1940年代に登場したフランスの哲学者・ジョン・ポール・サルトルは、反体制的な思想とボヘミアンなライフスタイルで、大きなセンセーションを巻き起こしました。 当時の哲学界で二分していた課題として、ヘーゲルとキルケゴールの歴史観があります。サルトルはこの対立について「歴史の真理を自分で探究しよう」と若者たちに訴えかけます。これが多くの若者の心を捉えるきっかけとなりました。 またサルトルは人間が放り出された「自由の刑」について語り、そこから逃れるべく「歴史に参加しよう」と呼びかけました。このメッセージに共鳴した若者たちが、世界各国で学生運動(社会主義運動)を巻き起こしていったのです。 今回の記事では、サルトルの思想形成の背景から、彼が若者たちに与えた影響を見ていきたいと思います。
20世紀フランスを代表する作家・哲学者のジャン=ポール・サルトルは、当初ニヒリズム的な世界観を持っていましたが、第二次世界大戦が終わると突然マルクス主義に近づいていきました。
そこには資本主義の弊害に対する強い批判と、当時のソビエト連邦に対する大きな期待がありました。多くの知識人は社会主義こそが倫理的に優れた体制であると考え、ソ連に「正義」の実現を託したのです。
その一方、スターリン時代に粛清が横行していた事実も知られていましたが「ソ連批判は資本主義の擁護に繋がる」という思いから、サルトルたちはソ連に対して直接的な批判を控える立場を取り続けました。
しかし1956年のハンガリー動乱を機に、ソ連の実態への失望が一気に広がり、多くの左派知識人がソ連と距離を置くようになります。
この流れにサルトルも逆らえませんでした。ただし資本主義を全面的に評価できなかったという曖昧さは残り、次世代の思想家たちにも引き継がれていきます。
フーコー、デリダ、ドゥルーズ、ガタリらフランスの哲学者たちは、ソ連型共産主義を否定しながらも、消費文化が深く浸透した資本主義社会を積極的に肯定することには否定的でした。
彼の中には大衆消費社会へ抱く嫌悪感と、高いエリート意識が絡み合っていたのでしょう。
「民主主義は自由と平等をうたいながら、実際には携帯電話を持った“猿”の集団を生み出しているに過ぎない」という認識を持ち、資本主義に対する評価をどこまでも曖昧なものにしていたのです。
当時のパリ・サンジェルマン大通り周辺は、華やかなファッションやカウンターカルチャーを愛する若者たちで活気づいていました。サルトルは若者たちと直接語り合い、熱い議論を交わしながら、哲学書の執筆を続けていたのです。
若い世代から見るとサルトルは、自由奔放な生き方を体現する存在でした。サンジェルマン通りの法王と呼ばれるほど大きな尊敬と憧れを集め、その新しい価値観に共感した若者たちと深く交流を重ねていたのです。
サルトルが活動していた時期、ヘーゲルとキルケゴールの思想的対立が盛んに論じられていました。
ヘーゲルは世界の歴史が理性的な法則に従って進み、最終的には完全な真理へと到達すると主張しました。真理の実現は歴史の必然性によるものであり、個々の努力によって左右されないと考えたのです。
その一方、キルケゴールは真理を抽象的な法則ではなく、個々人が自分の内面で実存的に体験してこそ得られるものだと位置付けました。歴史の進展を待つ必要はなく、自ら真理を内面化しようとする粘り強い努力こそが重要だと説いたのです。
ヘーゲルが歴史主義を基盤にした考え方を掲げるのに対して、キルケゴールは個人主義を重視する立場を明確に打ち出しました。両者の対立がサルトルを理解するために重要です。
サルトルは「歴史の真理を自分自身で問い直し、獲得してほしい」と、若者たちに呼びかけました。ヘーゲルの見方は受動的な姿勢を助長すると批判し、キルケゴールのように葛藤や苦悩を繰り返しながらも、自分の力で真理を求め続けることを強調したのです。
物質的には豊かでありながら、精神的な充足感を見出せなかった若者たちは、サルトルのメッセージに強く心を動かされます。
サルトルの言葉は「自分の人生を懸けて真理を追究してこそ、はじめて人生に意味が見いだせる」という情熱を提示し、当時の若者に大きな刺激を与えたのです。
サルトルは、人間が放り出されている状況を「自由の刑」と表現しました。
サルトルが言う「自由」とは、神や社会から与えられるべき人生の目的や答えがないにも関わらず、人間が自分で人生を切り開いていくことを強いられている状況です。
一見するとポジティブな状態に見えますが、実際には大きな不安と苦悩をもたらします。なぜなら自分で方向性を定めなければならない責任の重さに人は翻弄されるからです。
人間は正しい選択の基準が与えられていないため、成功や失敗の不安に怯えながらも、自分自身で人生の選択をしなければなりません。この選択の自由度は絶対的であり、進路や配偶者などのあらゆる面で自分で決定する必要があります。
この「自由」の中で、人間は正解のないまま試行錯誤し、場合によっては大きく迷い、失敗する可能性もあります。そのすべての結果について、人は自ら責任を負わなければなりません。
サルトルは、この人生における極度な自由こそが人間を不安に陥れ、苦しめているとしました。
「人が自由によって罰せられている」という意味で「自由の刑」と表現したのです。
サルトルは人間の置かれた状況を憂いつつも、無為に生きるよりは積極的に歴史に参加すべきだと主張しました。
正しい選択の基準がないにも関わらず、何もせずに人生を送ることは惰性以外の何物でもない。むしろリスクを背負ってでも決断して生きていくことが大切なのだ。
当時の主流だった資本主義社会は、永遠不変のシステムであるかのように見えました。しかしヘーゲルの歴史発展観からすれば、さらに進歩的な新しい社会システムに必ず現れるはずです。
そこでサルトルは、資本主義を止めることなく、新しい理想の社会を実現していこうと呼びかけました。その新しい社会の具体像として、マルクスの唱える共産主義社会が有力視されていました。
このときサルトルは「アンガージュマン(政治的関与)」という概念を提唱しています。哲学者はただ硬い本を書いているだけでなく、現実の政治や社会の問題に積極的に関わるべきだとしたのです。
たとえば1950年代、アルジェリアがフランスから独立を求めて闘争していた時期があります。サルトルはアルジェリア人を支持して、フランス政府を批判する文書を発表しました。あるいはベトナム戦争が起きた時も、戦争反対を訴える活動を展開しています。
政治や社会の出来事について、サルトルは自分の哲学的な意見を表明し、行動を伴って発信しようとしました。
こうした「世の中の問題に対して関わろうとする態度」を、サルトルは「アンガージュマン(政治的関与・社会的実践)」と名付けたのです。
このサルトルの主張は、当時の若者の心を大きく捉えます。世界中で資本主義体制への批判と共産主義への傾倒が高まり、学生運動が活発化していったのです。
ジャン・ポール・サルトル(2007)『存在と無〈1〉現象学的存在論の試み』(松浪信三郎訳)
フランスのカフェで熱弁をふるっていた伝説の哲学者サルトル。 その代表的著作が『存在と無』です。
サルトル独自の視点から人間の意識や自由を解き明かす本書は、難解な印象があるかもしれません。 しかしサルトルの熱い思想は、決して画一的な枠組みに納まることはありません。
本書を読むことで、これまでとは違う人生の在り方が見えてくるかもしれません。 サルトルが示す人間の根源的な選択と、そこから生まれる絶対的な自由。
時間があるときにゆっくりと味わいたい、心震わせる一冊です。 20世紀を代表する思想の源流に出会えるはず、ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。
ジャン・ポール・サルトル(2010)『嘔吐』(鈴木道彦訳)人文書院
パリに住む主人公アントワーヌ・ロカン。
ある日、彼は突如として、自分の生き方や周囲のすべてが意味不明に思えてくる。
それまで当たり前とされていた価値観が崩壊し、あらゆるものが嘔吐の対象ととなります。
サルトル独特の鋭い洞察によって描かれる「物事の意味が喪失すること」…。
荒涼とした主人公の内面世界は読者を心底悩ませることになるでしょう。
しかし、この葛藤にこそ、新しい生の原動力が生まれる可能性があります。
一度きりの人生をどう生きるか。
迷える全ての人へ捧げる一冊です。
海老坂武(2020)『サルトル 実存主義とは何か − 希望と自由の哲学(NHK「100分de名著」ブックス )』NHK出版
自由とは何か。人生をどう生きるべきか。
サルトルはこの問いを生涯捨てなかった哲学者でした。
本書は終戦直後の講演をまとめたものです。サルトルの代表作や仲間たちとの活動を参照しながら、混迷するこの時代に必要な思索の手がかりを提示しています。
自由と正義が脅かされる現代社会。しかしサルトルの思想には、希望の灯は消えていません。
人生の意味をめぐるサルトルの熱いメッセージに出会える1冊です。ぜひこの機会に読んでみてください。