5分で分かるサルトルの哲学|サルトルの挑戦とは? ヘーゲルとキルケゴールを超えて|元教員が解説

更新:2024.12.28

1940年代に登場したフランスの哲学者・ジョン・ポール・サルトルは、反体制的な思想とボヘミアンなライフスタイルで、大きなセンセーションを巻き起こしました。 当時の哲学界で二分していた課題として、ヘーゲルとキルケゴールの歴史観があります。サルトルはこの対立について「歴史の真理を自分で探究しよう」と若者たちに訴えかけます。これが多くの若者の心を捉えるきっかけとなりました。 またサルトルは人間が放り出された「自由の刑」について語り、そこから逃れるべく「歴史に参加しよう」と呼びかけました。このメッセージに共鳴した若者たちが、世界各国で学生運動(社会主義運動)を巻き起こしていったのです。 今回の記事では、サルトルの思想形成の背景から、彼が若者たちに与えた影響を見ていきたいと思います。

大学院のときは、ハイデガーを少し。 その後、高校の社会科教員を10年ほど。 身長が高いので、あだ名は“巨人”。 今はライターとして色々と。
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サルトルと「自由の刑」──なぜ彼は共産主義に熱狂し、そして絶望したのか

第二次世界大戦後のパリ。サンジェルマン・デ・プレ界隈のカフェは、紫煙をくゆらせながら議論に没頭する若者たちで溢れかえっていました。

 彼らが熱狂的な視線を送っていた中心人物こそ、哲学者ジャン=ポール・サルトルです。「サンジェルマン通りの法王」とまで呼ばれた彼は、当時の若者にどのような熱を与え、そして何を残したのでしょうか。

自由という名の刑罰とサルトルの憂鬱

サルトルの哲学を一言で表すなら、「人間は自由という刑に処せられている」という逆説的な言葉に集約されます。 

通常「自由」といえば束縛から解放された喜ばしい状態をイメージするかもしれません。しかしサルトルにとっての自由とは、頼るべき「正解」や「神のシナリオ」が一切存在しない、孤独で不安な状態を意味するのです。

たとえば、ペーパーナイフは「紙を切る」という目的のために作られています。存在(あること)よりも先に本質(何であるか)が決まっているといえます。

 ところが人間は違います。まずこの世に「存在」してしまい、そのあと自分で「自分は何者か」を作り上げなければなりません。進路、職業、結婚相手、そして日々の小さな行動まで、すべてを自分の意志で選ぶ必要があります。

この「選択の絶対的な自由」こそが、人間に重い責任を負わせることになります。 もし人生に失敗したとしても、それは神のせいでも運命のせいでもなく、選んだ自分自身の責任になるからです。

正解のない荒野で地図を持たずに歩き続けるような不安。これこそが、サルトルが「刑罰」と表現した自由の正体でした。

絶望しないための「アンガージュマン」

この耐えがたい「自由の不安」に対して、私たちはどう向き合えばよいのでしょうか。

 サルトルが生きた時代、哲学の世界では二つの大きな潮流が対立していました。

一つはヘーゲルの歴史主義です。彼は「歴史は理性の法則に従って進み、最終的には完全な真理へと到達する」と主張しました。これは歴史のレールに乗っていればよいという安心感がある反面、個人の努力が無力化される受動的な考え方ともいえます。 

もう一つはキルケゴールの個人主義です。歴史の進歩など待たず、それぞれの個人が自分の内面で真理を求め、実存的に決断することこそが重要だと説きました。

サルトルはこの二つを乗り越える道を模索しました。 

キルケゴールのように「個人の決断」を重視しつつも、それが単なる内面の満足で終わることを良しとしなかったのです。個人が自由な決断によって社会(歴史)に関わり、自らの手で歴史を動かしていくべきだと考えました。

ここで登場するのが、有名な「アンガージュマン(社会参加)」という概念です。 

自分一人で部屋に閉じこもって悩むのではなく、現実の社会問題に「自分自身を拘束(engage)」させること。リスクを背負って政治や社会の変革に関わること。

それこそが、空虚な自由を生きる人間に確かな手応えを与える唯一の方法だと説いたのです。 何ものでもない自分」が、社会に関わることで「何者か」になれる。このメッセージは、物質的な豊かさの中で精神的な飢えを感じていた若者たちに、生きる指針として熱狂的に受け入れられました。

なぜソ連だったのか──「正義」という名の落とし穴

積極的に社会に関わろうとしたサルトルが、その「関わる対象」として選んだのがマルクス主義(共産主義)でした。 現代の視点から見ると「なぜ自由を愛するサルトルが、統制的なソ連を支持したのか?」と疑問に思うかもしれません。

しかし当時の文脈を紐解けば、それは彼なりの論理的な帰結でもありました。

当時、資本主義社会は貧富の差や植民地支配などの弊害を露呈していました。サルトルにとって資本主義は「乗り越えられるべき古いシステム」であり、一方のソビエト連邦は、人類が初めて到達する「平等で正義のある新しい歴史の段階」であるかのように映っていたのです。 ヘーゲル的な「歴史の進歩」を、自らの「アンガージュマン」によって実現しようとしたと言えるかもしれません。

たとえソ連国内で粛清が行われているという噂があっても、彼は擁護の姿勢を崩しませんでした。「ソ連を批判することは、敵である資本主義を利することになる」。この論理に従い、サルトルを含む多くの左派知識人がスターリン時代の暗部から目を背け続けたのです。

熱狂の終わり──幻滅、そして時代の転換

しかし、その熱狂にも終わりの時が訪れます。 1956年、ハンガリー動乱が発生しました。ソ連がハンガリーの市民蜂起を戦車で武力弾圧したこの事件は、西側の知識人たちに決定的な衝撃を与えます。「ソ連こそが正義の実現者だ」という幻想は、無残にも崩れ去りました。

サルトルもまたソ連の実態に失望し、距離を置かざるを得なくなります。 

さらに時代は構造主義へと移り変わっていきました。レヴィ=ストロースやフーコーといった次世代の思想家たちは、「人間は主体的に歴史を作れる」というサルトルの前提自体を批判し始めます。人間は自由な主体などではなく、社会構造や無意識に支配された存在だ、と冷徹に分析したのです。

かつて「サンジェルマン通りの法王」として君臨したサルトルの時代は、こうして静かに幕を下ろしていきました。 

しかし彼が残した「正解のない世界で、自分の頭で考え、行動を選び取る」という問いかけ自体が色褪せたわけではありません。

消費社会が極まり、再び生きる意味が見えにくくなった現代において、サルトルの苦闘は形を変えて私たちの胸に響き続けているのではないでしょうか。

サルトルを理解するためのオススメ書籍

ジャン・ポール・サルトル(2007)『存在と無〈1〉現象学的存在論の試み』(松浪信三郎訳)

著者
ジャン=ポール サルトル
出版日

フランスのカフェで熱弁をふるっていた伝説の哲学者サルトル。 その代表的著作が『存在と無』です。

サルトル独自の視点から人間の意識や自由を解き明かす本書は、難解な印象があるかもしれません。 しかしサルトルの熱い思想は、決して画一的な枠組みに納まることはありません。

本書を読むことで、これまでとは違う人生の在り方が見えてくるかもしれません。 サルトルが示す人間の根源的な選択と、そこから生まれる絶対的な自由。

時間があるときにゆっくりと味わいたい、心震わせる一冊です。 20世紀を代表する思想の源流に出会えるはず、ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

ジャン・ポール・サルトル(2010)『嘔吐』(鈴木道彦訳)人文書院 

著者
J‐P・サルトル
出版日
2010-07-20

パリに住む主人公アントワーヌ・ロカン。

ある日、彼は突如として、自分の生き方や周囲のすべてが意味不明に思えてくる。

それまで当たり前とされていた価値観が崩壊し、あらゆるものが嘔吐の対象ととなります。

サルトル独特の鋭い洞察によって描かれる「物事の意味が喪失すること」…。

荒涼とした主人公の内面世界は読者を心底悩ませることになるでしょう。

しかし、この葛藤にこそ、新しい生の原動力が生まれる可能性があります。

一度きりの人生をどう生きるか。

迷える全ての人へ捧げる一冊です。

海老坂武(2020)『サルトル 実存主義とは何か − 希望と自由の哲学(NHK「100分de名著」ブックス )』NHK出版

著者
武, 海老坂
出版日

自由とは何か。人生をどう生きるべきか。

サルトルはこの問いを生涯捨てなかった哲学者でした。

本書は終戦直後の講演をまとめたものです。サルトルの代表作や仲間たちとの活動を参照しながら、混迷するこの時代に必要な思索の手がかりを提示しています。

自由と正義が脅かされる現代社会。しかしサルトルの思想には、希望の灯は消えていません。

人生の意味をめぐるサルトルの熱いメッセージに出会える1冊です。ぜひこの機会に読んでみてください。

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