獄中結婚からはじまるノンストップラブサスペンス!『夏目アラタの結婚』レビュー

更新:2022.11.1

既刊8巻で100万部を突破した乃木坂太郎の人気コミック、『夏目アラタの結婚』。 本作は児童相談所職員の熱血漢・夏目アラタと、連続猟奇殺人鬼品川ピエロこと女囚・品川真珠の、獄中結婚から始まるサスペンスです。 熱狂的なファンに推される本作の魅力とは、一体なんでしょうか? あらすじや考察を交え紹介していきます。

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『夏目アラタの結婚』の簡単なあらすじと登場人物紹介

主人公の夏目アラタは不良上がりの児童相談所職員。一見やさぐれてますが正義感が強く、虐待されている子どもへの同情心は人一倍。その故虐待親を殴るなど現場で度々問題を起こし、同僚の桃山香や上司の悩みの種になっていました。

そんな彼に担当児童の一人・山下卓斗がコンタクトをとってきました。卓斗の父親は連続殺人鬼・品川ピエロの3人目の被害者であり、遺体の一部がまだ見付かっていません。

品川ピエロの異名は逮捕時にピエロのメイクをしていた事にちなんでいます。彼女は交際していた男性をバラバラに切り刻んでそれぞれ別の場所に遺棄した、史上稀なる女性の凶悪犯でした。

卓斗は自分をアラタのふりをして品川ピエロと文通していたのですが、彼女から面会を促された事で途方に暮れ、「代わりに会ってほしい」と相談してきたのです。

アラタは卓斗の頼みを渋々引き受け、品川ピエロこと本名・品川真珠に対面するのですが……。

著者
乃木坂 太郎
出版日

ワルでしたたかな熱血漢×歯並びの悪いメンヘラヒロインが魅力的

『夏目アラタの結婚』の作者はドラマ化された『医龍』が代表作の乃木坂太郎「次にくるマンガ大賞 2020」にてU-NEXT特別賞コミックス部門に輝いています。

『夏目アラタの結婚』の魅力を語る上で欠くことができないのは、主人公・夏目アラタとヒロイン・品川真珠の斬新なキャラクター造形。

アラタは幼少時に実母が再婚を繰り返した反動で全く結婚願望を持っていません。むしろ結婚なんて面倒くさいし冗談じゃない、特定のパートナーに縛られず自由に生きたいと思ってるイマドキアラサー男子。

一方の真珠は歯並びの悪さが特徴的な美少女。無邪気に懐いてきたかと思いきや小悪魔的な媚態でアラタをからかい、次の瞬間には狂気的な本性を覗かせるヤンデレメンヘラ。摂食障害を患っており、体重の増減が激しいです。

口が悪く手が早いアラタですが、根は正義感が強く情に厚いときて、不幸な生い立ちを背負った真珠を突き放せないジレンマに苦しみます。

真珠の真性サイコパスぶりにドン引きながらも土壇場でハッタリかまし辛うじて切り抜けるアラタと、アラタがボロを出すやいなや豹変し、執拗な追い込みをかける真珠。

ブラフを交えた二人の駆け引きは本作最大の醍醐味であり、リアルタッチに寄せた顔芸のインパクトやプレッシャーが半端ないです。

夫婦なのに近付けない、触れ合えない。

アラタと真珠を隔てる面会室のアクリルガラスは、そのまま彼女の二面性や偽装夫婦の微妙な距離感を象徴しています。

次第に真珠に情を移し事件に深入りし始めるアラタ。

恐ろしいのはその心境の変化すらコントロールされてるかもしれないことで、アラタに強く感情移入すればするほど、魔性の女と無垢な少女が同居する真珠の底知れなさが際立ちます。

俗に結婚は人生の墓場といいますが、これほど男性の破滅願望を刺激し、「騙されてもいい、むしろ騙されたい」と思わせるヒロインも珍しいのではないでしょうか。

真珠に付与されたやや極端な個性にも注目してください。

ヤンデレ美少女は数あれど、ここまで歯並びが悪いヒロインは前代未聞。

慣れるに従いボロボロの乱杭歯がチャーミングに見えてくるのは、真珠の危険な魅力に毒されていってる証拠。それは丸くなめらかな高級真珠とは一線を画す、歪で美しいバロック真珠の磁力です。

大前提として歯には生活環境が反映されます。貧困や育児放棄が原因で歯の治療や矯正を受けられず育った子どもは、真珠のような状態になるのが避けられないので、この点大変なリアリティーを伴っていました。

騙されているのは一体どちらか。

アラタと真珠の関係は所詮夫婦ごっこ、ストックホルム症候群の延長の共依存にすぎないのか。

アラタは真珠に利用されてるかもしれないと疑いながら彼女の為に奔走し、真珠もまたアラタの恋愛感情を疑いながら、加速度的に依存していくのを止められません。

嘘から出たまこと、改め獄中結婚。アラタと真珠の間に真実の愛は芽生えるのでしょうか?

著者
乃木坂 太郎
出版日

どんでん返しに次ぐどんでん返し、衝撃の真相は!?

第二に挙げるのはサスペンス基軸のストーリーのジェットコースターのような面白さ。

真珠の弁護士・宮前は、彼女の無実を信じて冤罪を主張します。翻りアラタは真珠が無実であるわけないと確信するも、被害者全員を殺したかどうかには疑問を呈し、事件の背景を探り始めました。そして次々と驚愕の事実が明らかになります。

『夏目アラタの結婚』は最高にスリリングでサスペンスフルな法廷劇でもあり、真珠が一連の事件の真犯人か否か、その動機は何かが争点になります。

毎巻の如くどんでん返しが用意されてるのもポイントで、真珠の人物像や過酷な生い立ちが掘り下げられていくのに比例し、新たな謎が浮上してページをめくる手が止まりません。

真珠は母子家庭の出身で育児放棄をうけていました。真珠の母親は幼い娘を学校に行かせず、パックご飯とツナ缶のみを大量に与え、わざと太らせていたのです。

こう書くと酷い話に思えますが、だからと言って娘を憎んでいたとは言いきれないのが難しい所。

品川真珠に情状酌量の余地はあるのか。

裁く側は犯人の生い立ちをどの程度考慮すべきか。

この問題提起は現実の法制度の不備や矛盾ともリンクし、フィクションに厚みを与えるのに成功しました。

さらには真珠が抱えたある秘密が、裁判の行方およびアラタとの恋の行方を大きく左右します。

キーパーソンとなるのは真珠の母親・品川環。

環が何故真珠を学校に行かせず偏った食事を与えてたのか、衝撃の真相が判明した瞬間は、「そういうことだったのか!」と腑に落ちました。

出廷のたび真珠が着替える奇抜な衣装にも注目。映画『レオン』のマチルダのコスプレやセーラー服など、事情を知らない人間にはふざけているように見えて、アラタにだけ伝わるメッセージ性を備えているのが憎い演出でした。

個人的には連続ドラマで見たい作品ナンバー1。

良質なラブサスペンスにして周到な伏線を張り巡らせたミステリー、エンターテイメントとしての完成度が群を抜いている『夏目アラタの結婚』。あなたも真珠劇場の観客になってみませんか?

『夏目アラタの結婚』が気に入った人には同作者の『幽麗塔』をおすすめします。こちらは戦後間もない日本を舞台に、男装の麗人と気弱な小説家志望が、財宝の隠された時計塔の謎に挑むミステリー。

横溝正史や江戸川乱歩好きにはたまらない世界観です。

著者
乃木坂 太郎
出版日
2011-11-30
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