マックス・ウェーバーは、社会学の創設者の一人です。彼が作った理論や概念は今日でも多くの学問で引用、応用されています。 私たちが当たり前に思っている概念(支配や合理化、資本主義や官僚制、カリスマなど)について、ウェーバーは社会学的方法で厳密に分析し、独自の理論を多数提唱しました。 また同時に学問における、価値判断と客観性の問題にも取り組み、社会科学者としての自覚と責任を説いています。 今回の記事では、ウェーバーの生涯について紹介したいと思います。

ウェーバーは1864年、ドイツのエアフルトで生まれました。両親とも「名家」の出身で、由緒あるお金持ちの家でした。ウェーバー自身もお城のような家(御殿)で生活しています。
12歳のときにマキャヴェリの『君主論』を読破。哲学書ではスピノザ、ショーペンハウエル、カントに進む、という早熟ぶりを見せています。
1882年、18歳のときにハイデンベルク大学に入学。法学、経済学を専攻します。大学在学中に従姉妹のエミーと両想いになり、文通を繰り返しますが、結婚は実現しませんでした。
ウェーバーはかなりの秀才だったようで、28歳でベルリン大学の教授になります。
1893年、29歳で結婚。
翌年(1894年)には、フライブルク大学の経済学教授に就任しました。お金持ちの名家、若くして大学教授、そして綺麗な奥様…。
文句のない人生であると言えるでしょう。
ウェーバーは猛烈に実績を積み上げていきます。
神経質な性格だったようで、授業も完璧主義で臨みました。当時の大学教授は週19時間の授業が設定されているため、授業の準備は本当に大変でした。
ウェーバーは毎日夜中の1時頃まで授業の準備をしていました。心配した奥さんが「早く寝たら」と言うと「毎日これぐらい勉強しない人間には、大学教授はつとまらない」と答えたそうです。
授業の準備だけではなく、ウェーバーは論文も多く執筆し、学者としての成果(地位)をあげていきます。
アダム・スミスやカントを見ると、大学教授としての研究が進むかどうかは、授業時間などの負担とあまり関係ないことが分かります。優秀な教授は忙しくても成果を出すし、無能な人はいくら時間があっても何もしないのです。
ウェーバーは『職業としての学問』という本を書きました。人文社会系の学生に向けた、必読文献リストのなかに必ず入っています。この本のなかで、ウェーバーは以下のようなことを言っています。
「古文書のなかに存在するひとつの言葉、この言葉をどう解釈するか、そこに自分の全存在が賭けられている。こういうふうに考えられる人間だけが学者の道を選べばよい。そう考えることのできない人間はやめたほうがいい。学者になることが別に偉いわけではない。それは人間の気質の問題である」
かなり辛辣な意見ですが、さらに続けます。
「あなたが学者を目指して勉強して大学教授のポストを獲得するためには、幸運も必要である。加えてコネも重要。頭脳の優秀な人物だからといって、ポストが早く転がり込んでくるわけではない。同じ研究室にいる仲間たち、場合によっては、あなたよりも先に頭の悪い人間が職を手に入れるかもしれない。そういう状況に我慢できなければ、学者にはなれないだろう」
日本でも学者(研究者)になるために。ウェーバーの、能力よりも教授に気に入られる必要がありますが、ドイツでも状況はそれほど変わらないようです。
順風満帆に見えるウェーバーの人生ですが、1897年に父親が亡くなると、少しずつ歯車が乱れ始めます。経済的ではなく、ウェーバーの精神状態がおかしくなります。このとき33歳でした。
ウェーバーと父親は仲が悪かったそうです。デカルトの状況と似ているかもしれません。ウェーバーの父親は法律家で、国会議員も務めていました。あるときウェーバーは家族の前で、父親を激しく非難しています。しかし、いざ父親が亡くなると、父を非難したことを後悔するように…。
神経質な性格であるウェーバーは、完璧主義でもあったため必要以上に自分を責めたようです。そのためウェーバーはある種の精神病になってしまいます。
眠れない、食欲もない…。
極度の憂鬱状態が続き、どんどん落ち込んでいきます。大学での授業中に、鬱のような状態になり、教壇でただ黙ったまま立ち尽くすこともありました。何も喋ることができず、最終的には立っていることも難しかったようです。
精神病にかかるような体質(原因)が、ウェーバーにはもともとあったのかもしれません。親子の関係が悪い家庭など探せばいくらでもいます。だからといって皆が精神病になるわけではありません。ウェーバーの場合、父親の死によって精神病が引き出されてしまったのでしょう。
大学の授業を続けることができなくなったウェーバーですが、親の遺産があるため生活には困りません。1903年まで大学の仕事を休職し、社会学や宗教史の研究を進めました。
その研究方法はとても厳格で、自分の部屋に閉じこもって書物や資料を読み漁り、一日中タイプライターを打ち込んでいたそうです。その打ち込む音が隣室にいた、妻マリアンヌにも聞こえるほどでした。
1904年から1905年にかけてアメリカを訪問し、シカゴ大学やコロンビア大学で講演を行っています。このときニューヨーク証券取引所やシカゴの食肉加工場などを見学し、アメリカの資本主義社会に強い印象を受けています。
形式的には大学に籍を置いていましたが、実質的には退職のような状況でした。ウェーバーの病気は浮き沈みを繰り返します。気分が落ち込むと外国旅行に行ったそうです。一時的に持ち直して、仕事をしたようですが、ウェーバーは死ぬまで病気に苦しむことになります。
ウェーバーが生きた時代には、第一次世界大戦(1914年)がありました。1918年にはドイツ革命が起き、ドイツは帝政から共和国になります。
社会の動向に関心があったウェーバーは、このときドイツ社会民主党やドイツ国民党の顧問を務めています。しかし、ウェーバーは自分自身を「政治的なドン・キホーテ」と評するほど、政治家としては不器用だったようです。自分の意見を押し通そうとして周囲と対立したり、政治的な妥協や決断ができませんでした。
この経験から社会に深く立ち入ることはしなくなります。積極的に政治に関わるわけでもなく、革命を後押しするわけでもない。良い意味でも悪い意味でも、典型的な学者であり、その点はマルクスと似ています。
1929年、ウェーバーは56歳で亡くなります。死因は肺炎でした。このあと登場するナチスの時代を見ないで済んだことは、幸いだったかもしれません。
野口雅弘(2020)『マックス・ウェーバー − 近代と格闘した思想家』中央公論新社
- 著者
- 野口 雅弘
- 出版日
政治学、経済学、社会学など多方面にわたって活躍した、ドイツの哲学者(社会学者)マックス・ウェーバーの生涯と思想を紹介する入門書です。著者の野口雅弘先生は、ウェーバー研究の第一人者であり、ウェーバーの文化社会学や政治理論に精通しています。ウェーバーがどのようにして資本主義や近代社会の特徴を分析し、合理性や官僚制というキーワードを提供したのか、本書では明確に説明されています。さらに、ウェーバーが日本の知識人に与えた影響についても触れられており、彼の思想が現代にも通じる普遍的なメッセージを持っていることが示されています。ウェーバーの没後100年という節目にあたって出版されたものであり、彼の遺産に改めて向き合う機会を提供してくれます。ウェーバーに興味のある人はもちろん、近代社会や現代社会について考える人にもおすすめの一冊です。
今野元(2020)『マックス・ヴェーバー− 主体的人間の悲喜劇』岩波書店
- 著者
- 今野 元
- 出版日
ヴェーバーの伝記を含んだ、入門書になるのが本書です。著者の今野元先生はヴェーバー研究の権威であり、彼の多方面にわたる著作や政治的発言をわかりやすく解説しています。また本書ではヴェーバーの生涯についても詳細に語られており、彼の人格形成や思想の変遷を理解する上で参考になります。特に印象的なのは、ヴェーバーの推察力です。アメリカ旅行で見た資本主義社会の空虚さや、ロシア革命で起こった社会主義の危険性を、ウェーバーは指摘しています。多くの知識人が社会主義に希望を抱いていた時代、どちらの立場にも与しない、ウェーバーの思想の深さを垣間見ることができます。ヴェーバーの姿勢は、情報が錯綜する現代社会でも参考になるでしょう。ヴェーバーの思想だけでなく、彼の人生を知るうえでも最適な一冊になっています。
マックス・ヴェーバー(2012)『権力と支配』(濱嶋朗訳)講談社
- 著者
- ["マックス・ウェーバー", "濱嶋 朗"]
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ヴェーバーの代表作の一つです。ヴェーバーは支配について考察しています。「支配とは何か」「どのような正当性に基づいて行われるのか」「どのような形態をとるのか」「どのような影響を及ぼすのか」という問題を、権力という視点から分析しています。ウェーバーは、支配を3つの型に分類します。「合法的・伝統的・カリスマ的」になり、それぞれの特徴や変容を分析しました。ヴェーバーの支配論は、近代社会や資本主義社会を理解するための重要な概念になります。
たとえば支配論のなかで、ヴェーバーが取り上げる「カリスマ的支配」は深い示唆を与えてくれます。芸能人が選挙に立候補するのは、カリスマ的支配の一形態であり、現代社会でも見られる現象です。カリスマ的な指導者が死去したあと、その遺産は失われず、そのまま制度化することがあります。ヴェーバーによるとカリスマ的支配は、非日常的かつ非合理的なものです。しかし、それが日常化(継続)するときに合法的、伝統的な要素が加わると説明しています。カリスマが世襲によって伝統化されるケースとしては、まさに日本の天皇があてはまります。
このようにヴェーバーの支配論は、人間社会における権力や支配のメカニズムを考える上でとても参考になります。社会科学の方法論や価値観にも影響を与えた、ヴェーバーの核心を把握するための一冊としてオススメです。