『尾守つみきと奇日常。』は「週刊少年サンデー」およびマンガアプリ「サンデーうぇぶり」で連載中の作品です。 色々な個性や人種が溢れる多様性の時代、人ではない「幻人」が社会に溶け込み、共存しています。本作はそんな世界で普通の少年が人狼の少女と学校生活を共にし、ちょっと普通じゃない日常を送っていく青春コメディです。 連載開始時から注目されていましたが、「次にくるマンガ大賞2024」でコミック部門第2位にランクイン!まもなくブレイクする予感がひしひしとする『尾守つみきと奇日常。』について、作品のあらすじや設定、魅力をご紹介していきます。
『尾守つみきと奇日常。』は「週刊少年サンデー」と漫画アプリ「サンデーうぇぶり」で2023年10月から連載されている少年漫画です。作者は本作が初連載の森下みゆ。既刊3巻で、最新の第3巻は2024年9月18日に発売されました。
「幻人」と呼ばれる、人間とは違う人々もいる世界。幻人は外見も生態も普通の人間とは異なる種族ですが、多様性の社会では個性と受け入れられ、特に問題なく暮らしています。本作はそんな日本の高校を舞台に、悩める普通の少年・真層友孝(しんそうゆたか)が人狼の尾守(おがみ)つみきたちと関わり、ちょっと普通でちょっと奇妙な青春を送る物語です。
『尾守つみきと奇日常。』は作品としてよく練り込まれており、基本は学園モノではあるものの、バラエティ豊かな幻人の顔ぶれと彼らの生態によって新鮮な感動と驚きに満ち溢れています。そういった点が評価され、「次にくるマンガ大賞2024」ではコミックス部門の3位に輝きました。
受賞による注目度アップで、今後さらなる飛躍が確実な漫画『尾守つみきと奇日常。』。こちらの作品をまだ知らない方のために、作品の設定や読者を虜にする魅力をご紹介していきます。
狼男、吸血鬼、人魚――。それらは物語や神話や伝説で語られ、誰もが知っているのに幻の存在……でした。かつては。今や彼らは「幻人」と呼ばれて公に暮らして、人間の社会に溶け込んでいます。
私立景希高等学校はそんな幻人たちが特に多く通う、日本でも有数の学校です。人間関係で生きづらさを感じた主人公の真層友孝は、あえて様々な個性ひしめく景希高校を志望し、やや破天荒な人狼の同級生・尾守つみきと出会いました。
つみきは人狼の性質なのか、自分に素直に生きる少女でした。友孝は隣の席の彼女と関わるうちに、影響を強く受けて徐々に変化、普通なのにちょっと普通じゃない日常を送ることになります。
作品のタイトルは『尾守つみきと奇日常。』となっていますが、主人公は真層友孝です。
友孝は過去の経験から周囲の反応を過剰に気にする少年で、周りに合わせすぎて「自分」がわからなくなっているのが悩み。そのため常に自然体に見えるつみきに、憧れのような感情を抱いています。物語は日常を切り取ったもので、毎回違う話が主に彼の目を通して描かれます。
尾守つみきはふさふさの耳と尻尾、長い爪の生えた手足が特徴的な人狼の少女です。もう1人の主人公。
少し天然な一面のある美少女ですが、屈託なく誰とでも接することから、クラスはおろか学校全体に注目されている人気者です。怪力と優れた聴力と嗅覚の持ち主であり、男前な行動を取ることもたるため、本作のヒロイン兼ヒーローと言えるかも知れません。
そんな2人の友人……というか悪友なのが、吸血鬼タイプの幻人・千賀守貴(せんがもりたか)。吸血鬼の特性からずば抜けた美形で、無意識に異性を魅了する体質をしています。自分に自信のあって、歯に衣着せず話す自己中心的な性格――なのですが、体質のせいで人間不信気味です。
話の軸となるのは友孝やつみきで、千賀が時々関わってくる形。またこの3人以外にも幻人好きが高じて景希高校に入学した杉見満知(すぎみみち)、メデューサの蛇園三麗(へびぞのみれい)、ある事情からつみきをライバル視する半魚人の揮波(きなみ)キバやユニコーンの馬美(うまみ)ろまんといった個性的なキャラクターが多数登場します。
『尾守つみきと奇日常。』の魅力はずばり、つみきの可愛さと青春要素にあります。
本作はとにかくつみきが可愛いんです。しかも人狼由来の愛玩動物的な可愛さと、年頃の女の子としての可愛さという、ベクトルの違う2種類の可愛さがあります。
大きな音や騒音を嫌ったり(時にびっくりして硬直したり)、感情がストレートに出て尻尾を振ってしまったり、犬同士が挨拶で鼻を近づけるように親しい人に顔を近づけたり……それらすべてで表情がコロコロ変わり、とても愛らしく描かれるため、読んでいるとハートをガッチリ鷲掴みされてしまいます。
つみきだけではありませんが、幻人の体質を上手くお話に盛り込んでいるのは見事としか言えません。例えばつみきは足が大きい上に爪が長いから靴がゴツく、爪が伸びやすくて靴下の指先が常に穴空き状態、勝手に尻尾が揺れるのを嫌がって太ももにストラップで止める、などなど。「幻人が本当にいたらこうなのかも」と思わせる、説得力ある描写が素晴らしいです。
ついでにこれらの描写には、作者の思う可愛いらしさを詰め込んだ一種の「性癖」も感じます。私見ですが、こういったこだわりのある作者は世界観を大事にしてくれる傾向があるので、先々の展開やクオリティに信頼が置けます。
つみきは普段からもちろん可愛いのですが、行動パターンが犬的というか、運動大好き男子小学生のメンタルに極めて近いワンパク女子といった感じです。それはそれでいいのですが、たまに垣間見える年頃の女の子らしさがとても魅力的。
つみきは泥だらけで走り回る、髪がぼさぼさになる、といったことはまったく気にしません。一方で人狼の体質で急に爪が伸びるのは見られたくないらしく、物凄く恥ずかしがる様子が出てきます。また同様に、月を見ると無意識に遠吠えしてしまうのが気恥ずかしいようで、やってしまったあとに顔を隠すのがたまらなく愛おしいです。
この辺りにも作者の「癖」を感じます。
愛玩動物的可愛さとも関係しますが、狼が群れで生活する動物だからか、やたら社交的で距離感が近いのもポイント。本人がめちゃくちゃ可愛いのに、じゃれつく犬みたいに無邪気に友孝らに近づくので、2種の可愛さで可愛さがオーバーフローしそうになります。
そして極めつけは乙女の表情。友孝のちょっとした行動で、ぼうっと見つめたり、誤魔化すように照れたり、普段のノリだと絶対に考えられないつみきの感情の揺れ動きが非常に可愛いです。
その淡い感情はまだ芽生えたばかりで、どういう方向に向くかは今後次第になっており、楽しみなところでもあります。
本作の内容はコメディ要素が強めですが、青春群像劇として読んでも楽しめます。
もっとも目立つのは友孝。彼は中学時代に周囲のノリに合わせるのが身に染みついてしまったため、自分を見失ってしまいました。それがつみきとの交流を通じて、友孝が本来の瑞々しい感性を取り戻していくのですが、自分の意思で1歩踏み出す勇気を持てるようになるのが感動的。
幻人も同様です。自分らしさを貫いているつみきにも他者には計り知れない背景がある一方、千賀には千賀だけの悩みがあって、それぞれ事情も解決方法もまったく違います。そして当たり前ですが、幻人であっても思春期の少年少女であることには変わりありません。
『尾守つみきと奇日常。』は個別の事情と幻人の性質を絡めることで、お話にドラマ性が生まれて、異質なのに共感出来るようになっています。
何気ない日常の登下校、特別感のあるイベントの団結、会話の中で友情や絆を感じる瞬間……。高校生らしい爽やかな日常に幻人の要素が絶妙に溶け込んで、世界観に深みと面白さ、親しみやすさを感じるのがとても魅力的です。
『尾守つみきと奇日常。』は人間ではない主要人物の学園生活という特徴だけ抜き出して、「週刊少年ジャンプ」の『ルリドラゴン』に似ていると言われることがあります。
『ルリドラゴン』は劇中の出来事を通して、本人と周囲が多様性を受け入れる過程に焦点を当てた作品です。一方こちらは異質な幻人が認知されている社会を舞台に、現実とは違う価値観から青春のあれこれに切り込むのがメイン。
『尾守つみきと奇日常。』世界の幻人は、イメージとしては日本国内に住む外国人というのが近いでしょう。誰もが存在を知っていても、相手の言語や文化的背景についてはそこまで詳しくない。そういった設定だけ見れば、どちらかというと『亜人ちゃんは語りたい』に似てます。
結論としては、『尾守つみきと奇日常。』と『ルリドラゴン』は共通する要素はあれど、作品的には結構違います。とはいえ、どちらも奇妙なのに普通な日常が面白い漫画なので、どちらかが好きな方は両方楽しめるはずです。
自分を変えたい一心で、幻人を含む色々な人が通う景希高校に入学した友孝。志は高くても、なかなか上手くいかないのが人間というもの。鬱々とした気持ちで登校していたのですが、つみきのちょっとした奇行を目撃したことで、彼の日常がガラッと変わります。
つみきは的確なアドバイスや人狼の力に物怖じしない態度――本人が意識していない友孝の長所を気に入って、ちょくちょく声をかけるようになりました。
そんなある日の放課後。自由なつみきの姿を見て、友孝は思わず本音を吐露してしまいます。どうすれば周囲を気にせず、自分に素直になれるのか。
つみきは適応力のある人間は周りに合わせられてしまうけれど、幻人は身体能力の差などでどうしてもギャップがあり、割り切るしかなかったと答えました。そして自分に合う合わないを改めて見極めるため、あえて割り切りやすい幻人である自分と色々経験していこうと提案します。
人狼の本能なのか、本質を突くつみきの言葉。経験の第一歩として、友孝を抱えたつみきが4階の教室から飛び降りるという、破天荒な荒療治も含めてとても印象的なエピソードです。人狼の驚異的な能力に笑ってしまうのと同時に、その体験で友孝の視野が確実に広がったことがじんわり心に染みます。
この話に限りませんが、つみきは察する力がとても高くて、ヒーローというかイケメンムーブを見せることが珍しくありません。第1巻で言うと、5話のちょっとめんどくさく病む千賀を、実はこっそりフォローしていたのが判明する場面にドキッとさせられます。
景希高校名物の体育祭。人間と幻人の交流を兼ねたイベントになっており、一般観覧もOKという1学期の目玉行事です。
自身のクラスが所属する青組の優勝に闘志を燃やすつみき。そんな彼女に、赤組の揮波キバと黄組の馬美ろまんが宣戦布告しにやってきました。ノリのいいつみきは何も考えず受け入れて、バチバチの戦いが始まります。
注目は「追いかけ玉入れ」。基本は玉入れですが舞台はアスレチックステージで、各組代表選手がカゴを背負ってボールから逃げるという変わった競技です。ユニコーンの幻人であるろまんは足の速さで攪乱するのですが、面白いのはつみきとキバの2人。
逃げるだけではなく、自ら積極的にボールを投げ入れていくのです。つまりつみきはキバ、キバはつみきのカゴをお互い狙いつつ、他の生徒からのボールを避け続けるというテクニカルな戦いが繰り広げられます。
ただ、開始直後のつみきはルールをよくわかっておらず、投げられるボールから逃げるどころか、何個も入れられてしまいますが……。イヌ科の本能で、丸くて動く玉に夢中になってしまうところに和みます。
つみきはいつもだいたい何をしてても楽しそうですが、それより印象的なのがキバです。これまで半魚人の力をフルに出し切る機会も相手もなく、自分と同等に渡り合うつみきとの玉入れ合戦が楽しくて仕方ないという、生き生きとした表情が見所。キバの想いを察して、全力で付き合うつみきも青春してて最高でした。
実は罰ゲームありの勝負だったのですが、オチの罰ゲームがとても平和で可愛くてほっこりします。
6月。体育祭も中間テストもつつがなく終わって、平穏な学生生活が戻ってきました。ただ1つ変わったとすれば、友孝とつみきの会話がなくなったこと。別に何かがあったわけではなく、不思議とタイミングが合わなくなって、そのままずるずると2週間ほど経ってしまったのです。
そもそもが気にしいな友孝。人気者のつみきに自分からなかなか声をかけられなかったのですが……そんな時、たまたま雑用がかち合って、友孝とつみきは体育倉庫で2人きりになりました。
そこでなぜか挙動がおかしくなる友孝。つみきが問い詰めると、交流のなかった間に自信を喪失してしまい、彼が自分を卑下しているのが判明します。つみきは友孝はもう大事な友人だと諭した後、怒った振りをして突然尻尾のブラッシングを押しつけました。
つみきにとってブラッシングとは、心を許した相手以外にされたくない行為です。尻尾は特に敏感な部分ですし、それをあえて任せるくらい友孝を信頼しているのがよくわかる場面。パーセンテージで言うと友情の比率が高そうですが、それ以外の感情もちょっと交じってそうな、つみきの微妙な表情が必見です。
オチも見事で、しんみりとニヤニヤを一度に楽しめる珠玉のエピソード。
ところで『尾守つみきと奇日常。』はモノローグ(心の声)がないのに、キャラクターの動きで心中を想像出来るシーンが少なくありません。この話では、体育倉庫で作業中のつみきがブンブン尻尾を振っているコマが出てきます。特に説明はありませんが、入ろうとしない友孝に即反応しているので、足音を聞き分けてテンションが上がっているのは明らか。
こういった細かい描き込みから色々想像出来るのも本作の見所です。
『尾守つみきと奇日常。』の作者は森下みゆ。
詳しいプロフィールは非公開ですが、大阪芸術大学デザイン美術学科のキャラクター造形コースを卒業しているようです。同大学のブログによると、在学中から精力的に活動して出張編集部へ持ち込みなどをしていたとか。
2017年1月発売の「週刊少年サンデーS」3月号に短編『欲ばりの末路』が掲載されて商業デビュー。その後、何本かの読み切りを経て、初連載作品『尾守つみきと奇日常。』に至ります。
森下みゆの作品は特異な生い立ちや特殊能力を持つ主人公が多く、それらを軸として甘酸っぱい恋愛模様や鮮やかな青春ドラマを繋げるのが得意。絵柄が可愛らしいため、ファンタジー調の作風ととてもマッチしています。
森下みゆの長編作品は今のところ『尾守つみきと奇日常。』のみ。とても魅力的な物語を紡ぐ力があるので、『尾守つみきと奇日常。』も含めて今後の活躍から目が離せません。
『尾守つみきと奇日常。』は絶賛連載中。マンガアプリ「サンデーうぇぶり」なら基本無料で最新話まで読めるので、気になった方はまずそちらで試しに読んでみるのをおすすめします。