。多くの犠牲を出してもなお、なぜ戦争は続くのか。ケストナーの憤りと平和への強い願いを込めた1冊です。いつの時代もケストナーは子どもたちの味方です。
- 著者
- ["エーリヒ ケストナー", "ワルター トリヤー", "光吉 夏弥"]
- 出版日
今回は、『せかいでいちばんつよい国』を中心に、戦争と平和を考える絵本を紹介しました。
絵本という短い作品だからこそ、シンプルに文と絵で力強いメッセージを伝えることができます。ぜひ興味を持っていただけることを願って。
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