ジョン・スチュアート・ミルは、19世紀のイギリスで活躍した哲学者で、自由主義や功利主義の思想家でした。 彼は政治哲学や倫理学だけでなく、経済学にも重要な貢献を果たしています。 ミルの経済論は、現代の経済や社会にも深い示唆を与えてくれます。 自由市場主義や社会主義など、どちらかを優先した思想ではなく、中立的な立場から経済問題にアプローチすることの重要性を教えてくれます。 今回の記事では、ミルの経済論を社会主義と比較しながら見ていくことにしましょう。

彼の経済論の骨格は、自由と公正さを両立させることです。
経済活動における生産は自由放任です。
つまり「市場の自由な競争を妨げないことが最も効率的である」と、ミルは考えました。市場の自由な競争が進歩と革新を促すことで、生産の効率を最大化される、という彼の信念から来ています。
その一方で、経済の成果をどのように分配すべきなのでしょうか。
つまり富の分配について、ミルは「政府や社会が介入して、人為的に操作すべき」としています。ミルは所有権の絶対性を否定し、必ずしも労働の成果とは限らないと主張しました。
言い換えると、特定の個人やグループが過度に富を独占することに反対し、社会全体の公正さと平等性を重視していたと言えます。そのなかでも、ミルは「機会の平等」を重視しました。「機会の平等」とは「全ての人々が公平な条件下で競争し、その結果として得られる富を享受できる」という意味です。
こうした背景からミルは、全てを共有するという理想を掲げた「社会主義」を否定しました。
彼は共産主義が個人の自由と個性を奪うと考えたからです。
社会主義は個人の努力や才能を無視し、社会が進歩するエネルギーを奪ってしまうことを、彼は懸念していました。
ミルの経済論は、社会主義との関係性のなかで考えられるべき問題です。ミルが『経済学原理』を出版した1848年に、マルクスとエンゲルの『共産党宣言』が出版されました。さらに同年の2月、フランスでは2月革命が勃発し、ヨーロッパは混乱した時代を迎えています。
ミルとマルクスは同時代人で、同じ町・ロンドンで暮らしていました。両者のあいだには、個人的にも思想的にも交流はありませんでした。しかし時代は19世紀であり、社会主義の勢いを無視できる時代ではなかったのです。社会主義と大衆社会の進行が、19世紀における世界の特徴でした。
こうした動きに、ミルも敏感に反応しています。
愚かな大衆が社会に影響を与える、つまり「世論の専制」に対して、ミルは危険を感じていました。労働者階級の政治的進出に対しても恐れを抱いています。
こうした危機意識から、ミルは「複数選挙権(投票権)」を提案したのです。「複数選挙権(投票権)」とは「教育を受けた人々は、1票ではなく2票あるいは、それ以上の複数投票権を与える」という方法です。
ミルは社会主義について、具体的にはどのように考えていたのでしょうか。
彼はこのテーマでまとめた本を出す準備をしていましたが、出版の前にミルは亡くなってしまいます。
ミルの死後、この草稿は『社会主義論集』というタイトルで、養女のヘレンによって編集され公刊されました。
社会主義について『社会主義論集』に従うと、ミルは次のように言います。
(1)生産が「共同責任」で行われること。
(2)生産の道具が「共同所有」であること。
この2つの要件を満たすものだと彼は定義します。
社会主義には大きく2つの種類があります。
まず1つ目は、オーウェンやフーリエなどによる「実験主義」です。私有制度と競争のない理想の村を建設し、その実験を徐々に拡大していこうとするものです。
2つ目は「革命的社会主義」です。この思想は国の全資本をただちに(暴力的に)接収し、1つの中央権力によって国の経済を管理しようとするものです。
この革命的社会主義の考え方は、マルクスに近いでしょう。しかし、ミルはマルクスを最初から相手にしていません。「1つの中心からの指令により1国の全産業を指揮するという考えそのものが、あまりにも明らかに空想的である」という批評で終わらせています。
オーウェン、フーリエのような実験を用いるスタイルには好意的です。知性ある先駆者たちが新しい実験に取り組み、その結果に応じて少しずつ改善していく。ミルはこのようなスタイルが好きでした。
その一方で、暴力的に行われる改革には批判的です。マルクスのようなやり方は「社会秩序を解体するだけで、ブルジョアたちの苦しむ姿を見て、革命家たちが快感を感じるだけだ」と彼は書いています。
経済活動を通じて発生した利益を再分配することを、ミルは推奨しています。しかし一般の社会主義者とは異なり、市場での競争を促進することも主張しています。
競争が進歩の原動力だと、彼は考えていたからです。そのためミルは「市場社会主義」の先駆者とされています。
労働者の「協同組合企業」が市場で競争するという構想です。
「協同組合企業」とは、ミルの経済論に沿った一種の社会改革です。全国の労働者によって構成される組織であり、市場で競争することで生産の効率を高めますが、同時に事業を共同で所有します。そのため事業を通じて発生した利益は、ある程度公正に分配されるというシステムです。
全てを共有する社会主義ではなく、個人の努力や才能も尊重することが目的です。労働者たちは、もはや資本家の奴隷ではなく、企業の共同経営者となります。そのため労働者は誇りを持って働くことができる、とミルは考えました。競争は社会の繁栄をもたらすと信じていたのです。
日本にも協同組合企業は存在します。有名な組織は以下の通りです。
生活協同組合(生協、COOP):消費者や住民が組合員となって、食品や日用品の購入や配達、保険や福祉などのサービスを提供する。
農業協同組合(農協、JA):農業者が組合員となって、農産物の販売や購入、金融や共済などのサービスを提供する。
大学生活協同組合(大学生協):大学生が組合員となって、食堂や売店、教科書や文具の販売、旅行や保険などのサービスを提供する。
信用金庫(しんきん):中小企業者や個人事業主が組合員となって、預金や貸付、決済などの金融サービスを提供する。
また同時にミルは、市場経済を信頼していました。経済を自由に放任しても大丈夫だと考えていたため、協同組合企業が市場で競争しても、ひどい不景気にはならないと見ていました。
マルクスやフーリエ、ミルなど、19世紀には様々なタイプの社会主義が登場しました。しかし、どのタイプも有効な思想だったのかについては疑問符が付きます。
20世紀に入り、資本主義のエネルギーは強烈で、彼らの想像をはるかに超えた事態を生み出しています。
グローバル化が世界中に拡大し、経済の成長と技術の進化は予測困難なスピードで進行しています。社会主義者たちは、経済の公平性や社会的格差の是正を求める声をあげますが、資本主義の暴走に歯止めをかけることはできていません。
環境問題、情報技術の影響、文化の均一化など、20世紀の経済発展は多くの複雑な問題を引き起こしました。社会主義者たちはこれらの新しい課題にどのように対応すべきか、その方針を模索し続ける時代となったのです。
新たしい時代の課題に答えるべく、柔軟かつ実効性のある経済論の提案がより一層求められています。
菊川忠夫(2015)『人と思想(18) J・S・ミル』清水書院
- 著者
- 菊川 忠夫
- 出版日
J・S・ミルの著作である『自由論』と『女性の解放』は、現代でもなお読み継がれている名著です。ミルが展開する理論は、妻であるハリエット・テイラーとの深い結びつきが背景にあります。ミルは自由を制限する要因として、政治的権力と世論を挙げています。そのなかでも、彼は世論の怖さを呼びかけています。ハリエットとの不倫に対する世間からのバッシングが激しかったためです。この経験は『自由論』の執筆にも活かされています。またハリエットとの知的な交流は、女性の社会進出を主張する根拠にもなりました。ミルを理解するために、本書では彼の生涯や背景にも深く触れられています。
関口正司(2023)『J・S・ミル 自由を探究した思想家』中央公論新社
- 著者
- 関口 正司
- 出版日
本書は、ジョン・スチュアート・ミルの入門書です。前半部分は、ミルの人生が紹介されています。どのように彼の思想が形成されたのか、深く知ることができます。後半部分は、ミルの主要な著作と理論をそれぞれ詳しく解説されています。著者である関口先生は、ミルの思想の全体像を分かりやすく、丁寧に説明してくれます。自伝的な内容や特定の論点だけを紹介するのではなく、ミルが残した文章を忠実に分析されているため、ミルの思想を深く知るオススメの一冊になっています。
J・S・ミル(2011)『大学教育について』(竹内一誠訳)岩波書店
- 著者
- ["J.S.ミル", "竹内 一誠"]
- 出版日
本書は、1867年にミルがスコットランドの大学で話した内容をもとにしています。大学で何を学ぶべきかについて、ミルは自身の見解を説明しています。ミルの考えでは、大学で学ぶ目的は仕事に役立つ技術や知識ではなくて、優秀で教養のある人になることです。そのためには、科学と文学の両方を学ばなければなりません。そして、いろいろな科目を総合的に学ぶことが大切です。自然や社会のことを分析したり、推測する力、自分の思ったことや感じたことを言葉で伝えたり、他の人と話したりする力を身につける教育をすすめています。さらには外国語や古い文学を学ぶことで、違う文化や歴史にふれて、自分の視野を広げることができると言っています。本書は、ミルの考えを直接知ることができる重要な一冊になっています。