5分で分かるヘーゲル|人類の歴史は発展するのか?|元教員が解説

更新:2023.5.29

学校の歴史授業で、私たちは以下のように教えられます。 「人類は野蛮状態から理性的になった。戦争状態から平和な社会になり、少しづつ理想の世界に近づいている」 しかし“教科書の歴史”は正しいのでしょうか? 21世紀に突入すると「アメリカ同時多発テロ」によって「テロとの戦い」が始まります。トランプ米大統領の誕生は「ポピュリズムの台頭」を象徴し「民主主義の危機」をもたらしました。そしてロシアによるウクライナ侵攻…。目を覆いたくなるような出来事が多発する現代社会において、我々はどこに向かっているのでしょうか? 「我々人類は、本当に進歩しているのか?」 そんな疑問がふと脳裏をよぎります。 理性の力を解放し、歴史の発展を主張したヘーゲル。人類の進歩を疑いたくなる現代社会において、ヘーゲルをどう考えるべきか? 今回はヘーゲルの思想に迫りたいと思います。

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デカルトとカントを簡単におさらい

ヘーゲルに入る前に、近代哲学の巨匠であるデカルトとカントの思想を少しおさらいしましょう。ヘーゲルは2人の思想を継承しているからです。

まずは中世ヨーロッパにおける宗教と哲学の関係性を見ていきましょう。当時の人々は“神”について以下のように考えました。

強烈な力を持った存在である神が世界を創造した。神は明確な意図を持って、理想的な世界を制作したはずだ…。しかし、神が作った世界で戦争や貧困などの不幸が生じるのはなぜだ? それは我々人間が、神の意図を理解していないからだ。

こうした背景から中世ヨーロッパの学問は、神を研究する「神学」がメインになり、活発な議論が交わされることに。その中でデカルトは「人間が神を認識できるのはなぜだ?」と問います。

彼は「人間に備わる理性が神の一部である」という主張を展開。神の存在を人間との“関係性”の中で理論付けたのです。神と人間は全くの「別物である」と考えていた当時の人々からすると、デカルトの思想は画期的でした。

このデカルトを継承したのが、カントになります。

カントは「そもそも人間は神を認識することは可能か?」と問い、デカルトを深掘りします。人間の理性には「認識できる世界」と「できない世界」があると主張。理性と神の関係性をぶった斬ります。詩人のハイネは「カントは神の首を切り落とした」と表現するほどです。

人間の理性には「1+1=2」と認識できる「枠組み(カテゴリー)」が、神とは関係なく先天的に埋め込まれている。この理性のカテゴリーによって、人間が認識「できる現象界」と「できない物自体」が存在するとしたのです。

カントは自然科学(現象界)の領域のみに「理性は適用される」とします。その一方「神は存在するのか」など、信仰や道徳の世界(物自体)は「理性の適用範囲外」と定めたのです。

※カントに関しては「5分で分かるカント哲学」でも解説していますので、より理解を深めたい方はぜひお読みください。

5分で分かるカント哲学 - 人類への希望を貫いた哲学者・カント

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人種や宗教を超えて、人間は他者と分かり合えることができるのか? この重要なテーマに対して、哲学者のイマヌエル・カントは「理性を正しく使えば、分かり合える」とし、最後まで人間の“理性”を信じ続けました。人々が憎しみ合い“分断”が進む現代社会において、カントを学ぶ意義は大いにあるのではないのでしょうか? 今回は、カント哲学の“核”となる部分を分かりやすく解説していきます。

理性の力を拡大したヘーゲル

ヘーゲルもまたカントの思想をアップデートします。カントは「理性の限界」を主張したのですが、ヘーゲルは理性の「限界の幅」を拡大できるのでは? と考えました。

ヘーゲルは理性のことを「精神」とも呼びます。カントのいう理性は、すでにカテゴリー化された「固定的」な印象を受けます。一方、ヘーゲルにとって理性は「流動的に進歩」するもの。そのため、ヘーゲルはあえて「精神」と呼ぶのです。

ヘーゲルは「労働」という言葉を使いながら「精神」の成長を説明します。

私達はアルバイトなど何か新しいことをする時、最初はたどたどしい感じで仕事をします。そして時間が経つにつれてスムーズにできるようになりますが、その理由は仕事を覚えて、慣れたからです。ちょっと“かっこいい”言い方をすると、労働によって自分自身を「変化」または「成長」させたから。

目の前にある生い茂った林を農地にして作物を育てる時、人間は植物や気候の知識を学ぶ必要があります。また畑を耕すために身体も鍛えなくてはいけません。つまり我々は「労働」という行為によって世界に働きかけ、世界を変化させます。また同時に、人間自らも世界によって変化、成長させられているのです。

人間は労働によって世界を変化させ、同時に世界は人間も変化させます。人間と世界が相互に関わり合うこと、これを哲学では「対話」と言います。この対話の繰り返しによって世界も人間もアップデートされ、理想の人間(世界)に近づいていく。この考え方を「弁証法」と言います

人類の歴史は弁証法を繰り返し、個人も世界もレベルアップしてきた。カントのいう理性が「認識できない世界(物自体)」も、弁証法によって克服され、いずれは理解できるようになる。このようにヘーゲルは考えます。

 

歴史はどんどんレベルアップする!?

歴史の発展をヘーゲルが自信を持って主張できるのは、当時の歴史的な背景があります。ヘーゲルはリアルタイムで「フランス革命」を経験しているのです。

1770年、ヘーゲルは南ドイツのシュトゥットゥガルトに生まれました。学生時代だった1789年に「フランス革命」が起き、革命の動向にヘーゲルは一喜一憂。1806年、ナポレオンが彼の住むイエナを訪れたとき、友人宛の手紙にこう書き綴っています。

「皇帝 ーこの世界精神ー が馬上ゆたかに、市街を通り陣地の視察に出かけていくのをぼくは見た」

ヘーゲルにとってフランス革命は、人間の理性によって理想の社会が作られ、歴史が発展していくものに見えました。翌年の1807年、ヘーゲルは主著である『精神現象学』を発表します。

人間の「理性」は、カントによって「世界を合理的に“認識”する力」を約束されます。さらに、ヘーゲルによって「理想的な社会を合理的に“形成”する力」も保証されることになるのです。

※フランス革命に関しては「5分で分かるフランス革命」で解説しています。より詳しく知りたい方はこちらもご覧ください。

5分で分かるフランス革命!流れや原因を分かりやすく解説!

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世界で最も有名な市民革命の一つ「フランス革命」。絶対君主制を崩壊し、新たな近代国家体制を築くきっかけとなった市民革命は一体どのように始まり、その後にどんな影響を与えたのでしょう?この革命を理解するための、おすすめ書籍をご紹介します。

ヘーゲルによって哲学は完成!?

20世紀初頭に活躍した哲学者のハイデガーは、ヘーゲルについてこう述べます。

ヘーゲルによってヨーロッパ哲学が完成し、以後は技術として猛威を振るうだろう

19世紀に入ると、イギリスを端緒とする「産業革命」の波がヨーロッパ全体を覆います。工業化や機械化による技術文明が推し進められ、合理的に社会を設計していこうとする風潮が色濃くなっていきます。19世紀から本格化する技術文明は「哲学が社会を合理的に形成できる力を約束した」からだ。ハイデガーはこのように主張します。

歴史の進歩を力強く訴えたヘーゲルですが、彼に対する批判はすぐ湧き上がることに…。フランス革命は「自由」と「平等」を主張しましたが、結果は全く違うものになってしまいます。資本家(お金持ち)の政治的支配によって確立した階級社会は不平等を助長。産業革命で生まれた資本主義によって貧富の格差が生まれます。資本家は長時間にわたって労働者を工場に閉じ込め、自由を奪いました。

この状況を受けて、ヘーゲルを批判的に継承したのがマルクスになります。彼はヘーゲルの歴史観をアレンジし、歴史は「段階的」に発展すると主張。資本主義社会を経験した世界は、徐々に「共産主義社会」に移行していくとしました。マルクスに関しては、また別の機会で詳しく触れることができればと思います。

 

おわりに

今回の解説は、ヘーゲルに対して少し批判的な内容になってしまいました。歴史の発展に関する主張は、色々な解釈があり評価が難しいですが、ヘーゲルの主張する「弁証法」には大きな魅力があります。「世界との対話によって自分自身をアップデートしていく」という主張は、日常生活でも生かせるのではないでしょうか?

重要なのは“対話”を繰り返すこと。自動車の運転は、机に座り教官から話を聞くだけでは上手くなりません。実際に車を動かすこと、車と対話することで運転技術を少しずつ習得することができます。自分自身を成長させるには、新しい世界にどんどん飛び込み積極的にチャレンジする姿勢が、弁証法的に正しい方法です。

哲学とは「何か特別なことを学ぶ」のではなく、人間にとって「大事な原点」を再認識させてくれる営みなのです

 

(参考文献)

木田元(2010)『反哲学入門』新潮社

長谷川宏(1997)『新しいヘーゲル』講談社

ヘーゲルに関するおすすめの書籍を紹介

長谷川宏(1999)『ヘーゲル「精神現象学」入門』講談社

著者
長谷川 宏
出版日

著者の長谷川先生は『精神現象学』の翻訳を手掛けています。難解な『精神現象学』を分かりやすく翻訳したことが評価され、ドイツ政府から表彰を受けるほどです。本書では長谷川先生自身が翻訳した文章が多数引用されているため、難しい語句もスムーズに理解できます。最初からヘーゲルの著作はハードルが高いため、まずは長谷川先生の著書で助走を付けることをおすすめします。

 

川瀬和也(2022)『ヘーゲル哲学に学ぶ考え抜く力』光文社

著者
川瀬 和也
出版日

哲学は「どこか頭のおかしい人間がやること」というイメージが強いですが、哲学には現実世界でも生かせる「実用性」があります。ヘーゲル哲学の実用性を証明したのが本書になります。現実の社会でも生かせる有効な考え方が、多く収められているので社会人にもおすすめです。本書との“対話”を通じて、ぜひ生活の中で“実践”してみてください。

 

村岡 晋一(2012)『ドイツ観念論 カント・フィヒテ・シェリング・ヘーゲル』講談社

著者
村岡 晋一
出版日

カントを含めてドイツ観念論を一括りにして学びたいのであれば、本書がおすすめです。カントが築いた哲学をいかに後世の思想家が継承したのか? ドイツ観念論の変遷をドイツの歴史と共に理解することができます。また「当時の思想家たちがいかに社会と対峙し、理想の社会を模索したのか?”」という、哲学者たちの“熱さ”を感じることができる1冊になっています。

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