ミシェル・フーコーは、フランスの哲学者・思想家として知られています。 「人間の知識や行動は権力によって形成される」。 このようにフーコーは考え、現代思想に決定的な影響を与え続けています。 彼が注目したものは、狂気や犯罪、性など社会的に排除された存在です。 彼自身も同性愛者であり、エイズで亡くなりました。 今回の記事では、フーコーの人生と業績を紹介し、彼の思想と同性愛の関係性を探ります。 フーコーはどのように自分自身のアイデンティティを確立し、社会に抵抗する思想を形成したのでしょうか。 そして多様性やLGBTが主張される現代社会のなかで、彼の思想は何を語りかけるのでしょうか。

ミシェル・フーコーは1926年、フランスのポワティエという町で生まれました。「トゥール・ポワティエ間の戦い」で有名な町で、世界史の受験生なら誰もが知っている戦いです。人口は8万人程度の小さな町ですが、ポワティエ大学という(パリ大学に次ぐ)歴史の古い大学があります。
フーコーの父親もこの町の名家出身で、とても裕福な医者でした。フーコーは「医者になれ」という親の希望に反対し、文化人になるべく、パリの高等師範学校を目指します。一度は失敗しましたが、努力の甲斐があって二度目の受験で合格し、憧れの高等師範学校生(ノルマリアン)となりました。
1946年、フーコーは20歳でした。
フランスは文化の国です。
ベンツやBMWのような車はつくれませんが「フランスは文化を生産する」という自負がフランス人にはあります。そのためフランスでは、文化人は尊敬されるのです。文化人とは哲学者や作家などで、国の現状と将来について発言する人たちを意味します。
フランスでは哲学者も政治的な発言を期待されます。あるいは政治的に行動する哲学者が文化人とみなされ、それなりの影響力を持っています。日本では哲学者や大学教授の社会的な発言には誰も注目しませんし、期待もされません。テレビなどのマスメディアに頻繁に登場する教授はむしろ軽蔑されます。フランスとは対照的です。どちらが正しいのか、判断は難しいところです。
戦後のフランスにおいて、有名な文化人としてはサルトルがいました。1980年に74歳で亡くなるまで、左翼による過激な運動を支援し、政治にも積極的に参加しました。サルトルほど派手には政治活動しませんでしたが、フーコーもフランス人らしい哲学者の1人でした。
フーコーが目指した高等師範学校(エコル・ノルマル・シュペリュール)は「文化の国」フランスが誇るエリート養成機関です。フランスではエリートを目指す者は大学には行きません。「グラン・ゼコール」と呼ばれる高等教育機関を目指します。
大学には入学試験はありませんが、グラン・ゼコールにはとても難しい試験があります。そのために優秀な学生は高校を終了してさらに2年間、特別の受験クラスで勉強します。こうした厳しい過程を経た一握りのエリートだけがグラン・ゼコールへの入学を果たします。
高等師範学校はグラン・ゼコールの中でも最高峰の学校です。フランスのエリートはここから輩出されます。卒業生は最初から特別な待遇を受けるため、大学卒とは給与や待遇もまるで違います。
政治・経済・官僚のトップとして活躍し、彼らのネットワークによってフランスの権力は支配されます。
この構造がフランス社会の特徴なのです。
フランスの教育制度は「グラン・ゼコール(エリート養成機関)」を中心にして動いています。それ以外の教育機関はなおざりにされる傾向が強く「すべてはグラン・ゼコールのためにある」と言われるほどです。グラン・ゼコールに比べて大学の教育環境は悪く、大規模な授業、学生は上からの権威主義に支配され、教授や大学に逆らえません。これが1968年の学生反乱の原因にもなりました。
1968年の3月、パリ大学(ナンテール校)で過激な学生が大学を占拠し、教育環境の改善を要求しました。大学当局は警官隊の出動を要請し、学生を排除しましたが、これが大騒動の合図となります。同年の5月6日、パリの学生街(カルチェ・ラタン)で2万人を超える学生デモがあり、警官隊と衝突。火炎瓶と催涙弾が飛び交う騒乱状態となりました。政府の学生弾圧に抗議して、フランスの労働組合も合流します。フランス全土でゼネストが決行され、経済は麻痺状態に。5月29日にはパリで40万~50万人もの労働者・学生がデモをし、当時の政府(ドゴール大統領)の退陣を要求しました。
五月危機に危機感を持ったドゴール大統領はパリを脱出します。ドイツのフランス軍基地に隠れて、対策を考えました。ドゴール大統領は、議会を解散して6月23日に総選挙を実施すると発表。この発表の日、今度はドゴール支持の80万人のデモがパリを埋め尽くします。総選挙の結果、左翼が完敗しました。486の総議席のうち保守派は353、社会党は57、共産党はたった34でした。この結果を受けて、ドゴールは大統領を辞任。
フランスに吹き荒れた5月危機の嵐はすぐに収まり、瞬く間に消えていきます。たった2~3ヶ月の騒動でした。夏休みが始まると、学生も労働者も地中海のリゾート地へ。政府も教育の改革・改善に一応着手しますが、グラン・ゼコールの改革に手をつける人は誰もいませんでした。
話をフーコーに戻しましょう。高等師範学校時代のフーコーには、個人的な問題がありました。
同性愛者であることです。この事実に対して、彼は罪の意識を抱いていました。精神的に不安定で何度か自殺を試みたこともあります。22歳のときに一度、そして24歳のときに自殺未遂をしています。
1950年、若き24歳のミシェル・フーコーはフランス共産党に参加しました。この当時、文化人と左翼思想は同じ意味として捉えられていました。言い換えれば、文化人でありながら右翼と見なされる人は、何か根本的に欠けていると認識されていたのです。これはフランスだけでなく、日本でも同様です。
フーコーの高等師範学校では、200人中40~50人が共産党員でした。これはエリート教育機関での左翼思想の強さを示しています。当時の時代背景を考えれば、この現象は普通のことです。フランスだけでなく、イギリスのオックスフォードやケンブリッジ大学でも左翼思想が影響力を持っていました。これは国際的な知識人社会の共通の傾向だったのです。
フーコーは共産党に数年間所属していましたが、やがて離党します。離党の理由ははっきりしませんが、フーコーの教師であり共産党員でもあったルイ・アルチュセールは、フーコーの同性愛が原因だと主張しています。同性愛者であるフーコーは、共産党の権威主義やスターリニズムに反発。彼は自由な思想と行動を求めており、共産党員だったことをのちに否定し、自身を「非マルクス主義者」と呼びました。
自分自身が同性愛だったからでしょうか、フーコーの関心は哲学というよりも、精神医学に向きました。「狂気とは何か」「“正常”と“狂気”の境界線はどこにあるのか」というテーマに関心を持ちます。そのなかで『狂気と非理性』という本を書き、博士号を取りました。
共産党を離党したあと、フーコーは精神医療、狂気や監獄の歴史、性の歴史といった分野で多くの著作を発表しました。
1970年、44歳という異例の若さで「コレージュ・ド・フランス」の教授に抜擢されます。コレージュ・ド・フランスは「文化の国」フランスが誇る教育機関です。50の講座があり、その分野で最高と評価される学者が担当します。フランス最高の知性を集めた組織です。モーリス・メルロー=ポンティや、レヴィ=ストロースも務めていました。
しかし普通の学校ではありません。
講義は市民に開放されており、希望する者は誰でも聴講できます。もちろん無料です。コレージュ・ド・フランスの教授は年26時間の講義を行います。半分は演習になるため、仕事はそれだけです。
しかし、それぞれの分野における超一流の教授が取り組んでいる研究、しかも最新の成果を講義するのです。そのため講義のレベルは高く、一般市民だけではなく学者や研究者たちも押し寄せます。フーコーの講義には500人を超える人々が集まったそうです。
世間的に見れば、文化人として頂点を極めたフーコーですが、フランスという国には馴染めませんでした。フランスはカトリックの国になるため、意外と保守的な部分があります。カトリックは同性愛を絶対に認めません。
ヨーロッパの多くの哲学者たちとは違って、フーコーはアメリカを愛しました。そのなかでもカリフォルニアを愛し、晩年には移住を真剣に考えました。「ゲイにとってフランスは住みにくい、アメリカこそは……」と思ったのです。フーコーはドラッグやSMの愛好者でもあったと言われています。フーコーにとってカリフォルニアは自由の空間だったのでしょう。
しかしアメリカ移住の夢が叶う前、フーコーは1984年に急死します。
死因はエイズ。まだ57歳の若過ぎる死でした。
重田園江(2020)『フーコーの風向き − 近代国家の系譜学』青土社
- 著者
- 園江, 重田
- 出版日
ミシェル・フーコーは、近代国家が人々の生や死に介入する権力の方法を「系譜学」と呼び、分析した思想家です。本書はフーコーの思想を、歴史や社会に沿って解説したものになります。知と権力、法と規律、戦争と統治、自由主義と新自由主義など、主要な概念や論点が鮮やかに描き出されています。著者の重田先生は、フーコーの講義や未刊行資料にも精通しており、フーコーの思想の多面性や深みを読者に伝えてくれます。フーコーの思想に興味がある人はもちろん、現代社会の問題に関心がある人にもおすすめです。
箱田徹(2022)『今を生きる思想 ミシェル・フーコー 権力の言いなりにならない生き方』講談社
- 著者
- 箱田 徹
- 出版日
フーコーは、権力について深く分析した思想家です。権力は無意識のところで、私たちの生活に大きな影響を与えている事実を明らかにしました。著者の箱田徹先生は本書を通じて、フーコーの思想を歴史的な文脈に沿いながら綿密に分析を進めています。フーコーの詳細な分析と洞察を通じて、権力の実体やその作用、そして私たち人間の主体性や自由について、箱田先生は分かりやすく解説しています。フーコーの思想に初めて接する方はもちろん、権力について考えたい方にもオススメです。
慎改 康之(2019)『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学』岩波書店
- 著者
- 康之, 慎改
- 出版日
フーコーの思想の変貌を鮮やかに描き出す本書は、現代社会を深くとらえるための手掛かりを与えてくれます。著者である慎改康之先生は、ミシェル・フーコー、ジル・ドゥルーズなど、フランス現代思想が専門です。また映画や絵画などの芸術作品に対する哲学的アプローチなど、新しい試みをしている研究者でもあります。分かりやすい叙述ながらも、フーコーの思想の深さや広がりを感じさせてくれる一冊になっています。