今や社会現象と化した大人気コンテンツ「ウマ娘」。『ウマ娘プリティーダービー スターブロッサム』はその流れを汲むスピンオフ漫画で、実在した競走馬サクラローレルにスポットを当てた青春スポーツ作品です。 史実を反映した泥臭いストーリーは、先行作品に勝るとも劣らない魅力に溢れています。この記事では『ウマ娘プリティーダービー スターブロッサム』の概要や魅力、見所を元ネタを交えてご紹介していきます。単行本の内容などでネタバレを含むのでご注意ください。
『ウマ娘プリティーダービー スターブロッサム』(以下、「スターブロッサム」)は2023年4月から連載中の青春スポーツ漫画です。掲載媒体は集英社のWeb漫画サイト「となりのヤングジャンプ」および漫画アプリ「ヤンジャン!」、「少年ジャンプ+」の3つ。単行本は既刊1巻。
『ウマ娘プリティーダービー』(以下、「ウマ娘」)は実在の競走馬をモチーフとした、美少女キャラクターを育成する大人気ゲームです。クオリティの高いビジュアルとゲーム性、良質なストーリーで人気が沸騰、今や現実の競馬も盛り上がる社会現象となっています。
本作「スターブロッサム」はゲームにも登場する、サクラローレルを主人公とした作品です。特定キャラクターにフォーカスしたスピンオフとしては、オグリキャップが主人公の『ウマ娘シンデレラグレイ』(以下、「シンデレラグレイ」)に次ぐ2作目。
「スターブロッサム」はウマ娘とトレーナーの二人三脚にフォーカスが当たっており、地道に一歩ずつ成長していく泥臭い様子が、「シンデレラグレイ」との相違点です。
今のところ「スターブロッサム」物語はややスロースターター気味ですが、史実のサクラローレルをベースにしているため、尻上がり(ウマ娘的には尻尾上がり)的に面白くなるのは間違いありません。
物語はトレセン学園のチーム「アルケス」サブトレーナー、明石椿(あけいしつばき)の視点で始まります。椿は馬耳と尻尾を生やした「ウマ娘」をサポートし、日本中央レース「トゥインクル・シリーズ」の勝利を目指す指導者の卵……なのですが、彼女の目はより高いところを向いていました。
日本のウマ娘による世界最高峰のGIレース、フランスの「凱旋門賞」制覇。いまだかつて誰も成し遂げたことのない、まさしく前人未踏の大それた夢です。椿には理解者も、その夢を乗せて走ってくれるウマ娘もいませんでした。
そんな椿はある年の暮れ、ジュニア級チャンピオンを決めるGI「朝日杯ジュニアステークス」で運命の出会いを果たします。鮮烈で強烈な大マクリを決めた勝者ナリタブライン――ではなく、同じレースを観戦していたウマ娘サクラローレル。
サクラローレルはナリタブライアンのライバルを自称し、さらにその先、世界の頂点「凱旋門賞」を狙っていました。
まだ一介のサブトレーナーに過ぎない椿と、まだ1勝どころかレース出走すらままならないサクラローレルの出会い。同じ夢を見る2人の長く険しい、挑戦の日々が始まります。
「スターブロッサム」には多数のキャラクターが登場しますが、ここではスタート時点で物語に関わる重要人物をご紹介していきましょう。以降は実馬との混同を避けるため、ウマ娘を指す際は特記する場合を除いて、基本的に冠名を省略して表記(サクラローレルならローレル)します。
主人公はサクラローレル。「夢は世界(凱旋門賞)」と豪語する、ひたむきな性格のウマ娘です。光る才能を持ちながら身体的には未成熟で、特に足は「ガラスの脚」といわれるほど脆く、走るだけでダメージを負ってしまうほど。
元ネタは1991年生まれの同名馬。キャラクターの外見としては、瞳の花模様と両耳には名前の由来である月桂樹の髪飾りが特徴です。本編では未登場ですが、勝負服はピンクと白を基調とした華やかなセーラー服+半ズボン。これは大本の馬主である、株式会社さくらコマースのピンク地に白の一本線の勝負服をアレンジし、冠名「サクラ」をイメージしたデザインです。
もう1人の主人公といえるのがチーム「アルケス」の明石椿。フランス帰りで将来を嘱望される有能な若手サブトレーナー……のはずですが、1つのことに集中すると他がおろそかになるドジっ子気質で、チーム所属のウマ娘たちから舐められがち。父の明石梧郎(ごろう)はチーム「アルケス」のチーフトレーナーです。
モデルはおそらく小島太(こじまふとし)騎手。境勝太郎(さかいかつたろう)調教師のもとでサクラローレルのデビューから2年目まで騎乗し、のちに境勝太郎調教師から引き継ぐ形でサクラローレルの調教師になった人物です。
そしてライバルのナリタブライアン。ジュニア級で早くも世代最強と目される強豪ウマ娘です。今のところ出番自体は少ないですが、泥臭く這い上がローレルの最大の目標となるでしょう。
モデルは1994年のクラシック(3歳馬のこと。当時は数え年で4歳)時点では、日本歴代最強馬との呼び声も高い同名馬。勝負服の特徴である首飾り(と鼻のテープ)は元馬のトレードマークだったシャドーロールの表現で、随所にあしらわれたしめ縄は冠名「ナリタ」の由来である成田山不動尊をイメージしたものといわれています。
ローレルのチームメイトとなるのが、サクラバクシンオーとサクラチヨノオー。トゥインクル・シリーズ経験の先輩として、ローレルをサポートしてくれます。いずれも同名馬がモデルになっており、世代は違いますが冠名と境勝太郎厩舎繋がりで登場。
「ウマ娘」コンテンツをある程度ご存知で、本作未読のかたが気になるのは「スターブロッサム」と「シンデレラグレイ」の違いでしょう。結論からいえば、「スターブロッサム」と「シンデレラグレイ」はまったく違う物語です。
まず主人公の立ち位置、お話のスタートが別物。「シンデレラグレイ」は才能溢れるオグリキャップの地方デビューから始まる、文字通りのシンデレラストーリーです。一方で「スターブロッサム」はローレルの身体が未成熟で、同世代よりデビューが遅れており、しかも足に爆弾を抱えた状態というゼロどころかマイナス状態で始まります。
また実馬の成績で比べても、派手で痛快なオグリに対して、ローレルは一進一退のじりじりした勝ち上がり。どちらが優れているという話ではなく、残した結果の質や見所が異なるため、史実をモチーフとしたレースの描写も自ずと違ってきます。
最強ブライアンに至るまでの苦難の道のりを、悩んだり焦ったりしながらも、一歩ずつ着実に上っていくのが「スターブロッサム」の魅力。
「スターブロッサム」の魅力であり特徴でもあるのが、ローレルと椿が二人三脚で課題やレースに取り組むところです。
「シンデレラグレイ」を踏む他媒体でもトレーナーは登場しましたが、メインになるのはあくまでウマ娘でした。ところが本作ではローレルの未熟な部分を補い、レースの不安要素を取り除くべく、椿がトレーナーとしてしっかり活躍します。ゲーム「ウマ娘」既プレイの方には、育成ストーリーのトレーナーとウマ娘の関係に近いといえばわかりやすいでしょうか。
目標に向かって問題点を洗い出し、戦略を立てる。その試行錯誤の過程で生まれる絆が読んでいて心地よいです。信頼関係があるからこそ成り立つ、「スターブロッサム」ならではのレースに注目してください。
すでに挙げた魅力と重なるところがありますが、「スターブロッサム」最大の魅力はレースに対する泥臭い情熱にあります。
史実のサクラローレルは初勝利が未勝利戦で、その後も本格化するまで安定した走りができず、決してシンデレラストーリーで語れる競走馬ではありませんでした。本作もそういった背景を踏まえているため、序盤は歯がゆい場面が何度も描かれます。
負けを負けとしてしっかり描写し、次に繋げようとするのが本作の素晴らしい点。
サクラローレルは間違いなく名馬です。勝利したレースだけを力強く描写するのは難しくないでしょう。しかし、その馬生はやはり、苦しい下積みと切っても切り離せません。序盤の低空飛行で評価を落とす可能性があるにもかかわらず、真っ向からサクラローレルの物語に取り組んでいるのが見事。
それは主人公サイドに限らず、レースでのライバルも同様です。デビュー戦でも未勝利戦でも、結局のところ優勝はたった1人。その1勝に賭ける想いの強さは皆同じです。ライバルにも焦点を当てて、明暗を浮き上がらせるのがたまりません。
何度つまづいても折れず、目標に向けてひたむきに突き進む、飽くなき勝利への執念。この泥臭さが「スターブロッサム」の魅力といえます。
「朝日杯ジュニアステークス」の観客席で、勝者ブライアンのライバルを自称したローレル。翌日、どうしても気にかかった椿は、彼女の出走する模擬レースを観戦します。
身体は未完成で走りもバランスもてんでバラバラ。それなのにローレルの輝きから目を離せなくなりました。
- 著者
- ["保谷 伸", "文殊 咲", "Cygames"]
- 出版日
椿はローレルをスカウトし、チーム「アルケス」に引き入れようとするのですが……チーフトレーナーの梧郎が待ったをかけます。ローレルのガラスの脚はあまりにも危うく、生半可な覚悟で関わるべきではないと。
話し合いの最中、ローレルの態度が気に入らなかったヨシノプリヴェールが乱入。1対1の模擬レースで決着をつけることになります。
間違いなく実力はあるのに、さまざまな事情から実力を発揮しきれないもどかしさ。読んでいるとレース運びの妙に脚質に合った作戦など、ただ走るだけに思えるレースが、いかに難しいかを思い知らされるでしょう。
負けることでも見えてくるものがある、というのが第1巻の見所です。
実馬のサクラローレルは、母ローラローラがフランスから輸入された繁殖牝馬です。日本に来た時、ローラローラはすでに初仔を受胎しており、その仔がサクラローレルと名付けられました。
父は1985年の凱旋門賞勝利馬レインボウクエストで、馬主が「凱旋門賞」を勝つ馬を生産するために購入したうちの1頭がローラローラだったことと合わせて、「凱旋門賞」を目標とするウマ娘ローレルの設定が作られたものと思われます。
幼少期のサクラローレルは成長が遅い上に虚弱で、間接が弱かったそうです。新馬戦で骨膜炎、「日本ダービー」直前に球節炎を発症するなど、脚部に問題が多かったことがローレルの「ガラスの脚」に反映されたのでしょう。
ちなみに劇中で模擬レースに出ているローレルは、脚がアンバランスなほど長く見える構図が多いです。作画担当の手癖の可能性もありますが、実馬も幼少期は「ひょろ長くて不格好だった」と評されているので、その再現かもしれません。
ヨシノプリヴェールは本作オリジナルのウマ娘です。毛量の多いボサボサの長髪と十文字の流星、つり目とギザギザの歯が特徴。レースで負けたブライアンに執着しています。
ヨシノはソメイヨシノ、つまり桜。プリヴェールは英語で「勝利」、フランス語では「サクラソウ」を意味する言葉です。桜とサクラソウ、そして勝利=栄光から連想すると、おそらくモデル馬はサクラエイコウオーでしょう。
サクラエイコウオーはナリタブライアンと直接対決の経験がある馬です。「皐月賞」、「日本ダービー」のクラシック路線を含むレースで3戦3敗。サクラローレルとは厩舎が同じで、主戦騎手も同じ小島太騎手でした。気性難の暴れ馬だったらしく、小島騎手も乗るのが難しかったと述べています。
こういった史実の繋がりから、本編のような椿を困らせたり、ブライアンにこだわりのあるウマ娘としてローレルに絡めたのでしょう。
「サクラ」冠名なのでそのまま登場させることもできたはずですが、「スターブロッサム」はあくまでローレルの物語なので、直接フォーカスの当たらないサクラエイコウオー名義は見送られたのだと思われます。
ちなみにサクラエイコウオーは32歳(人間に換算すると90~100歳相当)で、2023年10月現在存命。JRA最高齢重賞勝利の引退馬として新和牧場で繋養されています。
登場人物紹介で少し触れましたが、明石椿のモデルはおそらく小島太騎手です。父・梧郎の方もモデルらしき人物がいて、それは境勝太郎調教師。名字が違うのでわかりづらいですが、実は境調教師の娘が小島騎手の妻で、すなわち2人は義理の親子なのです。
小島騎手は境調教師が引退する際、サクラローレルを含む管理馬を引き継ぐ形で調教師に転身しました。この辺りを反映して、梧郎と椿親子がチーム「アルケス」のチーフトレーナーとサブトレーナーに設定されたのでしょう。
そしてちびっ子ウマ娘育成クラブ「ヴィクトリー倶楽部」は、境勝太郎調教師の厩舎が元ネタ。根拠は所属しているウマ娘はすべて境勝太郎厩舎なことで、名称の由来は勝太郎の「勝」で間違いありません。チーム「アルケス」と所属ウマ娘が被っていますが、「スターブロッサム」のために改めて設定し直されたせいでしょう。
ローレルのメイクデビュー(デビュー戦)は枠番とウマ番、人気、結果ともに史実通り。本編同様にブロックされたかまでは定かではありませんが、1番人気からマークされた可能性はあります。
デビュー戦でその他大勢のモブウマ娘に交じって、一際異彩を放っていたのが13番のパワフルラビット。名前とデザインからウマ娘というよりウサギ娘にしか見えませんが、モチーフとなったモデル馬が特定されています。実際に同じ13番を背負い、逃げてレースを引っ張った牝馬(メス)アロットオブギフトです。
ウサギっぽくなっているのはいくつか由来が考えられますが、名前のギフトを授かり物と解釈すると、幸運と関連付けられます。ウサギは幸運の象徴であることから連想して、キャラクターが決められたのかもしれません。
他の由来としては、4番目と5番目の仔がブルーフルパワーとムーンラビットという名前なので、それぞれ名前の一部を借りて名付けられた可能性はあります。しかし、なぜ4番目と5番目の仔が選ばれたかが不明です。
実はサクラローレルは引退後、2001年にアロットオブギフトと交配しています。残念ながら流産したそうですが、もし産まれていれば6番目の仔になっていました。2頭が直前の兄姉(競走馬は母が同じだと兄弟扱い)なので、名前の由来に選ばれたとも考えられます。
蛇足ですがアロットオブギフトは、「ウマ娘」でお馴染みのウイニングチケットとも交配して仔を産んでいます。
デビュー戦9着という厳しい結果。1番人気を背負っての大敗でしたが、ローレルと椿はめげることなく翌週もメイクデビューレースへ挑戦します。今度は3着と大幅に順位を上げるものの、右足首に無視出来ないダメージを負ってしまいました。
勝たなければいけない。けれど無理は出来ない。そこで椿は足への負担が少ないダートレースを選択します。
- 著者
- ["保谷 伸", "文殊 咲", "Cygames"]
- 出版日
絶対安静で次のレースを待つローレルは、自分と同じく勝ち上がりを目指すシュガーネイションと出会いました。2人いる彼女の姉は遅咲きの重賞勝ちウマ娘で、ローレルは良い刺激を受けました。
ローレルとシュガー。悲願の初勝利を志す2人は、運命のいたずらか、次のレースでかち合うことに……。
レースの勝者はただ1人。勝ち上がることの難しさ、そして勝負の厳しさを思い知らされるエピソードとなっています。
サクラローレルは史実の新馬戦で1番人気でしたが、9着とあえなく大敗。連闘で挑んだ翌週の2度目の新馬戦でも勝てなかったものの、順位を上げて3着となりました。1戦目はいいところがありませんでしたが、2戦目は不安視されていた脚部の骨膜炎が影響していそうです。
サクラローレルが1番人気だったのは、父が「凱旋門賞」勝ち馬レインボークエストなことが高く評価された結果。レインボークエスト産駒は当時、すでに「凱旋門賞」や「エプソムダービー」を制覇する中長距離のGI馬が誕生しており、そこからサクラローレルも期待されていたわけです。
なお2度の新馬戦というのは誤記ではありません。2002年までは開催内(簡単に言うと同じ競馬場での1ヶ月間の日程)であれば何度も新馬戦に出走して良いルールがあり、最大4回まで新馬戦に出走出来ました。2度目以降は「お返しの新馬戦」とも言います。
ちなみにローレルやブライアンの1世代上に当たる、「ウマ娘」でもおなじみのウイニングチケットも新馬戦に2度出ています。
シュガーネイションは本作のオリジナルウマ娘で、出走レースの着順からモチーフはリアルシャダイ産駒のシクレノンヴォルクで間違いないでしょう。あまり勝てなかったものの芝とダート両方で走っており、1着2着に入っているのがダートなので、ダート向きの競走馬だったようです。
長女モンシュシュクレ、次女シュガーセーフティはそれぞれムッシュシェクルとシクレノンシェリフと思われます。3頭とも馬主も父母も同じ全兄・全弟の関係。競馬は母馬が同じだと兄弟と扱い、父馬が違うと半兄・半弟と表記します。
一般的に有望な種牡馬(父馬)に繁殖牝馬をあてがうので、馬主も父母も同じ3兄弟は結構珍しいです。シュガーネイションたちが仲の良い姉妹として描写されているので、その辺りが関係していそう。
ちなみに「シュクレ」はフランス語の「砂糖」を意味する単語で、姉妹3人ともウマ娘名が砂糖関連だったりします。これはモチーフ元の母馬の名前がダイナシュガーだったからでしょう。
またシクレノンヴォルクの「Volk」はドイツ語で「民衆」を意味しており、「Nation」=「国民」に対応しています。モンシュがフランス語の「モンシェール(親しい人)」だとすると敬称「ムッシュ」、「シェリフ(保安官)」を安全を守る人と解釈すれば「セーフティ」となり、2人ともモチーフと繋がっていると言えなくもありません。
モンシュシュクレが勝った「日経新春杯」の元ネタは1994年1月23日開催のレース。史実の着順は1着ムッシュシェクルで、「ウマ娘」にも登場しているメジロパーマーは2着でした。
この時のメジロパーマーは8歳(現7歳)。春秋グランプリ覇者とあってか、出走馬中最大のハンデとなる60.5kgの斤量(現在一般的な斤量は58kg。1kgで1馬身差が出ると言われている)を背負う過酷なレースでした。
レース後にメジロパーマーは右前脚に屈腱炎を発症し、完治の目処が立たなかったことから引退。「日経新春杯」が現役最後の出走となりました。
元ネタは1994年1月30日開催のダート1400m「4歳未勝利戦」。本編での展開はかなり忠実に描かれており、サクラローレルが中団後方に控えるのに対して、シクレノンヴォルクは先行策を取りました。
スタートから中盤はほぼ団子状態。最終コーナーを抜けたシクレノンヴォルクは、好位につけたものの脚が残っていなかったのか、なかなか上がっていけませんでした。
一方でサクラローレルは集団の大外を回って一気に加速。このサクラローレルに引っ張られる形で、馬体を合わせたシクレノンヴォルクも急にスピードを上げますが力及ばず、結局3馬身もの着差で決着がつきました。
ゲーム「ウマ娘」や「シンデレラグレイ」を見ていると、重賞勝ちが当たり前に思えてきますが、実態はまったく別です。新馬戦(未勝利戦)・条件戦をおおむね2~3回勝ち、オープンクラスに上がってからようやくGIII~GIの重賞レースへ挑戦出来るようになります。
当たり前ですがレースで優勝出来るのは基本的に1頭のみ。ほとんどの競走馬はたった1勝すら出来ずに競走生活を終えます。勝ち上がれるのはほんの一握りで、重賞を勝てるのはさらにその上澄みだけです。
例え未勝利戦であっても、たった1つの優勝を巡ってしのぎを削るレースは凄まじく、また勝利の大きさは重賞に勝るとも劣りません。他のメディア展開作品と違って、こうした泥臭い要素を丁寧に拾って、物語に昇華しているのが「スターブロッサム」と魅力と言えます。
「皐月賞」出走へ向けた2勝目を上げるため、ローレルは1800mダート戦に挑みました。最大の敵はデビュー戦で圧勝し、すでに高い評価を得ているスノウインハザード。今のローレルにとって完全に格上の彼女にあえて挑んだのは、それくらいの壁を越えられないようでは、打倒ブライアンを成し遂げられないという意気込みからでした。
ローレルは強引なポジション取りで食らいつきましたが、本気を出したスノウインハザードの異常に低く沈み込んだフォームの走りに跳ね返され、2着で終わってしまいます。
全力以上を出して負けて悔いなし……ではあるものの、敗北は敗北。ローレルはクラシック路線の初戦、GI「皐月賞」でブライアンと戦う権利を失いました。
あがいても、もがいても、限界を超えてぶつかっても超えられない高い壁。それはローレルに限らず、クラシック路線を歩むすべてのウマ娘の前にありました。
同世代を歯牙にもかけない王者ブライアン。何度跳ね返されても挫けず立ち上がれる者だけが、絶対的存在の背中を捉えられるのかも知れない……第3巻はそんな風に思えるエピソードでした。
登場前からある程度予想されていたウマ娘、スノウインハザードが本格的に登場しました。
元ネタの実馬は米国3冠馬シアトルスルー産駒のタイキブリザード。マイル~中距離戦で目を見張るパフォーマンスを発揮し、アメリカ競馬の最高峰GI「ブリーダーズカップ・クラシック」に2度挑んだ名馬です。
スノウインハザードの由来は、雪あるいは吹雪の災害であるブリザードから。実馬がかなり大柄な馬だったため、劇中でも長身のウマ娘に描かれています。実馬の体重が「ウマ娘」でもお馴染み、巨体で有名なヒシアケボノに匹敵するレベルと言えばわかりやすいでしょうか。
タイキシャトルと同じタイキ冠名繋がりで実名での登場が期待されていましたが、ひとまずお預けとなりました。
ローレルとのレース中、極端な前傾姿勢を見せたスノウインハザード。これは実馬タイキブリザードが、首を低く下げてまるで地を這うように走ったことが元ネタです。
タイキブリザードは史実のレースで、岡部幸雄騎手の追い出しに合わせてこの走法を見せ、サクラローレルの猛追をしのぎました。
GI「皐月賞」への優先出走権を賭けた「弥生賞」での一幕。出走直前にローレルの無念を汲んだヨシノプリヴェールが、自ら額をゲートにぶつけて気合いを入れる様子がありました。
実馬が頭をぶつけた事実はありません。しかし、1994年「弥生賞」でサクラエイコウオーが発走前に立ち上がる場面はありました。
サクラローレルが負けたのは「弥生賞」と同日、同じ中山競馬場で午前中に行われた条件戦「4歳500万下」でしたが、もちろん敗北の無念がサクラエイコウオーに影響したわけではないでしょう。
興奮した馬がゲート内で立ち上がることは、レースではさほど珍しくありません。個別の出来事を上手く物語に盛り込み、ドラマチックに描いた好例と言えます。
史実と同様にGI「皐月賞」を圧勝し、レコードタイムを更新したブライアン。これは前年勝者ナリタタイシンのタイムを0.5秒上回り、さらにその前のレコード保持者である1984年のシンボリルドルフより1秒以上早い記録でした。
劇中でハヤヒデの「皇帝越え」発言と、ブライアンの勝ち方を見たルドルフが総毛立った理由は2つ。おそらくナリタブライアン(3歳時点)が今でも歴代3冠馬最強と言われていることと、当時シンボリルドルフの7冠越えを期待されていたことが反映された結果です。
ブライアンの「皐月賞」勝利を受けて、ローレルだけでなく新たに2人のウマ娘がちらりと登場しました。見れば一目瞭然ですが、マヤノトップガンとマーベラスサンデーです。実馬2頭はサクラローレルの1世代下ですが、のちに合わせて97年の古馬3強と言われる存在。
なお、マヤノトップガンもマーベラスサンデーも遅咲き。怪我や病気でデビューが遅れて、ナリタブライアンのクラシックの時点ではまだ走っていません。
チーム「アルケス」にあとから合流したアマギハピネス。元ネタはサクラチヨノオー産駒のサクラスーパーオーです。名前は桜の品種アマギヨシノと、引退後に乗馬になっていたころの名前タカオハピネスを組み合わせたもの。
サクラ冠名ですが境厩舎ではなく平井雄二厩舎所属だったため、ローレルらとは別枠の扱いになったのでしょう。
サクラスーパーオーは世代屈指の鋭い末脚で期待されていましたが、「皐月賞」敗北後に屈腱炎を発症し、「日本ダービー」には出走出来ず長期間の療養を余儀なくされました。
怪我繋がりで、マツカゼリュウオーにも触れておきましょう。元ネタはナムラコクオー。
名前の由来は実馬が『北斗の拳』ラオウの愛馬・黒王号から名付けられたので、同じ原哲夫作品の『花の慶次』に登場する松風(黒王と同じくらい大きな馬)から取られたのではないでしょうか。
ナムラコクオーはナリタブライアン打倒の本命と目されていましたが、屈腱炎で「皐月賞」を回避。「日本ダービー」には出走出来たものの、中央から高知に移籍して好成績を残しました。
競走馬として致命的な屈腱炎を何度も発症しつつ、そのたびに復帰しては、10年以上現役を続けた凄い馬です。実はこのナムラコクオーこそ、「負け組の星」ことハルウララが登場するまで、高知の地方レースを盛り上げ続けた功労馬だったりします。
「スターブロッサム」はWeb漫画サイトや漫画アプリで絶賛連載中です。最新話ではクラシック2冠目、GI「日本ダービー」まで進んでいます。
ローレルは史実と同様、GIII「青葉賞」に挑戦して優先出走権を獲得しました。ところが足の怪我が発覚したため出走を断念します。当時の陣営の悔しさを反映して、「スターブロッサム」では経緯が丹念に描かれました。
「青葉賞」関連でいうとエアダブリンの参戦が予想されていましたが、ここでは残念ながらダンスリムリックの名前で登場。母ダンシングキイとアイルランドの地方都市リムリック(ダブリンは首都)を組み合わせた名前です。
夏以降のサクラローレルは、年末のオープンクラス昇格から翌年の重賞初勝利までかなり苦労します。これまでのストーリーから考えるに、ほぼ省略しない可能性が高く、雌伏の期間が続くことになるでしょう。
物語的には2年目の春までナリタブライアンが中心で、徐々にマヤノトップガンやマーベラスサンデーが加わって来るのではないでしょうか。3年目になるころには、クラシック期にGI「天皇賞・秋」へ駒を進めたバブルガムフェローも入ってくるはずです。
特にバブルガムフェローは、ゲーム「ウマ娘」3.5周年でウマ娘化が発表されたので、実名でフォーカスが当たる可能性は非常に高いです。ただ作中で描かれるのはだいぶ先になりそうですが……。
ラストは当然、「凱旋門賞」挑戦になるでしょう。名手・武豊を鞍上に迎えてのフランス遠征が、どういった形になるか今から待ち遠しいです。
「スターブロッサム」は作画・保谷伸(ほたにしん)、脚本・文殊咲(もんじゅさき)の2人体勢で制作されています。
保谷伸は2010年開催の「コミックゼノン」第1回マンガオーディションにて、読み切り作『おじさんと小さな花』で準グランプリを受賞、商業デビューした漫画家です。代表作は高校演劇部の活動にフォーカスした『まくむすび』、漫画家の卵と自堕落な魔女がリモート通話する様子を描いた会話劇『マヤさんの夜ふかし』など。
保谷伸の絵柄は流行の作品に比べると少し癖があるものの、表現が豊かで心を打つ群像劇が上手い漫画家です。いい意味で泥臭い「スターブロッサム」にはうってつけといえるでしょう。
脚本を担当する文殊咲は本作が初商業作です。年齢性別経歴の一切が不明。凱旋門賞馬モンジューとサキーを彷彿とさせる名前から、「ウマ娘」の権利を持つCygames関係者のペンネームと思われます。根拠のない憶測であることをお断りした上で予想すると、ひょっとすると「シンデレラグレイ」を担当する脚本家・杉浦理史が競合作品に関わることに配慮した別名かもしれません。
『ウマ娘プリティーダービー スターブロッサム』はまだ始まったばかり。今から読み始めても連載に追いつけるので、ぜひサクラローレルの物語を追体験してください。
連載は「となりのヤングジャンプ」、「ヤンジャン!」、「少年ジャンプ+」の3媒体で同時に更新されています。いずれも差はないので利用しやすいところで読むのがおすすめです。