レッドブルつばさの今月の偏愛本 A面|第3回『かがみの孤城 』大人も間違えることがある。 …とは知らなかったあの頃の自分に読ませたい物語

更新:2022.12.24

本好き芸人でnote芸人でもある、レッドブルつばささんによるブックセレクトコラム「今月の偏愛本 A面/B面」!A面は、映像化作や文学賞受賞作など今月買って読んで間違いなしの1作をパワープッシュしていきます。 第3回はA面、B面ともに辻村深月さんの小説をピックアップ。記事公開前日に劇場アニメが公開されたばかりの『かがみの孤城』への偏愛を語ります。(編)

ブックカルテ リンク

『かがみの孤城』を一言でおすすめ

大人も間違えることがある。
…とは知らなかったあの頃の自分に読ませたい物語

この本を推す理由

『かがみの孤城』の出版社のホームページ上に「子どもとかつて子どもだったすべての人へ」という文字がある。

 

私はもうすぐ30歳になる。

子どもの頃、自分が30歳になる未来なんて全く想像できなかった。

少年野球に明け暮れた頃はプロ野球選手になると思っていたし、読書に夢中になっていた頃は小説家になると思っていた。

ただ漠然と「早く大人になりたい」とは思っていた。

 

小学校に入るタイミングで引っ越しをした。

今まで住んでいたアパートから一軒家に引っ越した時は、新しい生活が始まるのだという期待よりも“誰も知り合いがいない学校に通う”という恐怖の方が強かった。

入学式の日に椅子にしがみついて「学校に行きたくない」と駄々をこねて母親に怒られたことを憶えている。

しぶしぶ連れられて学校に行き、緊張しながら椅子に座っていると隣の席の女の子が話しかけてくれた。

「私、○○。よろしくね」

その言葉に私はきちんと返事をして、自分の名前を言えたかどうかは憶えていないが、彼女の言葉で「もしかしたら楽しく過ごせるかも知れない」と、とても安心したことは憶えている。

それから無事に友達もできて、特に大きなトラブルもなく成長しそのまま地元の中学に入った。

別の小学校からも生徒が入ってきて、一気の交友関係も広がり同じ小学校以外の友達もできた。

あの時、話しかけてくれた彼女とも何かの折に話すことはあったが、特に仲が良いというわけでもなく、クラスが違ったこともあり特に関りはなくなっていた。

 

彼女が学校に来なくなった、というのは誰から聞いたのだろう。

特に仲が良かったわけでもないので「そうなんだ、何かあったのかな」ぐらいにしか思わなかったが、あの時話しかけてくれた時の顔を思い出して少しだけ胸が痛んだ。

結局、彼女は卒業まであまり登校してくることはなかった。

彼女が学校に来なくなった理由は分からない。

“来なかった”のか“来れなかった”のか、それも分からない。

 

私も中学3年の時、学校に行きたくなくなった時があった。

とある出来事の後、クラスメイトからバカにされたり笑われたりされている気がして、始業のチャイムが鳴るまでトイレにこもる生活が続いた。

“自分のことを誰も知らないところに行きたい”と思って少し遠くの高校に進学することを決めて、そのために勉強を頑張り無事に合格することができた。その中学から進学したのは私一人だった。

高校生活も楽しい瞬間も多かったが、似たようなことが重なりまた“自分のことを誰も知らないところに行きたい”と思い、東京の大学を志望し、合格してまたそこから抜け出すことができた。

 

明確ないじめがあったとか、トラブルがあったとか、そういう訳ではないが「この教室にいたくない」という思いが常に胸の中にあった。その理由を他人に説明しても誰にもわかってもらえる気はしない。

彼女が学校に来なくなった理由もきっと一言で片づけられるものではないのだろう。

 

『かがみの孤城』を読んだ時、まず「懐かしいな」と思った。

中学生が不思議な世界に入り冒険をするような小説を、小中学生の時は好んで読んでいた。自分もいつかこんな体験をしたい、と胸を躍らせながらページをめくっていた。

当時を思い出しながらページをめくり、段々と気づいていく。

この小説はただの胸躍るファンタジー小説ではない。

子どもの、一言では説明できない心の痛みを描き出し、寄り添い、救おうとしていると感じた。

当時の自分が読んだらどんな感想を抱くだろうか。

大人になった今と同じ感想になるとは思わないが、いつか大人になった時も心に残り続ける小説になっただろう。

 

劇場アニメが公開された今こそ、『かがみの孤城』をすべての人に読んで欲しい。

『かがみの孤城』あらすじ

著者
辻村 深月
出版日
2017-05-11

学校での居場所をなくし家にとじこもっていた中学1年生の少女“こころ”の目の前で、ある日部屋の鏡が光り始めた。その鏡の先には城のような建物とオオカミの面をつけた少女、こころと似たような境遇の少年少女が集められていた。

 

魅力①“自分の部屋が異世界に繋がっている”という、設定だけでワクワクする

私が主人公たちと同じ中学生の時は、ファンタジー小説に胸を躍らせながらよく読んでいた。急に異世界に飛ばされて、仲間たちとともに協力しながら世界の謎を解き明かしていく。主人公と自分を重ね合わせて、同じ気持ちになりながら様々な世界を冒険していた。

その時の気持ちを思い出したのが、『かがみの孤城』の冒頭、光り出した部屋の鏡の中に入り、こころが城に初めて行くシーン。

どこなんだろう、ここは。エメラルド色に輝いた床が、まるで絵本で見る『オズの魔法使い』か何かのような印象だ。(中略)城が、建っている。立派な門構えの、まるで、西洋の童話で見るような、城が。

『ナルニア国物語』に代表されるような“自分の部屋が異世界に繋がっている”という設定の物語はいくつも存在するが、何度見てもやはりワクワクする。

正体が謎に包まれているオオカミの面をつけた少女と同じ年代の少年少女が一堂に会するシーンで、「鍵を探せばどんな願いでも叶う」という、この物語の終着点が提示されるわけだが、このシンプルだがわかりやすい設定も物語に没入させるための良い効果を生んでいる

初めてファンタジー小説に触れる世代にも世界観をイメージしやすく、それより上の世代でも懐かしさと親しみを持って読み進められるはずである。

魅力②心が痛むほどリアルな「学校に行けない」子どもたちと、「敵でも味方でもない」大人たち

前述した通り『かがみの孤城』の舞台はファンタジー的な城であり、その世界観でまず楽しめるが、物語としての魅力はまだ別の部分がある。

登場人物たちはそれぞれに事情を抱えて“学校に行っていない”という共通点があるが、特に主人公のこころが学校に行けなくなった経緯が詳細に語られている。

学校内で起きた出来事や彼女の心情が明かされるうちに、フィクションであると頭では認識しているのに胸が傷ついた。彼女のようなケースがこの現実世界でも起こりうると強く感じたからだ。

今、中学生の読者は「似たような経験を現在進行形でしている」、大人になった読者も「かつて似たような経験があった」という感想を抱くかも知れない。

そして、中学生以外にも家族や学校の教師、フリースクールの先生など様々な大人が登場する。中学生の時、「大人は自分よりも圧倒的に強く、圧倒的に正しい」と思っていた感覚を『かがみの孤城』を読んで思い出した。大人の言うことは絶対で、大人の言うことには従わないといけない、と。

作中の“学校に行けなくなる”という子どもに対する周囲の大人の対応は様々だ。

気持ちに寄り添ってくれたり、叱ったり、全く気持ちを汲んでくれなかったり。

彼らは決して味方として描かれているわけでも敵として描かれているわけでもない。

大人も日々迷って悩んで間違えることが多々ある、ということは大人になってから気づいた

大人になった読者は「今、大人になった自分は同じ立場になったら彼らになんて言えばいいだろう?」という視点からでも物語を読むことができるだろう。

魅力③ファンタジーであり、ミステリーでもあるストーリー展開

最初はファンタジーの世界観で掴まれ、途中は繊細な心理描写に登場人物と同じように喜び傷つきながら読み進めていくが、『かがみの孤城』の魅力はそれだけではない。

「この城はなんなのか?」「オオカミの面をつけた少女の正体は?」「なぜこころ達は城に集められたのか?」など、様々な謎がちりばめられ、それが段々と明かされる展開はミステリー的要素が多く含まれており、その一つ一つに驚きながら物語を楽しめる。

終盤で大きな事実が明らかになるが、そこに到達するまでの道筋も見事で、読んでいくうちに「少し引っ掛かるな」と思う描写が全て「そういうことだったのか」と納得できるように設計されている。

また、「この城にいられるのは三月三十日まで」という時間的な制約や、その他のルールも物語の緊迫感や没入感を増している。

まとめ

読む前は、表紙の雰囲気やあらすじから中高生向けの小説のように思っていて、実際その年代の読者でも楽しめることは間違いないけど、大人になった今でも楽しめる、まさに「子どもとかつて子どもだったすべての人」のための小説のように感じた。

最初のとっかかりがファンタジーの世界観で、そこから登場人物の抱えた問題や心理に胸が締め付けられ、その全てが昇華されていく終盤の展開など、読み終わった後「色々なジャンルの話を一気に読めた」という印象になり、読後感も最高。

この原作がどのように映画化されるのかも非常に気になりました。


 

message:#今月の偏愛本

notice:ホンシェルジュ Twitter

writer:レッドブルつばさ Twitter

 

 

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena
もっと見る もっと見る