明治から昭和にかけ活躍した童話作家・小川未明。日本のアンデルセンの異名をとる彼が生み出した童話の多くは、欲望に抗えない人間の弱さや愚かさ、儚さを描き、現代の人々にも感動を与えています。 今回はそんな小川未明の不朽の代表作、『赤い蝋燭と人魚』のあらすじや魅力をネタバレ解説していきます。
舞台となるのは山の上に有難いお宮を擁する北海の港町。
ある月の晩、この町を望む岩の上で若い女の人魚が休んでいました。人間たちが住む町を眺めながら、人魚は孤独な身の上を嘆きます。実は彼女は身ごもっていました。
せめてこれから生まれてくる子供には自分と同じ、辛く寂しい思いをさせたくない。
優しい人間たちに囲まれ、幸せに育ってほしい。
陸の暮らしに憧れてやまない人魚は、子供に美しい世界を見せたいと願い、神社の石段の下に産み落とします。
一方その頃、港町で蠟燭屋を営む老夫婦の妻は、山の上のお宮にお参りにでかけました。帰り道、下半身が魚の女の赤ん坊を拾った妻は、大事な授かり物としてこの子を育てる事にします。
長年子供に恵まれずにいた老夫婦は、人魚の娘を大変可愛がりました。その器量は評判を呼び、娘の美貌を一目見に野次馬たちが押しかけます。しかし娘は恥ずかしがり屋な為滅多に外に出ず、部屋にこもって義父の仕事を手伝うのを選びました。
人魚の娘はとても絵が上手で、義父がこしらえた蝋燭に綺麗な貝殻や魚、海草の絵を描き込みました。彼女が絵を描いた蝋燭は飛ぶように売れ、これをお宮に供えると決して船が沈まないと噂になります。
すると町の外からも大勢の人間が蝋燭を買い求めに訪れ、老夫婦の店は大繁盛。二人が喜ぶならと娘は手が痛むのを我慢し、毎日絵を描き続けます。
ある時南の国の香具師がやってきて、娘を買いたいと申し出ました。最初は「神様からの授かり物だから」と渋っていた老夫婦も、香具師が提示する大金に目が眩み、最後には娘を売る事を了承します。
娘が泣いて抵抗しても聞き入れません。
気の毒な娘は部屋に閉じこもり、蝋燭に絵を描き続ける事で恭順を訴えますが、物欲の権化と成り果てた老夫婦に改心は望めません。そして約束の日、香具師は猛獣用の檻に娘を入れ、船で沖合に連れ去ってしまいました。
娘が攫われた空っぽの部屋には、絵を描くのを中断させられた、赤い蝋燭がニ・三本転がっているだけでした。
後日、蝋燭屋を夜分遅くに濡れ髪の女が訪れました。老夫婦に渡された赤い蝋燭を見るなり黙り込み、それを買って帰りました。後でよくよく確かめた所、女が支払ったお金は貝殻だと判明します。
以来山の上のお宮に赤い蝋燭が灯ると海は荒れに荒れ、必ず船が難破しました。老夫婦は神様の罰が当たったと恐れて店を畳み、嘗て沢山の人が詣でたお宮はすっかり寂れ、町は数年もたずに滅んでしまったそうです。
- 著者
- 小川 未明
- 出版日
- 2002-01-01
『赤い蝋燭と人魚』は童話作家・小川未明の代表作といわれています。彼が世に送り出した童話は青空文庫で無料公開されており、大人から子供まで気軽に親しめます。
ペンネームの名付け親は同時代の文豪・坪内逍遥で、未明は「びめい」と呼びます。
小川未明の作風の最大の特徴は、人間の心の機微や儚い運命を描き、哀切な余韻を残すこと。ハッピーエンドを迎える作品もありますが、同じ位サッドエンドで幕を閉じる話も多いです。
『赤い蝋燭と人魚』の老夫婦は最初から血も涙もない悪人ではありませんでした。むしろ善良な人間です。信心深くお宮に詣で、異形の赤ん坊を愛情深く育て上げ、「神様からの授かり物だ」と慈しんだことからも心根の正しさが窺えますね。
そんな彼等が何故、義理の娘を香具師に売り飛ばす鬼畜に豹変したのか。
結論から言えば、それは金のせいです。
人魚の娘を養子に迎えた蝋燭屋は繁盛し、彼女が美しい絵を描いた蝋燭は飛ぶように売れていきます。最初のうちは優しかった老夫婦も、店が大きくなるに伴い、思いやりを忘れていきます。
決定打は見世物小屋の香具師の登場でした。
彼は人魚の娘を有力な「商品」……即ちただの「物」と見なし、大金と引き換えに売ってくれと老夫婦に交渉。老夫婦は無体な取引に応じ、「どうかそれだけは」と泣いて縋る娘を手放します。
腰から上は普通の人間と変わらない娘が、熊や虎を入れる檻に押し込められるシーンは胸が痛みます。
『赤い蝋燭と人魚』は人間の弱さと愚かさがもたらす悲劇を描いた話です。老夫婦が善悪両方の二面性を持っているのと対照的に、人魚の娘は一方的に搾取される犠牲者として描かれます。
終盤店を訪れた女の正体は明言されないものの、産みの親が復讐にきた、と読者は直感するはずです。老婆がさしだす赤い蝋燭をじっと見詰め、彼女は何を想ったでしょうか?
愛する娘を人に委ねた選択を後悔したでしょうか。
人間に幻滅したでしょうか。
娘がその後どうなったかは語られず、我々は想像するしかありません。願わくば母の手引きで難破船から脱出し、親子仲良く海の底で暮らしていてほしいものです。
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- 著者
- ["小川 未明", "柊 有花", "小埜 裕二"]
- 出版日
小川未明の異名の由来となったのがデンマーク出身の世界的童話作家、ハンス・クリスチャン・アンデルセン。『みにくいアヒルの子』『マッチ売りの少女』『雪の女王』など、子供の頃に読んだ人は多そうですね。
『赤い蝋燭と人魚』もまた、アンデルセンの『人魚姫』のオマージュと解釈できます。『人魚姫』は人間の王子に恋した魚姫が、海の魔女が作った薬を飲み、人間となって彼に会いに行く話です。
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- 著者
- アンデルセン
- 出版日
- 2007-06-26
- 著者
- ["ハンス・クリスチャン アンデルセン", "イブ・スパング オルセン", "Hans Christian Andersen", "Ib Spang Olsen", "大塚 勇三"]
- 出版日
さて、『赤い蝋燭と人魚』と『人魚姫』はどちらがより悲劇でしょうか?
『人魚姫』の王子は海で溺れたところを人魚姫に助けられ、砂浜へと運ばれます。そこで介抱してくれた若い娘に心を寄せるものの、彼女は生涯神に仕える身の修道女であり、どうすることもできませんでした。
したがって「僕が結婚するなら、命の恩人に似た君だ」と人間に化けた人魚姫を可愛がります。
ところが後日、衝撃の事実が判明します。王子が修道女だと思っていたのは、実は隣の国のお姫様であり、花嫁修業の為に修道院で暮らしていたに過ぎなかったのです。
すると王子はあっさり婚約を反故にし、隣の国のお姫様にプロポーズするではありませんか。
養い子を金儲けの道具にした『赤い蝋燭と人魚』の老夫婦と、一度は結婚の約束をしておきながら本命が現れるや心変わりし、「お前も僕の幸せを喜んでくれるよね」とぬけぬけ言い出す王子。どちらも身勝手ですね。
されどご安心ください、原典の『人魚姫』には救済が用意されています。
恋に破れた人魚姫が泡となりただ消える、哀しい話ではないのです。
「王子を殺せば人魚に戻れる」と思い詰め、一旦はナイフを掴んだ人魚姫。しかし愛する人を殺す事はできず、海に飛び込んで泡になります。
その後人魚姫は風の精に生まれ変わって浮上し、哀しげに海を見詰め、自分を悼む王子と花嫁の姿を目にしました。愛する人と添い遂げる願いこそ叶いませんでしたが、人魚姫の不幸は報われたのです。
誤解している方も多いですが、『人魚姫』には悪人が登場しません。海の魔女にしたところで人間に変身する方法を伝授しただけで、事前にきちんと警告しているのですから、むしろ善意のアドバイザーといえます。
王子の妃も憎き恋敵にあらず、人魚姫亡きあとに彼女を悼む、優しい心を持っていました。
一方、『赤い蝋燭と人魚』は悪人の割合の方が高いです。
養い親に身を粉にして尽くす人魚の娘のいじらしさ、我が子の幸せを祈るが故に手放した人魚の切なさが強調されればされるほど、金儲けで頭が一杯の老夫婦や香具師のエゴイズム、娘の苦労を想像だにしない客たちの身勝手さが浮き彫りになり、やりきれない想いが募っていきます。
小川未明の『赤い蝋燭と人魚』を名作足らしめているのは、あえて余白を残し物語を閉じるスタイルと、ある意味でアンデルセンよりシビアな世界観かもしれません。
- 著者
- 小川 未明
- 出版日
- 著者
- 小川 未明
- 出版日