5分で分かるロールズの正義論|正義は実現可能なのか? ロールズ『正義論』の光と影|元教員が解説

更新:2025.10.21

20世紀を代表する政治哲学者ロールズ。 代表作『正義論』では理想の社会を構想したが、批判も根強くあります。 「無知のベール」という思考実験から導かれる「格差原理」。 これがロールズが掲げる正義論の核心部分になります。 正義の理念を掲げることは容易だが、その実現には困難を極める。プラグマティストのローティが指摘すうように、ロールズにも「具体性」が求められたのです。 時代を超えて色褪せない主張を展開したロールズ。 今回の記事では「無知のベール」や「格差原理」などの難しい概念を丁寧に解説したいと思います。

大学院のときは、ハイデガーを少し。 その後、高校の社会科教員を10年ほど。 身長が高いので、あだ名は“巨人”。 今はライターとして色々と。
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政治哲学の古典となった正義論

1971年に出版された、ジョン・ロールズの『正義論』。

政治の世界を大きく変えたわけではありませんが、政治哲学の世界には大きな影響を与え、現代社会を考えるための「古典」として位置づけられています。

1921年、ロールズはアメリカの裕福な弁護士の家庭に生まれ、プリンストン大学で哲学を学びました。

第二次世界大戦が勃発すると、アメリカ軍に従軍し、フィリピン戦線に配属されました。敗戦後に訪れた広島の惨状にショックを受け、この体験はロールズが自身の哲学を構築する背景の1つとなりました。

アメリカに帰国後は、ハーバード大学などで半世紀近く教員として活躍し、2002年に81歳で亡くなりました。

リベラルと保守主義

ロールズの政治的立場はリベラルなものであり、アメリカ社会ではほぼ「左翼」と同じ意味で考えられています。言葉の表現として「リベラルである」と言われることは「アカ(共産主義者)である」ことを意味し、その結果として名誉や職を失う可能性もあります。

保守主義はリベラルの対極に位置し、政府の介入を市民生活において最小限に抑えるべきであると主張します。

銃規制に反対することがその1つの例です。政府のみが武装することは、市民を権力の暴走に対して無力な立場に置くとの批判があります。

保守主義は企業活動への政府の介入に反対する立場を取り、一般的には大企業から支持を受けることが多いです。ただし、自身に不利益となる状況では、政府の援助を引き出そうとすることもあります。

保守主義者にとっての理想は、治安と国防以外はできるだけ民間に委ねる小規模な政府です。教育や刑務所の運営も民間に任せるべきだと主張されています。

社会福祉への冷淡さ

保守主義は小さな政府を目指すため、政府の維持費(税金)を最小限に抑えることを目指します。そのため増税に反対し、最低限の税金で運営できると考えています。

保守主義は社会福祉には冷淡な姿勢を持っています。社会福祉にはコストがかかり、税金が高くなることを嫌っています。また、社会福祉事業は政府の役割を大きくし、大政府化につながると考えています。

アメリカは日本のような全国民健康保険を導入していません。この保険制度を実施すると政府支出が増え、税金が医療に使われるため、反対しているのです。

医療保険に加入したい場合、アメリカ政府は民間の保険に加入すべきだと主張しています。貧困に苦しみ人々が保険に加入できず、医療を受けられないのは自己責任だと考えているからです。

アメリカには公的医療保険も存在しますが、サポートは貧弱で、対象も限定的です。

保守主義の支持層とは?

アメリカの保守主義を支持しているのは、大企業や金持ちだけではなく、経済的に恵まれない白人の労働者や農民でも多数います。とくに田舎の白人層には保守主義が多く、根強い支持があります。

こうした一般の保守主義支持者は、中央政府の権力を嫌っており、銃規制に反対しています。また文化的にも保守的で、信仰心が篤く、学校での宗教教育を望んだり、同性愛や中絶に反対する傾向があります。ある意味で典型的なアメリカ人といえるでしょう。

お金持ちの中にも、一定の割合で保守主義者はいます。税負担が重くなる福祉国家拡大に反対する立場を取っており、その点は一般の保守主義と共通していると言えるでしょう。

保守主義に対抗するリベラル

上記のような保守主義に対抗する立場が「リベラル」です。

企業の経済活動に対する政府の規制を強化し、富裕層からの課税を増やすことを目指しています。その税金を貧困層の人々のために使い、公的医療保険制度を作ることが目標です。

福祉国家の実現を目指すのがリベラルの考え方になります。

ロールズの『正義論』は、リベラルな人々向けの哲学書と言えます。福祉国家の理論的な基盤を提供することが目的なのです。

ロールズ『正義論』の主張はシンプル

ロールズの『正義論』は800ページ近い分厚い本ですが、実際の政治状況の記述は一切ありません。代わりに、自由、平等、公正、権利、義務などの抽象的な哲学概念について詳説しています。そしてこれらの概念を繋ぎ合わせることで、誰もが納得できる普遍的な正義の理論を構築しようとした、難解で抽象的な政治哲学の書です。

しかしロールズが言いたいこと自体はシンプルなのです。

「無知のベール」から引き出される正義

ロールズはまず最初に、個人の属性や状況が一切わからない「無知のベール」をかぶった「原初状態」を設定します。

リベラルであるロールズは「人が社会を選ぶ際には、自分のことだけでなく他人のことも公平に考える必要がある」と考えました。

そこで人が社会を選ぶ場面で、自分のことが全く分からない状況を想定しました。これを「無知のベール」と呼びます。

たとえば「自分が男なのか女なのか」「貧しいのか裕福なのか」「少数派なのか多数派なのか」…。このような感じで、自分に関する情報が全く分からない状況です。

この状況下において「人々がどのような社会を選択するのか?」を考えることで、個人の多様な幸せを公平に考慮した社会を想定できる、とロールズは考えたのです。

もし自分がマイノリティ(少数派)だった場合、差別を許す社会は選ばれません。人種差別・性差別のない社会こそが選択されるべきと考えます。

最大限の自由が保障される民主主義社会が望ましいとされるでしょう。

また独裁政治は選択されず、政治的自由・言論の自由が確保された社会が選ばれるはずです。

社会的地位や才能のあるエリート層は、成功する可能性が高く、富や権力を手に入れやすい。しかしその一方で、生まれた家庭環境や才能に恵まれなかった不遇な人々も多数存在する。特に極貧地域では、たとえ潜在能力が高かったとしても、それを開花させる機会は極めて少ないのが実態である。

したがって、社会の制度や方針は、こうした恵まれない人々にも公正であることが強く望まれる。人びとが支持する社会システムの根本原理は「社会・経済的不平等が、最も不利な条件下にある人々の最大の利益となること」であるべきだとする考え方がある。これを格差原理と呼ぶ。

ジョン・ロールズは、無知のベール下で合理的選択を行う人びとは、この格差原理を社会の指針として支持すると論じた。さらに政治的自由の保障と格差原理の両立こそが、正義の社会の要件であると考えられる。

なぜ社会の不平等は弱者のためにあるべきなのか?

社会的地位や才能のあるエリート層は、成功しやすく、富や権力を手に入れやすい傾向があります。

その一方で、生まれた家庭環境や才能に恵まれない不遇な人々も多く存在します。極貧地域では、いくら潜在能力が高くても、それを開花させる機会がほとんどありません。

そのため社会の制度や方針は、これらの恵まれない人々にも公正であることが望まれます。

人々が支持する社会システムの根本原理は「社会・経済的な不平等が、最も不利な条件下にある人々の最大の利益となること」です。

これを「格差原理」と言います。

「無知のベール」の下に置かれたとしても、合理的な選択をする人々は「格差原理」を社会の指針として支持だろう。

このようにロールズは主張します。

政治的自由の保障と格差原理の両立こそが、正義の社会を実現するために必要なるのです。

格差原理は保守主義と変わらない!?

格差原理については諸説ありますが、ロールズも具体的な説明を避けています。

格差原理では、特定の条件下における「社会的・経済的な不平等」の存在が認められています。その条件とは「最も不利な状況にある人々」にとって利益となる場合です。

それでは現実の社会はどうでしょうか?

もしかするとロールズの主張は、既存の経済成長を前提とした議論であり、すでに社会は実現しているかもしれません。

才能や能力のある人が、自由に経済活動することで、経済が成長します。その結果として「恵まれない人の生活水準も向上する」という保守主義者の指摘があり、ロールズの理論は彼らとそれほど大差はありません。

格差原理は保守的な経済学と同じになってしまいます。「経済成長を優先させる」という格差原理を、保守派は迷わず支持するでしょう。

格差原理は「偽りの問い」?

格差原理とは「才能や恵まれた環境は偶然の産物である以上、そこから得られる富や権力を独占する権利はない」という考え方です。

しかし、この考え方には無理があります。

たとえば、生まれつきの容姿の良さは偶然です。それなのに、美人に生まれた人はそうでない人への配慮義務があるのかと質問されれば、誰もが「無理がある」と感じるでしょう。

同様のケースとして、入試に合格したからといって、不合格者への義務を負う必要があるのでしょうか。合格は個人の努力結果であり、不合格者への義務を生じさせる要因にはなりません。

「幸運な立場の人が不運な立場の人に対して、無条件で配慮する義務がある」とする設定には少し無理があり、押し付けがましいとも言えます。

「強者が弱者を配慮する義務がある」という問いは「偽りの問い」であり、はっきりとした答えは見出せないのです。

人は義務を課されたと言って、弱者に配慮した行動を必ずしも取るわけではありません。

弱者への配慮は、むしろ個人の情操や倫理観の問題です。

だからこそ小説や映画を通じた情操教育の方が、人の内面を磨き、他者への思いやりの精神を養う上では役に立ちます。抽象的な「義務論」よりも、具体的なストーリーの方が人の心を動かしやすいでしょう。

「プロジェクト(具体性)」こそが正義

『正義論』の基本的な主張は「自由の保障」「差別の禁止」「弱者への配慮」という3つです。これらの主張自体に反対する人はほとんどいません。むしろ保守派も支持する共通認識と言っていいでしょう。

ただし問題は、これらの大原則を政策として実現するときです。具体的な方法をめぐって、リベラル派と保守派は激しく対立します。

リベラル派は福祉の拡充や税の累進強化を訴えますが、保守派は小さな政府と個人の自助努力を重視する立場です。

どちらが正しい思想なのかは、時代や社会状況によって変化するため、相対的なものです。

だからこそ、ロールズと同じ政治哲学者のリチャード・ローティは「抽象的な原理原則より、具体的施策である“プロジェクト”こそが、正義論から提唱されるべきである」としたのです。

ロールズを理解するためのオススメ書籍

ジョン・ロールズ(2010)『正義論』(川本隆史ほか訳)紀伊國屋書店

著者
["ジョン・ロールズ", "川本 隆史", "福間 聡", "神島 裕子"]
出版日

正義とは何か。これは人類共通の根源的な問いです。 アメリカの政治哲学者ジョン・ロールズは、代表作『正義論』において、リベラルな現代社会に対して正義の原理を明快に提示しました。

「無知のベール」の思考実験を通じ、ロールズは「最も恵まれない人々の最大の利益」を実現するという「格差原理」と、「自由の平等な分配」を基本原理とする正義の枠組みを示します。

本書は正義とは何かを根本から問い直す、読み応えのある1冊です。政治や倫理に関心があるなら誰もが一読すべき、正義の古典と言えるでしょう。

読者の正義感覚を揺さぶり、思考の地平を大きく広げてくれることでしょう。ぜひ手にとっていただきたい1冊です。

齋藤純一、田中将人 (2021)『ジョン・ロールズ 社会正義の探究者』中央公論新社

著者
["齋藤 純一", "田中 将人"]
出版日

政治哲学者ロールズの代表作『正義論』は世界的ベストセラーとなりましたが、その人柄については謎に包まれていました。

本書はロールズの日記や手紙、弟子たちの証言から、正義の探究者の人となりに迫っていきます。生涯を正義実現に捧げた熱意、家族への愛情、時にみえる人生観の揺らぎなど、公私にわたる多面性が描かれています。

また正義論の「転回」と呼ばれる理論的変遷や、複数の主著の特徴も丁寧に解説。正義への思いを貫いた足跡がたどれる1冊です。

ロールズへの入門書としても、また政治哲学に関心がある方にもおすすめです。

神島裕子(2018)『正義とは何か 現代政治哲学の6つの視点』中央公論新社

著者
神島 裕子
出版日

アメリカの政治哲学者ジョン・ロールズが、1970年代に発表した代表作『正義論』は「公正な社会」の理想の在り方を世界に問いかけました。

本書は「正義論」を起点に、自由至上主義、共同体主義など6つの思想潮流から、正義とは何かを多角的に検証。現実の格差や貧困問題ともつなげながら、個人の幸福を支える平等な社会を模索しています。

「正義への問い」を軸に、近年の政治哲学を俯瞰できる1冊であり、現代人必読の政治哲学入門書です。

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