【#10】文化放送アナウンサー西川あやのの読書コラム/他者から投げられる評価ボールは、毒か?薬か?

更新:2023.5.15

「自分が人からどう見られているか?」人類の普遍的な疑問の答えは、日常で言葉のかけらを集めていくしかないかもしれないと思うんです。

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他者から投げられる評価ボールは、毒か?薬か?

30年以上生きていても、自分のことはよく分からない。初夏の気持ちの良い時期は、外で大勢とビールを飲んだりしたいなという気持ちも湧くけれど、やっぱり家で空調を自分の好きな気温に設定して、1人で嗜む方が好きかもしれない。飲みに出かけたら2軒3軒とハシゴしたくなるけれど、基本的には家から出たくない。どっちも本心。

人と喋るのは好きだけど、1人でラジオ聞いたり読書したりしたい。

何か書類を仕上げる時も、大雑把な方なのか、こだわり派なのか自分では分からない。気を遣える方なのかも鈍感な方なのかも分からない。明るい人間なのか、暗い人間なのか。言語化が得意なのか、実は口下手なのか……。

 

こうして手探りで生きている中で、自分に対する他者からのイメージにばったりと出会ってしまう瞬間がある

 

昔、新番組が始まる際に、これから共演する方が「西川さんとは初めてだからどんなキャラクターなのか知りたい」と仰った。その場に同席していた入社当時から自分が大変お世話になっている番組スタッフが、私の過去の仕事や趣味のことなどをつらつらと代弁してくれた後に「西川さんはサブカル寄りのアナウンサーなんですよ。」と締めた。

 

何を持ってサブカルと呼ぶのかの定義は一旦置いておいて、私は当時からアニメやゲームのことにあまり詳しくないし、演劇や古着に興味はなかったし、まんだらけにもアニメイトにも通ってはいなかったけれど、その場で特に否定することもなく、(これからサブカルの勉強しなきゃ……)と焦った。

 

この他にも、以前担当していた番組の打ち合わせ中か何かに、長い付き合いのプロデューサーが初めて仕事をする構成作家との会話の中で、「西川の魅力はパッパラパーなところなんだからさ」と言っていた。

(私の魅力って、パッパラパーなところだったんだ……)

妙に納得してしまって、おまけにこの時期は自分を暗い人間なのかもしれないと思い始めた時期だったから、パッパラパーに見られているのなら安泰だ……と心が楽になって、本当に前向きになったのだった。

パッパラパーに括られて、目の前の雲が晴れてゆくという経験は初めてだったけれど。

 

しかし、何気ない会話の中でこうしたボールがいきなり飛んでくることは、ちょっとした恐ろしさも潜んでいる。

 

著者
綿矢 りさ
出版日
2007-04-05

 

高校1年生で陸上部に所属する長谷川初美(ハツ)と、モデル・オリチャンの熱狂的ファンである同級生の蜷川智(にな川)。他のクラスメイトと距離を取る2人の奇妙な関係を描く芥川賞受賞作だ。

 

この作品は、3月末から配信を始めた「夜ふかしの読み明かし」というポッドキャスト番組をきっかけに最近読み返した。「おいでよ!クリエイティ部」でご一緒している哲学者の永井玲衣さんとXXCLUBの大島育宙さんと共通の作品を読んで語り合ったり、哲学対話を行なったりしている。

 

ひょんなことから繋がりを持ったハツとにな川の2人は絶妙な距離で関係を続けるが、体調を崩しているにな川のお見舞いに出向いたハツとの会話にこんな一節がある。

 

「クラスのひとたちどう思う?」

桃を黒塗りの箸で細かく割りながら。でも一口も食べずに、何気なく言ってみた。

「レベル低くない?」

にな川は私を見つめたまま一瞬止まったが、やがてすべて了解したというふうに頷き、

「あぁそういえば、長谷川さんも、生物の班決めの時に取り残されてたもんな。」

 

“取り残されてた”という響きが胸にぐんと迫ってきて、慌てた。友達とかに無頓着で、というかオリチャン以外の現実に無頓着だから、絶望的な言葉をさらっと口にすることができるんだ。

 

このリアリティにはぞっとした。

登場人物の誰にも悪気がない中で、自分に対する他者からの視線の中身を知る。性格診断の占い結果を読むときや、同じ部署の上司と面談しているときのような心構えをしていないから、言葉が軌道をはずしたボールのようにぽーんと心の中に投げ込まれる。その後のボールの処理の仕方には十分注意したい。

作中ではこのあと、ハツが“人見知りをしている”んじゃなくて“人を選んでる”んだと弁解をするけれど、サブカル系やパッパラパーの分類に括られて、すっかり納得して前を向いているような私のような処理の仕方もある。

生きている中で、自己評価のあやふやさに気づいたり、ばったりと出会う他者からの評価に納得したり、憤ったり。どこにも正解なんてないので、その迷いや気づきを楽しみながら過ごしてゆくしかないのだ。

 


 

このコラムは、毎月更新予定です。

info:ホンシェルジュTwitter

writer Twitter:西川あやの

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