嵯峨景子の今月の一冊|第二十七回は『不機嫌な青春』|デビュー20周年記念作は青春×SF短編集!

更新:2024.10.30

少女小説研究の第一人者である嵯峨景子先生に、その月に読んだ印象的な一冊を紹介していただく『今月の一冊』。27回目にお届けするのは2024年10月に集英社から発売された『不機嫌な青春』です。まぶしさや胸の苦しさ、思春期の様々な思いが詰まった青春にどっぷり浸かりたい方におすすめな本作の魅力を語っていただきます。

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「嵯峨景子の今月の一冊」も第27回を迎えました。今月は、デビュー20周年を迎えた壁井ユカコの最新刊『不機嫌な青春』(集英社)を取り上げます。

著者
壁井 ユカコ
出版日

 壁井ユカコは第9回電撃小説大賞で大賞を受賞し、2003年に『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビューした作家です。代表作としては、青春とスポーツをテーマにした『2.43 清陰高校男子バレー部』などがあり、本作はTVアニメ化もされて人気を博しました。他にも、『鳥籠荘の今日も眠たい住人たち』シリーズや、テレビアニメ『K』の脚本など、さまざまな仕事を手がけています。壁井ユカコの青春小説好きとしては、青春×SFをうたう『不機嫌な青春』は情報が出た時点から気になる作品で、読んでみると期待を裏切らない一冊でした。

2.43 清陰高校男子バレー部 ポータルサイト はこちらから!

『不機嫌な青春』には、4編の短編が収録されています。簡単に各編を紹介していきます。

零れたブルースプリング

冒頭を飾るのは、「零れたブルースプリング」です。物語の舞台は、今のようにネットやSNSが普及していなかった昭和61年。中学3年生の中村満生は、手紙が結びつけられた青い風船を拾います。差出人には、とある病院の小児科と水沢怜なる名前が記されている。満生は、病気で入院しているという、その怜という女の子宛に返事を書きました。――ただし、本名の満生ではなく「中村満里衣」という女性のペンネームで。

ところが、実際の水沢怜もまた、男の子だったのです。怜は満里衣の勘違いに気づきますが、女子のフリをしたまま手紙を書き続けました。ちょっとした思いつきから始まった偽りの文通は、以後何年も続き、性別を偽っている後ろめたさを互いに抱えつつも相手に惹かれていくのでした。やがて怜は手術を受けることになり、その前に自分の嘘を告白しようと決意するのですが……。

満生と怜の間に生まれた、名付けられない感情はとても美しく、読んでいると心が震えます。少し風変わりで、どこまでも純粋な“初恋”の物語。淡い恋が迎える切ない結末を、ぜひその目で確かめてください。個人的にも、収録作の中で一番好きな作品です。

ヒツギとイオリ

続く作品が「ヒツギとイオリ」。初出が『NOVA7 描き下ろし日本SFコレクション』ということもあり、収録作品の中でもSF色が強く打ち出された一編に仕上がっています。

中学1年生のイオリは、生まれつき痛覚と温度感覚がありません。それゆえに危険なことをして体を痛めることがあり、母親から過保護に育てられてきました。ある日、母親がヒツギという少年を家に連れてきました。ヒツギには、全ての感覚を周囲に拡散してしまうという特殊能力があったのです。ヒツギを痛めつけることで、イオリは初めて“痛み”や“温度”を知ります。ボランティアという名目で連れてこられたヒツギは、実際にはイオリの玩具で、虐待まがいのおぞましい行為をさせられていきますが……。  

途中までは読むのが辛くなる描写が続きますが、歪なかたちで結びついたイオリとヒツギの絆や、芽生えていく友情には、いろいろと考えさせられました。特殊能力ゆえに、これまでずっと気持ち悪いと言われ続けてきたヒツギが、身を賭してイオリに教えたこと。世の中の痛みを知ったイオリと、そしてヒツギの今後に思いを馳せたくなる、希望を残したラストに心を救われました。

flick out

「flick out」も、特殊能力を描いた短編です。物語の主人公は、思春期真っ只中の中学2年生のナオ。彼は、誰かが自分に対して「消えろ」と望むほど悪感情を持った瞬間、その場から強制的にテレポートしてしまうというおかしな力を手に目覚めてしまいます。

自分の能力を通じて知ってしまう、他人の裏の気持ちや悪意。心の中で密かに見下していた相手にいつの間にか抜かされていた焦りや、自分の傲慢さを思い知らされる惨めさ。思春期の生きづらさや鬱屈を凝縮したような一編ですが、こちらも読後感はどこか爽やかです。ナオには、かつて同じ能力を持ち、その力が遺伝してしまったのではと心配する父親という理解者がいます。特殊能力を題材にしつつ、思春期の感情という普遍的なテーマに切り込んだ作品です。

ハスキーボイスでまた呼んで

最後を飾るのが「ハスキーボイスでまた呼んで」。宮内圭眞は、とある事件で妻の江維子と彼女の祖母を失い、失意の中で生きてきました。ある日、彼は車でソバージュヘアの不良少女を車で轢きかけます。14歳の少女には亡き妻の面影があり、おまけに同じ江維子と名乗ります。彼女の正体は、時を超えて令和5年に来てしまった、若き日の江維子。彼女は思いがけなく、自分の未来を知ってしまうことに。やがて過去に戻った彼女は、自分の未来を変えて圭眞を救おうと奮闘するのですが――。

 SFの定番ともいえるタイムリープ設定を生かした、少し不思議なボーイ・ミーツ・ガール。過去に戻った江維子は自分の未来を変えようと、そして未来の圭眞を救おうと奮闘し、歴史を変えていきます。ヤンキーで少しガラが悪く、でもパワフルな江維子はなんともチャーミング。読者は皆、そんな江維子の姿に勇気づけられるはずです。

 ヒリヒリとした感情を呼び起こす、切なくてまぶしい短編を収録した『不機嫌な青春』。壁井ユカコ好きのみならず、多くの人に読んでほしい、青春の光と影を切り取った瑞々しい短編集でした。

著者
壁井 ユカコ
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