赤ノ宮翼の今月の偏愛本 B面|第5回『爆弾』ノンストップ・ミステリーと立ち止まって考えさせられる社会問題が並行する傑作

更新:2023.3.2

本好き芸人でnote芸人でもある、赤ノ宮翼さんによるブックセレクトコラム「今月の偏愛本 A面/B面」!B面では「今読んでほしい!」と思う本を、A面よりも自由度高めにおすすめしていただきます。 今月のおすすめは呉勝浩さんによるミステリ小説『爆弾』。「このミス」1位に輝くなど評価をされている本作ですが、その評価抜きにしてもおすすめしたい!……その理由をたっぷり語っていただきました。

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『爆弾』を一言でおすすめ

ノンストップ・ミステリーと立ち止まって考えさせられる社会問題が並行する傑作

この本を推す理由

この連載では便宜上A面とB面に分けて本を紹介しているが、今回は特にその境目がなくなっている。

何しろ『爆弾』は2023年版の『このミステリーがすごい!』と『ミステリが読みたい!』でともに国内作品の一位に輝いていて、ミステリファンが認める作品であるうえに、A面でも書いた本屋大賞のノミネート作品でもある。

輝かしい経歴を持つ『爆弾』をA面として紹介しても問題なかったのだけど、とある思いからB面で紹介させてもらう事にした。

主にA面では受賞歴があったり、映像化している作品を紹介していて、B面では個人的な思い入れがある作品を紹介する事が多い。

そして『爆弾』を読んだ時に「とにかく面白いミステリー小説」でありながら、それ以上に現代を生きる人に読んでほしいという強い思いが湧き上がってきた。

エンタメを描きながら確実に一人一人の心に突き刺さる内容だと思う。

『爆弾』あらすじ

酒屋で酔って暴れて逮捕されたスズキタゴサク、四十九歳。見るからに冴えないその男が秋葉原で起きた爆発を“予言”した。連続爆破事件を示唆する謎の男と警察の頭脳戦が始まる。

魅力①警察を舞台にした群像劇にまとわりつく緊迫感

私が本を読む時は「活字でしか味わえない面白さ」というものを重要視している。

叙述トリックなど絶対に活字でしかできない手法や、細かい風景・人物描写なども活字だからこそたどり着ける物語の深さがあると思っていて、今までの連載の中でもそういう作品をいくつも紹介してきた。

だが『爆弾』を途中まで読んでまず思ったのは「これは映像化しても面白いのだろうな」という事だった。

最初から登場する冴えない男、スズキは一体何者なのか?という興味から始まり、東京を舞台にした連続爆破事件がノンストップで進んでいく。スズキと警察の頭脳バトルが展開されると同時に、いくつもの謎が重なり合ってそれが一つの真実に収束していく物語はとにかくひたすらに面白い。

登場人物も魅力的だ。

過去のとある事件に関わった事により情熱をなくした刑事、今まで何人もの犯人を落としてきた捜査一課のエリート刑事と天才肌の部下、交番勤務の男女コンビ、そして底知れない正体不明の男。

警察署が舞台になっている作品では、様々な立場の人間が犯人や事件に向き合っていてそのスタンスがそれぞれに違う事が群像劇を成り立たせている事が多いが、まさに『爆弾』も警察を舞台にした群像劇だと言えるだろう。

警察側も犯人も一筋縄ではいかない人物ばかりだからこそ、「映像化しても映えそうだ」と思うし、内容もエンタメとして最後までドキドキハラハラできる。

「映像化しても面白いのなら(映像化しそうなら)そっちを見ればいいのでは?」となってしまいそうだが、それでもやはり自分でページをめくって物語を進めていく楽しさは小説でしか味わえない。

特に『爆弾』は物語がどうなるか分からない緊張感が常にまとわりつき、それが最後まで続いていくので、自分が小説と一対一で向き合っている感覚になれると思う。それは不特定多数が視聴可能な映像とは違うエンタメの楽しみ方である。

魅力②爆弾は「誰でも作れる」――現実に迫ってくるリアリティ

『爆弾』の舞台は現代の東京で、よく知っている地名が頻繁に登場する。

何度も利用した事がある駅に「爆弾が設置されている」という描写があると、フィクションと分かっていながらも背筋が凍る。

作品の特性上、実在する地名や駅、警察署が登場しなければ物語としてのリアリティが失われてしまうので絶対に必要な事だが、そのリアリティを極限まで高めているからこそ『爆弾』は最初から最後まで緊張感が緩まないのだ。

特に、その事に気づいたのは爆弾の作製に関する詳細な描写を読んだ時だった。

科捜研の技官が事件に使われた爆弾について説明するシーンの最後、〈ふつうに日本語が読めてネットが使えて、一軒家か2LDKくらいに住んでたら楽に生成できるって意味です。成分も製法も、調べればわかる範囲、買える程度。あとは実験あるのみ。そして努力は報われます。こと科学の神にかぎっては、万人に平等ですから〉という言葉で締められる。

事件の根幹となる、警察を、市民を恐怖に陥れている爆弾を要は「誰でも作れる」と言っているのだ。この部分を読んだ時、今自分が生きている現実と小説がリンクし、言いようがない感情に襲われた。

『爆弾』はフィクションではあるが、その全てがファンタジーというわけではない。

現実でも起こりうる事件をリアリティある描写で描く事で成り立っている

例えばこれが「今まで世界に存在していない爆薬を使っている」なんて言われたら、もっと安心して読めるだろう。自分と完全に切り離して、ただの小説として楽しむ事ができたはずだ。

だが、小説の舞台は自分が知っている東京の街で、爆弾も現実的に作れるものなのだ。

その、「本当に起こりうる」というリアリティを常に保っている事で緊張の糸は切れることなく最後まで物語の魅力は失わないのだ。

魅力③犯人は「無敵の人」、だけど「気持ちはわかる」

『爆弾』に登場するスズキはいわゆる「無敵の人」だ。

ウィキペディアによれば、無敵の人とは〈社会的に失うものが何も無いために、犯罪を起こすことに何の躊躇もない人〉であり、特に2000年代以降の日本ではそのような人物が起こした事件がいくつも存在している。

無敵の人が登場する小説は以前にいくつも存在していたと思うが、『爆弾』ではハッキリと「スズキは無敵の人」だと言われている。

無敵の人という言葉が世間的に広まっているという認識と共に、「広まってしまった」という事実を考えると胸が痛くなる。

スズキが警察を相手に述べる持論は絶対に間違っているし、許されない行為を行っているのは間違いないのだが、それを自分が「絶対に」行うはずがないと言い切れる保証はどこにも無い事が怖ろしい。

登場人物の中にもスズキに対してではないが、とある事件に対して「気持ちはわかる」と言ってしまった刑事がいる。彼はスズキに対しても他の刑事とは異なる立場から向き合う事になるのだが、この「気持ちはわかる」という言葉自体が物語の中でも大きな意味を持っていく。

 

私の考えでは無敵の人は「社会が自分を受け入れてくれない」という思いから生み出されると思っている。お金が無い、仕事が無い、望むような人間関係を築けない、など具体的に言えばいくつもあるが、要約するとそうなると思っている。

この感覚は誰もが持つものだと思っている。

私のような芸人だと、例えば芸人仲間とは楽しく喋れるけどバイト先ではうまく馴染めない、みたいな事は頻繁にある。私も過去に何度もあった。

それでも私が「社会が自分を受け入れてくれない」という結論にならなかったのは、バイト以外にも自分の居場所があったからだ。

「ここで生きられるから自分は大丈夫」と思えたからだ。

似たような事は学校でも会社でも、生きている以上どこでも誰でも起こり得る。

 

そして、そのような人たちが追い詰められ暴走せずに済んでいるのは、もしかしたらただ運が良かっただけなのかもしれない、と思う事がたまにある。

無敵の人が起こした事件の犯人の普段の生活が報道され、自分の生活と似ている部分があるたびにゾッとする。自分は絶対に犯罪をしないと思っている。絶対にそんな事をするわけないと。でも、世の中に「絶対」などあるのだろうか。

 

スズキは自分の考えを警察に展開していく。読者はそんな事間違っている、許されないと思いながらも登場人物のように「でも、気持ちはわかる」と思ってしまう瞬間があるかも知れない。

スズキはミステリー小説の犯人としては新しく悪役として魅力的な存在である。

だが、リアリティのある描写が続く本作の中で描かれるスズキという悪役は、フィクションを飛び越えて現実感を持って読者の前に現れる。

この時代に彼のような人物が登場してしまった、という事実を考えるとともに最後まで振り回されながら物語を楽しむ事ができるだろう。

まとめ

中盤までは「単純に面白いエンタメ小説」という認識で読んでいたが、途中からスズキを始めとする、社会から弾かれた人物の事を考えざるを得なくなっていく。

「連続爆破事件を警察は食い止められるのか」という軸とスピード感は最後まで損なわずに、そのうえで現代社会に根付く様々な問題から目をそらさずに描き切る構成が凄かった。スズキも全く理解ができないサイコパスではなく、一部分では理解できるかも知れない、というリアリティで描かれているのが怖ろしい。

まさに、今この時代読むべき面白い小説だと言える。


 

message:#今月の偏愛本

notice:ホンシェルジュ Twitter

writer:赤ノ宮翼 Twitter

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