詩集『夜空はいつでも最高密度の青色だ』は映画化し、「最果タヒ展」と銘打った展覧会が大盛況を博した詩人・最果タヒ。圧倒的な世界観とオリジナリティ溢れる語感に人気が高まっています。 この記事では最果タヒの詩、小説、エッセイを一覧でおすすめしていきます!名言や見所もたっぷり紹介します。
最果タヒは1986年に兵庫県生まれました。詩人、小説家として活躍する彼女は、『現代詩手帖』の新人作品欄に初投稿し、入選しました。その後2006年に現代詩手帖 賞を受賞し、翌年に第一詩集『グッドモーニング』を生み出しました。
そして京都大学在学中の2008年に中原中也賞を受賞。これは、当時の女性最年少記録で、21歳でした。そこから、その名は世に一気に知れ渡ることとなります。
2021年までに8つの詩集を出版しており、その他にも小説やエッセイも人気。執筆ペースの速い作家ですのでファンには嬉しいポイントでしょう。[Alexandros]やLittle Glee Monsterといったアーティストに作詞提供もしています。
2020年から2021年にわたって東京ほか4都市で開催された「最果タヒ展」は大盛況。空間を使って彼女の詩の言葉を展示し、訪れた客はその言葉の中を歩きながら感じるインスタレーション展示が話題を呼びました。
最果「タヒ」という名前は、漢字の「死」のように見えますが本人にはその意図はなくたまたまだったとのこと。残念ながら顔出しはしていません。
最果タヒの作風はポップでキッチュな印象と、それでいて繊細さを兼ね備え、弱々しくも見えるのに限りなく強いもの。そういった、陰と陽のような組み合わせが、作品の色として美しく描かれています。
彼女の世界観は公式ホームページを訪れるだけでも伝わるので、ぜひご覧になってみてください。詩句ハックというサイトでも、彼女の作品をさまざまなインタラクティブなアクションを介して感じることができますよ。
ここからは最果タヒの作品を一覧で、本文中の名言とともに紹介していきます。
中原中也賞を受賞した著者の代表作でもある詩集。
「yoake mae」と章が始まり、最後には「good morning」と目が覚めていきます。まだ眠っている段階の詩から、徐々に朝を迎える詩に爽やかさを感じられるでしょう。
文字がバラバラに書かれていたり、二段組みになっていたり。内容もさることながら、中身の書き方もとても凝っていることに驚かされます。
- 著者
- タヒ, 最果
- 出版日
「朝を迎え撃つ」と「夜」という詩が続けて収録されています。正反対の性格を持つ「朝」と「夜」とを対比させて読むのもとてもおもしろいでしょう。朝からは行動的な生がうかがえ、夜からは死の匂いが。あまりの完璧なコントラストに読むとめまいを覚えることでしょう。
本書には詩とは別に短歌の連作も収録されています。テーマは「花」。あまりにも鮮烈なイメージを残す短歌の数々が載っています。
たとえば、
「花を生む少女を部屋に閉じ込めて忘れられない棺桶作る」
「花びらの静脈たどり熟睡のきみへとぼくは辿り着いたの」
(『グッドモーニング』より引用)
「花」という言葉1つに可憐さ、退廃の雰囲気と生と死のイメージなどを絶妙にくっつけています。文字数が限られた「短歌」というものにも、最果タヒの才能を感じることができます。
タヒにとっての2作目となる詩集ですが、読んで楽しい、見て楽しいこの作品は、なるほど、さすがは現代を代表する詩人と感じざるを得ない仕上がりになっています。
この『空が分裂する』の魅力はなんと言っても、総勢21名の漫画家・イラストレーターとのコラボレーションです。
もちろん、イラストの力も大きいのですが、それ以上に感じるのは、詩とイラストの融合率の高さからくる、表現の幅の大きさです。まるでお互いに溶け合うかのように一体となって、読み手に向かってきます。その情報量の多さは計り知れません。
- 著者
- 最果 タヒ
- 出版日
- 2012-10-05
読めば分かる、開けば分かる、そんな圧倒的な世界観ですが、その中から「誕生日」という詩を少しご紹介します。
「誰かがしぬとお星様になったのよと、いう人がいて、だとすればこの満天の星空は墓場なんだろうか、世界一広い、あの黒い部分にみんな埋められているのだろうか。そう思うと息苦しい。」
(『空が分裂する』より引用)
お星様になるというのは誰もが知る比喩ですが、その先の表現は、果たして一般的でしょうか。そうではないにしても、考えたことがある人も多いのではないのでしょうか。平沢下戸のイラストはぜひ実際の本を開いて見てほしいのですが、イラストと詩が想像のちょっと先の世界観を表現した素晴らしいマッチングを魅せています。
この一冊は「誕生日」で書かれているように、とても身近なものを、独特な視点で、思いのままに表現しています。そのゆえ、誰の心にも響き、それぞれの思考に刺激となるのです。イラストとともに楽しんでほしい一冊です。
代表作といっていい詩集が、最果タヒを最果タヒたらしめたともいえる死の詩、『死んでしまう系のぼくらに』です。まず、秀逸なあとがきから引用させていただきます。
「意味付けるための、名付けるための、言葉を捨てて、無意味で、明瞭ではなく、それでも、その人だけの、その人から生まれた言葉があれば。(略)私の言葉なんて、知らなくていいから、あなたの言葉があなたの中にあることを、知ってほしかった。」
(『死んでしまう系のぼくらに』あとがきより引用)
- 著者
- 最果 タヒ
- 出版日
- 2014-08-27
ここで書かれていることは、本作に限ったことではなく、最果タヒが作品を作る上で、何よりも重きを置いていることのように感じられます。
意味付けした創作を嫌悪する最果タヒはきっと面白がるだけでしょうけれど、彼女を最も果てしなく突き詰めていくと、そこには死があり、死を最も果てしなく突き詰めると最果タヒの創作に見られる核に行き着くように思います。
まるで使命感を持っているかのように、死という概念についての創作を続けているのは、偶然とは思えません。死というものの考え方、捉え方を根本から変えようとしているようにも感じる、独自性の高い死の見方。
そんな決して軽々しく扱ってはいけない概念をPOPさで包み込むことで、もっと身近に、親しみやすく、考えさせようという取り組みが、見える作品です。
タヒを下敷きに新しい死の捉え方を見いだせる。ある種、希望にも近い感情が、この1冊には詰まっています。難解なテーマにまるで挑戦状を叩き付けたかのような詩の数々。彼女のスピリットが詰まった最もおすすめしたい作品です!
タヒの第4詩集として出版された『夜空はいつでも最高密度の青色だ』。
最果タヒらしい言葉選びと世界観は瑞々しく透明。それでいて目に刺さるようなビビットな色を隠し持っている、奥深い印象を作り出しています。43の詩はそれぞれが光を放っていて、眩しかったり暖かかったり、優しさや悲しさ、時には重く鈍かったりと、詩によって様々な光を感じることができます。
- 著者
- 最果 タヒ
- 出版日
- 2016-04-22
本作が圧倒的な共感を呼んでいるのは、その色とりどりの光が読者の心に優しく染み入ってくるから。それは、強烈なメッセージをあえて込めない、読者の感性に任せてしまう、というタヒならではの表現だからこそ成しえることなのです。
その、放任主義ともとれる、意味を読者に委ねるという作風ゆえに、詩という枠を超え、物語すら想像することができます。それは、映像作品を創造するほど、限りなく無限に広がっています。
この作品は読者一人ひとりのオリジナルの物語を生み出すことができるような広がりを持った作品です。それこそが、この詩集の最大の魅力なのです。
映画を見る前に原作を読んで、その世界を想像するのは、刺激的で楽しい読書体験になるはず。ぜひ手に取ってゆっくり味わっていただきたい1冊です。
2017年に映画化された際は石橋静河、池松壮亮のW主演。その2人を松田龍平演じる智之が見守ります。劇中、最果タヒの詩が朗読されるシーンも。どんな役柄を演じたのか、こちらの記事でも紹介しています。
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「死んでしまう系のぼくらに」「夜空はいつでも最高密度の青色だ」に続く、詩集3部作の完結を飾る詩集です。
詩自体もさることながら、あとがきの言葉ですら詩のように激しくで、瑞々しく感じることができます。
「あなたの、曖昧さを抱き締める、その一瞬になりたかった」
(「愛の縫い目はここ」より引用)
まさに、自らの曖昧さを肯定してくれる詩集だと思います。
- 著者
- 最果 タヒ
- 出版日
「将来の夢をきかれるたびに、どうして、明日も生きているつもりでいるんだろうと思う」
(「愛の縫い目はここ」より引用)
保証された明日など、どこにもない。そんなことを思わせる「スクールゾーン」という詩の一節です。
「きみは、どうやって、明日を見つけましたか。ほんとうに、24時間経つのを待てば、やってくると思いますか、ほんとうに?」
(「愛の縫い目はここ」より引用)
私たちは無意識のうちに、眠れば明日が来ると思っています。しかし、やはりそれはだれも保証はしてくれません。
まるで嘆きに聞こえる詩のようですが、全体を見渡せばとても柔らかい言葉で成り立っています。絶望だけに訴えかけることだけをせず、希望もきちんと見せてくれます。
「私は私のことが好きだけどね。」
(「愛の縫い目はここ」より引用)
希望も絶望も軽妙にミックスされた詩たちがここにあります。
完結した詩集三部作を経て、新たな詩集が生まれました。以前の詩集三部作よりも確実に進化した作品だといえます。
しかし、読み心地は変わりません。優しく、力強く、言葉も持つ力というものを十分に感じさせてくれるはずです。
タイトルにある「とてつもない暇」というような暇を持て余している人がいるとしたら……。ぜひ、この詩集を手に取ってみてください。
- 著者
- タヒ, 最果
- 出版日
『天国と、とてつもない暇』は堅苦しさを感じることなく読める詩集です。多くの人は詩というものを読んだときに、何かを感じる必要があると思うかもしれません。しかし、著者の詩は自由に読めます。自由に読んでもいいと言われています。
「#もしもSNSがなかったら」という詩は今の時代を反映している詩です。
「名乗らずに伝えたいんだ」
(『天国と、とてつもない暇』から引用)
現在の匿名性を的確に言葉にしつつ、でも何かを伝えたい、という思いを感じます。
現代は匿名やハンドルネームやペンネームなど、個人がたくさんの名前を持っている時代。どんなにたくさんの名前を持っていても、おのおのが様々な思いを抱えています。そんな気持ちをこの詩が代弁してくれている気がします。
自由に読み、自由にいろんなことを感じても大丈夫だよと、この詩集は教えてくれるでしょう。
『恋人たちはせーので光る』は最果タヒの第7詩集です。
43個の詩が収録されているのですが、この詩集はデザインがとても凝っています。カレンダーのようなデザインの詩。ページを挟むように書かれた詩。どのページも黄色の線が描かれ、著者の詩をより引き立てています。
詩と線とデザインとが巧みにマッチした不思議な詩集をお楽しみください。
- 著者
- 最果 タヒ
- 出版日
最果タヒは詩人であり、小説家であります。つまり言葉を扱うことを職業にしているわけであり、そんな著者がこの言葉を言うとすごみがります。
「言葉は人を殺せるし(当たり前だ)、呼吸も、影も存在も人を殺すことができる。」
(『恋人たちはせーので光る』から引用)
SNSなどでたくさんの人が様々な意見を発表できる時代になりました。ちょっとした言葉の端々に悪意を感じることもあるかもしれません。その様子をストレートに、著者は表してくれているように思えます。
呼吸が止まっても人は死んでしまいます。影が薄くなって存在が忘れられても社会的に死んでしまいます。
著者の言葉は気遣いをしていないものもあります。あまりにも真っすぐすぎて苦しくなるときもあります。しかし、時に激しく、時に諭すような言葉の数々に心が安らぐはずです。
最果タヒの第八詩集です。『夜景座生まれ』という示唆的なタイトルは、著者がとある思いをこめてつけたそうです。
「今という瞬間から、自分が生まれた瞬間に遡っていくような、そんな意思をもつ言葉だと思ってつけました」
(『夜景座生まれ』より引用)
過去を遡るように、そして未来へと顔を向けられるように。そんなことを思える詩集になっていると思います。
- 著者
- 最果 タヒ
- 出版日
「(ぼくに恋人はいないが)」
「(鈴が鳴ってるから、時間が進む。)」
「(本当は海だったかもしれないけどもう、血だと思うことにした)」
(『夜景座生まれ』より引用)
この詩集は、カッコを多用している部分があります。上記のカッコ内の言葉はすべてちがう詩で使われている文章です。前後の文章が分からなくても、この一節だけで詩の情緒があふれていることがわかるでしょう。
かと思えば、
「夜はいつも、皆殺し」
(『夜景座生まれ』より引用)
こんなパワーワードも使われています。詩情の中に、激しい著者の感情が見え隠れしており、力強さを感じます。
激しい言葉たちの中にある様々な感情。その表現の仕方をたくさん知る方法がこの詩集には詰まっていると思うのです。詩に触れてこなかった人たちへの、キッカケの詩集になると思います。
ここまで最果タヒが発表した詩集を出版順に紹介してきましたが、ここからは小説とエッセイを紹介していきます。
最果タヒ初の小説集『星か獣になる季節』。犯罪を犯してしまった本人と、その周りの人たちの葛藤を描く小説です。
地下アイドルを追っかけている山城は、その地下アイドルに殺人容疑がかかっていることを知ります。容疑を晴らそうと、同級生の森下と奔走するのですが、山城は思わぬ事実にぶち当たることになります。
事件から2年後。山城と森下の同級生だった渡瀬と青山はとある事件のことを話し合うために集まりました。犯罪者とその遺族、そして周りの人間たちの心の機微の物語です。
- 著者
- 最果 タヒ
- 出版日
「昔読んだ英文だったか現代文だったかで、17歳は人でなしになるんだって読んだ。」
(『星か獣になる季節』より引用)
その17歳が犯す犯罪でこの物語は幕を開けます。
応援している地下アイドルにかかっている殺人容疑を晴らす……ということから、事態はとんでもない方向へと転がっていくのです。まるで、ジェットコースターミステリーのよう。
本書には2つの物語が収録されています。2つ目は、「星か獣になる季節」で登場した山城と森下の同級生の物語です。
「星か獣になる季節」では理解しにくい苦しさがあります。しかし、こちらの「正しさの季節」は理解ができる苦しさが描かれます。
どちらの物語も胸が詰まり、本当に心が重苦しくなります。10代の少年少女が抱える心の闇が浮き彫りになる、あまりにも切ない青春の1ページです。
詩人・最果タヒの初の長編小説です。
舞台は、おそらく少し未来だと思われる日本。ネット教育が当たり前になっている学校で、ネット社会にあまり馴染んでいない魔法少女・織田あかり。彼女は図書室で奇妙な少女・安楽栞と出会います。
探偵だと名乗る彼女は、風紀委員長から依頼を受けて学校の風紀を正していきます。あかりは風紀委員や生徒会長や、はたまたネット社会全体の問題へと巻き込まれていくことになるのです。
友情とインターネットとロボットの物語。
- 著者
- 最果 タヒ
- 出版日
骨子はSFファンタジーなのですが、ミステリー要素も含まれます。知略、謀略、政略が渦巻く物語です。読者は、だれが本当の敵で、だれが本当の味方なのかを考えながら読むことになります。手に汗握る展開にハラハラドキドキするでしょう。
私たちは当たり前のようにネット社会の中で生きています。情報を取り入れることが当然で、スマホ1つで世界と繋がることができます。
しかし、この物語は痛切にその「当たり前」を皮肉ってきます。
「世界の半分だって、人間一人には網羅できないんだ。それ以上広くなったって困りゃしないよ」
(『かわいいだけじゃない私たちの、かわいいだけの平凡』より引用)
私たちが見ることができる世界はほんの一部です。その一部を大切したくなるような物語でもあります。
渦森今日子は女子高校生で、宇宙関係を探偵する部活動に所属している、宇宙人です。本名はメソッドD2。ポカンとしてしまいそうなこの設定にも斬新さを感じます。宇宙人だと知りながらも普通の友達として接している岬ちゃん、柚子ちゃんを筆頭に、それぞれのキャラクターも魅力的に描かれていて、読むのがどんどん楽しくなっていきます。
岬ちゃんが恋する相手は宇宙探偵部の部長、暇を持て余している柚子ちゃんと今日子を道連れに部員になってしまいます。人数はギリギリ、やる気があるのは部長と、方向性を間違えた岬ちゃんのふたりだけ。
放課後、転校生、体育祭に夏合宿、とイベント目白押しの中、進路について考えなければいけない。ただでさえ悩みの多いお年頃でぶつかる将来という壁。普通とはちょっと?違う宇宙人の今日子が見出した答えは……。
- 著者
- 最果 タヒ
- 出版日
- 2016-02-27
本作はこんな特徴的な書き出しの部分で引き込まれてします。
「簡単に言えばここは宇宙探偵部で、ついでにいうと私は宇宙人です。OK?」
(『渦森今日子は宇宙に期待しない。』より引用)
OK?と聞かれてしまえば、オーケー。と言わざるを得ないじゃないか、と一気にその世界に引き込まれてしまします。ロケットスタートに付いて来なさいよと言わんばかりの、この冒頭部分のスピード感がたまりません。
宇宙人だから悩むのか、女子高校生だから悩むのか。風変りな設定の中に散りばめられた、普遍的な問題への取り組み方は、人種も年齢も関係なく、私たちと何も変わりません。現実の問題を非現実な対象にあてがうことで見える普遍性、この描き方こそ、本作の見所です。
非現実的な存在が、現実の中で、非日常を求める部活に関わってしまう日常。一風変わった青春小説ですが、気づきのある1冊です。
最果タヒによる4冊目の小説であり、4つの物語が収録された短編集です。
「きみは透明性」では進んでしまった未来の「イイネ!」マークについてを。「わたしたちは永遠の裸」では都市伝説ミステリーを。
「宇宙以前」では兄を失くしてしまった男の子の物語を。「きみ、孤独は孤独は孤独」では自殺と恋と愛の物語を。
特殊な設定を含みながらも、まっすぐに人間というものを描き出した作品です。
- 著者
- 最果タヒ
- 出版日
本書で語られる少年少女は設定自体がとても特殊。たとえば「きみは透明性」では、「電子化された瞳」というものが登場。「わたしたちは永遠の裸」では、「人を殺した人間が殺された人を身ごもる」というトンデモ都市伝説が出てきます。
どの物語の少年少女も、当たり前にその設定を享受して暮らしています。その特殊性こそ、最果タヒが描く「青春」というもののおかしさなような気がします。
「姉はもう、自分の価値を他人に委ねるようになってしまった。それって、人間として敗北じゃない?」
(『少女ABCDEFGHIJKLMN』より引用)
自分の価値は自分で決めたいという切実な気持ち。SNSが隆盛を極める時代に生きる私たちへの警告ともとれる言葉です。
著者の書く言葉や、表わされる表現にある棘をしっかりと読みたくなるでしょう。
最果タヒが書く痛切すぎる10代の少女の小説です。
唐坂和葉は17歳の女子高生。陸上部の沢くんに告白するも、沢くんの反応が気に食わなく、すぐにフッてしまいます。そのことを友人のナツに責められ、軽く口論になります。
たった一つの、些細な出来事で始まった和葉に対する「ハブり」。いじめ、恋愛、家族、様々な問題に直面する和葉を通して見る、ガラスの10代の物語。
- 著者
- タヒ, 最果
- 出版日
「感情はサブカル。現象はエンタメ。」
(『十代に共感する奴は噓つき』より引用)
掴みがまず素晴らしい。言葉のセンスが爆発すると同時に、感情という事象に名前がつくのだと教えられます。
主人公の和葉は、一度に様々な出来事にぶち当たります。いじめであったり、恋愛であったり、兄の恋人という存在であったり。
ただし、その問題への向き合い方があまり普通とは言えません。何をもって普通とするかは人によってちがうかもしれませんが、和葉の対応は異質です。言動も行動も異質なような気がします。そこが1番の見所かもしれません。
著者は自らの10代の頃を振り返り、こう言っています。
「青春っていうたびに、当時の私の油断を、妥協を、許せない。」
(『十代に共感する奴は嘘つき』より引用)
「青春」という言葉だけでは片付けたられない10代という世代の、痛々しくも美しい物語です。
やはり、著者の人となりを知るにはエッセイが1番適しているように感じます。最果タヒの待望のエッセイ集『君の言い訳は最高の芸術』。
実に様々なテーマで書かれた本作は、タヒのバカ正直さが全開です。一般的に人と関わりあう以上言葉にしない方が円満にいくであろうことも、この中にはじゃんじゃん書いてしまっています。しかし、それは誰しもが心に秘めているもので、だからこそ読者を共感させ、感動を呼ぶのです。
- 著者
- 最果タヒ
- 出版日
- 2016-10-26
バカ正直さはタイトルからも見て取れます。ひとつめのタイトルが「友達はいらない」ですから、強烈ですね。他にも、「悪意について」「日常大嫌い」と、なかなかとんでもないタイトル目白押しで、読むのが怖くなると同時にどこか惹きつけられます。
「究極つまんない日常を生きてフラストレーションで、原稿書いてたいんです。」
「外はうるさいから、だからこそ自分の言葉をもたなくちゃいけないし、言葉を持つということ自体が快楽になっているのかもしれないな。」
(『君の言い訳は最高の芸術』より引用)
作品の中では、生きる上での悩みや葛藤、想いや情熱がありありと書かれています。最果タヒの真っすぐさが伝わる言葉たちです。愛すべき正直さに心を洗い流されるような清々しすら感じる、ハッとさせられる1冊です。
『もぐ∞(もぐのむげんだいじょう)』は最果タヒが愛してやまない「食べ物」について語るエッセイです。
パフェ、小籠包、みかん、チョコレート、タイ料理、ドーナツ……。よだれがこぼれそうな描写よりも目立つのは、本当にこの食べ物を心から愛していると伝わる言葉たちです。
著者は単純な「これ、おいしいよ」だけで片付けません。では、どう愛してやまない食べ物たちを表現しているでしょうか。詩人ならではの表現力をお楽しみください。
- 著者
- 最果 タヒ
- 出版日
- 2017-10-13
パフェに敬意を払う。お馴染みの具材を挟んでいるだけのサンドイッチにミステリーを感じる。
最果タヒが食べ物に感じることが少し複雑です。しかし、その複雑な気持ちをとても秀逸な言葉で語ってくれています。
たとえば、パフェ。相当お好きなようで、本書では2回も登場しています。パフェの回は掴みから魅力的。
「パフェはたべものの天才」
(『もぐ∞』から引用)
食べ物にあまり天才とは言いませんよね?パフェが好きということが伝わると同時に、冒頭で言った敬意もきちんと感じることができます。さらに、
「パフェは自給自足のロマンチック」
(『もぐ∞』から引用)
という名言も飛び出します。
食べることが好きということ。その食べ物たちに1つ1つきちんと向き合っているということ。最果タヒの食生活を覗けると同時に、普段自分が食べているものが違って見えてくるかもしれません。
『「好き」の因数分解』は最果タヒがとにかく自分が「好き」なものについて語った1冊です。
古畑任三郎、宇多田ヒカル、タモリさん、町田康などの好きな人。
ミッフィー、ポケモン、よつばと!などの好きなキャラクター。
小豆島、神戸、宇宙、水族館などの好きな場所。
みんなが好きなもの、これはちょっと特殊かな?というもの。宝箱のように詰め込まれた「好き」をどうぞお楽しみください。
- 著者
- 最果 タヒ
- 出版日
人はそれぞれ好きなものが1つはあると思います。本が好き、猫が好き、コーヒーが好き、甘いものが好き……などなど。
ずっと好きだったものや、最近好きになったもの。気づけば私たちの周りには、自分の好きなものであふれていると思います。
そんな「好き」について、著者はこう言っています。
「「好き」って思うことで、「好き」って考えることで、一つの答えに行き着くことなどない」
(『「好き」の因数分解』から引用)
「好き」であることに、完結はありません。好きでい続けるために努力も必要ではないでしょうか。
「考えるたびに形を変えていく「好き」は、ときどき、ふしぎな美をたたえて」
(『「好き」の因数分解』より引用)
形を変えていく様々なものを「好き」でいるためのコツが、著者の愛あふれる文章でつづられています。最果タヒのことをもっと知りたい方や、自分の「好き」なものへの表現方法を豊かにしたい方におすすめです。
詩人・最果タヒが描く、シンガーソングライター・大森靖子の人生の物語です。
愛媛県松山市出身の大森靖子は、田舎にとても退屈していました。不良中学校に行かせたくない両親に乞われて中学受験をし、美大に行くために予備校にも通いました。
美大に通うために上京してから歌手デビューまでの、怒涛のような日々が始まります。メジャーデビュー、結婚、出産、そしてさらなる高みへ。
2人の組み合わせの妙が読ませる、元気になるパワフルな本です。
- 著者
- ["大森靖子", "最果タヒ"]
- 出版日
この本のいちばんの特徴としては、すべての文字がピンク色で書かれていることだと思います。ショッキングピンクの文字で書かれているのは、あまりにも濃い人生を歩んできた大森靖子という人間。読めば読むほど、およそ「平凡」という言葉が似合わない毎日を送ってきたのが分かります。
「この本は大森靖子という人を、情報でも物語でもなく、生きている人として、そのまま伝えるためにあります。」
(『かけがえのないマグマ』より引用)
この最果タヒの言葉のように、生身の、傷も、欲望も、音楽も、何もかもがむき出しの言葉でつづられています。それは桁外れの表現の数々と、桁外れの体験であふれています。
落ち込んだとき、何かついてない出来事に遭遇してしまったとき。きっとマグマのような大森靖子という人間が、元気をくれるでしょう。
Quick Japanで連載されている詩と写真のコラボレーションです。詩人・最果タヒとフォトグラファー・小浪次郎がタッグを組みました。
タイトルの由来は、「複雑に重ねていくことでしか永遠は作り出せないから、必ず、何かが見えなくなっていく」という意味が込められているそうです。
渋谷の永遠を切り取り、その瞬間、瞬間を詩と写真で切り抜いています。
- 著者
- ["欅坂46", "佐藤流司"]
- 出版日
Quick Japanはサブカルチャーの雑誌です。サブカルチャーとは、若者文化や都市文化のことなど、一部の担い手に浸透している文化のことを指します。
雑誌の中で最果タヒと世界的にも有名なフォトグラファー小浪次郎が、詩と写真でサブカルチャーを表現していきます。
私たちはたくさんの文化の中で生きています。日本文化の中で、他の国の文化が混じり合い、独特の「カルチャー」を作っています。つまり、おのおののカルチャーの表し方はいろいろというわけです。
著者の詩と小浪次郎の写真とが、また新たな文化を作っていってくれるような気持ちにもなれます。新しい文化、サブカルチャーの在り方を感じることができるでしょう。
詩人・最果タヒと美術家・清川あさみがタッグを組み、百人一首の現代語訳に挑んだ本です。
百人一首とは、「百人の歌人の和歌を一首ずつ撰集したもの」です。普通の現代語訳とはちがうのは、著者が詩人であること。豊かな詩情あふれる和歌の現代語訳を読むことができます。
同時に、美術家・清川あさみの美麗な刺繍絵を見ることもできるのです。
- 著者
- ["清川 あさみ", "最果 タヒ"]
- 出版日
著者があらためて詩情を込めて現代語訳した百人一首は、現代人の心に寄り添います。
たとえば、百人一首の中で唯一「光」というものに焦点を当てた和歌。
「ひさかたの 光のどけき 春の日に 静心なく 花の散るらむ (紀友則)」
(『千年後の百人一首』から引用)
この現代語訳の著者の言葉が日本人の心を表現しているように思えます。
「こんな日に、どうして桜の花は拍手のように、ぱらぱらと急いで散ってしまうの」
(『千年後の百人一首』より引用)
和歌の花を桜と読み取るのは、日本と言えば「桜」という思いが強いからでしょう。日本人は桜が咲くことを美しいと思うと同時に、散ることへも美学を見出しています。和歌の繊細な部分までも、著者は現代へ生きる私たちと語るように訳してくれます。
小野小町の年老いていく自分への和歌も、色男とされた在原業平の恋の和歌も、私たちと変わらない日本人が詠んだものだと優しく教えてくれる本です。
以上最果タヒの作品一覧でした。死や愛らしさをテーマに、思うまま書き殴る彼女。なのに繊細で美しく、ポップな詩には、私たちの根底にある概念すらも変えかねないパワーを感じます。