ロシアによるウクライナ侵攻によって「全体主義」の問題が再び注目されています。 全体主義が台頭する原因や、対抗策について理解することは重要です。 なぜ全体主義が台頭するのか、どう対抗すべきなのか。 こうした命題に 70年以上前から取り組んできた思想家がいます。 20世紀を代表する科学哲学者、カール・ポパーです。 若き日のポパーは一時的にマルクス主義へ傾倒しましたが、後にその全体主義的な性格を批判するようになりました。 なぜ批判へと変わったのでしょうか。 ポパーは西洋哲学の伝統を遡り、全体主義の起源をプラトンに求めました。 『国家』に象徴されるプラトンの国家論こそが、個人を従属させる全体主義の原点であると見抜いたのです。 代表作『開かれた社会とその敵』で展開されたプラトン批判は、今だからこそ見直されるべきアプローチといえます。 なぜポパーは全体主義を批判し、その思想はどこまで先駆的なのか。 改めてその思想に迫りたいと思います。

1902年、カール・ポパーはウィーンで生まれます。彼はユダヤ人であり、父親は裕福な弁護士でした。
ポパーは若い頃、共産主義の理想に感銘を受け、しばらく熱心に信奉していました。
しかし、ナチスを含む全体主義体制の台頭を目の当たりにし、共産主義には全体主義的な側面があることに気付きます。
両者(共産主義と全体主義)は個人の自由を制限し、国家やイデオロギーを通じて人々を動員・統制しようとする点で、共通の危険性を持っていると認識したのです。
こうした過程から、ポパーは若き日の共産主義への傾倒を反省し、全体主義的な性格を持つあらゆる体制に批判的な姿勢を取り始めます。
共産主義への傾倒から全体主義への批判、これがポパーの思想的な変遷になります。
ポパーはウィーン大学で数学、物理学、哲学を学び、ウィーン学団の哲学者たちと交流しながら「科学的社会主義」に対する疑問を深めました。
ナチスの台頭によりオーストリアが危険になると、彼らはニュージーランドの大学に亡命します。
ニュージーランド亡命中、ポパーは全体主義について考察を深めます。西洋哲学の大家(プラトン、ヘーゲル、マルクス)の思想分析を通じて、全体主義の根源を見出したのです。
代表作の『ヒストリシズムの貧困』や『開かれた社会とその敵』などによって、結実することになります。
以下では、ポパーのマルクス主義に対する批判を見ていきましょう。
一般的な解釈として、マルクス主義の社会主義は「科学的」であり「空想的」ではありません。
空想的社会主義は「善意」で社会主義を実現しようとします。空想的社会主義者からすると、社会主義こそが最も正しい正義の社会であると信じています。
したがって資本主義から社会主義への移行は「善なること」であり、それを実現しようと努力することが「善意」なのです。
空想的社会主義が言う「善意」とは、社会主義を理想として掲げ、その実現のために政治活動や社会実験を行う動機のことを意味します。空想的社会主義者にとって、社会主義とは単なる理論ではなく実践すべき理想なのです。
この「善意」がある故に、可能な限り早く社会主義を実現しようと考えてしまいます。そのため科学的社会主義(マルクス主義)は、空想的社会主義をあくまでも空想的、つまり非現実的と見なしてしまうのです。
マルクス主義はそうではなく、資本主義の自然な衰退・崩壊によって社会主義が到来するとします。社会主義の到来は「歴史的必然」であるとし、それを食い止めることはできないのです。
したがって社会主義の実現・到来を待つことがマルクス主義者の立場になります。資本主義が存在する限り、社会主義の勝利は確実であり不可避であると結論するのです。
しかし社会主義者は何もしなくてもいいのではありません。資本主義の中から社会主義が現れるとき、その誕生をサポートする役割を果たすことができます。
出産が困難な場合、助産師が母親をサポートするように、社会主義者も社会主義の到来を支援すべきです。
マルクス主義者にとって、社会主義実現へのプロセスを助ける「革命」は重要な意味を持ちます。新しい社会が誕生するためには、旧社会の破壊が必要不可欠であり、そのため革命のような暴力的な行動が伴うからです。
革命の場で自らの命を捧げることこそ、社会主義への「歴史的必然性」に身を置くことを意味し、人生の大義そのものとされます。マルクス主義者の人生観は、社会主義の実現へ歴史的必然性のために戦い、命を捧げることでもあるのです。
マルクス主義の思想においてプロレタリアート(労働者階級)は、社会主義を担う歴史的な使命の担い手と位置づけられます。さらに共産党はプロレタリアの代表として、社会主義の実現に向けた「歴史的使命」を果たす重要な存在です。
つまり共産党こそが、歴史の必然性を具現化しているのです。そのため共産党のために命を捧げることが、文字通り歴史的使命を全うすることに繋がります。
「党は君の命(党の命は個人の命より重要)」という信条こそが、マルクス主義の根幹を形成しています。個人は党に吸収され、そして個人を消滅しなければなりません。
この使命感があるがために、共産主義者は迫害にも耐えながら信念を貫くことができます。大義のためには他者を虐殺することも躊躇しません。
この心理状態は宗教的異端者が見せる反応に似ているかもしれません。古代ローマ帝国時代にキリスト教は迫害を受けますが、その信仰心の強さによって拡大を続けます。そして最終的には古代ローマ帝国の国教にのし上がったのです。
科学的社会主義の「歴史的使命感」とは、きわめて宗教的な信念であると言えるでしょう。
マルクス主義の特徴として、歴史法則主義(ヒストリシズム)があります。
ヒストリシズムとは「歴史には必然的な法則が存在するため、それに基づいて人間の運命を予測できる」とする思想です。
このヒストリシズムこそが「人間性に対する犯罪を引き起こす張本人である」と、ポパーは批判しました。歴史の必然法則を信じることで、個人の尊厳が傷付いてしまうと考えたからです。
歴史には必然的な流れがある以上、その必然性から個人が逸脱することは許されなくなります。
つまり、ヒストリシズムという考え方は、個人の選択肢を全否定し、個人を歴史という必然に全面的に服従させてしまうことに繋がってしまいます。
個人が歴史の道具にされ人間性が蹂躙されてしまう構造こそ、ヒストリシズムが抱える深刻な問題点である、とポパーは指摘したものです。
歴史法則主義(ヒストリシズム)の起源を、ポパーはプラトンの思想に求めています。
プラトンの有名な思想として「イデア論」があります。「イデア」は英語の「idea」の語源になっており、訳すと「考え方」や「理想」を意味します。プラトンの場合は「理想」の意味合いが強いです。
「この世に存在する個々の事物(個物)は流動的で変化するが、イデアという不変的な真の実在が観念界に存在し、個物はそのイデア(理想)へと至る過程にある」と、プラトンは考えます。
そして「世界が真のイデアに向かって必然的に発展していく、あるべき理想の姿がありそこへ至る歴史がある」という歴史の必然的な流れへとつながっていくのです。
「個物が変遷を繰り返し、最終的には真理(理想)へ到達する」という構造が、のちにヘーゲルの歴史哲学(歴史法則性)へと引き継がれていった、とポパーは分析しました。
このプラトンの考え方はヘーゲルを経て、マルクスに受け継がれます。そして、社会発展の法則性という歴史の必然論が形成されていったと、ポパーは西洋哲学の一貫した流れを批判的に指摘したのです。
ポパーの代表作『開かれた社会とその敵』においても、プラトン哲学に対する詳細な批判が全体の半分近くを占めています。
ポパーが問題視したのは、プラトンの国家論に見られる全体主義的性格になります。
個人の自由や尊厳がない全体主義を容認する原理が、すでに見え隠れしていると批判したのです。
そしてポパーが唱えたのが、タレースやプロタゴラスら自然哲学者への回帰です。彼らの思想は政治権力から自立し、純粋な知的探求に徹していたと考えられています。ポパーは、この体制への忖度のない姿勢こそが全体主義的傾向の払拭につながると主張しました。
つまりポパーは、全体主義的な性向のない存在への回帰を模索したわけです。政治的中立性を堅持する知的な姿勢への回帰を目指していたと言えるでしょう。
カール・ポパー(2023)『開かれた社会とその敵 プラトンの呪縛(上) 第一巻』(小河原誠訳)岩波書店
思想の歴史から現代の政治問題を考えるユニークな一冊です。第二次世界大戦下で全体主義の到来に直面したポパー。ヨーロッパに悲劇をもたらした起源として、ヨーロッパ哲学の巨人であるプラトンを批判します。代表作『国家』において展開されるプラトン哲学こそ、全体主義の原点であることを深い考察から掘り下げ、解き明かしていきます。全体主義とは何かを知りたい方にオススメです。現代思想の新たな地平が開示されている一冊と言えるでしょう。
カール・ポパー(2023)『開かれた社会とその敵 にせ予言者 - ヘーゲル,マルクスそして追随者(上) 第二巻』(小河原誠訳)岩波書店
- 著者
- ["カール・ポパー", "小河原 誠"]
- 出版日
本書は政治思想と歴史の深い洞察を提供する重要な著作です。ポパーはヘーゲルやマルクスの理論を批判。個人と社会の自由に対して、彼らの理論がいかに脅威を与えるのかを鋭く分析しています。全体主義への明確な批判、そして自由主義的価値の擁護を通じて、本書は今日においても政治哲学や社会科学の分野において広く読まれています。現代社会の構造と個人の役割を深く考えるため、ポパーの洞察は貴重な視点を提供してくれるでしょう。
デヴィッド エドモンズ、ジョン エーディナウ(2016)『ポパーとウィトゲンシュタインとのあいだで交わされた世上名高い一〇分間の大激論の謎』(二木麻里訳)筑摩書房
- 著者
- ["エドモンズ,デヴィッド", "エーディナウ,ジョン", "Edmonds,David", "Eidinow,John", "麻里, 二木"]
- 出版日
哲学界の二大巨頭である、ウィトゲンシュタインとポパーの間で繰り広げられた、伝説的な討論をまとめた一冊です。
また同時に、彼らの人生と時代背景も深く掘り下げられています。ウィトゲンシュタインの裕福な家庭背景と第一次世界大戦での活躍、それとは対照的なポパーの挑戦的な人生が鮮明に描かれています。さらにナチスやユダヤ人問題との関連性、周囲の人物像も織り交ぜ、哲学者たちの多面的な人間性が浮かび上がってきます。
哲学的な討論だけでなく彼らの個性や背景にも光を当てることで、読者は哲学理論だけでなく、その背後にある人間ドラマにも触れることができる一冊です。