ジョン・スチュアート・ミルは、19世紀イギリスを代表する思想家の1人です。 ベンサムから続く功利主義の伝統を受け継ぎ、自由主義思想を発展させたことで知られています。 父ジェームズ・ミルの教育方針のもと、幼少期から知的教養を身につけました。 成人したあとは東インド会社で働きながら、多岐にわたる分野で執筆活動を行いました。 代表作として、『自由論』や『経済学原理』などが挙げられます。 今回はJ・S・ミルの少し変わった人生を紹介したいと思います。

ジョン・スチュアート・ミルは、1806年の5月にロンドンで生まれ、1873年に南フランスのアヴィニョンで亡くなりました。彼は19世紀、イギリスが世界の覇者として君臨していた時代に活躍した哲学者でした。
19世紀はイギリスの時代であり、大英帝国の全盛期でもありました。経済は成長し、イギリスは「世界の工場」と呼ばれるのです。それに伴って、資本家や市民の影響力も強くなります。今までの貴族や地主を中心とした、政治体制の改革が求められたのです。その改革のなかでも、大きな焦点となったのは選挙権の拡大でした。
この時代のイギリスには「哲学的急進派」と呼ばれるグループが存在していました。ベンサムの功利主義を信奉する知識人たちによってグループは構成されており、彼らは「最大多数の最大幸福」というスローガンを掲げ、イギリスの社会と政治の改革を訴えていたのです。このグループの中心人物となっていたのは、ジョン・スチュアート・ミルのお父さんであるジェームズ・ミルでした。
ミルは父親から英才教育を受けています。学校には通わず、父親から直接教えを受けました。近所の子どもたちと遊ぶことも禁じられ、3歳の頃からラテン語、ギリシア語、数学、哲学、経済学を教え込まれました。驚異的な天才で、12歳でプラトンの原書(ギリシア語)を読破したそうです。自宅がそのまま学校であり、朝から晩まで24時間勉強に励む日々が続きました。
お母さんはどうしていたのでしょうか。家事以外には何もしていませんでした。父親のミルは教養と知性のない妻を軽蔑しており、妻も夫を尊敬することはありませんでした。ミル家はそういう家庭だったのです。夫婦ともに結婚したことを後悔していたようでした。
「わたしは愛情のない、恐怖の状態の中で成長した」とミルは『自伝』で書いています。しかし彼は「これは珍しいことではなく、家庭に愛情がないのはイギリスの家庭ではどこでもそうで、当然のことだ」とも記しています。
このような家庭環境でしたが、ミルの知識は異常に伸びました。16歳の頃には、すでに政治評論を雑誌に発表していたのです。しかし、このような子ども時代はどこかおかしな部分がありました。
そのせいか、20歳になったミルは精神的に不安定となりました。彼は「自分は『人造人間』ではないか」という思いが強くなったのです。このような感情も、彼の特殊な子ども時代を考えれば当然のことだったのかもしれません。このときミルは、詩を書くことでなんとか気を紛らわせていたようです。
精神的な危機を何とか乗り越えたミルは、今度は思い切った行動に出ました。それはハリエット・テイラー夫人との出会いで、この出会いがミルの人生を大きく変えたのです。
1830年、ミルは24歳で、ハリエットは23歳でした。しかしハリエットはすでに人妻で、夫は成功した実業家でした。ミルと出会ったとき、彼女はすでに2人の子どもの母親で、またお腹には長女がいました。ミルとハリエットはお互いに一目惚れし、付き合いを始めました。
しかし彼女には夫がいたので、当然ながら騒ぎになり、世間の噂にもなりました。ミルの父親は激怒し、友人たちも「やめておけ」と忠告しました。しかしミルもハリエットもひるみませんでした。ミルは父親を無視し、非難する友人との関係を断ち切りました。「私は私だ、親父のロボットではない」という感じでしょうか。フロイトが喜びそうなテーマでした。
ハリエットの夫も当然怒り心頭でした。しかし何が理由なのか、夫はミルとハリエットとの交際を黙認しています。
離婚はせず、世間的には夫婦であるという形で折り合いました。少しおかしな関係でした。
おかしな話はまだあります。ミルとハリエットはいわゆる不倫の関係でしたが、性的関係はまったくなかったという話なのです。ハリエットはセックスを嫌悪したそうです。彼女は写真で見ると知的で意志の強そうな人で、女性の権利拡張を唱え、社会主義にも接近しました。ミルはハリエットを女神のように崇拝し、「ハリエットは私の想像力の源泉だ」と書いていました。
もっとも、ハリエットが本当にどういう人であったのか、人によって評価はさまざまでした。
ハリエットの夫ジョン・テイラーは1849年にガンで亡くなりました。その数年後の1851年、ミルはハリエットと結婚しました。結婚といっても、ハリエットの2人の子ども(次男と長女ヘレン)が証人となり、市役所に届けを提出しただけのことでした。
この結婚をミルは自分の母親にも、自分の8人の兄弟にも知らせませんでした。このとき父のミルはすでに亡くなっています。そのため兄弟たちと大げんかとなりました。結婚後、ミルは母親や兄弟たちとの関係も断ってしまったのです。
ロンドンの郊外に転居し、社交界との関係も終わりにしました。そして、ハリエットとの2人だけの生活に入りました。この時、ミルは45歳、ハリエットは44歳でした。
ミルの生計についてですが、彼はイギリス東インド会社で働いていました。この東インド会社は、普通の会社ではありませんでした。イギリスの「帝国主義」を象徴するような会社で、東アジア、中国やインド地域の貿易への独占権、その地域の支配権を持っていたのです。ヴィクトリア女王から特権を与えられた会社であり、ただの会社というよりも、独立の政治権力でした。「セポイ」と呼ばれるインド人傭兵の軍隊も持っていました。
ミルの父親もミルもこの会社の社員でした。社員といっても大変な仕事ではなく、1日3時間ほど出社すれば、あとは自由だったそうです。それでも、かなりの高給取りでした。
東インド会社は「セポイの反乱(1857年)」の責任を取らされる形で、1858年に解散しました。解散後、インドはイギリス政府の直轄統治となります。ミルは高額の年金付きで退職し、そのあとは悠々自適の生活を送りました。当時のミルはまだ52歳。病気がちではありましたが、最愛の妻との生活を楽しむことができるはずでした。
しかし、人生は急転します。東インド会社を辞めた1858年の冬、静養先の南フランスのアヴィニョンで、ミルの妻ハリエットが突然の病気で亡くなってしまいました。彼女は享年51歳で、ミルはその時52歳でした。8年ほどの結婚生活でしたが、二人が付き合い始めてから約28年の歳月が過ぎていたのです。
そのあとミルはアヴィニョンとロンドンを移動しながら、ヘレン(ハリエットの長女)とともに暮らしました。ハリエットとの別れは大変なショックだったでしょうが、そのあともミルは精力的に仕事を続けます。著書として『自由論』や『功利主義』を出版しました。
短い期間(1865年から68年まで)ではありましたが、下院議員にもなりました。女性の参政権を積極的に支持した数少ない男性の1人であり、自らも女性の権利拡大を訴える演説を行っています。また奴隷解放運動にも積極的に取り組んでいます。
ミルの最後は1873年の5月、アヴィニョン滞在中に急死しました。享年66歳でした。ミルの亡骸はアヴィニョンにあるハリエットの隣に眠っていると言われています。
幼年時代には父親のペットのようだったミルでしたが、大人になってからは、自分の意志を貫いた人生を選択しました。
ジョン・スチュアート・ミル(2020)『自由論』(関口正司訳)岩波書店
- 著者
- ["ミル,J.S.", "正司, 関口"]
- 出版日
『自由論』は、ジョン・スチュアート・ミルの代表作になります。「個人の自由」と「社会の制約」のあいだに存在する、複雑なバランスについて洞察に富んだ作品です。「個人の自由がどこまで許されるべきか」「政府と社会がどこまで干渉すべきか」といった問いが、鮮やかに描き出されています。ミルの主張は、個人が最大限の自由を享受すべきだというものです。つまり他人に害を及ぼさない限り、個人は自分の意志に従って行動すべきだという考え方になります。この書籍のなかで、ミルは「自由と制約」についての理論だけでなく「言論の自由、集団の圧力、社会の多様性」など、現代社会にも通じるテーマを巧みに展開しています。そのなかでも異なる意見に対する許容の重要性は、現代の偏見と極端な分断に対して非常に有益な示唆を与えてくれる1冊です。
ジョン・スチュアート・ミル(2021)『功利主義』(関口正司訳)岩波書店
- 著者
- ["J.S.ミル", "関口 正司"]
- 出版日
「善悪の基準をどう決めるか」という古くから続く議論に対して、ジョン・スチュアート・ミルは本書を通じて、明確な回答を提供しています。彼の答えは単純明快です。「行為の善悪はその結果として、どれだけ多くの人々に幸福をもたらすか」という基準で判断すべきだというものです。この考え方こそ「功利主義」であり、現代の倫理学にも大きな影響を与えています。専門的な哲学書でありながら、一般の読者にもアプローチしやすい言葉で書かれています。「人々が一般に考える幸福とは何か」「どうすれば最大の幸福を追求できるのか」といった問いに対して、ミルは深い考察を展開しています。個人の選択から政策決定に至るまで「どうすればより良い社会を築くことができるのか」を探求するためのガイドブックとも言えるでしょう。日々の生活のなかで直面する道徳的な問題に対して、新しい視点を提供してくれるオススメの一冊です・
神島裕子(2018)『正義とは何か-現代政治哲学の6つの視点』中央公論新社
- 著者
- 神島 裕子
- 出版日
本書は神島裕子さんが現代正義論の入門書として書いたものです。ジョン・ロールズが提唱した「公正としての正義」の理論を軸に、6つの視点(リバタリアニズム、コミュニタリアニズム、フェミニズム、コスモポリタニズム、ナショナリズム)から正義論を紹介しています。それぞれの視点から、社会的な平等や自由、権利や財産、国際的な正義や共同体などについて考えることができます。現代正義論の主要な議論をコンパクトにまとめているため、本書を読めば「正義とは何か」という問いに対する、様々な答えや見方を知ることができます。また政治哲学だけでなく、社会学や経済学などの分野とも関連付けられているため、幅広い視野を提供してくれます。政治哲学に興味がある人、正義に関する知識を深めたい人におすすめの一冊です。