国語の教科書のトラウマ!5分でわかるネタバレあらすじ解説 山川方夫『夏の葬列』

更新:2024.1.21

皆さんは国語の教科書に載っていた山川方夫『夏の葬列』をご存知ですか?感受性の鋭敏な学生の頃に読んで、トラウマを刻まれた方も多いのではないでしょうか。 今回は戦争の悲劇を描いた山川方夫の名作短編、『夏の葬列』のあらすじや魅力をネタバレありで紹介していきます。

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『夏の葬列』の簡単な登場人物・あらすじ紹介(ネタバレあり)

戦後、田舎町の駅に降りた主人公。のどかな田園風景を懐かしく見回し、真夏の太陽が強く照り付ける道を歩きながら、子供時代の記憶を回想します。

戦時中、彼はこの町に疎開していました。

なだらかな丘にさしかかった主人公は、うなだれ歩く喪服の葬列を目撃します。葬列を見た主人公の脳裏に過ぎるのは、子供時代に仲が良かった二年上級の女子・ヒロ子さんの面影でした。

主人公の他に東京から来た疎開児童はヒロ子さんだけ。

二人はあっというまに親しくなり、ヒロ子さんは気弱な主人公を常に気にかけ、いじめっ子から守ってくれました。主人公も面倒見の良いヒロ子さんを慕い、実の姉のように甘えます。

ある夏の日、ヒロ子さんと一緒に下校していた主人公は葬列を見かけます。都会では目にしない葬列を珍しがる主人公に、ヒロ子さんは「田舎ではああするのよ」と伝えました。

お悔やみを言えばあんこが入ったお饅頭がもらえると教わり、好奇心と食い意地に負けて走り出した主人公。その時米軍の戦闘機が上空に現われ、機銃掃射を行いました。

ヒロ子さんは身を挺し主人公を庇うも、彼女が着ていたのは爆撃の格好の的になる真っ白な服。パニックに陥った主人公は「あっちへいけ!」とヒロ子さんを突き飛ばし、自分だけ畑に転がり込みます。

しばらくのち顔を上げると、下半身に大怪我を負い、ワンピースを真っ赤に染めたヒロ子さんが倒れていました。

その翌日に戦争が終わり、主人公はヒロ子さんの安否を確認しないまま東京へ帰って行きます。

十数年後、主人公は再び疎開先を訪れました。

あの日と同じ葬列に行き会ったのはただの偶然だろうか?

ぼんやり佇む主人公は、先頭の人物が掲げた遺影に映っているのが老いたヒロ子さんだと気付き、彼女がごく最近まで生存していたことを確信しました。

良かった、自分は人殺しじゃなかったのだと喜んだ主人公は、葬列に並んだ地元の少年を呼び止め詳しい事情を聞きます。

そこで明らかになったのは、この葬列がヒロ子さんの母親のものであるということ。終戦の前日に娘を失った母親は哀れにも気が狂い、川に飛び込んで自殺したそうです。

ああ、俺は二人の人間を殺してしまったのだ……。

ヒロ子さんとヒロ子さんの母親を殺めた罪の意識を背負い、主人公は静かにその場を去っていきます。

著者
山川 方夫
出版日

『夏の葬列』はどこがトラウマ?鬱要素を徹底解剖

山川方夫(やまかわ・まさお)は僅か34歳で早逝した小説家です。とりわけショートショートで活躍し、『夏の葬列』は国語の教科書にも取り上げられています。

父親は日本画家の山川秀峰

著者
["山川 方夫", "日下 三蔵"]
出版日

『夏の葬列』は戦後、サラリーマンの青年が関東近郊の田舎町を訪れ、子供時代の追憶に耽るシーンから幕を開けます。幼い日の思い出を辿るように田舎道を歩いていた主人公は、なだらかな丘の途中で喪服の人々が連なる葬列を見かけ、幼馴染のヒロ子さんの面影を想起しました。

ヒロ子さんは主人公の疎開仲間で二学年上の五年生。ひ弱で内気な主人公を庇い、よく世話をしてくれた憧れのお姉さんでした。

『夏の葬列』でまず注目してほしいのは鮮やかな情景描写の数々。物語は駅前の鄙びたアーケード街から始まり、ジャガイモの葉が青々と茂る畑、青空に映える入道雲、喪服の葬列を映していきます。

極め付けがヒロ子さんの服装。

当時のヒロ子さんは真っ白なワンピースを纏っており、これがのちに起こる悲劇の原因になります。

幼い頃、優しいお姉さんに憧れた経験は誰しもあるのではないでしょうか。小学三年生の主人公にとって、ヒロ子さんは淡い初恋の相手だったのかもしれません。

ヒロ子さんと過ごす幸福な日々は突如として終止符が打たれます。

十数年前、ヒロ子さんと下校していた主人公は葬列を目撃。「挨拶すれば本物のあんこが入ったおまんじゅうをもらえるのよ」と教えられ、脇目もふらず駆け寄った瞬間、米軍の戦闘機が機銃掃射を仕掛けてきました。

この急転直下の落差が衝撃的。直前までの微笑ましいやりとりが一変、阿鼻叫喚の地獄と化すのです。ヒロ子さんは主人公を庇おうと駆け寄るものの、一際映える白いワンピースが仇となり、戦闘機に狙いを付けられました。

主人公は巻き込まれてはたまらないとヒロ子さんを突き飛ばし、彼女は下半身に重傷を負い、生死の境をさまようことに。

これだけで十分悲劇的ですが、さらにやりきれないのは翌日終戦を迎えたこと。もしあの日葬列を見かけていなければ、主人公が饅頭欲しさに駆け寄ってさえいなければ、ヒロ子さんは助かったかもしれないのです。

『夏の葬列』が鬱小説と名高いのは、短編にもかかわらず、上げては落とす展開が二重三重に仕込まれている点。

十数年ぶりに疎開先を訪れた主人公は、自分が行き会ったのがヒロ子さんの葬列だと勘違いし、彼女が戦後も生き延びていた事に安堵します。しかし実際はヒロ子さんの母親の葬列だと判明。

最愛の娘を失ったショックで心を病んだ母親が、十数年の懊悩の末川に飛び込んで命を絶ったと知った主人公は、ヒロ子さん親子を殺した罪から逃れられないと悟って町を去っていきました。

本作で描写されるのは、保身に走る主人公の身勝手さ。

主人公を助けるべく駆け寄ったヒロ子さんの勇敢さと対照的に、自分が助かりたい一心でヒロ子さんを見捨て、その後十数年連絡もとらずにいた主人公の狡さと愚かさがとても人間臭く描かれています。

葬列の少年を呼び止めた理由も輪をかけて身勝手なもので、この時の主人公は、自分が関与しない場所で起きたヒロ子さんの死を喜んでいるのです。

遺影を見た時点で引き返していれば、主人公は残酷な真実を知らず、長年の罪の意識から解放されたかもしれません。

全ては墓穴を掘った主人公の自業自得……『夏の葬列』は自分の行いから逃げてきた男が過去に復讐される物語であり、不幸の連鎖に取り込まれた人間の、エゴイスティックな弱さが凝縮されているのです。

葬列に興味を示すきっかけが葬式まんじゅうというのも、戦時中の子供たちのひもじさを物語るようで胸が痛みますね。

主人公が大学を出て就職し、サラリーマンになるまでの十数年間、ヒロ子さんの母親の時間は止まっていました。ヒロ子さんの死を過去のものとしていた主人公の負い目と、過去に囚われ最終的に死を選んだ母の悲哀が、二度目の葬列で暴かれるのです。

著者
山川 方夫
出版日

『夏の葬列』を読んだ人におすすめの本

山川方夫『夏の葬列』を読んだ人には道尾秀介『向日葵の咲かない夏』がおすすめです。

『向日葵の咲かない夏』の主人公は小学生の「僕」。

夏休み目前の終業式の日、担任に頼まれ学校を休んだ友人・S君の家を訪れた「僕」は、S君の首吊り死体を発見します。その一週間後、S君は蜘蛛に生まれ変わり「自分は殺されたんだと」と告発し……。

夏を舞台にしたイヤミスの代表格で、後味の悪さが印象的です。

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著者
道尾 秀介
出版日
2008-07-29

あまんきみこ『ちいちゃんのかげおくり』も、戦争を舞台にした児童文学の名作です。国語の教科書に載っているので、読んだ方も多そうですね。

空襲の夜、家族とはぐれた女の子・ちいちゃんが独りぽっちで燃え上がる街を徘徊する光景には胸が詰まりました。『夏の葬列』とは別の切り口から戦争の悲惨さを切り取った、大人から子供まで引き込まれる絵本です。

『ちいちゃんのかげおくり』から学ぶ戦争の怖さ。ちいちゃんの死因などを解説

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「かげおくり」とは、影法師をじっと見つめて10数え、その後すぐ空を見上げると、影が空に映って見えるという遊びです。ちいちゃんとおにいちゃん、おかあさん、おとうさんは4人で「かげおくり」をします。 翌日、おとうさんは戦争へと向かいました。家族3人の暮らしが始まった夏、ちいちゃんは空襲に遭います。悲惨な戦争に消えた、小さな命の物語です。

著者
あまん きみこ
出版日
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