他の経営者と比べても、孫正義氏がビジネスを進めるうえでこ徹底的にだわっていたという「数値化」。ビジネスパーソンであればその必要性を知っていても、具体的にどう考えるべきか迷うこともあるでしょう。 そこで、孫正義氏の右腕としてソフトバンクの急成長を支えた元社長室長・三木雄信氏が、「数値化」についての考え方をわかりやすく教えます。 この記事は、『【新書版】孫社長にたたきこまれた「数値化」仕事術』(著:三木雄信)内のコラムを抜粋し、再編集したものです。
- 著者
- 三木 雄信
- 出版日
ビジネスパーソンであれば、誰もが多かれ少なかれ、数字を意識しながら仕事をしています。
営業であれば、今月の売上が気になる。WEBマーケティングの担当者ならサイトへの訪問数やコンバージョン数が気になる。人事であれば、新卒学生の応募者数や社員の離職率が気になる。
むしろ、数字をまったく意識しない人のほうが少ないでしょう。
これが経営者や管理職になれば、なおさらです。中長期的な経営計画から日々の予算管理やコスト管理まで、組織を運営するのに必要な物事はすべて数字をもとに動いているからです。
ただし実際に、どれだけの人が数字の本当の威力を理解し、それを仕事に活かせているか。そう問われたら、たちまち疑問符がつく人が大半ではないでしょうか。
そんな中、孫社長の数字へのこだわりは、他の経営者と比べても飛び抜けていました。
私も、米国ヤフーの幹部たちをはじめ、数々のグローバルリーダーの仕事を間近で見てきましたが、孫社長の数字への執着ぶりは間違いなく世界トップクラスだと確信しています。
そんな経営者のもとで働くのですから、ソフトバンクの社員たちも、当然ながら「数字で考え、数字で語ること」を求められます。
役員や管理職クラスはもちろん、現場の一般社員に至るまで、その方針は徹底されました。
日常の報連相でも、数字にもとづいて話さなければ相手にされない。それがソフトバンクのカルチャーです。
孫社長とのミーティングに呼ばれ、「これはなぜ前月比110%なんだ?」「130%に上げるにはどうすればいい?」「130%は難しい!? その根拠は?」と矢継ぎ早に問いつめられ、何も答えられずに退散していく幹部たちの姿を何度も目にしたことがあります。
とりわけ、社長室長として常に孫社長のそばにいた私には、情け容赦がありませんでした。
だからこそ私は、「何事も数字で考える」というビジネスの基本を、自分のものにすることができたのです。
孫社長は、なぜそれほどまで数字にこだわるのか。
それは、数値化することのメリットを、誰よりも知っているからです。
数値化する大きなメリットの一つは、「目標達成までに何をすべきか」という具体的なアクションが見えてくることです。
これは皆さんも、経験から何となく理解しているのではないでしょうか。
例えば「体重を減らしたい」と思っているだけでは、たいていダイエットは始められません。では、数値化するとどうでしょうか。
「3ヶ月後までに、6㎏やせる」
こうして数字に置き換えると、「1ヶ月ごとに2㎏、1週間ごとに500g減らせばいい」と即座にわかります。すると、「1週間で500gなら、夕食の量を少し控えるだけで達成できそうだ」などと、“やるべきこと”が具体化します。
こうして「次にとるべき具体的な行動」がわかれば、人は目標へ向かってスタートを切りやすくなります。
つまり、数値化することで、初めて人は動き出せるのです。
同時に、数値化にはモチベーションを高める効果もあります。
ダイエット中も、毎日体重を測定して記録するだけで、「目標まであと3㎏だから頑張ろう!」と思えるもの。数値化すれば、ゴールまでの達成度や自分が努力した結果が目に見えてわかるので、さらにやる気がアップします。
仕事やビジネスの問題解決においても、数値化は同様の効果を発揮します。
問題を数値化すれば、次にとるべきアクションが具体化し、解決に向けて動き出せます。
問題を数字に置き換えれば、現状を正しく把握し、問題の根本的な要因を明確にできるからです。
一見すると何が何やらわからないほどの大混乱に思える状況も、数値化すればその正体を明らかにし、必ず解決の道筋を見出すことができます。
ある企業の営業部では、売上がまったく伸びず悩んでいました。
アポを取るために人手を増やし、必死に電話をかけまくり、営業マンたちは夜遅くまで残業して外をかけ回りましたが、事態は好転しません。
相談を受けた私は、問題を数値化することにしました。
全体の売上や受注件数だけでなく、「新規顧客獲得数」や「受注継続率」の数字を出し、さらにこれらの数字を「エリア別」や「業種別」でも調べるよう指示したのです。
その結果、わかったのは次の二点でした。
・新規顧客の獲得数は伸びているが、二回目以降の受注継続率が低い
・美容業界の継続率が断トツで高く、その他の業界は総じて低い
これにより「現状」が正確に把握されたと同時に、「根本的な問題の要因」も明らかになりました。
問題の要因は、「せっかく獲得した新規顧客の多くに契約をすぐ打ち切られてしまうこと」と「受注を継続する見込みのない相手にまで営業をかけていること」にあるのは明らかです。
ここまでわかれば、次にやるべきこともわかります。
えは「美容業界への営業に集中する」です。
そこで営業担当者たちは、手当たり次第に電話をかけるのをやめ、見込みリストの中から美容業界だけに絞って営業をかけました。
すると新規顧客の大半がそれ以降も契約を継続してくれたため、累積の受注件数も順調に伸びて、全体の売上もアップしたのです。
このように、どれほど困難に思える問題も、数値化すれば解決の糸口がつかめます。
しかも、解決までの時間を一気に短縮できます。
だから孫社長はあれほど数字にこだわり、数値化の威力を存分に活用してきたのです。
ソフトバンクは創業以来、新たな分野に次々と進出してきました。
ソフトウエア販売に始まり、インターネット検索ポータル「Yahoo!JAPAN」を立ち上げ、ADSL事業に参入し、携帯電話事業を始めてiPhoneを独占販売し、Pepperの開発でロボット事業に乗り出す。10兆円規模の「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」を立ち上げ、世界中の有望ベンチャー企業に投資─。しかもこれらを、わずかな期間でやり遂げてきたのです。
経験もノウハウもない未知の分野に乗り出すのですから、当然あらゆる問題が発生します。
それでも急成長を続けてこられたのは、孫社長と社員たちが「問題の数値化」という技術を駆使して、他社の何倍、何十倍もスピーディーに解決してきたからに他なりません。
だからこそ、ゼロから創業した小さなベンチャー企業が、わずか三十五年ほどで時価総額10兆円規模の巨大企業へと進化できたのです。
ビジネスや仕事がうまくいっていない時は、たいていの場合いくつもの問題が同時に発生するものです。
売上は伸びないし、顧客からのクレームは増えるし、それに対応するために社員たちの残業は増えるし、そんな仕事に疲れて辞める人も続出する。まるで負が連鎖するように、あちこちで問題が火を噴く。そんな状況を経験したことがある人は少なくないでしょう。
しかし、すべての問題を一度に解決するのは現実的に不可能です。
問題解決のために使える人、時間、お金などのリソースには限りがあります。
よって、何から優先して着手するか決めなくてはいけません。
ところが、会議で解決策を議論しても、すんなりと意見が一つにまとまることはめったにありません。
ある人は「営業の人員を増やすべきだ」と主張し、ある人は「販促キャンペーンに力を入れたほうがいい」と譲らず、ある人は「クレーム対応の専門家を雇ったら?」と提案する。
全員がそれぞれの立場でものを言うので、結局話し合いは堂々巡りになりがちです。
あるいは、あまりに問題が多すぎて、どこから手をつけていいかわからず途方に暮れるしかないというケースもあるでしょう。
そんな時も、数値化が強い味方になります。
数値化すれば、「どの問題から着手すればいいか」という優先順位が明確になるからです。
私はソフトバンク時代、ADSL事業「Yahoo!BB」のコールセンターを統括する責任者を任されました。
このうち、業務案内を担当するコールセンターには、当時お客様から毎月100万件以上の電話がかかってきました。サービスに関する問い合わせから、ソフトバンクへのご意見やクレームまで内容は様々でしたが、いずれにしても数が多すぎます。
このままでは、業務コストやオペレーターの人件費はかさむ一方です。またそれ以上に問題だったのは、問い合わせの電話にきちんと対応できないことで、せっかく苦労して獲得した顧客が流出してしまう恐れがあることでした。私は早急に解決策を見つける必要に迫られました。
しかし、現場のスタッフにヒアリングをすると、人によって意見はバラバラでした。
「お客様がいちいちコールセンターに問い合わせなくてもわかるように、WEBサイトの『よくある質問』を充実させてほしい」
「申し込みを受け付ける代理店の営業が、もっと詳しく商品説明をすべきです」
「オペレーターの対応スキルを上げるため、研修に力を入れたらいいのでは?」
「いっそのこと、コールセンターの営業時間を短縮すればいいじゃないですか」
これではいくら意見を集めても、「何から着手すべきか?」の優先順位がつけられません。
そこで私は、コールセンターに寄せられた問い合わせやクレームの記録をすべてプリントアウトしてもらいました。
そしてスタッフにも手伝ってもらい、内容の種類別に分けてみたのです。
といっても、厳密に基準を作ったわけではなく、あくまでざっくりとした分類です。
ざっと目を通しながら、「これは『モデムの品質』に関することだな」「これは『操作方法』がわかりにくいってことかな」「これは『営業への苦情』だろう」といったように、大まかに分けていくだけで十分です。
「だいたい7種類くらいに分けてほしい」と頼んだので、最終的に私たちの目の前には7つの紙の山ができました。
そのうち2つは、他に比べて圧倒的に大きな山になりました。
パッと見ただけでも、この2つだけで全体の8割ほどを占めているのがわかります。
つまり、2つの問題を解決すれば、問題の8割は解決するということです。
これで、何から着手すべきかが明らかになりました。
優先順位をつける基準は、「解決すると効果が大きいものからやる」です。
この場合、大きな山になった2つの問題を解決することが何よりも優先されます。
それが「モデムの品質」なら、品質管理部門やモデムのメーカーに対応を依頼する。「操作方法」なら、取り扱い説明書やWEBサイトのFAQを改善する。「営業への苦情」なら、営業マニュアルを改善したり、代理店への指導体制を見直す。
このように、優先順位さえわかれば、具体的にやるべきことも決まってきます。
あとはスピード感を持って、解決策を実行すればいいだけです。
皆さんも「二:八の法則(パレートの法則)」という言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか。
これは「全体の8割は、2割の要素によって決まる」という法則で、問題解決に当てはめると「2割の問題を解決すれば、全体の8割は解決する」と言えます。
コールセンターのケースは、この法則がまさに該当します。
数値化したことで、「これを解決すれば効果が大きい」という二割をあぶり出すことが可能になりました。これにより、問題解決のスピードは一気に加速します。
どれから手をつけていいかわからないほど多種多様な問題が起こっている状況でも、最短最速で状況を改善し、成果を出すことができるのです。
数値化しなければ、「解決すると効果が大きい問題」を客観的に知ることは困難です。
私がコールセンターでヒアリングをした時の様子を見てもわかるように、人の意見というのは、どうしても主観的になるからです。
過去の成功体験からくる思い込みもあれば、部門間のしがらみもあるし、無意識のうちに自分の保身に走ってしまうこともあります。
人間の思考には、様々なバイアスがかかるものだということです。
だから数値化して客観的な事実を明らかにすると、「思いもよらなかったことが1番大きな問題だった」と判明することが少なくありません。
特に危険なのは、立場が上の人や声が大きい人の意見ばかりが通ってしまうことです。
先ほどの事例のように、「売上が伸びない」という問題が起こった時に、客観的な事実を誰も示せなかったらどうなるでしょうか。
長々と会議をした挙げ句、最後は組織のトップが「結局はやる気が足りないんだ。営業部はもっと気合いを入れて、足で稼いで来い!」と怒鳴って終わり、ということになりかねません。そうなれば、もはや周囲は何も言えません。それまでの議論もすべてムダになります。
どんなに的外れな提案や意見でも、従うしかありません。しかも永遠に問題は解決しないのです。これほど非生産的なことはないでしょう。こんな組織は、遅かれ早かれ、存続できなくなります。
一方、数字は誰にとっても絶対的な事実です。
それを示すのが社長だろうが、新入社員だろうが、関係ありません。
数字の「1」は、すべての人にとって「1」です。どんなに偉くて声が大きい人でも、その事実を変えることはできません。孫社長が数字にこだわるのも、これが理由です。
世間の人たちは、孫社長が何でも自分の意見を通すワンマン経営者だと思っているかもしれません。でも、実際はむしろ逆です。
相手が部下や若手社員だろうと、初めて会う取引先の人間だろうと、それが正しい考えだと思えば、自分の意見と違っていても受け入れます。
相手のポジションや立場はまったく関係ありません。
では、何をもって正しいと判断するか。それが「数字」なのです。
孫社長は、人の意見やアイデアを「良い悪い」「好き嫌い」などの主観では判断しません。「これなら結果が出る」と数字で客観的に示せるならOK、示せないなら却下するまでです。
これほど思考がフラットだからこそ、どんなに大きな問題が目の前にあっても、最良の解決策を選択し、最速で実行できるのです。
一方、日本企業の多くは、上の人が言えば、「白いものも黒くなる」という文化です。
だから「上の人がそう言っているから」というだけで、思考停止してしまうのです。
しかしそれでは、現在の日本企業が抱えている様々な問題は解決できないし、変化の時代を生き抜くだけの競争力をつけることもできません。
この低成長から脱却するためには、誰もが当たり前のように数字で思考し、数字で語ることが求められているのです。
数値化すれば、根拠もなしに立場が上の人や声が大きい人の意見は通せなくなる。
これは裏を返せば、今まで声を上げられなかった現場の人や若手社員が自分の意見を通し、上の人間を動かせるということです。
前述した「Yahoo!BB」のコールセンターのケースでも、数字がものを言いました。
コールセンターに寄せられた問い合わせを分類した結果、モデムの品質に関するクレームが多いと判明したため、私はさらに深く原因を探ってみたのです。
分析の結果、モデムに関するクレームを減らせば、コールセンターへのコール発生率は5%から4%に減らせるとわかりました。1コールあたりのコストから換算すると、コール発生率が1%減れば、毎月4000万円のコストを削減できます。
私はこれらの数字を盛り込んだレポートを経営陣に提出し、解決策としてモデムのメーカーに改良を要請するよう求めたところ、すぐに実行してもらうことができました。
これが「モデムに関するクレームが多いので、何とかしてほしい」と頼んだだけだったら、上は動いてくれなかったでしょう。しかし、数字という客観的な事実をもとに、「この問題を解決すれば、会社の経営にとってこれだけ大きなメリットがある」と示すことができれば、上の立場の人間も納得し、自ら動いてくれます。要するに、「数字=お金に換算しなければ、上は自分たちの問題として認識してくれない」のです。
現場で起こっている問題をそのまま持っていっても、「それは現場で解決しろ」と言われるだけ。上に当事者意識を持たせ、重い腰を上げさせるには、「うちの会社はこんなにお金を損していますよ」と事実を突きつけるしかありません。
そうしなければ、いつまで経っても根本的な問題は解決されず、問題の矢面に立たされる現場の社員ばかりが苦労し、疲弊することになります。現場で問題に直面している一般社員や若手社員こそ、数値化のテクニックを駆使するべきなのです。
「この問題解決のために投資すれば、これだけ利益が上がる」と数字を示すのが上を説得る最も効果的な方法であり、下が上を動かす大きな武器になることを知っておきましょう。
- 著者
- 三木 雄信
- 出版日
この記事は2022年1月15日に刊行された『【新書版】孫社長にたたきこまれた「数値化」仕事術』の一部を再編集したものです。
本著を読むと数値化がなぜ大切なのか、数字にまつわる理論や戦略に理解が深まります。さらには具体的にどのようにデータ分析をすればいいのか、エクセルなどの便利なツールの使いこなし方まで解説しています。数字に苦手意識のある方も、より得意になりたいという方も、ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。