5分で分かるベンサムの人生|ミイラとなった功利主義者の思想とは?|元教員が解説

更新:2026.5.23

イギリスの哲学者・経済学者・法学者であるジェレミー・ベンサムは「功利主義」という思想を提唱しました。 功利主義とは「社会全体の幸福を最大化するよう行動することが道徳的に正しい」という考え方です。 「人間は快楽と苦痛を計算して行動する存在である」とベンサムは考えます。 この思想を法律や政治、経済など、あらゆる分野に応用しました。 「パノプティコン」という監獄の設計や、国際法や法律の分野などにも貢献しています。 ベンサムは神童として知られ、12歳でオックスフォード大学に入学し、18歳で修士号を取りました。 生涯独身を貫き、多くの著作を残しました。 彼のミイラは現在もロンドンのユニヴァーシティ・カレッジに展示されています。 今回の記事では、ベンサムの人生と功利主義について詳しく紹介します。

大学院のときは、ハイデガーを少し。 その後、高校の社会科教員を10年ほど。 身長が高いので、あだ名は“巨人”。 今はライターとして色々と。
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ベンサムの生い立ち

19世紀のイギリスは、まさにベンサムの思想によって作られた。そう言ってもいいかもしれません。

同じく19世紀に活躍したジョン・スチュアート・ミルはベンサムの師匠であり、功利主義の思想家としても有名です。ベンサムの友人であった父親から教育を受けたミルは、幼少期からベンサムの影響を受けました。ベンサムの功利主義を引き継ぎつつも、ミルは様々な点で修正・発展させています。

ベンサムという人物は、一種の奇人・変人でした。1748年にロンドンで生まれ、1832年に84歳で亡くなりました。

オックスフォード大学を卒業して弁護士になりましたが、人付き合いが苦手だったそうです。

44歳のときに父親が亡くなりましたが、大きな遺産を残してくれたため、ベンサムはお金のために働く必要がなくなりました。

生涯独身を貫き、チェンバロが愛し、猫と一緒に大きな館で暮らしました。

パノプティコン

ベンサムといえば、幸福計算論とパノプティコン、そしてミイラが有名です。

幸福計算論については、あとで詳しく説明します。

パノプティコンは、ミシェル・フーコーによって広く知られるようになった刑務所の改革案です。 少ない費用で多くの囚人を収容し、監視できる刑務所の設計案になります。

パノプティコンのイメージを具体化するために、東京ドームを考えてみるとわかりやすいでしょう。

観客席を改造して囚人部屋とし、グランドの真ん中に円筒形の高い監視塔を建て、そこに監視官を配置します。この監視塔の上部には小さな窓をつけ、監視官はここから周囲の囚人を監視するのです。

この窓にはブラインドなどを付けて、囚人からは監視官が実際にいるのかどうか見えないようにします。ときどき窓から監視官の姿を見せるようにすれば良いのです。

そうすると、囚人はいつも見られているような気分になり、24時間監視されていると思い込み、従順になります。

このシステムであれば、監視官は最低の人数で済みます。

費用対効果が抜群のシステムなのです。

ベンサムのミイラ

そして、ベンサムといえば「ミイラ」かもしれません。ベンサムは1832年に亡くなりましたが、私たちは今でも彼に会うことができます。ロンドン大学に行けば良いのです。大学の建物の一階ホールには、箱が置かれています。その箱の中に、ベンサムの遺骸が座っているのです。彼は生前愛用の服を着て、帽子をかぶり、ステッキを持って座っています。

ベンサムの遺書には「自分が死んだら適当な方法で遺体を保存し、愛用の服を着せ、椅子に座らせ、ステッキを持たせるように」と書かれていました。

さらにこう書かれています。

「私の死後に、私の友人と学徒たちが、1年のうち何回か、道徳と立法における最大幸福のシステムの創始者を回顧するために一堂に会するようなことがある場合」には「自身の遺体をその会合場所に運び入れ、皆が見えるようにすること」とも指示していました。ベンサムを信奉する人々が集まった会議(会合)の部屋に自分のミイラを持ち込み、出席者が見られるようにしなさい、ということです。

なぜこのようなことを言ったのでしょうか。

生前のベンサムは会議に退屈したため、時計の針を逆方向に動かして、会議を早く終わらせようとしたことがあるそうです。会議室にミイラがあれば、多くの人が驚きます。「退屈な会議に少しでも楽しみを」というベンサムなりの配慮なのかもしれません。

晩年のベンサムは、自分の家に実験室のようなものを作り、「人間の頭から水分を抜き取る実験」に熱中していたと言われています。彼は科学や技術が大好きで、「冷蔵庫」や「電話」の原型のようなものを考えることもあったそうです。

ロンドンのユニバーシティ・カレッジの校舎内に、彼のミイラが展示されています。特別に保護されているわけでもなく、ガードマンがいるわけでもなく、防護の柵があるわけでもありません。ただ、普通の箱が無造作にホールの隅に置かれ、その中にベンサムが椅子に座っていました。ただし「頭部は蝋で作られたものであり、本物は別の場所に保管している」という張り紙が壁に貼ってあるそうです。

結婚せず、猫とチェンバロを愛したベンサムでしたが、このような遺書を残す神経はちょっと理解しがたいかもしれません。会議のたびに持ち込まれるベンサムのミイラを見て、ベンサム主義者たちは何を思うのでしょうか。

ベンサムの幸福哲学(功利主義)とは?

ベンサムといえば、なんといっても「功利主義」になります。「功利」のもとの原語は「utility」です。

「功利 utility」となるとピンときませんが、しかし言葉の意味は単純です。

「役立つこと」とか「有用であること」といった意味になります。だから「功利性」ではなく「有益性」と訳す人もいるほどです。「ユーティリティ・ルーム」といえば、洗濯機などがあって家事をこなせる、便利な空間を意味します。

言い換えれば「有用なもの」とは「望ましいもの」です。「望ましいもの」が存在すれば、それは「人に快感(幸福)をあたえるもの」になります。

そのため功利性の原理は「幸福の原理」とも呼ばれます。言い方を変えれば「最大多数の最大幸福」です。

これが功利主義の目指す目標なのです。

<ベンサム哲学の基本原理> ベンサムの哲学には、3つの基本原理があります。

それらは「最大幸福原理」「自己優先の原理」「利害調停規定原理」です。

最大幸福原理は「あるべき」ものを「自己優先の原理」は「あるもの」を示します。

最後の「利害調停規定原理」は「あるもの」が「あるべき」ものに一致するような手段・方法を示します。

自己優先の原理

まず「自己優先の原理(あるもの)」について見ていきましょう。

この原理は「誰でも自分が一番大切だということ」「人間は誰もが利己的な存在であること」を意味します。

人々の行動は快楽と苦痛によって支配されています。

「自然は人類を苦痛と快楽という二人の主権者の支配のもとにおいてきた」とベンサムは書いています。

人間は快楽を求め、苦痛を避けるように行動しているのです。また「快楽(利益)を最大化し、苦痛(損失)を最小化する」ように行動しています。

つまり、費用対効果を最大にするように生きているのです。

「自己優先の原理(あるもの)」は、人間の行動を単純に説明しているだけです。

「(人間は)快楽(利益)を最大化し、苦痛(損失)を最小化する」は自明なことであり、現実に「あるもの」です。

ただし「自己優先の原理」は政治の目標ではありません。

政治は社会全体の幸福を目指すべきものです。そうでなければ、政治の存在理由がなくなります。

現実にも「ある特定の個人(集団)の幸福を目指します」と、宣言するような政党は存在しません。ある集団だけの幸福を目指すと宣言する場合でも「それが社会全体の利益になるから」という補足説明が入るはずです。

最大幸福原理と利害調停規定原理 

政治の目標を示すのが「最大幸福原理」です。

社会全体の幸福を増やすことを目指す「最大幸福原理」は「あるべき」もの、つまり実現すべき目標(理想)であるとも言えます。

人間は基本的に利己的な存在で、社会全体の利益のために行動するような人間はほとんどいません。あくまでも利己的な人間たちが社会を構成しているのです。

このような利己的な人々の行動を規制しつつ「最大幸福」を実現するため、法律や政策を考えるのが「利害調停規定原理」になります。

これは「あるもの」を「あるべき」ものに変化させる方法になり、原理的な考え方はとてもシンプルです。

つまり具体的には、社会全体の幸福に寄与する行動には「褒美」を与えて、マイナスになるような行動には「処罰」を加えるというものです。

ベンサムの人間観によると人間は利己的であり、この人間の性格が変わるとは考えていませんでした。 将来的に変わる可能性もあるかもしれませんが、そういった変化を期待することは費用対効果が悪いとベンサムは考えていました。

そのため利己的な人々の行動を規制するには、懲罰(処罰)の力が必要であると見ていました。

懲罰への恐怖が人間の反社会的な行動を抑制するのです。ただし懲罰は費用対効果の高い方法で行う必要があります。

パノプティコンはその1つの具体的な事例と言えるでしょう。

ベンサムを理解するためのオススメ書籍

土屋恵一郎(2012)『怪物ベンサム 快楽主義者の予言した社会』講談社

著者
土屋 恵一郎
出版日

本書の特徴は、ベンサムが失敗した人間であるという視点から書かれていることです。ベンサムは法律家を志していましたが、イングランド法律界の主流であったコモン・ローの複雑さを否定し「完全なる法典」を作ろうとしました。しかし彼の哲学は理解されることが少なく、彼の著作は生前公刊されなかったものも多かったそうです。彼は同性愛を擁護したり、犯罪の事前抑止といった構想を持っていたりと、時代を超えてリベラリズムの基本アイデアを構想していた人物でした。彼の思想や人生には多くの矛盾や挫折があったかもしれませんが、現代においてはむしろ彼の魅力や影響力を高める結果となっています。ベンサムの思想や人生に興味がある方にオススメです。

マイケル・サンデル(2011)『これからの「正義」の話をしよう』(鬼頭忍訳)早川書房

著者
マイケル サンデル
出版日
2011-11-25

ベストセラーになるため、読んだ方もいるかもしれません。ハーバード大学の哲学者マイケル・サンデルが著した、功利主義を含む西洋哲学史における正義論です。サンデルは、人間の行為の善悪を快楽と苦痛の計算によって判断する功利性の原理を提唱した、ベンサムやミルなどの功利主義者の思想を紹介し、その長所と短所を分析しています。また、自由や権利、平等や公正など、正義に関するさまざまな視点や価値観を比較し、読者に自分自身の立場や判断基準を考えさせる問いかけを行っています。功利主義の観点からあらためて読み返してみると、新しい発見があるかもしれません。

長谷川宏(2018)『幸福とは何か - ソクラテスからアラン、ラッセルまで 』中央公論新社

著者
長谷川 宏
出版日

ヘーゲルの研究者として有名な長谷川宏さんが著した、西洋哲学史における幸福論の概観です。ベンサムの功利主義からアランやラッセルの人生哲学まで、さまざまな思想家の幸福に関する考え方を紹介しています。様々な哲学者が、多種多様な論理によって幸福論を展開している本書を通じて、幸福論を比較参照しても面白いかもしれません。哲学初心者にもオススメの一冊です。

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