再刊が望まれる傑作アート関係書6選

更新:2021.12.1

今回は、これは本当に素晴らしい本だと思えた6冊を選びました。美術、建築、文化についての6冊です。

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広く美術に関わる本の多くは、たとえその内容がどれだけ素晴らしかったとしても、絶版となってしまうことが少なくありません。現在はAmazonなどもあり、中古でも手に入るものも多いですが、やはり再刊されると良いのになと思うこともしばしばです。今回は、これは本当に素晴らしい本だと思えた6冊を選びました。美術、建築、文化についての6冊です。

「高級ブランド」の歴史を紐解く一冊

著者
ダナ・トーマス
出版日
2009-05-13

いきなり挑発的なタイトルの本を選んでしまいましたが、元々のタイトルは「DELUXE:HOW LUXURY LOST ITS LUSTER」(デラックス:いかにしてラグジュアリな商品はそのラスター(輝き)をロストした(失った)か)というもので(LLL、と並んだ印象的なタイトルですね)、もう少し抑えめです。いずれにしても、本書は高級ブランドへの愛に満ちた、そして真摯な批判に満ちています。

元は職人たちによる誠実な手仕事によって評価されていた商品が、「ブランド」と化していく模様がありありと伝えられ、買収劇、大胆な投機、大衆扇動が様々な形で紹介されていきます。今や巨大「高級ブランド」へと変貌を遂げた輝かしい企業の責任者たちが、利益追求のあまり、コスト削減に走ったり、ロゴをでかでかと表示するようにしたり、より購入のハードルが低いハンドバッグや香水まで展開をしたりする様子には、むしろ畏敬の念すら覚えるほどです。日々変化する市場においては、本書の情報はやや古いかもしれません。けれども、アートとのコラボレーションも少なくない高級ブランドの裏側を知るにはとても良い一冊には変わりありません。

戦後日本最大の建築コンペをめぐるドキュメンタリー

著者
平松 剛
出版日
2008-06-10

新宿にそびえる巨大な建築物、東京都庁。東京のシンボルであるがゆえに、その建築プロセスをめぐっては、様々なドラマがあったに違いありません。奇しくも東京オリンピックを間近に控え、巨大建築についての議論が盛んな現在においては、本書は非常に興味深い一冊にますますなっていると言えると思います。

タイトルにある通り本書の主人公は建築家・磯崎新です。現在も日本を代表する建築家として衰えることを知らない磯崎ですが、都庁は彼が建てたわけではありません。都庁のコンペに勝利したのは、磯崎の師・丹下健三です。建築のコンペというブラックボックスを、磯崎と丹下の師弟対決という側面から切り込んだ、建築についての専門家でない人にとっても、また、都民でなくとも、スリリングな一冊です。

80年代のキュレーター奮闘記

著者
岡部 あおみ
出版日

次に紹介するのは、フランスの美術館ポンピドゥー・センターでの「1910-1970 前衛の日本」展の共同コミッショナーを務めた岡部あおみによる80年代のポンピドゥー・センターでの仕事の記録です。前述の展覧会前後にフランスの美術館で彼女が実際に経験したことや舞台裏が記されていて、僕自身学生時代にこの本を読んでとてもワクワクしたことを思い出します。

本書は岡部あおみという一人の人間の記録であると同時に、展覧会とはどのような業務があるのかや、ポンピドゥー・センターという美術館の理念や活動についても知ることができる素晴らしい一冊です。

日本近現代美術史の労作

著者
佐藤 健二
出版日

最後に挙げる3冊は、日本の近現代美術史を考える上でも外せないと筆者が考える労作たちです。そのどれもが(再版を重ねながらも)現在古本でしか入手できないというのは大変残念に思います。

まず、佐藤健二『風景の生産・風景の解放-メディアのアルケオロジー』ですが、タイトルにもあるように「風景」が大きなテーマのひとつとなっています。柄谷行人が鋭く論じたように、風景とは明治以後に「発見」されたものであり、それは「内面」の発見と同時だったわけですが、本書では「絵はがき」に焦点が当てられ、絵はがきというメディアがもたらした体験の変容について論じられています。

鉄道から見る外の「風景」、地震の直後に販売された「震災絵はがき」など身体とメディアの関係性の面白さには枚挙にいとまがありませんが、本書ではまた「ネズミ捕り」についても論じられています。なんと明治33年、ペスト対策として東京市は「ネズミの買取」を始めたのです。ネズミがお金になる!と思いながら都市空間を生きることは、一体どのようなものだったのでしょうか。ふとポケモン・ゴーが頭をよぎったりします。

著者
木下 直之
出版日
2010-11-11

『美術という見世物』というタイトルが示す通り、本書は通常「美術」としてみなされてこなかった写真油絵、生人形、パノラマ館、石膏細工、西洋目鏡といった江戸末期・明治の「見世物」に注目した一冊です。明治期に「美術」が導入された際、忌避され「見世物」として扱われたものたちを改めて見つめ直すことで、著者・木下直之は江戸と明治の断絶を乗り越えようとします。

本書は「日本美術の19世紀」という1990年に木下が行った展覧会の発展版であり、展覧会が調査研究の成果発表であること、そしてそれがゴールではないことを改めて考えさせてくれる一冊でもあります。僕自身、木下の数々の著作に多大な影響を受けているひとりに他なりません。

著者
吉見 俊哉
出版日
2011-07-12

本書は文字どおり、「万博」を軸にたどる日本の戦後史です。最も有名な1970年の大阪万博だけでなく、「海洋博」「科学博」「愛・地球博」などについても論じられていて、「万博」が国家政策としてどのように政治的に利用されてきたのかが鋭く描かれています。

元々のタイトルである『万博幻想―戦後政治の呪縛』でも明らかなように、極端な開発主義と、それを支えた「幻想」は、現在のオリンピック政策や、新な大阪万博構想について考える際にも大変有益です。日本の現代美術ではよく1970年の大阪万博が重要な転換点として参照されますが、万博を切断面としてではなく連続性を持って眼差す本書の姿勢は、多くのヒントを与えてくれそうです。

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