5分で分かるサルトルの哲学|サルトルの挑戦とは? ヘーゲルとキルケゴールを超えて|元教員が解説

更新:2024.12.28

1940年代に登場したフランスの哲学者・ジョン・ポール・サルトルは、反体制的な思想とボヘミアンなライフスタイルで、大きなセンセーションを巻き起こしました。 当時の哲学界で二分していた課題として、ヘーゲルとキルケゴールの歴史観があります。サルトルはこの対立について「歴史の真理を自分で探究しよう」と若者たちに訴えかけます。これが多くの若者の心を捉えるきっかけとなりました。 またサルトルは人間が放り出された「自由の刑」について語り、そこから逃れるべく「歴史に参加しよう」と呼びかけました。このメッセージに共鳴した若者たちが、世界各国で学生運動(社会主義運動)を巻き起こしていったのです。 今回の記事では、サルトルの思想形成の背景から、彼が若者たちに与えた影響を見ていきたいと思います。

ブックカルテ リンク

共産主義への希望と幻滅

20世紀フランスを代表する作家・哲学者のジャン=ポール・サルトルは、最初はニヒリズム的な世界観を展開していましたが、第二次世界大戦後に突如としてマルクス主義に接近していきました。

背景には、資本主義への批判とソビエト連邦への期待がありました。多くの知識人は、社会主義をより倫理的な社会と考え、ソ連に正義の実現を託したのです。

一方で、スターリンによる粛清の存在は知られており、サルトルらもある程度は認識していました。しかし「ソ連を批判することは資本主義を助けることになる」という信念から、批判を避ける姿勢を取ります。

しかし1956年のハンガリー動乱を機に、多くの左派インテリがソ連への幻滅を深めました。サルトルらも縁を切らざるを得なくなります。一方で、資本主義への評価は依然として曖昧なままでした。

このジレンマはサルトルの次世代にも受け継がれ、決定的な社会志向を打ち出せない思想的混迷をもたらしました。背景には大衆消費社会への嫌悪と、エリート意識の高さがありました。

フランスの思想家たち、たとえばフォークト、デリダ、ドゥルーズ、ガタリらは、ソ連型共産主義を捨てながらも、資本主義への全面的な評価を示せずにいました。

これは単なる思想的な迷走や自己批判ではなく、大衆消費社会への根深い嫌悪感が背景にあったと考えられます。

現代のデモクラシーは大衆消費社会として存在していますが、サルトルらのような知識人たちにとっては、迎合的な大衆文化や格差、消費至上主義など、否定的な要素が多く含まれていました。

民主主義は自由と平等を掲げているが、実際のところは「ケータイを持ったサル」の集団に過ぎない。

このような認識が、大衆社会への強い嫌悪感と組み合わさり、資本主義への評価を曖昧なものにしていたと考えられます。

ヘーゲル(歴史主義)とキルケゴール(個人主義)

当時のパリ・サンジェルマン大通り一帯は、派手なファッションやカウンターカルチャーの若者たちでにぎわう街でした。サルトルはそんな若者たちと語り合い、議論を交わしながら、哲学書を書き続けていたのです。

若者たちからすると、サルトルは自由奔放な生き方をしており、自分たちの価値観に共感してくれるインフルエンサー的存在でした。彼らはサルトルを「サン=ジェルマン通りの法王」と呼び、大いに尊敬と憧れの念を抱いていました。

サルトルの生きた時代、ヘーゲルとキルケゴールの対立が話題になっていました。

ヘーゲルは、世界の歴史が理性的な法則に従って発展していく過程で、最終的に完全な真理が実現されると考えました。つまり真理の実現は歴史的な必然性に基づいており、個人的な努力とは無関係であるとしています。

これに対してキルケゴールは、真理とは抽象的な法則ではなく、個々人の内面における実存的な体験を通じてのみ実現されるとしました。

個人が真理を内面化する努力こそが大切であり、歴史的発展を待つ必要はないと唱えたのです。

このように真理と個人の関係性に着目する点で、両者の立場は真っ向から対立しています。

ヘーゲルが歴史主義なのに対し、キルケゴールは個人主義的な立場なのです。この哲学上の対立が、サルトルが主張を展開する背景となっています。

サルトルは「歴史の真理を自分自身で探究しよう」と若者たちに訴えかけました。当時の若者たちにとって、人生の意味を見つけるための熱いメッセージとなりました。ヘーゲルの歴史主義は他人任せのような惰性感があり、キルケゴールのように葛藤を繰り返しながらも、自らの真理を探究すべきだと訴えたのです。

当時の若者は物質的には豊かでありながら、精神的に意味を見出せない無気力な状況にありました。サルトルのメッセージは「自分の人生を賭けて真理を探究することで、初めて人生の意味が見出せること」を示すもので、若者の心を大きく揺さぶったのです。

サルトルの「自由の刑」と人生の選択

サルトルは、人間が放り出されている状況を「自由の刑」と表現しました。

サルトルが言う「自由」とは、神や社会から与えられるべき人生の目的や答えがないにも関わらず、人間が自分で人生を切り開いていくことを強いられている状況です。

これは一見すると自由な状態に見えますが、実際には大きな不安と苦悩をもたらします。なぜなら、自分で方向性を定めなければならない責任の重さに人は翻弄されるからです。

人間は正しい選択の基準が与えられていないため、成功や失敗の不安に怯えながらも、自分自身で人生の選択をしなければなりません。この選択の自由度は絶対的であり、進路や配偶者などのあらゆる面で自分で決定する必要があります。

この「自由」の中で、人間は正解のないまま試行錯誤し、場合によっては大きく迷い、失敗する可能性もあります。そのすべての結果について、人は自ら責任を負わなければなりません。

サルトルは、この人生における極度な自由こそが人間を不安に陥れ、苦しめているとしました。

「人が自由によって罰せられている」という意味で「自由の刑」と表現したのです。

歴史参加の呼びかけ

サルトルは人間の置かれた状況を憂いつつも、無為に生きるよりは積極的に歴史に参加すべきだと主張しました。

正しい選択の基準がないにも関わらず、何もせずに人生を送ることは惰性以外の何物でもない。むしろリスクを背負ってでも決断して生きていくことが大切なのだ。

当時の主流だった資本主義社会は、永遠不変のシステムであるかのように見えました。しかしヘーゲルの歴史発展観からすれば、さらに進歩的な新しい社会システムに必ず現れるはずです。

そこでサルトルは、資本主義を止めることなく、新しい理想の社会を実現していこうと呼びかけました。その新しい社会の具体像として、マルクスの唱える共産主義社会が有力視されていました。

このときサルトルは「アンガージュマン(政治的関与)」という概念を提唱しています。哲学者はただ硬い本を書いているだけでなく、現実の政治や社会の問題に積極的に関わるべきだとしたのです。

たとえば1950年代、アルジェリアがフランスから独立を求めて闘争していた時期があります。サルトルはアルジェリア人を支持して、フランス政府を批判する文書を発表しました。あるいはベトナム戦争が起きた時も、戦争反対を訴える活動を展開しています。

政治や社会の出来事について、サルトルは自分の哲学的な意見を表明し、行動を伴って発信しようとしました。

こうした「世の中の問題に対して関わろうとする態度」を、サルトルは「アンガージュマン(政治的関与・社会的実践)」と名付けたのです。

このサルトルの主張は、当時の若者の心を大きく捉えます。世界中で資本主義体制への批判と共産主義への傾倒が高まり、学生運動が活発化していったのです。

サルトルを理解するためのオススメ書籍

ジャン・ポール・サルトル(2007)『存在と無〈1〉現象学的存在論の試み』(松浪信三郎訳)

著者
ジャン=ポール サルトル
出版日

フランスのカフェで熱弁をふるっていた伝説の哲学者サルトル。 その代表的著作が『存在と無』です。

サルトル独自の視点から人間の意識や自由を解き明かす本書は、難解な印象があるかもしれません。 しかしサルトルの熱い思想は、決して画一的な枠組みに納まることはありません。

本書を読むことで、これまでとは違う人生の在り方が見えてくるかもしれません。 サルトルが示す人間の根源的な選択と、そこから生まれる絶対的な自由。

時間があるときにゆっくりと味わいたい、心震わせる一冊です。 20世紀を代表する思想の源流に出会えるはず、ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

ジャン・ポール・サルトル(2010)『嘔吐』(鈴木道彦訳)人文書院 

著者
J‐P・サルトル
出版日
2010-07-20

パリに住む主人公アントワーヌ・ロカン。

ある日、彼は突如として、自分の生き方や周囲のすべてが意味不明に思えてくる。

それまで当たり前とされていた価値観が崩壊し、あらゆるものが嘔吐の対象ととなります。

サルトル独特の鋭い洞察によって描かれる「物事の意味が喪失すること」…。

荒涼とした主人公の内面世界は読者を心底悩ませることになるでしょう。

しかし、この葛藤にこそ、新しい生の原動力が生まれる可能性があります。

一度きりの人生をどう生きるか。

迷える全ての人へ捧げる一冊です。

海老坂武(2020)『サルトル 実存主義とは何か − 希望と自由の哲学(NHK「100分de名著」ブックス )』NHK出版

著者
武, 海老坂
出版日

自由とは何か。人生をどう生きるべきか。

サルトルはこの問いを生涯捨てなかった哲学者でした。

本書は終戦直後の講演をまとめたものです。サルトルの代表作や仲間たちとの活動を参照しながら、混迷するこの時代に必要な思索の手がかりを提示しています。

自由と正義が脅かされる現代社会。しかしサルトルの思想には、希望の灯は消えていません。

人生の意味をめぐるサルトルの熱いメッセージに出会える1冊です。ぜひこの機会に読んでみてください。

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena
もっと見る もっと見る