『愛がなんだ』『街の上で』恋愛映画の妙手・今泉力哉の制作手法とは-ヒットコンテンツの裏側に迫る【今泉力哉 #1】

『愛がなんだ』『街の上で』恋愛映画の妙手・今泉力哉の制作手法とは-ヒットコンテンツの裏側に迫る【今泉力哉 #1】

更新:2023.12.28

鬼滅の刃、名探偵コナン、推しの子、……。毎年いくつものエンタメ作品が世を騒がせます。ヒット作品は、50万部突破、興行収入100億円、総PV1億回など、数字や結果ばかりが表にでてくるものですが、作品が作られるまでには数々の試行錯誤や葛藤があるものです。 本連載ではそのような試行錯誤や葛藤に焦点を当て、ヒット作品の輝かしい実績の「裏側」に迫ります。次々とヒット作を生み出すクリエイターは、どのような道を歩んできたのか。挫折や逆境を乗り越え、今に至るまでのキャリアの築き方についてお伺いしました。 第2回目にご登場いただくのは、映画監督・今泉力哉氏。2010年『たまの映画』で商業監督デビューをし、現在もなお、1年に1作品以上の長編映画を公開しています。 『愛がなんだ』『街の上で』など、多くの恋愛群像劇を輩出し続ける中で、今泉監督作品特有の質感や温度・作風はどのように生まれたのか。各作品の制作手法や、現在に至るまでのキャリアを振り返り、「映画監督」への道を紐解きます。

全4週に渡るインタビュー。

1週目の今回は、作品への向き合い方についてお伺いしました。各作品をピックアップし、今泉監督作品特有の”表現手法”に迫ります。

『愛がなんだ』『街の上で』恋愛映画の妙手・今泉力哉の制作手法とは

―― 今泉監督の作品は演技で伝える作品だと感じています。一転、多くの方に届くきっかけとなった『愛がなんだ』は、過去の作品に比べて説明の描写が多く感じました。多くの方に届けるために、”分かりやすさ”などを意識したのでしょうか?

『愛がなんだ』劇場版ポスター

 

今泉力哉氏(以下、今泉) めちゃくちゃ意識してはなかったんですけど、説明に関してはナレーションを使う・使わないみたいなのが大きいと思います。

角田さんの原作には、一人称、というか……。主人公の心の声みたいなものがたくさん描かれていて。その文章が面白くて、その面白さを活かすなら、ナレーションを使おうという話になりました。

例えば小説の中で、普通に考えたら悲しいから泣いていると思われる場面があります。でもその登場人物は、幸せと感じているから泣いていると描かれてるんですよ。

もちろんそれを役者さんのお芝居で示すことはできるけど、あえてナレーションを使いました。時間の飛ばし方などもそれを利用して。

ナレーションを使う善し悪しもあると思います。

俺の映画では普段、あんまり(ナレーションを)使っていなかったので、いつもよりも丁寧に撮ってるとか、説明的だと感じる方がいたのかもしれないですね。そこに関しては、ナレーションだけじゃない部分もあると思うけど。

―― 細部までこだわりを感じる作品ばかりですが、監督の指示はどこまで出していますか?『his』では、娘・空の髪型や身なりが、母親である日比野玲奈と過ごす忙しい毎日と、父親・渚と過ごすときとで違いがありました。

『his』劇場版ポスター

 

今泉 (空が)母親といるときと、父親といるときの格好は、ヘアメイク部や衣装部と相談して決めていました。

他の作品でも、俺が全部決めてるときもあれば、提案してもらったやつを確かにそれもあるかも……と起用したり、もしくは過剰だったら減らしたりという感じで。

『his』に関しては、明確なキャラクター像があります。とくに母親である玲奈が空に手をかけられないという状況で。

ああいう作品というのは、どうしても母親が悪人になる創作が多いと思います。でもそれぞれの立場でみれば、みんな苦しかったり大変な思いをしている。

弱者として扱われがちなゲイの2人だけが良い人に見える、という形にはしないように作っていました。

―― たしかに私が感情移入をしたのは母親の方でした。

今泉 企画と脚本を担当したアサダアツシさんがそういうのにめちゃくちゃ気をつけていて。

俺は最初、裁判とか終わった後に母親側をここまで丁寧に描く意味ってあるのかなって思ってました。撮る前はそこを描く意味が分からなかったんです。

でも(編集で)繋いでみたら、さすがに母親側をやらないと本当にただの悪人になってしまうことに気づきました。

―― 今泉監督の作品は、”長回し”のシーンが多いと思いますが、その中でも『街の上で』が特に印象に残っています。若葉竜也さん演じる荒川青と、中田青渚さん演じる城定イハの家のシーンでは、殆どアドリブはなかったと拝見しました。

今泉 撮影としては17分ぐらいの長回しのシーンで、作品では10分と7分に分かれています。ほぼほぼセリフ通りで、アドリブはなくて。

ただ途中で笑い合ったりとか、ちょっとした空気に関しては役者さんが紡いでいるので、そういう部分は書いてないですけど。

―― イハが話す「実際もお茶の上なんで」のセリフに驚きました。かみ合っていない会話の流れがなんともリアリティがあり。

今泉 よく感想で「長回しがあまりに自然」とか「生っぽい」と言われていたのは目にしていました。「あのワンカットはアドリブじゃなくて、セリフなの?」とか言われていて。

ただ、「実際もお茶の上なんで」に関しては、台本にはないセリフです。台本には、布を広げて大きさを確認した後、イハが「大丈夫です」と(布を)回収して雑に捨てるみたいな、その流れはあったんですけど。

段取り*の段階で布を広げたときに、若葉さんが「これ、お茶危ないかも」とその場でアドリブで言っていて。その言葉が面白かったんで、その場で俺が思いついて、セリフを足したという流れですね。

なので、「これ、お茶危ないかも」を活かすために、返しの言葉で「大丈夫です、実際もお茶の上なんで」って言ってください、というのを中田さんに頼みました。

そういったことは割とする方だと思います。現場で起きたことに対して面白い言葉を思いついたら、その場で足していくみたいな。

*段取り・・・本番前に芝居を通して確認する作業。

―― 商業監督としてデビューする前は多くの自主映画を制作されています。監督としての柔軟性や作品への向き合い方は、自主映画の経験があってこそですか?

今泉 個人差があると思います。自主映画出身でもがちがちに固める人もいるし。絵コンテ通りきっちり作る人もいるので。自分のつくり方かもしれないですね。

もし俺が商業映画から入って、助監督を経験して、映画を作るっていうのはこういうものだって教わっていたら、柔軟性を失っていた可能性はありますけど。

俺自身が自分の頭の中にあるものを100%作りたい、みたいな感覚で映画を作ってないので。

他の人のアイディアもそうだし、現場で思いつくこともそうだし、いろんなものを取り込めることが大事かなと思っています。だから極力隙間を作っているし、脚本通りの映画を作るっていう意識もあまりないです。

もっと面白くならないかなとずっと思って現場にいるし、現場が終わったら、その素材も脚本通りに繋ぐんじゃなくて、編集時にもう一回順番も含めて、1番面白くなる方法を考えます。

脚本・現場・撮影・編集・仕上げを通して、最後にお客さんに届くものが面白くなればいいわけで。

なので脚本家さんがいなくて自分がオリジナルで描いているときは、どんどん捨てていくじゃないですけど、最終的に面白くするためにはどうするかっていうことを考えています。

―― はじめて映画を作ったときもあまり作り込みすぎずに?

今泉 初期の方が絵コンテを描いていました。それしか方法が分からなかったし、スタッフさんたちへの説明も難しかったし。

初期の方がちゃんと映画を作ってたな……、どんどん怒られながら作ってます、今は(笑)。

―― 作品の中であえて引きで撮ることや、映さないことに対する意図はありますか?『窓辺にて』では、藤沢なつ(役・穂志もえかさん)が、浮気相手 有坂正嗣(役・若葉竜也さん)と焼肉を食べるシーンが印象的でした。嫉妬心を吐露したなつの表情を映さないのか、と。

『窓辺にて』ポスター

 

今泉 お客さんを信じているのが1個ですかね。顔でしか(内容が)伝わらないとは思ってなくて。

もともとその焼肉のシーンは寄り*で撮る予定だったんですよ。

でも焼肉自体が湯気や肉の種類、焼け具合とかで、カットがめちゃくちゃ繋がりにくくて。だからカットを細かく割るのはどうなの?という物理的なものが1個ありました。

ただ段取りとテストを引きで見ていたときですね。穂志さんがトイレに行こうと席を立って、カメラのフレームの外に出て行った後、若葉さんが「それ(紙エプロン)つけたままで行くの?」と言葉を発して。

若葉さんのそのアドリブによって、穂志さんが紙エプロンを投げつける、そのフレームの外と中でやり取りが生まれたんです。

あそこで確信しました。あ、これはもう細かく割らなくていいか、と。

あのやりとりが生まれたことでワンカットに決まったというか、あれがなければお互いの寄りを撮って編集で探ってますね。

*寄り・・・ワンショット。

―― その後のホテルの画もきれいでした。

今泉 画に関しては、普段からアイディアがあまりなくて。俳優をただ撮っていればいいと思っちゃってます。

画角のこととか、映像での表現というのは疎いくらい思いつかないんですけど。あれはロケ場所が特殊で、シャワー室がガラス張りだったから思いついたんです。

はじめは奥にいる若葉さんにカメラさんがピントを合わせてくれてて。でも俺の頭に浮かんでいる画と撮れている画が、全然違っていて。

なにが違うか分からないけど違うんですよね、とずっとカメラさんに言ってました。

実はめちゃくちゃ単純なことで、ガラス面の水滴にピントを合わせるか、奥の人物にピントを合わせるか、の違いだけだったんです。

人物に合わせると、ただの汚い画になっちゃうんですよ。それにすら気づけないくらい、カメラのレンズとか全然分かってないんです(笑)。

そしたらカメラさんが、「人物じゃなくて面(ガラスの水滴)を撮りたいんですか? 」って言ってくれて。あ、これです、みたいな。その指示もできないというか、分かってなかったです。

―― なつの浮気に対する罪悪感や曇った気持ちを表すように、あえて曇っているガラス窓のカットを入れていますか?

今泉 そんなに細かいところまで考えてないです。

ただ、ガラスが透けていること。女性の裸を見せられないこと。2人の距離みたいなこととかは考えていました。

そしたら自然と、ここでガラス越しにマサがふざけてたら、なつはシャワーを掛けてじゃれたりするかな? とか。そしたらガラスに水滴がつくよな、みたいなことですかね。

曇らせた気持ち、とかまでは意識してないです。そこはお客さんが読み取ってくれる部分かなと。

実はあのシーン、マサの「なつは優しいな」というセリフで終わっているんですけど、あのあと5分くらいあって。

それをDVDに未公開特典として入れてます(笑)。めちゃくちゃいい芝居なのでぜひ見てほしいです。

―― 『ちひろさん』『アンダーカレント』と原作のある作品の公開が続いています。原作を第一にするのはもちろんのこと、ご自身の色をどこまで出していますか?

今泉 自分の作品だと分かる方がいいと思っています、原作物でも。

それは消すつもりはないです。ただ、原作者とか原作ファンの方が面白いと思ってくれるものにしようという意識はめちゃくちゃあります。

でも自分の空気を消そうとかはあんまりないですかね。何より自分のやり方で面白くなるんじゃないかと思った作品以外は断ってます。

―― 原作物に対して脚色をする場合は、原作者の方に相談しますか?

今泉 できるなら密な関係でいたいですよね、そりゃ。

でも『愛がなんだ』とかは特殊で。映画が完成するまで、原作の角田さんと1回も会えてなかったんですよ。

風の噂で、原作者だけどできた映画を見ないということを聞いていて。はじめは、そこまでお任せなの? って思ってたんですけど。でもあれだけ映像化されている方だからこそ、お任せなのかな、って。

そう聞いていたのに、初号の日にふらりと編集と方といらっしゃって。え、角田光代さんいるじゃん! 見るじゃん! って。

不安で仕方なかったんですが、上映後、めちゃくちゃ映画を気に入ってくださってて安心しました。

 


 

【第2回記事】 はこちら。

俳優たちとの出会いと功罪、”あなた”に届く映画をつくるために -ヒットコンテンツの裏側に迫る【今泉力哉 #2】

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若葉竜也さんをはじめ、今泉監督作品に同じ俳優を起用し続ける意図とは? 今泉監督作品にご出演される俳優に焦点をあて、お伺いしました。

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